深夜。
人々が寝静まる頃。
多くの人々は平穏に時を過ごし、朝を迎えることだろう。
しかし、この世の中には、例外と呼ばれるものが無数に存在する。
その夜、そのホテルは、その例外と呼ばれるものにカテゴリーされていた。
全ての明かりが消えたホテルの通路。
その暗闇の中、一つの人型をした黒い大きな塊が存在した。
「行け、獣たちよ」
瞬間、黒い塊から、無数の黒い獣たちが飛び出し、そこに存在していた、全ての生命をなぶり、引き裂き、食らい始めた。
人々は、逃げ・・・いや、叫ぶことすら出来ぬまま。その生涯を終え、その惨劇を外へ知らせることすらなかった。
中には死んだことすら気がつかなかったものもいるかもしれない。
そして、十数分と掛からぬ間に、全12階のそのホテルに存在していた生命は消えうせていた。
「つまらぬ。俺は何年・・・いや何十年このような刺激のない日々を送っているのだろうか・・・」
血の海の中に散らばる肉片を見つめながら、人型の黒い大きな塊は呟く。
「俺は、あと何年この人格を維持できるだろうか・・・」
人型の黒い大きな塊・・・彼からは、悲壮感がにじみ出ていた。
彼は、ただ快楽のために人々を襲わせているのではなかった。
彼の人格を維持するには、彼の体を構成する獣たちに、定期的に食事を用意しなければならない。
そうしなければ、獣たちの食欲と呼ばれる生存本能に、彼の人格は押しつぶされ、消滅させられてしまう。
そして、それは、彼らにとっては、何の問題もないことだが、彼にとっては、死そのものと言えるものだった。
それを避けるために、彼は、人や動物たちを襲い食らいつくし、人格を維持してきた。
しかし、それももう限界に近い。
いくら、獣たちの食欲を抑えようとも、その食欲に対抗する。彼の人格が、刺激のない毎日を送ることにより衰えて来ている今、獣たちに統合される日もそう遠くはないだろう。
「いや、考えるのは止そう。あいつを殺せば全て済むことだ」
全ての生命が消え失せた場所にいつまでもいる理由もなく、彼はきびすを返し、ホテルを離れようとした。
「久しいな。十数年ぶりか?いや、お前にしてみれば、数百年か?」
突如、浴びせられる声に、この数百年一度もなかったほどに胸が高鳴る。
忘れようとしても忘れられないこの声。
そう、忘れられるわけがない。
このドラ声は、彼が、このようになってしまった原因の一つなのだから。
「ど、ドラ○○○!」
うまく名前が言えない。
緊張のあまり声がうまく出ないのか?
それとも・・・。
そう彼が思案しているうちに、通路の陰の影から青く丸い狸もとい猫型のロボットが現れる。
「心配するな。我の名前を正しく言えないのは、世界の修正のせいだ。
我はこの世界ではイレギュラーな存在だからな」
そう言いながら、それは彼に近づいていく。
昔は見慣れていたはずのその姿に。
彼は、何か違和感を感じる。
数百年ぶりに見たとはいえ、この様な容姿ではなかったのは確かなはずだ。
「お前、本当にドラ○○○なのか?」
ドラ○○○は、こんな目つきではなくもっと温和な目をしていたはずだ。
いや目つきだけではない。
この口調、明らかに別人・・・いや別ロボット。
「ふむ。そういえばお前が知っている我は、すでにねじが一本外れた状態だったな」
そういえば、昔聞いたことがあった。
ドラ○○○は、製造中の事故でねじが一本外れてしまったと。
そして、本来ならば、相当に優秀なロボットだったと。
しかし、この変わりようは異常だ。
ねじ一本でここまで変わるはずがない。
「まさか。お前も・・・」
「おおっと、それ以上は禁句だ」
バシュゥン
瞬間、ドラ○○○から繰り出されるパンチ。
その速さは、まさに光速。
「くっ」
並のものならこの一撃で沈んでいるだろう。
しかし、彼は並みのものではなかった。
彼は、ドラ○○○の腕が届く前に、大量の獣たちを出現させ、それをぶつけ、獣たちがはじけ飛んでいるその僅かな瞬間、飛び退きドラ○○○の必殺パンチをかわした。
攻撃を緩和させたといっても、天下一武道会でのテンシンハンの攻撃が、クリリン並みに下がった程度。
ヤムチャ並みの能力ならば避けることなど不可能なスピード。
「ち、さすが剛田たけし・・・いやネロカオス」
そういうとドラ○○○は、無限を描くように体を振り始めた。
俗に言うデンプシーロールである。
ただのストレートパンチですらあの威力。
それを連続で打たれでもすれば逃げることはおろか、消滅も考えられる。
「本気で俺を消しに来るのかドラ○○○・・・」
と彼は、呟き。ふと我に返る。
何のために、この数百年近寄ることすら避けていたこの極東の地・・・いや故郷に戻ってきたのだ。
あいつを殺しに来たのではないのか?
