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十一月二日(日)
 昨日は神奈川県立音楽堂で、デセイ&カサールのデュオ・リサイタル。日本でオペラのアリアを歌うのはこのツアーが最後というデセイ、劇的表現と歌唱技術と肉体のギリギリのバランスでの、さすが見事な歌。
 ようやく気候が楽になったので、行き帰りとも桜木町駅から紅葉坂を昇降。県立音楽堂や図書館や能楽堂のある掃部山の山上はたしかにいい場所だが、たどりつくまでの国道十六号線付近がなんとも殺風景で不便。往時のようなトラックとダンプだらけで排ガス充満の工業道路という雰囲気はかなり減ったとはいえ、横断歩道の少なさと青信号の短さで歩きにくいのは、車優先の昭和期のまま。
 帰りは駅の方へ近づいてから渡ろうと思ったら、メインとなる西口を通りすぎて、旧駅舎に近い新南口の方まで行かないと渡れないという不便さ。せっかくなので、八〇年代によく車で通った旧駅舎のあたりを見ていこうと思ったら、その跡地らしきあたりのビルの中に、一八七二年に日本初の鉄道が開通して、桜木町駅が最初の横浜駅だったときから走っていた機関車の現物が展示されていた。二等客車のレプリカもついている。近くには初代の駅舎(一八七二~一九二三)付近のディオラマも。初代はいま汐留に復元された新橋停車場の駅舎とまったく同じ設計(使い回し)だった。
 自分が知っているのは一九二七~八九年に使われた二代目駅舎から。昔の国鉄らしく黒っぽく煤けた、暗い駅だった。神奈川県民ホールのバレエやオペラでのバイト(オペラグラス貸し)を終え、十時頃にオペラグラスを積んだ車でこの駅前を通って十六号線に出るとき、明かりは道の向こうの吉野屋ぐらいだった、なんてことを思い出す。
 まだ五時頃だったので、帰路の東海道線からは、雄大な夕焼けが見えた。「でも僕は、夕暮れが好きさ」だったか、三浦淳史さんのすばらしいエッセイがあったなあと、デセイの姿と歌を頭に浮かべながら東京へ。

十一月十一日(火)
 二〇二六年四月より東京芸術劇場の音楽部門の芸術監督に就任する、山田和樹の記者懇談会。
「神奈川の秦野なんてド田舎に育ったので、東京芸術劇場の昔のあのエスカレーターを初めて見たときはびっくりして、未来に来たのかと思った」というヤマカズ。そこから、「コンサートホールというのは未来を感じさせる場所であるべきだ」という、素晴らしい話になるあたりがさすが。
 その新プロジェクト「交響都市計画」の第一弾は、同年五月十日に演奏される水野修孝作曲の《交響的変容》。
 四部構成で約百八十分、百二十分近くかかる第四部では、大オーケストラと六群の大合唱(三百人以上、千人ぐらいが望ましい)を九人の指揮者が指揮するという、かなりクレージーな超大作。
 東京芸術劇場に千人出演したのでは採算がとれないので、作曲家の了承を得て総計三百人(オケは読響)に減らすそうだが、それでも凄いスケール。一九九二年に七百人編成で幕張メッセで初演されて以来、三十四年ぶりの全曲再演。

 これを最初に、演奏困難と考えられている日本人の大作を取りあげる「ムチャぶり」を続けたいというヤマカズさんのシリーズ「交響都市計画」。かつて日本フィルと交響曲第四番を演奏したとき、「自分が作曲したように思えた」というほどの共感を寄せる水野修孝作品がどんなものになるのか楽しみ。十二時開演で十六時半終演予定というから、心して行かねば。
 この日の記者懇談会では、たくさんの記者たちがどんどん質問して和気あいあい。あまり質問が出てこない会見もよくあるので、ヤマカズさんの人柄のよさと好感度の高さを、あらためて感じた。

