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2007年度優駿エッセイ賞落選作品 もう一つの競馬

07/9/23

 この作品は雑誌『優駿』で毎年行っている「優駿エッセイ賞」に2007年度に応募したものです。2004年に応募した時は初の応募ながら1次選考を通過しましたが、今回は見事に(3年連続)1次選考で落選しました。入選作の著作権はJRAに帰属することになっていますが、本作品は入選はしていないので著作権は私にあると判断し、この場を借りて公開します。昨年に続き今年も優駿10月号の時点で1次選考落ちを確認できたので3年前より1ヶ月早く公開できます(苦笑)。

もう一つの競馬

 みなさんは「優駿」という言葉からどのような馬を連想するだろうか?おそらく「速く走ることができる馬」であろう。馬といえば速く走るために人間が改良を重ねていった動物であるからだ。しかし、速く走る事だけが馬の存在意義なのだろうか?いや、そんなことは無い。力強く走ることも馬の魅力の一つである。

 日本でフロンティアスピリッツの溢れる場所といえば北海道。馬産地として有名であり、牧場見学ファンならお馴染みの地であろう。その北海道には世界で北海道でしか行なわれていない「もう一つの競馬」がある。そう、北海道遺産にも指定されているばんえい競馬である。
 世界で北海道でしか行われていないばんえい競馬であるが、昨年旭川・岩見沢両市が撤退の意思表示をし、北見もそれに追随せざるを得ず、廃止が必至となった。北海道が世界に誇る馬文化であるのでぜひ存続して欲しい。特にばんえい競馬を舞台とした「雪に願うこと」(原題:轢馬)が映画化されて注目を浴びたのだから、もう一度営業戦略・広告戦略を練ってみても良かったと思う。だが、何もせずに廃止決定である。「儲からないからやめます。」北海道遺産であるばんえいの存否にこれだけの理由でいいのだろうか?

 私が初めてばんえい競馬を観戦したのは99年夏、岩見沢競馬場である。岩見沢駅のホームで電車を降りると、そこには馬(ばんえい馬)の大きな木像が飾ってあった。この像を見ても、(当時の)この街がばんえい競馬に力を入れていることが伺えた。かつては平地競走のホッカイドウ競馬も開催されていたが、この時点ですでにばんえい専門競馬場となっていた。
 さて、岩見沢の駅をおりてバスターミナルで競馬場行きのバスに乗りこむ。バスの中では子供が一緒に来ていたおばあちゃんに「どこいくの?」と聞いて、おばあちゃんが「お馬さんを見に。」と答えていた。こういう街で育った子供は「お馬さん」といえばサラブレッドの約2倍の体重を持つばんえい馬のことを思い浮かべるようになるのだろう。
 20分ほどバスに揺られた後、競馬場に到着。やはり普段サラブレッドを見なれている人間にはばんえい馬は大きく感じられる。岩見沢競馬場では以前は普通の競馬も行われていたのでダートコースも用意されていたが、使われなくなったので錆びれている。
 ばんえい競馬はたった200mほどのレースだが、なかなか見ていて熱くなる。馬達が重いソリを引きずりながら人間が歩くスピードと大差の無い速度で走るのだ。スタート時はスタート地点で見ていて、スタート後は最もデッドヒートする第2障害まで歩いて移動し、最後にゴール前まで移動して見るという観戦方法も可能である。
 ばんえい競馬のコースは2つの障害があるが、一番の見所は高い障害である第2障害。第1障害と第2障害の間で馬はいったん息を入れるために止まる。一気に障害を駆け上がるとバテてしまうのでいったん休ませてスタミナを蓄えるのだ。そして一気に坂を駆け上がる。重いソリを引いているため、坂の途中で止まってしまうとえらいことになるが、それでも止まってしまう馬もいる。第2障害を難なく越えた馬だけが、上位争いに参加することができるのだ。
 レース中は馬具に付けてある鈴のようなものがリンリンと鳴っている。と思ったのだが、それは間違い。そりに付けている「おもり」がぶつかり合って金属音が鳴っているのである。また、馬の上ではなく後ろから馬を操る騎手が入れる鞭がやたら強烈である。残酷なように見えるが、ばんえい用の馬は皮膚が非常に厚いので強くいれないと反応しないのである。物を運んだり畑を耕したりといった一般の農耕作業に比べると馬にとってかなり楽だそうである。普段見ている平地競馬に出てくる馬は乗用馬だが、今ここで見ている馬は農耕馬なのである。
 この日の馬券成績はメインの直前で三千円ほどプラスだった。ちなみに中央競馬と違いメインが最終レースである。そのうち三千円をメインレース一番人気の馬の単勝につぎ込む。そしたらその馬は惜しくもニ着。一着はとんでもない人気薄だった。そしてこの日の馬券収支は十円プラス。入場料(100円)にすらならない。それでも、収支は別にしてこの北海道だけで行われる「もう一つの競馬」を見れたことは非常によかった。ぜひ一度見てみる価値はあると思った。

