・・・そっか。
 ほたるちゃんのママは、いないんだったよね。
 あたしはようやくその事に思い当たった。
 前に一度だけ「ママはずっと前に死んじゃったの」って聞いただけで、詳しいことはよく知らない。
 だから普段はそんなこと、私もつい忘れがちになっちゃうんだけど。
 ほたるちゃんのパパは研究で忙しいみたいだし、あのカオリさんっていう人とはほたるちゃん、あんまりうまくいってないみたいだし・・・。
 家族でどっかに遊びに行くことなんて、もう無いと思っているのかも知れない。
 ・・・もしかしたら今日うちに連れてきて、うさぎや育子ママ達と一緒にいさせて、逆に寂しい思いをさせてしまったかも・・・。
 やっぱり、余計なこと、しちゃったのかな。
 そんなことをあたしが思い始めた頃。


あかいめだまのさそり
ひろげた鷲のつばさ
あをいめだまのこいぬ
ひかりのへびのとぐろ
オリオンは高くうたひ
つゆとしもとをおとす

 小さな、でもとても澄んだ声。
 ほたるちゃんの、歌声だった。
 空の向こうを見つめたまま、ほたるちゃんがささやくように歌い出したのだ。
 「すごーい!きれいな歌だね。なんていうの?」
 ほたるちゃんはハッとして、ちょっと照れたように顔を赤らめながら、
 「『星めぐりの歌』っていうのよ。その天の川を見た時にママが教えてくれたの
 本当は続きがあるんだけど・・・忘れちゃったな。もうずうっと前のことだから」

 
「ほたるちゃん・・・。  ごめんね。ママのこと、思い出させちゃって」
 「えっ?」
 ほたるちゃんはびっくりしたようにあたしの顔を見た。
 「うん、だって、もしかしたら辛い思いさせちゃったかなぁって、そう思ったから・・・」
 あたしのその言葉を聞いて、ほたるちゃんは黙った。
 やっぱりそうだったのかなぁと私が後悔しかけた時、ほたるちゃんはゆっくりと首を振った。
 「そんなこと、ないわよ」
 え、という口をしたままで固まったあたしの顔を見ながら、ほたるちゃんは続けた。
 「今日は本当に楽しかった。ありがとう、ちびうさちゃん。
 何だか久しぶりにね、ママのこと、ちゃんと思い出せた。
 ママが死んじゃってから、ずっと私悲しくて恐くて寂しくて、泣いてばかりいたの。
 ・・・でもいくら泣いても、ママは戻ってきてくれない。
 パパは研究室にこもるようになっちゃったし、あれから私は一人になっちゃったの。
 ママの事とか昔の事を思い出すと寂しくなるから、それからはもう、前からずっと私は一人だったんだ、だから別にいいんだ・・・って思うようにしたの。
 そうしたらいつの間にか、本当にママの事とか昔の事とかを、あんまり思い出さないようになっちゃって・・・自分でも、忘れたんだと思いこんでた」
 「・・・・・」
 「でもね、今日一日ちびうさちゃん達と一緒にいて、こうやって一日を過ごしたことが、やっぱりすごく楽しかったの。
 そしたらちゃんと、またママの事思い出せたんだ。
 前は思い出しても辛いだけだったけど、今日は違ったの。あの時も楽しかったし、今日も楽しかった。だからだと思う」
 それにね、このお部屋、その時泊まったバンガローの部屋に感じが似てるんだよ。それもあるのかもね。
 ちょっと笑って、ほたるちゃんは付け加えた。

 「――ね、ちびうさちゃん」
 「?なあに?」
 「いつか・・・さ」
 ほたるちゃんはためらうようにちょっと口ごもって、けれども思い切ったように続けた。
 「いつか、二人で星を見に行きたいね。
 あの山で見た天の川、ちびうさちゃんにも見せてあげたいな。
 ちびうさちゃんと二人で、あの星空をもういっぺん見てみたいの」
 照れくさそうだったけど、にっこり笑いながら言ってくれた。
 その笑みからは、寂しさの影はすっかり消えていた。
 「うん、行こうよ、行こう!
 絶対行こう!いつがいいかなぁ?」
 「ふふ、ちびうさちゃんったら、せっかちね」
 あたし達が顔を見あわせて笑い声を上げていると、コツコツというノックの音が聞こえてきて、床板が開いてうさぎが顔を出した。
 「ちびうさー、ほたるちゃーん、お風呂空いたよー」
 「ハーイ、今行くー!
 行こっか、ほたるちゃん」
 「ええ」
 ほたるちゃんはパジャマを持って、うさぎの後について先に梯子を降りていった。
 あたしも降りていこうとして、もう一度窓の方を振り返った。
 立ち並ぶ家の影に、小さな月がゆっくりと沈んでいこうとしていた。


あかいめだまのさそり
ひろげた鷲のつばさ
あをいめだまのこいぬ
ひかりのへびのとぐろ
オリオンは高くうたひ
つゆとしもとをおとす

アンドロメダのくもは
さかなのくちのかたち
大ぐまのあしをきたに
五つのばしたところ
小熊のひたひのうへは
そらのめぐりのめあて


・・・いつか、必ず。
約束だよ、ほたるちゃん。

(終)


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