最愛ホリデイ

2010.10.31(双竜祭)発行
A5/68P/600円/R-18


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 城内は妙にざわついていた。
 前田が現われたときの騒動はひとまず鎮まったはずだが、と思いながら歩みを進めると、次第に喧噪が大きくなってくる。
 賑やかしさの中心に辿り着くと、予想通り、そこには小十郎の姿があった。
 しかし、一人ではない。
 複数の家臣たちが小十郎を取り囲むように追いかけているのだ。異様な騒がしさの正体は、小十郎ではなく彼らの存在だった。
 小十郎が進む方向に合わせてゾロゾロと動く集団は、まるでカルガモ親子の行進のようだ。もっとも、むさ苦しい男ばかりの連中は可愛らしい面子でもなければ、微笑ましい雰囲気でもなかった。
 彼らは皆、いかつい面相に似合わない焦りと困惑を顔いっぱいに浮かべ、口々に、図面が書状が帳簿がと訴えている。
 我先にと群がる部下たちの顔触れを見回して、小十郎はやれやれと苦笑いした。
「わかったから、お前ら、順番に並べ」
 一喝された彼らが互いに押し合いながらも列を作り始めると、小十郎は先頭に立った者が差し出した図面を受け取った。素早く目を通すと、頷いて押し戻してやる。続けて二番目に並んだ者から渡された帳簿の中身を捲りながら、詳しい事情に耳を傾ける。記録の不備を平謝りする部下に叱責と助言を与えてやると、部下は何度も頭を下げながら退出していった。一方の小十郎は息をつく間もなく、次の用件に向き合っている。
 廊下で繰り広げられている光景を眺めて、政宗は呆れた。
 小十郎は陣羽織を身に纏い、帯刀したままだった。おそらく、帰り着いたところを待ち構えていた彼らに捕まったのだろう。馬を降り、歩きながら相手をしているうちに人数が膨れ上がり、ついに足止めを食らったというところか。
 ふと、小十郎が顔を上げ、こちらに視線を向けた。
 あれだけの人数に揉まれながら、少し離れたところに佇む政宗の気配にまで気付くとは、相変わらず察しの鋭い男である。
「これは政宗様、御前で申し訳ございません」
 小十郎がその場に片膝を付いて深く一礼すると、他の連中も慌てて一様に倣った。
 こっそり見ていたつもりの政宗は決まりの悪さを感じたが、ここで引き返すわけにもいかず、家臣が居並ぶ廊下を進んで小十郎に近付いた。
「帰ってきた早々、囲まれてんのか」
 人気者だな、と揶揄すると、小十郎は生真面目に恐縮した。
「今朝は明け方から不在にしておりましたので、火急の案件が溜まってしまいまして」
「たかが半日だろ」
 言いながら、政宗は低頭する家臣たちの群れを振り返った。
「お前ら、せめて着替える合間くらい待ってやれ」
「申し訳ありません、筆頭」
 彼らも、小十郎が落ち着くのを待ちきれずに質問攻めにした自覚はあるのだろう。神妙な顔で反省している。
 戦場では勇猛果敢に敵を蹴散らす伊達軍の気質は、平時の任務においても変わらず、良く言えば熱心なのだが、度が過ぎると血気に逸る傾向がある。侃々諤々の議論やら、実戦さながらの鍛錬やら、城内のあちこちで喧噪が頻発するのは見慣れた日常だった。
 もっとも、頭領からしておとなしく上座に腰を降ろしていることが苦手なのだ。下の者たちが粛々とした城勤めに向いていなくても、無理からぬことかもしれない。
 そう思って苦笑しかけた政宗は、小十郎の声で現実に引き戻された。
「政宗様、このような場で帰参をご報告するのも憚られますので、後ほど改めて伺います」
 どうやら小十郎は、政宗にとっては今さらの光景でも、むさ苦しいやり取りを見せたことを恥じているようだ。
 何事にも几帳面な男は、取り急ぎの雑務を片付けた後、身なりを整え、しかるべき形式で挨拶をと考えているのだろう。
