新婚は伊達にアラズ

2013.5.04(SCC)発行
A5/42P/400円/R-18


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いつまでもこうして突っ立っているわけにもいかない。現実を直視しなければ、と小十郎はぐっと気を引き締める。
 敷かれている寝具を改めて見直すと、すべて真新しく取り替えられており、いずれも正絹でくるまれていた。真っ白い布団が放つ光沢が目映すぎると感じたが、小十郎はつとめて冷静を装って近付いていく。
 床の傍らにまで到達すると、とりあえず枕元の近くに正座をした。
 あるじに呼ばれた時は、たいていこの位置に控えている。もっと端の方に下がるべきかもしれないが、あまり遠いと文句を付けられるのだ。
 就寝前の一時、国主の務めから離れてゆったりと寛ぐあるじの姿は、年相応の若者らしく、のびのびとしていて微笑ましかった。つい甘やかしたくなるような愛しさが湧き上がってくるのを、いつまでも傅役気分が抜けないものだと自嘲することで、小十郎は長い間、己の心情を封印していた。
 墓場まで、いや、地獄の底まで持って行くつもりだったのだ。
 主従の関係を越えたのは、あるじが家督を継ぎ、瞬く間に奥州を評定してからしばらく経った頃だった。奥州筆頭となったあるじは、国主として武将として、怖いものなしの勢いがあった。奥州に住む誰もが、彼に熱狂していた。
 ――― 自分もその一人だった。
 あるじを褥に組み敷いた瞬間、小十郎が自身に掛けていた重い錠前は木っ端微塵に砕け散った。
 一度情を交わしてしまうと、二度、三度と関係を重ねていくことを止められない。城中が寝静まった深夜にそっと、人目を忍んで寝所に通うことが当たり前のようになっていた。
 とは言え、あくまでも内密の間柄である。逢瀬を過ごした後、夜明け前には必ず部屋を辞していた。
 間違っても、共寝の枕が用意されていることはなかった。
 小十郎は、延べられた床を前にして目眩のするような思いに駆られ、正座している膝頭を握り締めた。すると、掴んだ寝間着の肌触りは常にない柔らかさで、小十郎の焦燥感を余計に増幅させる。先程から我が身がずっと落ち着かないでいるのは、襦袢の慣れない着心地も一因だった。
 神職の次男坊に生まれた小十郎は、まっさらな絹織物を寝間着に使ったことなどないし、十年を超える城仕えにおいて、自室に下がった後でなければ単衣一枚で過ごすこともなかった。
 湯を使って身を清め、白絹を纏って寝所に侍る。まるで夜伽に上がる側女のようだが、その例えはあながち間違っていない。
 今宵、小十郎は閨に召されたのだ。
 それも、公然と正式な手順を踏まえた上での指名である。
 小十郎が今ここにいることは、城中の誰もが知るところだった。それを思うと小十郎は冷や汗どころか脂汗が滲むほどの居たたまれなさを感じる。
 臣下の身でありながら、主君と褥を共にすると言う僭越、不遜。葛藤ならば、これまでに数え切れないほど繰り返してきた。
 とっくに覚悟を決めたはずだが、何度覚悟をしても、足りるとは思えない。それだけの事の重大さだと認識している。
 だが今さら迷ったところで、後戻りできるはずがない。
 そもそも――― ここが一番問題なのだが ――― 小十郎は不本意ながら閨に引っ張り出されたわけではなかった。
 悶々としている最中、不意に小十郎の顔に緊張が走る。部屋の外からこちらに向かってくる気配を悟って意識が集中する。
 小十郎が居住まいを正して面を伏せると、少しの間を置いて、襖が開かれる。入って来た人物の姿を見ずとも、誰であるのかは解っている。
 悠然とした足取りで寝所に踏み込むと、小十郎と布団を挟んだ真向かいに来たところで立ち止まった。
 おもむろに、ヒュウ、という口笛が聞こえる。
「お誂え向きに調ってるじゃねぇか」
 その声音だけで、あるじの機嫌はすこぶる良いことが窺えた。
「政宗様」
 小十郎は伏せていた顔を挙げることなく、膝の上にあった両手を畳につくと、更に深く低頭した。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
 もっと他に言いようがあったのではないのか。
 しかし小十郎には思いつかなかった。これでは本当に、夜伽に参上した挨拶ではないかと思ったが、後の祭りである。
 唐突に改まって平伏されて面食らったのか、あるじ――― 政宗はしばらく無言でいたが、小十郎がいつまでも頭を垂れたままでいるのは気に入らないようだった。
「顔上げろよ、小十郎」
 促されて、小十郎はようやく面を上げた。そこで初めて、あるじの尊顔を拝することになる。
 政宗もおろしたての白い絹の単衣を身に纏っていた。それはあるじにとっては日常の寝間着であり、小十郎にとっても見慣れた姿である。それなのに、今夜はまるで初めて見たかのように初々しく、眩しく見える。
 小十郎は政宗とまともに向き合うことができず、さりげなく目線を伏せる。
 一方の政宗は、あっさりと絹の敷布を踏んづけて褥の上を突っ切ると、しゃがみこんで小十郎の顔を覗き込んできた。
「なんでそんなガチガチになってんだ?」
「……は、申し訳ございません」
「相変わらず眉間にシワ寄せて、寝巻きが死装束に見えるぜ」
 そう言って政宗がからかってくるが、小十郎は緊張を解くことができない。
「政宗様には、今宵はお疲れではありませんか?」
「Why?」
「その……まことに大掛かりな式でしたから」
「まあ、確かに派手なWedding Partyだったけどな、疲れてなんかねぇよ。むしろまだクールダウンはしたくねぇな」
 にっと唇の端を上げた政宗は、悪戯好きの少年がそのまま成長したような顔をしていた。
「俺たちは祝言を挙げたんだろ」
「はい」
「それじゃあ、今夜が初夜だってのは、わかってるんだよな?」
「……はい」
「なら、さっさと始めようぜ」
 政宗はあっけらかんと言い放つと、小十郎の頭に片手を添えつつ、額に軽く唇を押し当てた。チュッという軽やかな音をたてて、ほんの一瞬の接触の後、政宗は小十郎の前から鮮やかに身を翻す。
 彼に指摘されるほど、眉間に皺が寄っていたのだろうか。小十郎は額に残る羽根のような感触が消えてゆくのを惜しんで、指先で撫でたい衝動に駆られ、はっとして拳を握り込んだ。









*サンプル終わり*
Novel by 秋原みゆり


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