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2013年度優駿エッセイ賞落選作品 日高とウィナーズサークルと

13/9/26

 この作品は雑誌『優駿』で毎年行っている「優駿エッセイ賞」に2013年度に応募したものです。2004年に応募した時は初の応募ながら1次選考を通過しましたが、今回は見事に(9年連続)1次選考で落選しました。入選作の著作権はJRAに帰属することになっていますが、本作品は入選はしていないので著作権は私にあると判断し、この場を借りて公開します。昨年に続き今年も優駿10月号の時点で1次選考落ちを確認できたので9年前より1ヶ月早く公開できます(苦笑)。

日高とウィナーズサークルと

 ホテルを出発してレンタカーを借り、静内から真歌の方面に車を走らせていた。道を一本間違えたらしく、車一台がやっと通れるような山道に入ってしまった。地図で確認すると、その道を抜ければ目的の場所に行く道に合流する様だ。そこで、引き返さずにそのままその道を抜ける事を選んだ。幸い対向車は来なかった。
 車を停めて小休止できる所はないか探したが、私有地以外で車を停められそうな場所はなかった。約束の時間よりは早いが、訪問予定だったその場所の門を抜けて中に入って行く。その場所とはグランド牧場真歌ステーブル。その牧場の見学を予定していたのだ。事務所の横辺りに車を停めて休む事にしよう。

 グランド牧場は、一般の人の見学は不可の牧場であるが、私は前年一口馬主のクラブであるユニオンオーナーズクラブに入会したため見学可能となった。グランド牧場と言えば競走馬のネーミングセンスの素晴らしさでファンになったオーナーブリーダーである。オトコップリ、カミワザ、ホンモノ、イッポンゼオイ、ビッグバン等、例をあげればキリが無い。そんなわけで生産者というよりは馬主としてファンだったのだが、ユニオンに入会したのだから生産者としても応援して行こう。もっとも、ユニオンに入会したのはそのグランド牧場の馬に出資したり牧場を見学に行ったりしたいからという理由が大きいのだが。

 特にスマートボーイという馬が好きだった。最も好きな馬と言っていい。GT勝ちこそ無いが、ダートの重賞で5勝を挙げている名馬である。大穴を取らせてもらったこともあるし、気まぐれで出遅れ癖もあるが、ひたむきな逃げっぷりが好きだった。

 ちなみに、現地で宿泊したのは静内ウエリントンホテル。ユニオン会員特典で割引となる会員御用達のホテルだった。そのホテルはそれからわずか半年後に自己破産を申請し、廃業してしまったのだが、その時はそんな事は知る由もなかった。牧場見学ファン御用達の名門ホテルが無くなるとは残念な事だ。

 牧場の事務所の横に車を停めようとすると、その建物の中から女性が出てきた。時間が予定より早かったので車の中で待機していようかと思っていたのだが、その人が案内の方の様で話しかけてきた。

「いつもホームページでうちの牧場の事を取り上げて下さってありがとうございます。」

そんな事を言われた。ホームページの存在がバレてたのか(笑)。それから、フェイスブックをやっている事も分かっていたらしい。それから、数年前まで社長さんの親戚の方と飲み屋でいつも飲んでいたという話をしたら、「もしかして」と言って事務所に戻り「先生」と呼ばれている人物を連れてきた。その人は関東に住んでいて数年前まで府中の飲み屋を出入りしていたしたまにグランド牧場の所有馬の口取りにも出ていた方で、まさかこんな所にいるわけないと思っていたのだが、やはり別人だった。ただし私が知っているTさんの甥にあたる方らしく苗字も生家の牧場も一緒だった。
 それからアロースタッドにいるものだと思っていた種牡馬スマートボーイがグランド牧場に戻ってきていて、競走馬と同じ厩舎に繋養されているとの事だった。種付けシーズン以外は牧場に戻って来ているそうだ。これは初耳だった。

 牧場ではユニオンで出資している出資馬全てとその他のユニオンの1歳募集馬を見せてもらった。グランド牧場は広くて目的の馬もあちこちの建物にいるので車で移動である。案内の人が牧場の車の運転席に乗ったので、その車に乗って行くのかと思ったら、自分の車でついてくるように言われた。まるで馬しかいないサファリパークの様だ。もちろん馬が放し飼いされている中を走るわけではなく、自由なコースを走っていいわけではないのでサファリパークとは違うのだが。馬の見学は厩舎の中にいるのを見せてもらうという形ではなく、見学予定の馬を厩務員さんが厩舎の外まで引っ張って外で見せていただくというものだった。ひと通り見た後は歩いている所を見せてもらえる。