何を弱気になっている。
ドラ○○○がいるということは、この近くに必ず、あいつもいるはず。
あいつとドラ○○○さえ殺しさえすれば、俺は元の世界に戻れる。
あの二人は、もう戻って来れないかもしれないが、自業自得だ。
俺のこの数百年の苦しみに比べれば、死すら生ぬるい。
これだけ分かっているのだ。
ならばやることは一つ。
「終わりだネロカオス。志貴より先に、我に出会ったことを後悔するのだな」
襲い掛かる光速の打撃。
いや、それはもうただの打撃ではない。
さながら129cmキャノン。
目前に迫る全てを消滅させる弾丸。
次々に飛び出す獣たちを何事もなかったように吹き飛ばす。
彼にはもう、抵抗の余地はなかった。
彼を待っているのはそれに巻き込まれ、消滅するという運命のみ。
しかし、彼は恐怖するどころか、不敵な笑みを浮かべ、
「俺がそのような技のみでやられると思われてるとは、甘く見られたものだ」
そう彼が言った瞬間。
「ナニィィィィィ!!?」
ずるっ
こけた。
それはもう、全力で走っているところをバナナの皮を踏んだような勢いで。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
ドラ○○○は、こけたと言うことを認識するまで数秒掛かった。
そして、その時間が命取りとなる。
隙の出来たドラ○○○一斉に飛び掛る獣たち。
ドラ○○○はなすすべもなく、黒い獣たちに飲み込まれていく。
「覚えておくんだなドラ○○○。ボクサーは足元が弱いということを。まあ、お前に次があればの話だが」
彼は、獣たちで攻撃を緩和しようとしているように見せかけ。
吹き飛ばされた獣の破片で、黒い水溜りと言う罠を作り上げていた。
そして、光速で動くドラ○○○には、それがこの上もない有効な攻撃手段となったのだ。
ドラ○○○はその罠に、まんまとはまってしまった。
すでに半分以上飲み込まれているドラ○○○は、もう自力で抜け出すことは出来なかった。
しかし、そんな状態になっても彼は最後まで諦めはしなかった。
彼は仰向けに倒れたため、ポケットが外界に出ており、まだ秘密道具を取り出すことが出来るのだ。
だが、現在使える秘密道具は皆無。
この世界の制約により、ほとんどの秘密道具は封印され。
唯一、それを使用する手段は、のび太もとい志貴が使用するということ。
しかし、例外として、一つだけ使用可能なものもあった。
それは・・・・、
「志貴の元へいけ、ミニドラ。そして、あれをあいつに渡すのだ」
「ドララァ〜」
場違いなほど元気な声でそれに答え、走り出すミニドラ。
しかし、それを逃がすほど、彼は甘くはない。
「ミニドラか。お前は変わっていないようだな。だが、だからと言って逃がしてやるわけにはいかん」
そういうと、彼は大量の獣たちをミニドラに襲い掛からせた。
「ド、ドララァァァ!?」
慌ててスピードを上げるミニドラ。
しかし、悲しいかな。彼の手足はドラ○○○よりも短かった。
「ドラァ〜」
一斉に襲い掛かる獣たちになすすべもなく、頭を抱えて座り込むミニドラ。
「座り込むな。ミニドラ」
ドラ○○○は、最後の力を振り絞り、ミニドラにポケットの中身を投げつけて吹き飛ばした。
「どらぁぁぁぁぁぁ・・・・・」
あんなスピードで吹き飛ばされると壊れるんじゃないだろうか?
と言うほどのスピードで吹き飛ばされるミニドラ。
しかし、それほどのスピードではないと獣たちを振り切ることは出来なかった。
あとは、ミニドラの耐久力と運に任せるしかないのだ。
そして、最後の仕事を終えたドラ○○○は、その全てを黒い陰に飲まれていった。
「余計なことを・・・。まあいい。あいつ一人が逃げたところで、どうとなる事もあるまい」
彼は、ドラ○○○を飲み込んだ黒い影や獣たちをその体に回収すると、
「これであとは、のび太ただ一人」
きびすを返して夜の闇に溶け込んでいった。
後書き
すごく久々にSSを書きました。
久々すぎて、書くペースが凄まじく遅かった・・・。
そして今回はいつもよりは、シリアス風味なってると思います・・・思いたい。
最後に感想・要望がありましたら、BBSかmonch_suima @ infoseek.jpへお願いします。