 しかし、そんな臣下の配慮が政宗の胸には引っ掛かった。
 冷静な対応をとる小十郎とは対照的に、帰城の知らせを聞いただけで一も二もなく飛び出して来た自分の行動が、幼稚なものに感じられたからだ。
 家臣達の手前、鷹揚に振る舞ったつもりだが、不意に主君が現われた不自然さを悟られてはいないか、急に気掛かりになってくる。
 まったく、こいつらを笑えない―――― 政宗は自嘲した。
 親鳥の後追いをする雛でもあるまいに、たかが半日程度離れていただけで帰りを待ち侘びるなど、威風堂々たるべき主君の面目が丸つぶれだ。
 政宗は視線を逸らすと、わざとぶっきらぼうに呟いた。
「別にいい。首尾は上々だったんだろう?」
「はい、それは」
「Good」
 それきり政宗は部屋に引き返そうとしたのだが、背後から近付いて来る陽気な気配に阻まれてしまった。
「おっ、右目の旦那のお帰りかい」
 そう言えば部屋に置き去りにしたまますっかり忘れていたが、騒ぎに興味をひかれてやって来たらしい。
 ひょっこり顔を出した男を見て、小十郎はぎょっと目を剥いた。
「前田慶次……!?」
 反射的に身構えて、腰に差した愛刀に手をかけようとする小十郎に、おおげさに腰を引いて両手を挙げる。
「相変わらず、おっかないなあ」
「てめえ、何故ここにいる」
 小十郎は厳しい顔で詰問する。
 前田慶次の来訪など、城の一大事である。帰ってきたばかりとは言え、耳に入っていなかったことは小十郎にとって痛恨の不覚のようだ。判断を求めて押し掛けながら、誰もこの事を報告して来なかったことに、不甲斐なさも感じたのだろう。相手が並々ならぬ強者とは言え、こう易々と城に入り込まれるようでは、伊達軍の軍師として城の守りも預かる上で危機管理体制を見直さなければならない。
「てめえら、なんで早く言わねぇんだ!」
「ヒィッ、すんませんっ!」
 容赦なく怒鳴りつけられ、集まっていた家臣たちは一斉に身を縮めた。
「てっきり、もう誰かが伝えてるとばかり……」
「知っていたら暢気に立ち話なんかしている場合か!」
 部下相手に今にも説教を始めそうな小十郎の剣幕を見て、政宗が宥めにかかる。
「俺が構うなって言ったんだ」
 そして、手短に経緯を説明してやる。
「こいつがな、お前の野菜が欲しいんだとよ」
「は……?」
 小十郎が呆然として目を丸くする。この男が狼狽を晒すなど珍しいことだが、無理もないだろうと政宗は思った。
「いつぞや鍋の材料を探しに来た前田の奥方から、伊達の野菜は絶品だと聞きつけたらしい」
 先ほど本人から聞いたとおりとは言え、どうにも荒唐無稽すぎる。
「左様ですか……しかし、まさかそれだけの理由で?」
 主君の言葉を疑うのは不忠者がすることだと重々承知している小十郎が、明らかに訝しむのも無理はない。政宗も胡散臭いとは思っているが、慶次の真意など今はどうでもいいことだった。
「そういうわけだから、小十郎、畑から適当に見繕ってやんな」
「いいの? さっすが独眼竜、太っ腹だねえ」
 慶次が景気よく手を叩いた。
 即座に小十郎が威嚇の眼差しを向けたが、慶次は至って気にしていない。よほど肝が据わっているのか、鈍感なのか。
「だが、余所者にタダでくれてやるのも勿体ねえ」
 牽制して、政宗は含み笑いを浮かべた。
「俺と手合わせして、勝ったら、持って行ってもいいぜ?」
「政宗様!?」
 小十郎がぎょっとして政宗を制止するが、聞く耳を持つような政宗ではない。
 これは打って付けの気晴らしだ。











*サンプル終わり*
Novel by 秋原みゆり


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