 そしてニ年後もう一度岩見沢競馬場を訪れた。他のばんえいの競馬場も見てみたいのだが、夏休みの時期に開催されているのが私が北海道に行く年は岩見沢競馬場ばかりなのである。午前中は札幌競馬場で中央競馬を観戦して、その後岩見沢へ移動というダブルヘッダーである。
 巨大な馬が重いソリを曳いて力強く走る。その迫力がばんえい競馬の魅力である。普通の競馬はイギリスの貴族が自分の馬のスピードを競わせる遊びに端を発しているいわゆるブルジョワ階級のお遊びが起源となっているが、このばんえい競馬は開拓時代の北海道で働く人たちが木材や荷物を運ばせる馬の能力を競わせるという庶民の生活の中で生まれたものが発展したものなので、より愛着が感じられる。世界中でも北海道でしか見ることのできないレース。見るだけでも価値があるだろう。
 いくら見るだけで価値があるといっても馬券を当てたい。サンデーブライアンとヤマノトップガンというサラブレッドの名前をパクったような名前の馬が揃って出走しているレースがあった。このレースも1番人気ヤマノトップガンの単勝を買うが外れ。メインレースも外しその時点でノーホーラ。残すは最終レースのみ。
 その最終レースはこの日大一番の勝負をする。そしたら堅めのところで馬連が的中。押さえの堅めのところで的中だったので岩見沢駅からのタクシー代程度の儲けだった。

 そのばんえい競馬も3市が撤退したが、「雪に願うこと」の舞台帯広では開催が存続されることとなった。そこで帯広単独開催決定後の帯広競馬場を訪れた。帯広競馬場で行なわれはするものの4市で行なわれる最後の開催である。その日、中央では高松宮記念が行なわれていたが、帯広ではばんえい記念が行なわれていた。ぜひ見てみたいレースなので帯広まで行くことにしたのだ。帯広で場内をうろついていると「雪に願うこと」の看板が何箇所か見られた。
 スタンドに腰をかけていると、隣に座っている地元民のおっさんに声をかけられた。「今日はばんえい記念あるから客は入ってるけどな。いつもはもっと客が少ないんだよ。馬券は売れないしこんなに賞金が安いのなら馬主も大変だろう。」ばんえい競馬の実情を語る生々しい言葉である。ばんえいの大先輩である彼とはいろいろと話した。「帯広だけだと面白くない。岩見沢とか北見などいろいろなコースがあってそれぞれごとに特徴があるから面白いのだ。毎日同じ場所で同じようなメンバーばかりでやっていてもつまらない。」肝の部分をまとめるとこうなる。もの凄くうなずける内容だ。岩見沢以外の3市が無くなると寂しいだけならまだしも、非常につまらなくなるだろうな。帯広はゴールをもっと移動した方が最後に坂ができて面白いだろう。市長にもそう言ってあるのだが「検討します」だけで実現は薄い。・・・ということも言っていた。市長に直談判できるような存在らしい。「ナイター競馬をやらないと昼間働いている若い働き盛りの客はなかなか来れないよ。旭川でもやってるんだから帯広でもできるはずだよ。俺のような年金暮らしの爺さんばかり来ても百円二百円しか買わないんだからしょうがないんだよ。もっとあんたみたいな若い人がいっぱい来ないと。」
 ばんえい競馬では最下級だと約500kgの重量のソリを曳き、クラスが上になるにしたがってソリの重量も重くなっていくのであるが、ばんえいの最高峰のレースばんえい記念(BGI)では1000kg、つまり1トンのソリを引く。それだけの重量を曳いて競走するのだ。下級条件戦と比べてもスピードがあるわけではない。確かに、最も速くスタートからゴールまでを駆け抜けた馬が勝者となるレースではある。しかし、はんえいの魅力は「速さ」ではなく「力強さ」である。通常のレースでは1番目の坂は難なく超えることが多いが、1トンを背負うばんえい記念では1番目の坂ですら息を入れている。息を入れる場面が多く駆け引きも重要なのである。まさに人馬一体。
 ばんえい記念は名手坂本が騎乗するトモエパワーが勝った。帯広記念の覇者である。馬単が的中したと思ったのが2番手にいたミサイルテンリュウがゴール板通過中に止まってしまった。必死でムチを入れるが3番手の馬シンエイキンカイのソリの後端がゴールを通過するまで動かなかった。平地競走のように馬の鼻がゴール前を通過した順番が着順ならば余裕で的中だったのに、最後に大逆転された。最後までわからない。これもばんえい競馬の醍醐味なのかも知れない。

 今年から残念ながら岩見沢・北見・旭川の各市が撤退して北見だけの開催となってしまったばんえい競馬であるが、その存亡の危機にあるばんえい競馬をテーマとして扱った映画「雪に願うこと」がJRA馬事文化賞を受賞した。東京で起業して一時は大成功して華やかな生活を送っていた北海道出身の男が、事業に失敗して多額の借金を抱え、逃げるようにして北海道でばんえい競馬で調教師を務める兄のもとへ身を寄せて居候し、人生の大きな転落を味わいながらも、ばんえいの厩舎の厳しいが温かく人間味の溢れる世界で暮らす話である。
 ばんえい競馬は単なる自治体のカネ稼ぎの場ではなく、北海道遺産にも指定されている「文化」である。だから、ぜひ存続してもらいたいし、また、多くの人にその良さを知って欲しい。今回の受賞は非常に朗報である。世界で北海道にしかない(そして今年からは帯広にしかない)素晴らしい馬事文化なのであるから。


[あとがき]
私のばんえい競馬への思い入れを熱く語ったつもりなのだがワンパンチ足りなかったかな。文字数制限のせいで削った部分が多かったし。このエッセイを書くにあたって雪に願うことを見たのだが、それが作品内にほとんど生かされていない。この作品は残念ながら落選したが、ばんえい競馬は日本が誇る素晴らしい馬事文化だと思うので、ぜひ今後廃止されることなく発展していって欲しいものである。


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