気がつくと病院のベッドにいた。

「はじめまして、遠野志貴くん。回復おめでとう」

初めて見るおじさんは、そう言って握手を求めてきた。

「志貴くん。先生の言っていることがわかるかい?」

「・・・・いえ。僕はどうして病院なんかにいるんですか?それに志貴って誰ですか?」

「覚えてないんだね。無理も無い。君は交通事故に巻き込まれて、ガラスが胸に刺さって、とても助かるような状態じゃなかったんだよ」

おじさんはニコニコとした笑顔のまま、なにか、お医者さんらしくないことを言う。

   ひどく。

    気分が悪くなった。

「眠いです寝て良いですか?」

「ああ、そうしなさい。今は無理をせず、体の回復に努めるのがいい」

お医者さんは笑顔のままだ。

はっきりいって、とても見て入られない。

「先生、聞いて良いですか?」

「何かな志貴くん」

「なんで、そんなに血だらけで働いているんですか?それにそこにいる。青いたぬきはなんですか?」

お医者さんはほんの一瞬笑顔を崩したけれど、またすぐにニコニコして部屋から出て行った。

「やはり脳に異常があるようだ。脳外科の芦家先生に連絡を入れなさい。それと精神に異常をきたしている疑いがあるな。午後はカウンセリングをするように」

お医者さんは、僕に聞こえないように、こっそりと看護婦さんに話しかけた。

「へんなの。なんで、周りが全部ぼろぼろだったり、血だらけの人がいたりするんだろ?」

周りにはどう見ても動き回って良いように見えない人や今にも衰弱死しそうな老人で溢れていた。

それにあの青いたぬき。すごく悪い目つきで僕の事を見ている。

「君は誰?」

僕は勇気を振り絞ってそれに話しかけた。

「やっと話す気になったか。我はお前が話しかけてくるのをずっと待っていた」

「え・・・?」

待っていた?僕が話しかけるのを?

「我はお前の未来を変えるために未来からやってきた。猫型ロボット断じて、狸ではない」

なるほど、さっきからこっちを睨んでいたのは、なかなか話しかけないことに苛立って睨んでいたのではなく、狸呼ばわりされたからだったのか。

「・・・ねぇ」

「なんだ?」

「君の名前は、なんていうの?」

「我の名か。本来ならばお前のような下等な人種に名乗る名など無いが、この際だ。いた仕方が無い。我は、製造ナンバーZGMF−91A、ドラ○○○。ち!世界の修正か。仕方が無い。我のことは、ドラーンと呼べ」

「僕の名前は野比のび太。よろしくドラーン」

そういって僕は青いたぬきもとい、猫型ロボットのドラーンに手を出した。しかし、その手は振り払われ、

「我は馴れ合いはせぬ。それにだ。お前は根本的に間違っている」

「え?」

僕は何か間違ったことを言っただろうか?

「お前の名は野比のび太などではなく、遠野志貴だ」

「そんなわけないよ。僕はみんなにのび太って言われてたんだよ?志貴なんて呼ばれたことなんて無いよ。何かの間違えだよ」

僕はドラーンの言ったことを全面否定した。本当にそんな記憶は無い。

「そうだしずかちゃんに聞いてみればいいよ」

「しずか?」

「うん。源しずかって言うんだ。この町に住んでるはずだから、探して聞いてみなよ」

ドラーンは、なにか考え事をしているように腕を組み目をつぶった。そして、12分後

「ふむ、たしかに源しずかなる人物はこの町にいたようだ」

え?この町にいた?しずかちゃんはまだこの町に住んでいるはずだけど・・・・。

「ドラーン言い方がおかしいよ。いたようだとか言ったら、まるで今はしずかちゃんがこの町にいないみたいじゃないか」

しかし、ドラーンは僕に無常な一言を投げかけた。

「源しずかは、30年前、この町で起きた、一家心中の被害者の名前だ。よってその娘はすでに30年前に死んでいる」

その言葉を聴いたとき僕は、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

その日以来。僕は無気力状態、いわゆる鬱という状態に陥っていた。

周りは死に際みたいな人ばかり。

病院の壁はひび割れ、ベッドはさび付いて今のも壊れそうなものばかり。

そんなものばかり見ていて、気が狂わない方がどうかしてる。

そういえば、一度、ベットのもろくなってる部分を、手で触れ崩したことがある。

触れた部分からぼろぼろ崩れていくのは爽快だった。

でも、その様子を見てた人が、悲鳴を上げて後が大変だった。

どうやって一瞬でベットを、ぼろぼろにしたんだって聞かれたり、

なぜそんなことをしたんだって聞かれたりして大変だった。

説明しろも何も、もともとボロボロだったじゃないかと僕は言ったけど、気が狂ってるとか(このセリフには本当に凹まされた)、そんなことばかり言って、誰も信じてくれなかった。

