| 花嫁は伊達にアラズ 2013.3.17(HARU)発行 A5/100P/1000円/R-18 本文サンプル |
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夜半の静けさの中、その男はいつも闇に溶け込むようにして忍んでくる。 ふと、睫毛を揺らした政宗は読みかけの書面から意識を離す。 常人には判別できないが、政宗には廊下を渡って来る段階で既に気配の持ち主が解っていた。そして向こうも、政宗が気付いていることを前提の上で行動している。 外廊下に繋がる控えの間を無言のまま通り過ぎ、奥の襖が音もなく開かれた。 平素であれば、部屋の外から声を掛けて主君の了承を得なければ決して部屋に立ち入ることはないが、この時間に訪れる時だけは例外だった。 日中の喧噪が嘘のように静まり返った城中では、僅かの物音でも響いてしまう。とりわけ、人の話し声は耳に届きやすい。大半の者は眠っているが、警備のための不寝番が屋敷の内外を見回っているため、用心は欠かせなかった。 この城の城主にして、伊達軍の屈強な兵たちを従え、奥州を統べる若き筆頭――― それが政宗だ。 彼と同年代の若者の多くがそうであるように、政宗にも想いを寄せる相手がいた。けれど、自分達の関係は秘められたものだった。 コソコソと隠れるのは性に合わない。悪いことをしているわけではないのだから、もっと堂々と来れば良いと何度か訴えたこともあったが、その度に男は困った顔をするだけだった。あまりしつこく絡むと、寝所に通うこと自体をやめようとするので、政宗も無理強いをするわけにいかなかった。 割り切れ無さが残ったかつてのやり取りを思い出して、政宗は人知れず笑みを浮かべた。これからは無駄な口論をすることはないだろう。 こんな風に密かに逢い引きを重ねる関係は、もうすぐ終わりを告げるのだ。 「政宗様」 そっと身体を滑り込ませるように寝所に入った男は、中央に敷かれた褥の傍らに膝を付いた。城主の寝所と言うからには、部屋は広く厳重な造りになっていて、よほどのことがなければ外部に音は漏れない。ここまで来れば他人に聞かれるおそれがないと確信できて初めて、男はようやく声を発した。 「ご寝所でものを読むのはお目に良くありません」 うつぶせに寝っ転がって、仄かな明かりにかざすようにして数枚の紙を眺めていた姿を見咎める。 第一声がそれか、と内心で呆れつつ政宗は手元の書状を手放した。寝そべったまま頬杖をついて男の姿を眺める。 こんな夜更けにも関わらず、ぴしりとした袴姿だった。まだ少し髪が湿っているようだから、仕事を終え風呂を使った後で改めて着替えたらしい。だったら浴衣でも寝間着でも構わないのに、あるじの面前に出るからには必ず身なりを整えてくる。 そのうえ、利き手には愛用の太刀もあった。城内、ましてや当主の私室に渡る際にまで太刀の携行が許されているのは一人だけだ。黒龍と銘打たれた愛刀を静かに脇に置く姿は無骨そのもので、護衛のためにここに来たようにしか思えない。もっとも、当人の意識も半分以上がそのつもりのようだった。 一方の政宗は、夕餉を済ませると早々に風呂に入ったので、髪なんてすっかり乾いていた。気楽な寝間着姿で、退屈を持て余して随分と前からこうして褥の上でゴロゴロしていた。おかげで既に、薄手の単衣は緩く着崩れている。うつぶせで書を読みながら、脚をぷらぷらと宙に遊ばせるのが癖になっているから、裾が膝まで捲れてしまっている。 寛ぎきった有様を行儀が悪いと言わんばかりに、手早く裾を直してくれる手つきは甲斐甲斐しいばかりで、色めいた雰囲気は欠片もない。 政宗はつまらないなと唇を尖らせた。 「お前なかなか来ないし、何もせずボーッと待ってろって言うのかよ」 「これでも急ぎ支度を調えて来たのですが」 「どうせ畑にでも行ってたんだろ」 「お見通しのご様子で」 「ふん」 「お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした」 拗ねたような物言いを返すと、男は畏まって謝罪を口にするものの、その態度には余裕が見える。 なにしろ年齢は十も年上、しかも政宗が年端もいかない子どもだった時分から養育係として仕えており、片時もそばを離れたことがない。一筋縄ではいかない政宗の性格を誰よりも深く理解している人間だった。 傅役を経て、今では伊達軍の軍師として副将として政宗を支える存在――― 片倉小十郎こそ、政宗が逢瀬を重ねる相手である。 主従の間柄であるとか、同性であるとかいった事実から、小十郎はこの関係を公にしたがらないが、政宗は気にしていなかった。 むしろ、小十郎は俺の男だ! と自慢して回りたいとすら思っている。 「夜にまで畑に行ったって暗くて世話なんかできないのに、何か良いことあるのか?」 「日中は立て込んでいて畑に行けませんでしたので。代わりの世話は頼んでいますが、日に一度は見回りませんと落ち着かないのです」 「相変わらずだな」 小十郎は周囲に散らばっている書類を一枚ずつ拾い集めては、重ねて整えていく。何気なく紙面を目で追って、内容に気付いたのだろう。 「政宗様、これは……」 「おう、ブライダル・プランさ」 このままずっと秘密の逢瀬を続けるつもりだったが、とある事がきっかけとなって、二人は祝言を挙げることになったのだ。 つい先日のことである。 