 水野修孝作品は二〇二七年一月に日本オペラ協会が泉鏡花原作の《天守物語》の新制作を園田隆一郎指揮でやるので、こちらも楽しみ(まだ先の話だが)。人見記念講堂というのが懐かしい。

十一月十八日(火)
 東京のクラシック界、個人的には今年のなかで最も濃密で豪華な期間がまさに今。十四~二十四日の十一日間に十五公演。今日で前半五日間の六公演が終わったがどれも充実、しかもそれぞれの「らしさ」が濃厚に発揮されているのが素晴らしい。
 十四日はNHKホールで、デュトワ指揮N響の生誕百五十年記念のラヴェル・プロ。ダフクロの色彩感と、横溢する生命力。
 十五日はオペラシティで、ノット指揮東響による《子供と魔法》ほか。演奏会形式なのでラヴェルのオーケストレーションがよくわかる。舞台版とは違って、透視図を見るような面白さ。
 十六日はサントリーホールで、ティーレマン指揮ウィーン・フィルのワルツ・プロ。オーストリア、日本、サントリーホールの旗が翻る。いかにもこのコンビらしいワルツ。
 十七日も続けてサントリーで、マケラ指揮コンセルトヘボウの初日。カントロフのブラームスは、オーケストラと絶妙のハーモニーをなす響きと音色のバランスがお見事。
 十八日ははしご。まず午後は新国立劇場で大野和士指揮《ヴォツェック》。ビリーズブートキャンプな鼓手長。すべてを兵営内の出来事に収めることにより、その閉塞感がドラマとキャラをより明快にする。演出も演奏もきわめて素晴らしい。《子供と魔法》と同じく一九二五年初演で、今年が百周年。その二作を続けて体験できる幸福。二十一日には同じベルクのヴァイオリン協奏曲も聴ける。
 夜はマケラ指揮コンセルトヘボウ第二夜。《ドン・ファン》とマーラーの五番と、まるでヤンソンス時代みたいなプロだが、出てくる音楽はマケラならではのもの。超絶的な管楽器のソロと全体のハーモニー。トップが昨夜とかなり交代しているのに、どちらもすごい。

十一月二十五日(火)
 十一日間の「東京勝手に音楽祭」の後半戦、十九~二十四日の六日間九公演の思い出。インタビュー仕事が一つ入ったが、これも個人的には公演を体験するような面白さだったので含める。
十九日昼 ノスタルジック・ショパン
十九日夜 ペトレンコ指揮ベルリン・フィル
二十日夜 ザ・シックスティーン
二十一日 野村萬斎インタビュー
二十二日昼 ペトレンコ指揮ベルリン・フィル
二十二日夜 ノット指揮東京交響楽団
二十三日昼 山田和樹指揮読売日本交響楽団《夕鶴》
二十三日夜 AGIO シューベルトのピアノ五重奏
二十四日昼 びわ湖ホール声楽アンサンブル東京公演