 出資馬の1頭であるスマートボーイ産駒のレイキッシュボーイを見せてもらった後は、同じ建物にいるとの事で彼のお父さんも見せてもらった。久しぶりの再会。ちなみに最後に彼を生で見たのは8年前のジャパンカップダートで、最下位だった。予約をしていなかったが急遽リクエストに応えていただいてありがたい(当日朝までスマートボーイが牧場に戻ってきているという事を知らなかったので当然予約していないのだが)。

 案内係の人や厩務員さんと話していると「何故うちの牧場を応援するようになったのですか?」と聞かれた。「馬主として競走馬に粋な名前を付けるネーミングセンスが気に入ったから」等と答えていたらグランド牧場の馬の馬名の話となった。そこで、その馬の半妹も見学させてもらった事もあり、ナンテカという馬名の由来を聞いてみた。血統登録では「何てか」としか書かれていない。以前「社長の口癖」だという噂を耳にした事があったのだが、聞いてみるとまさにその通り、噂は本当だった。

 今回の訪問は出資馬とユニオン募集馬を見るという事でそれらの馬がいる場所を回ったのであり全ての施設を見て歩いたわけではないが、グランド牧場は施設面でも日高ではトップクラスに入るのではないかと感じられた。実際2001年あたりに生産牧場の賞金ランキングで社台系3牧場に次ぐ4位だった事もある名門牧場である。また、一般の見学は不可の牧場という事で、お固くて見学者の事も良く思っていない牧場というイメージがあったのだが、そんな事は全然なくて丁寧に対応していただいた。

 半年後、私は東京競馬場のウィナーズサークルの中でレイキッシュボーイと再会した。至近距離で。新馬戦に出走した彼が勝利を挙げ、私は口取り式に参加したのだった。
 レイキッシュボーイはスタートが良くなかったのか、後方からのレースとなってしまった。しかし、徐々に前に出て、直線入り口では先行集団の後ろまで上がって行く。そして、前が壁になっていたが怯む事なく馬群を割るようにして先頭に立つと、そのまま押し切って先頭でゴールイン。
 逃げ馬として名高いスマートボーイ産駒にこんなレースができるとは思わなかった。後方から差しきるのもそうだが、前が塞がっても馬群を割って抜け出してくるなんて、父の現役時代を知っていると想像が付かない。すんなり前に行ければそのまま粘り通して、出遅れたらそこで終了というのがスマートボーイの個性だったのに。スタートが決められなかった時は半ばあきらめたが、良い脚で上がってきた時は「前、開いてくれ」と祈るような思いだった。そして、狭い隙間をこじ開けるようにして先頭に立つと先頭のままゴール。嬉しい新馬勝ち。
 別のクラブでは口取り式に参加した事があるものの、ユニオンの馬では初めてである。東京競馬場での開催にもかかわらず、口取り式に来た会員は私を含め3人だけだった。おそらく申しこめば無条件で権利が当選したのであろう。クラブ自体の募集口数が少ない上に、そんなに人気の馬ではなかったので、満口になっていないのだろう。
 そんな募集価格893万円で大して期待されていなかった安馬でも中央場所で新馬戦を飾ってくれて嬉しい。しかも、応援しているグランド牧場の生産馬で、父は現役時代大好きだったスマートボーイ、母も牧場ゆかりの血統で、凄く愛着のある馬だ。今後も期待したい。
 この日の競馬終了後、府中市内にある競馬ファンが集う某喫茶店(ちなみにそこのマスターもユニオンの会員)に立ち寄ったのだが、会計の際にマスターに「スマートボーイ産駒の新馬勝ちって初めてですよね」と言われた。「どうでしたっけ、確か前に新馬を勝った馬がいたような気が…」とその時はそう思ってそう答えたのだが、調べてみたらレイキッシュボーイが初めてだった。
 スマートボーイ産駒の記念すべき初の新馬勝ち。その馬が自分の出資馬で、しかも口取りに参加できるなんて嬉しい事この上ない。オーナーブリーダーだったからどうにか種牡馬入りできた様なマイナー種牡馬だが、現役時代大ファンだった馬だし、現時点でグランド牧場が現役時代馬主だった馬では唯一の種牡馬だ。これはいい記念となる。また、新馬に強くない血統で新馬戦を勝ったという事は、レイキッシュボーイは今後も更なる活躍ができるだろう。そんな可能性を秘めた馬だ。
 その数日後に骨折が判明して現在休養中だが、復帰後の更なる活躍に期待したい。大好きな馬の数少ない産駒の中で最初に新馬勝ちを収めた馬なので。競馬場に戻って来るのを待ってるよ!


[あとがき]
 思い入れのあるグランド牧場に見学に行ったことと、半年後にそこの生産馬レイキッシュボーイの新馬戦勝ちで口取り式に参加した時のことをつなぎあわせてみました。

 ちなみにグランド牧場見学の様子は当エッセイ集のグランド牧場見学記'12をご覧ください。


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