贅沢な告白

2009.12.29(冬コミ)発行
A5/52P/500円/R-18


本文サンプル






「クリスマスってのは、家族や大切な人と過ごす日らしいぜ」
 小十郎にそう語り掛ける政宗は、ずいぶんと穏やかな印象だった。
 日頃、独眼の竜と畏れられる豪胆ぶりを誇る主君だが、長年来の気の置けない側近に向ける表情は年相応の青年らしく、素直で伸びやかな本質を見せる。
 宴の余韻をまだ楽しんでいたいのだろう。自室に持ち込んだささやかな酒器を前に、ほんのり頬を染めている。
 こうして政宗と過ごす時間を、小十郎は何よりも貴いと思っていた。
 師走も下旬を過ぎた今日、奥州伊達軍の居城では、恒例のクリスマス・パーティーが盛大に行われた。
 大広間ではまだまだ飲み足りないと、酒を酌み交わしている豪傑どもが残っているようだが、政宗は宴がたけなわになったところで部屋に引き取っていた。
 上座に主君あってこその宴ではあるが、いつまでも居座っているのも体裁の良いものではない。無礼講を許して家臣達に息抜きを与える鷹揚さが肝要なのだ。政宗は、折に触れては家臣達を楽しませようとする意欲が旺盛だった。
「俺にとってはこの城にいる連中みんな家族みてぇなもんだ。異国の祭りなら身分やしきたりなんか気にせずに、皆で思う存分騒げるだろ」
「そうですね……住み込みで仕える者は帰る家を持たぬ者も少なくありませんが、この城全体が家族と思えば、年の瀬に寂しさを感じることもないでしょう」
「お前は?」
 不意に自分へと水を向けられた。面食らっていると、政宗は尚も続けた。
「お前、この時期に宿下がりしたこと無いだろ」
 何気ない指摘の内側に密かな気遣いを感じて、小十郎は驚く。
 時期に関わらず、小十郎が宿下がりをしたことなど、とんと無い。
 実家はあるが、早くに家を出された次男坊としては、生まれた家に対する思い入れは薄い。それについて今さら嘆くつもりもなく、そういう縁だったのだと割り切っている。
 もし自分に帰るべき家があるとすれば、小十郎が思い描く場所は一つしかなかった。もっとも、それこそが今ここに居る理由でもあるのだから、小十郎にとって政宗の配慮など杞憂だ。
 だが、と小十郎は眼を細める。
 家臣を労る言動を見せる政宗に、主君としての成長を感じる。家督を継ぐと瞬く間に奥州を平定した若き領主だが、彼の素質は戦の上手さばかりではない。
「ありがたいことに、この小十郎、大殿より若君の傅役を仰せつかった時から、やんちゃな若様のお世話に忙しく、寂しさなど感じる暇もありませんので」
 あえて憎まれ口の返事を返すと、案の定、政宗は臍を曲げた。
「お前なァ! しかも何か、その言い方は現在進行形っぽいぞ」
「進行形ですよ。違いますか?」
 笑みを崩さないまま言い返してやれば、政宗は唇を突き出したまま押し黙った。
 小十郎は銚子を手に取ると、政宗に勧めた。すると政宗はまだ憮然としているものの、素直に杯を差し出してくる。怒っていると言うより、どういう反応を返せば良いのか解らなくて困っているのだろう。
 酒を注ぎながら、小十郎は話し始める。
「遠い異国の暮らしぶりは想像できかねますが、そこに住む民も、我々も、あまり変わらないのかしれませんな」
「Why?」
「特別な日には、大事な人と共に過ごしたいと思うものでしょう。人を想う気持ちは、誰しも持っているものだと実感いたします」
「ああ……」
 なみなみと満たされた杯を政宗がクイッと呷る。飲みっぷりこそ良いが、その実あまり酒に強くない。宴会で嗜んでいた量から数えて、そろそろ潮時だと小十郎は銚子を手元に置いた。
「小十郎」
「これ以上は酔いが残りますから駄目ですよ」
「酒じゃねえよ。そうじゃなくて、小十郎にも、そういう風に思う相手はいるのか?」
「はい?」
 小十郎が顔を上げると、思いがけず真面目な眼とぶつかった。
「例えば今宵、共に過ごしたいと思う奴だよ」
「今宵はとことん付き合えと政宗様に言われましたので、そのつもりですが」
「例えばって言ってるだろ」
 せっかちな主君は、小十郎が的外れの返答を寄越したのが気に入らないらしい。ふん、と鼻を鳴らした。
「お前はすぐそうやってはぐらかすんだからな」







*サンプル終わり*
Novel by 秋原みゆり


Back
無断複製/転載禁止