それ以来、政宗は政務の合間をぬっては、祝言に関する計画を練っていた。それはとても楽しい作業で、こうして寝所にまで資料を持ち込んで、眠る前の一時にあれこれと理想を思い描いては幸せな気分に浸っている。もともと、一つのことに夢中になるとのめり込んでしまう性格だ。 すこぶる機嫌の良い政宗に対して、小十郎は複雑そうな表情で顔を曇らせている。 「その……まことにこのような祝言を挙げるおつもりですか?」 「何か問題があるのかよ」 政宗が反論すると、小十郎は言いにくそうに口を開いた。 「派手すぎかと……」 「Ha! これのどこが?」 「これでは婚儀と言うよりも、お祭り騒ぎのような様相ではありませんか」 「似たようなもんじゃねえ?」 「全然違います」 小十郎がきっぱりと否定する。 政宗はのっそりと起き上がると、むっとした表情のまま唇を尖らせた。 「祝言を挙げたいってお前が言ったんじゃねえか」 「それは……始めに政宗様がおっしゃられたことで……」 「でもお前だって挙げるって言ったよな」 「……はい」 「俺は忘れてねぇからな」 途端に小十郎の顔に困惑が浮かぶ。政宗は更に問い詰めた。 「それともアレは、でまかせだったって言うのかよ」 小十郎はぐっと黙り込んだ後、小声で返事を返した。 「いえ……」 「だよな。男に二言はねぇよな」 不自然なほどにっこりとした笑みを浮かべながら、政宗は有無を言わさぬ口調で念を押した。ともすれば、この男が逃げ腰になっていることを知っているのだ。戦場では敵兵どもが裸足で逃げるようないかつい顔をしておきながら、まったく往生際が悪い。 小十郎は思い詰めたように再び顔を上げた。 「ですが、その、あまり大袈裟になさるのはいかがございましょうか。そもそも祝言というのは神仏に誓いを立てる厳かなもの。むやみに華美に行うものではございますまい」 もっともらしく正論を並べる小十郎を、政宗は一蹴した。 「なぁに言ってんだ。俺とお前、奥州筆頭と竜の右目の婚礼だぜ? 半端なパーリィなんて出来るかよ」 政宗は複数の図案を見比べながら唸った。どちらの案も捨てがたく、迷っているのだ。一生に一度きりなのだから、絶対に成功させたいし、思い描いた企画を全部やりたいという思いがある。 「Hum……このプランじゃ城には入りきらねぇかな。いっそ摺上原あたりに特設セットを組むか」 「政宗様、お願いですから少し冷静に、落ち着いてください」 「俺はいつだってクールだぜ」 「小十郎にはそうは見えません」 確かに少々浮かれ気分なのは認めるが、長年の念願が叶ったのだから、舞い上がるのも当然ではないか。 政宗は会場の図面を引いた一枚を手にして、小十郎に躙り寄った。 「いいか小十郎、一つずつ俺が解説してやるから、どれが良いか言えよ」 ぴたりとくっつくように寄り添って、小十郎にもよく見えるようにと図面を拡げると、まるで読み聞かせをしてやるような気分になった。 ふと、政宗の脳裏に幼い頃の思い出がよみがえる。小十郎が己の傅役だった時分には、寝る前によく本を読んでもらっていた。本当は眠いのに眠くないと言って、もっと沢山読んでくれるようにせがんだものだ。あの頃とは逆だなと気付くと、こそばゆいような嬉しさが政宗を包んだ。 「そうだ、それからな、式を挙げたらお前の部屋を俺の隣に移そうぜ」 思い出したついでに政宗が提案する。 城主の私室がある棟は中央の奧まった場所にあり、屋敷の造りも調度品も格式が高く、かつ、政宗の好みのとおりに誂えてあった。立派な部屋がいくつも余っているが、政宗の他に使っている者はいない。当主と家臣が同じ棟で寝起きするなどありえないとされてきたからだ。 「滅相もありません」 案の定、小十郎は首を横に振った。 小十郎は他の者たちと同じように、家臣に割り当てられた住み込み部屋の一つを使っている。小十郎の部屋が別棟に離れていることが、政宗はずっと不満だった。 「何言ってんだ。今の部屋じゃ行き来するのにも遠いったらねえよ。部屋なら空いてるし、なんだったら改築するか?」 「いえ、これまでどおりで結構ですから」 小十郎の遠慮など、政宗にとってはもどかしいだけだ。むしろ、凝り性で悪戯好きの性格を焚き付けるようなもので、ならば小十郎が驚いて感激するような部屋を用意してやろうという気持ちが盛り上がってくる。 政宗は思い立ったら即実行型である。 「オーライ、明日すぐに大工の棟梁を呼んで、新居の図面を引かせる」 「政宗様……」 どうせ小言なら耳を貸すつもりはないと思って、政宗は手元の図面をペラペラと捲っていると、小十郎が政宗の手にそっと己の手を重ねてきた。 重なった手の温もりに政宗はどきりとして身動きを止めた。 「ご熱心なのは結構ですが、夜更かしはいかがなものかと」 「Ah? まだ寝るには早いだろ」 「詳しいお話はまた明日お聞かせください」 言いつつ小十郎は政宗からやんわりと図面の束を引き取ると、自分の背後へと押しやった。 それに対して政宗が文句を言うのを忘れてしまったのは、寄り添っていた政宗の肩を小十郎が抱いてきたからだ。いつになく積極的な小十郎の行動に政宗が驚いていると、頬に大きな手が触れて、顔を上向かされる。 「なん……?」 問う間もなく、唇が塞がれた。 *サンプル終わり* Novel by 秋原みゆり |
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