ダーリン、愛をささやいて

2009.05.03(スパコミ)発行
A5/52P/500円/R-18


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「政宗様、そろそろ起きてください」
 小十郎の気配が頭上に近付いて来るのを見計らって、突然、政宗は寝返りを打った。それと同時に布団の中から腕を伸ばし、小十郎に抱き付いた。
 眠っているとばかり思っていた政宗のいきなりの行動に、小十郎が目を丸くする。
「何を」
「Hey、小十郎……」
 政宗は喉を鳴らすような声で囁くと、小十郎の首に回した腕に力を込めて引き寄せた。
 二人の顔が急速に近付く。政宗は小十郎の目の前で、自らの瞳を閉じた。
 しかし、縮まっていた距離は、互いの唇が重なる寸前で突然ピタリと止まった。
「……Ah?」
 政宗は怪訝そうに眉根を寄せ、目を開けた。両腕を緩めていないにも関わらず、いつのまにか小十郎の身体はビクともしなくなっていた。
「何をなさいます」
「そんなの決まってんだろ、モーニングキ……」
 言いかけたところで、小十郎の冷静で低い声が重なった。
「寝ぼけておられるのですか」
 眉間に皺が寄ったしかめっ面をして、真面目くさった口調で政宗をたしなめる。腕を絡めて吐息が触れそうなほどに密着しているというのに、これでは雰囲気も何もあったものではない。政宗はわかりやすく憮然とした。
「……ha、ノリが悪い奴だな」
 政宗は吐き捨てるように言うと、あっさりと小十郎から手を離し、褥から起き上がった。寝起きとは思えない軽やかな身のこなしに、さっきまでは明らかに狸寝入りをしていたのが見え見えだ。もっとも、その態度も含めてわざと小十郎に見せ付けているのだから性質が悪い。
 寝所を出て外廊下に出ると、明るい朝の日差しが目に眩しい。澄み渡った空の色が、今日一日の晴天を約束していた。
 手洗い場に行き、城内の湧き水を竹の懸樋で引いてきた流水で顔を洗う。冷たい水が心地良かった。政宗は濡れた顔のままで後ろを振り返った。
 すると、当たり前のように付いて来ていた小十郎が手拭いを差し出す。政宗もまた、当たり前にそれを受け取った。
「Thanks」
 さきほどの小競り合いなど、まるで無かったかのような自然なやり取りだった。
 政宗の傅役として小十郎が傍近くに仕えてから、毎日繰り返されてきた、変わらない朝の日常だ。
 しかし政宗は、心の中でぼそりと呟いた。
(なんか、つまらねえ……)
 ここ数日、もやもやとしたものが政宗の胸に巣くっている。だが、具体的にそれが何であるのか、いまだにはっきりしない。
 部屋に戻ると、小十郎は着替えを用意し始めた。
 寝間着の単衣を脱いで、ふと政宗は、自分の鎖骨の少し下、胸元の辺りに視線を落とした。せいいっぱい顎を引いて見下ろしても何とか見えるか見えないかのそこは、日に焼けることもなく、まっさらで白い。手で触れてみても、感触は他と特に変わらない。
(跡、すっかり消えちまったな)
 政宗は名残惜しげに、小さく息を吐いた。
 ここに、薄紅色の花弁のような跡がついたのは、数日ほど前のことだった。そのとき、政宗は小十郎と初めて肌を重ねた。
 胸元の赤い印は、彼が口づけた証に他ならない。強く吸われたために鮮やかに色づき、しばらく肌の上に残ったが、日が過ぎるごとに薄くなり、儚く消えてしまっていた。
「政宗様? どうかなさいましたか?」
 替えの着物を手にした小十郎が、背後から声を掛けてきた。ぼうっと立ち尽くしている政宗の様子を不思議に思ったようだ。
「ああ、いや……」
 はっと我に返ると、政宗は決まり悪く言葉を濁した。頭の中で考えていた内容が内容だけに、小十郎に探られるのは困る。政宗は平静なふりをして、着せ掛けられた着物の袖に手を通した。
 それに合わせて着付けを整えていた小十郎が、ふと、政宗の後ろ髪を掬い上げた。
 その弾みで、指先がうなじに触れる。
「アッ……!」
 短くて鋭い悲鳴が政宗の喉から飛び出し、両肩が跳ね上がった。






*サンプル終わり*
Novel by 秋原みゆり


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