ベイビ−、キスをちょうだい

2009.03.15(春コミ)発行
A5/52P/500円/R-18

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「構わねえよ」
 政宗は気前よく家臣に酒を注がせると、あっという間に杯を空けた。
「Coolな飲みっぷりっス、筆頭!」
「Hey、お前ら、今日はうるせえ奴がいねえからな。思う存分、飲んでいいぞ」
 政宗の声が広間に響き渡ると、一斉に拍手と歓声、口笛までもが巻き起こった。
 大広間の戸口近くに陣取っている家臣の一人が、我らが主君の様子を遠目に見ながら微笑ましそうに呟いた。
「それにしても、あのお方がいないと、筆頭のやんちゃぶりが増すよなあ」
 隣で飲んでいた家臣も、うんうん、と同意する。
「筆頭も、鬼の居ねえ間に洗濯ってやつっスね」
「誰が居ねえだと?」
「そりゃあもちろん……」
 合いの手に調子よく背後を振り返った家臣の一人は、そこに立つ人物を見るやいなや、酔っぱらった赤ら顔を瞬時に真っ青に塗り変えた。
「小十郎様!?」
「ぎゃあああっ、鬼だーーーッ!」
 途端に、その場にいた全員が酔いも忘れて慌てふためいた。
「誰が鬼だ」
 低い声で小十郎が一喝した。震え上がる連中をよそに、小十郎はまっすぐ板の間を進み、上座の前で膝を着いた。
「ただいま戻りましてございます」
 恐々としている周囲に反して、政宗だけはまったく動じずに小十郎を見下ろした。いつもよりも目が座っているのは、酒が入っているせいだ。
「よう小十郎。帰りは明日じゃなかったのか」
「予定より早く済みましたので、今夜のうちに帰参いたしました」
「そうか」
 小十郎は改めるようにして広間の様子をぐるりと見回した。小十郎の視線が向けられた方向に合わせて、次々と家臣たちがヒッと息を飲む声が上がる。
「して、政宗様。この有様は?」
「見ればわかるだろ。ここのところの退屈で、皆ストレスが溜まってる。たまには羽目を外さねえとな」
 はっきり言って、ストレスが溜まっているのは政宗だけである。しかし、家臣たちが口を挟める状況ではない。成実ですら、ここは黙っている方が得策だとばかりに口を噤んでいる。
「小十郎が不在であることを狙ったかのようですが」
「お前の勘繰り過ぎだ。それとも、お前も一緒に混ざりたかったのか?」
「遠慮いたします。それより、お願いしていた書状はいかがされましたか」
「あー、あれか、別に明日でもいいだろ」
「政宗様」
 ぴくりと小十郎のこめかみが動いた。いつも説教をするときに浮かべる小十郎の表情だ。家臣たちは固唾を呑んで事態を見守った。
 しかし政宗も負けてはいない。
「説教なら聞かねえからな。お前のその仏頂面を見てると、興が冷める」
 そう吐き捨てて、空いた杯を床に放り投げる。
「俺はもう上がる。お前ら、あとは好きにやっていいぜ」
 立ち上がって一歩を踏み出そうとした途端、政宗の身体が重心を崩した。
「Ah?」
 ぐらり、と視界が傾く。
 ずっと座って飲んでいたので気付かなかったが、思いのほか酔いが回っているようだ。そう言えば、盛り上がった家臣たちに勧められるまま、何杯飲んだのか覚えていない。
 転びそうになった政宗の身体を支えたのは、素早く差し出された小十郎の腕だった。
「……酔うておられますね」
 小十郎はあからさまに溜め息を吐いた。
「うるさい、酔ってなんかねえ」
「現に、歩けないでしょう」
「知らねえ」
 政宗がふいっと小十郎から顔を逸らすと、いきなり、小十郎の気配が動いた。
「御免」
「ちょっ、小十郎!?」
 政宗は唐突に宙に浮いた自分の身体に驚愕した。
 小十郎の肩に担ぎ上げられている。そう気付いたときには、既に政宗はがっちりと抱えられていて身動きが取れなかった。
「降ろせ! STOP!」
 政宗は喚き立てながら、小十郎の肩や背中を叩いた。
 暴れる政宗をものともせず、小十郎は落ち着き払った顔で成実を振り返った。
「成実殿、この場の始末をお任せしてもよろしいですか」
「お、おう……」
 成実は目を丸くしたまま、首だけを縦に振った。この場に居合わせた者は全員が、小十郎の行動に度肝を抜かされていた。なにしろ、事もあろうに主君の身体を勝手に担ぎ上げているのだから、あり得ない光景だった。
 しかし、それを諌めることができる者は誰もいなかった。小十郎の全身から立ち上る有無を言わせない迫力に、完全に気圧されていた。
「それでは、おのおの方、失礼いたします」
 物腰こそ穏やかに装っているが、その実、小十郎は今ものすごく怒っているのではないか。全員がそう確信していた。





*サンプル終わり*
Novel by 秋原みゆり


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