どうやら僕が見ている光景は僕以外には見えていないらしい。

あの青だぬきは、肝心なところは教えてくれてなかった。

本当にむかつくやつだ。

でも、ここであいつに文句を言えば、またみんなから変な目で見られることになるので自粛する。

そして、月日はたち、冬が終わり、春が始まろうとしていたときだった。僕があの人と出会ったのは・・・。

その日、僕は、心労が積もりに積もって、生きるのにも疲れ、自らの命を絶とうと早朝に病院を抜け出した。

自殺するにしてもほかの人に迷惑をかけたくないし。死ぬときくらい見晴らしのいい場所で死にたいという願いもあり、僕は、病院の裏手の山の頂上で死ぬことにした。

しかし、長い間ろくに歩くこともしてなかった上、今でも事故の後遺症で、日に一度は、貧血による眩暈に襲われている状態だった僕は、山道に入ってすぐに倒れてしまった。

(ああ、頂上まではいけなかったなぁ。でもまあ、このまま、ここで死んでも良いかな)

そんなことを考えながら僕は目を閉じた。

普通に考えれば街に近い山で、しかも山道に入ってすぐなんて所で行き倒れになることなど、ほとんどありえないことだが、そのときの僕の状態だと本当に死んでいてもおかしくなかった。

しかし、山奥ではなかったのが災いして・・・いや、幸いしてと言って置こう。

僕を助け起こす人が現れた。

まどろみの中僕はその人の言葉を聞いていた。

「ち!な・・こ・な・・・。・・・・でも・・か」

(やめて。僕は死にたいんだ。死なせてくれ)

「しかた・い・・・・。・し・・くい・・・・」

しかし僕の願いは聞こえるはずも無く、その人は僕の治療(いまだにどんな処置をしたかはわからない)を続けた。

(こんな世界で生きていっても仕方ないんだ。僕を死なせて)

「よし、これで大丈夫なはずだ。たく、馬鹿じゃないのかこいつ」

(ああ、僕は助かっちゃったんだ・・・。)

正直、死なせてほしかった。でも・・・・。

(何でだろう?この声を聞くと・・・)

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「○○○おきなさい。遅刻するわよ!」

思い出されるのは毎日決まって言われていた言葉。

(懐かしい・・・・。毎朝こんな事言われて起こされてた・・・)

今はもう2度と聞けないであろうあの声。

「起きなさい!」

そうだ。いつもそうやって僕を起こしていた声だ。

(もう二度と聞けないと思ってたママの声だ)

「マ・・マ・・・」

「ママ?私はあなたのような子供がいる年じゃないわ、おねえさんと呼びなさい」

目の前にいたのは、ママとは似ても似つかない見たこともない若い女の人だった。

「ごめんなさい・・・・」

僕は素直に謝ることにした。だって、顔は怒ってないけど、雰囲気が怖かったから。

OK。で、あなた何したいの。自殺?」

「うん。もう生きててもしょうがないか・・」

「じゃあ私の目の届かないところで死んで。目障りだから」

うわ、ストレートに言ったよ。この人。

「どうしたの?死にたいんでしょ。さっさと死にに、いきなさい」

だんだんムカついてきたなぁ。

そりゃあ死にたいって言ったのは僕だけど。そこまで無碍にしなくてもいいじゃないか。

「僕だって死にたいわけじゃないんだ。ただ・・・」

「ただ、なに?」

いつの間にか僕は素直に言葉を出していた。

「いろいろありすぎて、この世界で生きていくのに疲れたんだ・・・」

するとおねえさんはため息をつき、

「わかった。ここで会ったのも何かの縁だし、私が相談に乗ってあげるから話してみなさい」

普通ならこんなことを言われても断るのだろうけど、僕はなぜかこのお姉さんになら話してもいいと思ってしまった。

 

 

それから僕は、青いたぬきのことや自分の事を話した。

ただし、あの周りが変に見えるって言うのは伝えなかった。

この人にまで変に思われるのはとても辛いから。

「ふぅ。あなたのおかれている状況は、だいたいわかったわ」

「え!?」

わかったってあれだけの情報で!?

「私がここに来たのもこのためだったみたいね」

え?

「なんでもないわ。とりあえず、言ってもわからないだろうけど、覚えておきなさい。あなたは、二つの存在が合わさってるの。だからいつ壊れてもおかしくない危うい存在」

「二つの存在・・・」

言ってることは本当によくわからなかったけど。僕には二つの記憶があった。だからそういうものなのだろうということを理解した。

「ああ、もうこんな時間、悪いわね。私、ちょっと用事があるからここまでにしましょう」

そんな中途半端なと思ったけど、それ以上にまたひとりになるのかと思うと寂しくなった。

「じゃあまた明日、ここで待ってるからね。君もちゃんと病室の戻って医者の言いつけを守るんだぞ」

「あ・・・・」

お姉さんはそれが当たり前という風に去っていった。

「・・・・・また明日」

また明日あの人と話ができる。それだけで、あの病室で目覚めて以来感じることのなかった喜びを感じた。