| 天狗彼氏 2010.8.13(夏コミ)発行 A5/52P/500円/R-18 本文サンプル |
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奥州の伊達軍と言えば、大胆不敵に攻め入る派手な戦ぶりが話題にのぼりがちだが、その一方で、自国の守りについても入念な注意を払っていた。 わけても、彼らの本拠地であり、軍を束ねる領主が住まう居城は堅牢な守備を誇っている。 地の利を生かして建てられた城塞に加えて、常に多くの兵士達が侵入者の来襲に目を光らせる。城の内外を交代で見回る部隊のほか、櫓には遠眼鏡を持った物見の番が詰めており、城門にはもちろん複数の門番が張り付いている。 たとえ、戦の無い平常時の、うららかな晴天の昼下がりであっても、彼らの警戒が緩むことはない。伊達軍の士気の高さは、末端の一兵卒にまで行き届いているのだ。 それぞれが粛々と任務をこなしている中、突然、顔色を変えた者があった。 櫓の上から遠方の監視をしていた兵士である。 「筆頭だぁっ!」 身を乗り出し、大声を張り上げると、にわかに城内が騒がしくなる。 「おお、筆頭が!」 「お前ら、筆頭のお帰りだぞ」 「門を開けろぉーっ! 急げーっ!」 ばたばたと号令が伝わり、門番たちが慌てて閉ざしていた門を左右に開く。 物見が指摘したとおり、城に繋がる道の彼方から、単騎が駆けて来る。 常識外れの速度で突っ込んでくるが、しかし、それは彼にとっては充分ゆっくりのつもりであることを、兵士たちは知っていた。戦場を疾風のように駆け回っている時など、この比ではない凄まじさだからだ。 見事な体躯の黒毛に乗っているのは、年若い一人の青年だった。 鮮やかな青い陣羽織を身に纏い、兜にあしらわれた弦月の前立てが日差しに反射してキラリと光る。何より特徴的なのは、左右の腰に六本もの刀を携えていることだろう。 彼こそが、この城の主であり、奥州筆頭として諸国に名を轟かせる武将――――― 伊達政宗である。 政宗は、手綱を握らずして器用に馬を操り、全開になった門のど真ん中を悠然と駆け抜けて行った。 「筆頭!」 「おう、帰ったぜ」 城郭の中心にある屋敷の前まで到着すると、ようやく馬を止める。本丸の表玄関には既に衛兵からの先触れを聞きつけた者たちが待ち構えていた。 「筆頭、どこに行かれてたんスか」 「そうっすよぉ、俺らもう心配で心配で……」 「ご無事で何よりっす、筆頭」 彼らは政宗の顔を見るなり、口々に安堵の声を上げた。屋敷の内外から、次から次へとたくさんの家臣たちがわらわらと集まってきて、あっと言う間に政宗を取り囲む。 「ああ、ちっとばかり散歩してきただけだ」 まったく悪びれもせず政宗が告げる。 どうやら随分と案じていたらしい家臣たちだが、政宗の飄々とした態度に口を挟む者はいない。 なにしろ彼こそがこの地をまとめる王なのだ。絶対的な存在である政宗に真っ向から意見できるのは、伊達家中広しといえども、そうそういない。 ぐるりと傅く連中の顔触れを見渡した政宗は、ふと、その中に見慣れた側近の姿が見当たらないことに気付いた。 いつもであれば、その男が真っ先に出迎えにやって来るはずだった。 そして、容赦なく叱りつけてくるだろう。 政宗は眉を潜めた。 進んで怒られたいわけではないが、いなければいないで気になる。 「小十郎はどうした?」 政宗が尋ねた途端、何故か家臣たちの間に不可思議な動揺が走った。 「そ、それは……」 「え……えぇっと、ですねぇ……」 躊躇いながら互いの顔をチラチラと見合わせている様子は、誰が答える役目を担うのか、押し付け合っているように見える。 「どうした? いねぇのか?」 「いえ、奥に……」 ようやく一人が口を開くが、返答の内容は要領を得ない。 不自然に歯切れの悪い家臣たちを不審に思いつつ、政宗は馬を降りると屋敷に上がった。 草鞋を脱ぐと、装備を外す手伝いをしようとする者たちが寄ってきたが、政宗は片手でそれらを制して屋敷の中へと進んでいく。勝手知ったる自分の城である。堂々と廊下の真ん中を歩きながら、兜の顎紐を解いた。 廊下の先々で出くわす者たちは、主君の姿を見つけるなり端に控えて頭を下げた。それ自体はいつもと変らぬ光景だったが、彼らの態度は妙に落ち着きがない。出迎えの者たちと同じような狼狽が城内にも広がっているようだった。 政宗は、違和感にますます首を傾げた。 歩きながら、たまたま目に付いた一人を呼び付ける。 「おい」 「は、はいっ」 帳面の束と算盤を抱えた若い男は飛び上がらんばかりに恐縮した声を出した。彼にとって、奥州筆頭から直々に話し掛けられる機会など、それこそ青天の霹靂のような出来事なのだろう。 「小十郎はどこだ」 政宗は単刀直入に言い放つ。 「はっ、その、恐れながら、それがしには……解りかねます……っ」 片膝を付き、頭を垂れたまま答える家臣の声は、明らかに裏返っていた。 政宗はその場に脚を止め、怪訝な視線で男の頭頂部を見下ろす。 「……お前ら、何か俺に隠しちゃいねえか?」 「めめめ滅相もございません!」 その場にひれ伏す勢いで恐縮する男を眺めながら、政宗は埒が明かないと舌を打つ。主君の不興を買ってしまったのではと怯える男は、傍目にも憐れなほど萎縮していた。この男を責めるつもりもないし、責めたところで何の収穫も無いだろう。 「じゃあいい」 政宗は、あっさりと身を翻した。 再び廊下を突き進んで行く。その背後では、先ほどの男がへなへなと座り込み腰を抜かしていたが、政宗の与り知るところではなかった。 やがて、屋敷の中心部であり、軍議や施政を行う広間に差し掛かる。 だだっ広い板の間に、一人の男が座しているのを見つけた。 「なんだ、いるんじゃねえかよ」 政宗は気が抜けたように呟いた。 廊下から見える姿は後ろを向いているが、間違いなく政宗が探していた人物のものだった。 *サンプル終わり* Novel by 秋原みゆり |
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