屋敷へ帰る途中にある坂で、翡翠さんらしき人物が、傘をさしこちらへ歩いてくるのが見えた。

彼女は一人で肝試しをしてるかのように、ビクビクしながら、硬い表情で歩いていて、僕の存在にすら気がつかない様子だ。

翡翠はあまり外を出歩かないのだろうか?

そんな疑問を頭に浮かべながら僕は、翡翠に声を掛けた。

「翡翠?」

僕の声に驚いたのか。

翡翠は体をびくっと震わせ、驚きのあまり目を見開きながら(正直この表情は病み付きになる)、僕のほうに顔を向けた。

「し、志貴様!?」

声を掛けてきた相手が自分の知っている人だったからだろう。

翡翠は、一瞬表情を緩ませ、すぐに表情を消した。

「くっ!」

とっても口惜しい。

翡翠のあの安堵した表情。

琥珀さんの笑顔とはまた違った良さがあって・・・。

「あの・・・志貴様?どうかなされたのですか?」

「はっ!?」

気がつくと、翡翠は、頭を抱えてのた打ち回っていた(頭の中で。実際は座り込んでいただけ)僕を、

心配そうな顔で覗き込んでいた。

「ち、近い!顔近い」

僕は勢いよく、翡翠と距離を取った。

ここ数年、女の子の顔を真近に見ることなんてなかった(都古ちゃん除く)僕には刺激が強すぎる。

翡翠もそうなのか、赤面し、バッとさらに僕と距離を置き、顔を背けた。

お、お持ち帰りしたい!

そして部屋に飾っておきたい!

あわよくば、ご主人様と言っておくれ!

・・・・・・。

どれも実現可能じゃないか!!!!

恵まれすぎだろ自分!

ありえなさ過ぎるだろ自分!

ありがとう神様。

僕をこんなおいしい状況においてくれて。

よし!家に帰ったらさっそく、今まで妄想世界のことだったものを実現させるぞ!

「志貴・・・様?」

怪訝な顔で翡翠が声を掛けてくるが、僕にはまったく届かず。

僕は、ブツブツ言いながら、家へ向かって歩き始める。

「お待ちください志貴様!せめてかさの中にお入りください」

ばしゃばしゃばしゃばしゃ

翡翠は、傘を持ち、必死で僕を追いかけるが、僕との距離は一向に縮まらない。

暴走を始めた僕は、ちょっとやそっとじゃ止められない。

「だめ、全然追いつけない」

それでも、翡翠は、必死で僕に追いつこうと走り続ける。

しかし、その努力もむなしく翡翠が僕に追いついたのは、僕が、屋敷の扉を開いた時だった。

 

 

 

がちゃ

「ただい・・・・」

ロビーに入ると,そこには赤鬼がいた。

「お、に、い、ちゃん?今までどこにいたのですか?」

赤鬼改め赤い髪をした秋葉がそう口にした瞬間。

突然周りの温度が数十度下がったような気がした。

いや、実際周りの温度は下がっていないんだけど、彼女の怒気によって、僕自身の体温は確実に低下している。

まさに、極寒の中の裸。

奥歯がガチガチ鳴り、体は震えて動かない。

僕は失念していた。

この屋敷には秋葉という鬼が住んでいたのだ。

家へ帰れば自分の妄想が叶うなんて、それこそ妄想だ。

なんて馬鹿なんだ、撲は!

最強の敵の存在を忘れていたなんて・・・。

いつのまに髪を赤に染めたのか?

昨日は兄さんと言っていた彼女が、今はお兄ちゃんとなぜ言っているのか?

という疑問なんて今はどうでもいい。

このまま、ここに居ては僕はもちろん、翡翠の命も危ない!

そう思うが早いか。

僕はきびすを返し、横でオロオロしていた翡翠の手を引き、扉のほうへ走った。

扉までは5メートル。

手を伸ばせばすぐにでも届く場所だ。

いける!