 十九日午後はオペラシティで「ノスタルジック・ショパン」。一八四三年製プレイエルを川口成彦が弾き、ガット弦を張ったエンドピンなしのチェロを上村綾乃が弾き、加来徹が歌と語り。四部構成で、加来がショパンの友人フォンタナに扮し、ショパンの生涯を本人や友人の名曲とともにふり返る。各部でチェロ・ソナタが一楽章ずつひかれる。二十世紀の強靱な音が続くなかで、十九世紀のたわむ響きが心地よし。
 十九日夜はサントリーホールで、ペトレンコ指揮ベルリン・フィル。河口湖公演と同じパターンで、ステージ横の席。ヤナーチェク、バルトーク、ストラヴィンスキー。唖然とする技術と強烈な表現力、あふれるエネルギー。
 家に帰ると強烈なめまいに襲われて、着替えもできず寝てしまう。音疲れか、数日間頭痛が続く。
 二十日昼はひたすら休養。夜はオペラシティでザ・シックスティーン。生誕五百年のパレストリーナがメイン。清流のようなポリフォニーに癒される。「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に」という有名なイエスの言葉をメインとする、生誕九十年のペルトの《皇帝への税金》も印象深し。
 二十一日は、某誌のために野村萬斎さんにオンライン・インタビュー。来年三月に行われるオーケストラアンサンブル金沢との《恋は魔術師》全国ツアーについて聞くのがメイン。
 個人的には、あえて脱線してきいてみた、昨年六月の能『邯鄲』と狂言『唐人相撲』と『ハムレット』を混ぜた「おもちゃ箱」の話が猛烈に面白かった。ノリノリでしゃべってくれたのに、たぶん記事ではほとんど書けない(笑)。こういうのもインタビュアーの役得。体調がまだすっきりしないので、夜の紀尾井ホール室内管公演は失礼して休養。ムローヴァのベルクのヴァイオリン協奏曲は聴いてみたかったが…。
 二十二日十五時からは、ミューザ川崎でペトレンコ指揮ベルリン・フィル。
 川崎はしょっちゅう東海道線に何か起る印象があるため、開演五十分前くらいには駅に着くようにしている。今回もアトレでお茶を飲んでから改札の脇を通ったら東海道線遅延のアナウンスが聞こえてきて、「やっぱりか」と胸をなでおろした。ドールやパユなどベテランもそろってのブラームスの交響曲第一番ほか。しっかりした演奏ではあったけれど…。
 十七時十分前に終演、ペトレンコは定期と同じということなのか、アンコールをやらないのがわかっていたので、飛び出して東海道線に乗る。直前まで乱れていたダイヤが戻っていたので一安心。十七時三十五分頃六本木一丁目駅に到着。少し余裕ができたので、途中で買ったおにぎりとまんじゅうを食す。夜は十八時からサントリーホールで、ノット指揮東京交響楽団の《セレモニアル》とマーラーの交響曲第九番。終楽章でおなかが鳴ったりすると周囲に大迷惑なので、少し食べられてよかった。
 ノット監督最後の定期演奏会なので、ソロ・カーテンコールには楽員もノット・タオルを掲げて登場。感動的な光景。
 二十三日は十四時から、みなとみらいホールで山田和樹指揮読売日本交響楽団の《夕鶴》演奏会形式。いい演奏。十六時半頃《夕鶴》終演、夕食後に浜離宮朝日ホールに移動して、宮田大と横溝耕一の室内楽フェスティバル「AGIO」二日目の夜の部を十八時半から聴く。ロッシーニ、ハイドン、シューベルト、若々しいアンサンブルが気持ちよし。
 二十四日は早起きして、締切の朝十時までに《夕鶴》の速リポ原稿をなんとか書き上げる。字数オーバーで赤字だが、かまわず書きたいことを書きこんでしまう。なるようになれ。字数がある程度自由なのが、ネット記事のありがたいところ。午後は上野の小ホールで、阪哲朗指揮のびわ湖ホール声楽アンサンブル東京公演。ハイドンの《天地創造》(抜粋)とモーツァルトのレクイエム。エレクトーン伴奏の多彩な響きに感心し、若手オペラ歌手十六人の伸びやかな合唱を堪能する。阪さんの指揮もさすが。
 十六時頃終演。「勝手に音楽祭」もついに一段落。体調も戻って寒気が心地よいので、東京国立博物館の前を歩いて、ひさびさに桃林堂へ小鯛焼きを買いに行くところ。お疲れさま。
 今回は途中で体調を崩すなど、さすがに振りまわされましたが、こんなのは一年に一回あるかないか。雑誌などの締切が本格的には来ていない、直前の時期だったので通いきれた。これから十日間ぐらいはここまでのツケを払うために、書いたり謝ったり言い訳したり逃げたり、メールの返信をしなかったり電話に出なかったり(ダメ)する生活の始まり。

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