そう確信したときだった。

「そうは問屋が卸しませんよぉ〜」

「姉さん!?」

ズ・バコォォォォォォン

「なにぃぃぃぃぃ!!!?」

僕は、突如現れた琥珀さんに、箒で殴られ、逃げ延びられる可能性ごと吹き飛ばされた。

「ナイスよ琥珀!あとは私に任せて」

そう言って、秋葉は飛んでいく僕のほうへ右手を伸ばす。

ヤバイ!

あの手は危険だ。

何が危険というのは分からないが、とてもいやな予感がする。

あの手にだけは触れてはいけない。

頭の中で警報が鳴り響く。

何とかあの手から逃れようと試みるがどうしようもない。

だって僕は今吹き飛ばされている最中なんだから・・・。

と、そうこうしているうちに。

がしっ!

「覚悟してね?お兄ちゃん」

ズドドドドドドドド

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ」

体中を赤い炎のようなもので包まれ、全身の体温を奪われていく。

「翡翠ちゃん〜。危ないから離れましょうね〜」

僕は秋葉に首をつかまれ炎みたいなもので包まれているのを確認した琥珀さんは、翡翠に避難をうながす。

「いや、待って姉さん。話をきいて。秋葉様も少しお待ちください!」

翡翠が僕を助けようと、二人に説得を試みてくれる。

翡翠の言葉が届いたのか秋葉は炎のようなものを出すのを止めた。

これならまだ生き残れるかもしれない。

がんばれ翡翠。

僕は掴まれ声を出すことができないほど首を絞められている。

急いでセット期を成功させてくれ、本当にこれはヤバイ!

僕の命は君に掛かっているんだ。

「大丈夫。慌てなくても、後でたっぷり聞いてあげるから、お兄ちゃんの悪行を!」

「秋葉様の言うとおり、後でちゃんと聞いてあげるから今はまっててね翡翠ちゃん」

「いや、そうじゃなくて!」

「じゃ、あつ〜いお灸を添えちゃってください秋葉様ぁぁ」

「使用人に命令されるのは癪だけど、分かってるわ」

翡翠なりの精一杯の言葉も二人には届かなかった。

今も必死の形相で琥珀さんを説得しようとしているが、きっと言葉は届かない。

そして、翡翠の努力むなしく、僕の命は散ってしまうだろう。

だけど気を病まないで。

結果がどうであれ、君は精一杯やったさ。

僕はそれだけで救われる。

「それじゃあ覚悟はいい?お兄ちゃん」

そういうと、僕に最後の言葉を残させるためか。

指の力を少し抜き僕がしゃべれるようにした。

「ああ、存分にやってくれ」

そう僕は告げる。

覚悟は・・・・出来ている。

僕の言葉を聞いた秋葉は、すごくいい笑顔で、

「わかったわ。奪いつくしてあげる」

そう言うと、僕の体はまたあの赤い炎で包まれていった・・・。

 

 

 

あれから数時間・・・。

僕はスネークでも屈服するであろう、拷問を受け続けた。

何度も何度も秋葉に痛めつけられ、気絶しそうになると、更なる痛みを浴びせられ気絶もさせてもらえず。

死に掛けると、琥珀さんに謎の薬を打ち込まれ蘇生させられる。

その薬の副作用で、痛みを伴う幻覚を見、更なる地獄へと導かれる。

そんなことが何度も何度も何度も繰り返され、

僕が何者なのか?どこに居るのか?どうしてこんなことをされているのか?

痛いのが気持ちいいとか思い始めてきたころ。

やっと、翡翠の言葉が琥珀さんに届き、僕は解放された。

後に琥珀さんは語る。

「あれだけのことをされて、心が壊れないなんて、志貴様はやっぱり普通の人じゃありませんよ〜」

と・・・。

 

 

 

後書き

久々の更新です。

そして最短記録更新かもしれません。

次回は長めにしたいなぁ・・・。