[外国の医療制度]

[市場原理と医療、米国の失敗から学ぶ](別ページ) 李 啓充 医師/作家(前ハーバード大学医学部助教授)
[カナダの医療保険制度]「医療と教育は全て平等」 東京保険医新聞 2005年4月15日
[日本で発病しなくて幸せだった] 朝日新聞「天声人語」2003年3月14日
[英・待機患者100万人、国営医療・迫られる抜本改革] 讀売新聞 2000年4月18日
[日米医療比較ー国家予算の配分増やせ] 矢永 勝彦 毎日新聞 1999年11月13日
[医療改革の勧めードイツの体験から考える] 南 和友 中国新聞 1993年12月6日

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[カナダの医療保険制度]「医療と教育は全て平等」
東京保険医協会医療政策研究会 東京保険医新聞 2005年4月15日

政策調査部は3月12日、協会セミナールームで日本大学商学部の高橋淑郎教授を講師に招き「カナダの医療制度」について研究会を開催した。これは協会などが主催してこの夏(8月20日から27日)、カナダの医療視察を企画していることから予備知識を得るために行ったもので会員ら25人が参加した。高橋教授はカナダの人口構成などに触れた後、一時間半にわたって講演した。

◆講演概要◆

カナダには「医療と教育はすべて平等」という理念のもと、州ごとの皆保険制度が運用されている。皆保険制度成立の過程は非常に興味深いものがある。1914年、サスカッチュワン州サニア町という、北方の寒くて人口が少なく産業もない貧しい町で、医師に支払う料金や公衆衛生の活動費を税金で賄う制度が導入された。それが成功を収めたことから、州全域に広がり、さらに他の州へと広がっていった。一方、連邦政府は1935年に「国民保険制度」を導入しようとしたが、1867年に制定された英領北アメリカ法に「医療サービス供給の責任は各州にある」と定められていたため、それを根拠にした各州の反対で、計画は頓挫した。その後、1957年に制定された「病院保険および病院での診断のためのサービス法」と1966年に制定された「医療保険法」が統合され、現在の基本法である「カナダ保健法」が1984年に制定され、カナダ全土で皆保険が達成される事になった。医師の就労形態は日本と同じように一人医師開業医が多く「家庭医」や「専門医」を担っている(出来高払い)。病院の多くは公的病院の形態をとっているが、経営は民間の非営利団体が行っている。そこには医師と地域代表、それに必ず現役のビジネスマンを入れなくてはならないことになっている。経営手腕が厳く求められ、経営が赤字になると州政府が院長を更迭することも度々ある。

医療の質確保のために「Canadian Council of Health Service Accreditation (CCHSA)」という評価機構がある。あくまで医療行為の評価を目的とする団体で、医師や看護師、病院事務といった現場感覚のある人たちが行っている。患者の自己負担は、99%が発生しない。「カナダは移民国としても名高いが、移住してから一カ月しか経っていない人も対象となる例もある。医療費は州からの支出(64・4%)などで賄っている(別表)。医療制度を維持するために消費税率15%という高負担があるが余り不満は無いようだ。しかし、国土の広さによる地域ごとの医療格差があり、移民への医療支援には中産階級以下の国民の不満が大きい。一方で、富裕層はより高いレベルの医療を確実に受けるため、国を超え米国へ行ってしまう。日本同様「皆保険制度」を導入しているカナダの制度は、私たちの日本の医療制度を検討する上で参考になろう。※現在、協会は「力テダ医療視察者」を募集中。

医療費の支出別割合
州     64.4%
連邦政府   3.5%
民間保険  30.1%
市町村    1.0%
労災     0.8%
その他    0.2%

医療サービス供給のパターン
(1)標準パターン患者→家庭医→専門医→病院(入院)
(2)地方で専門医が少ないパターン患者→家庭医→病院(入院)
(3)一部の人々の利用パターン患者→コミュティ・ヘルスセンター
(4)都会でのパターン
患者→病院の外来→病院(入院)
患者→HSO→自由選択で病院(入院)
患者→CHO→CHO関連病院で(入院)
(5)救急の場合、時間外の場合患者→病院の救急室

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[日本で発病しなくて幸せだった]
朝日新聞「天声人語」2003年3月14日

北極圏にあるスウェーデンの国立研究所でオーロラ研究を続ける山内正敏さんが、全身の筋肉が動かなくなる難病に襲われた。一昨年10月、41歳のときだ▼発病2日で急速に麻癖が進み、息もできなくなった。3ヵ月たって人工呼吸器がはずれ、4ヵ月後にリハビリテーション病棟へ。筋肉の回復はゆっくりだった。1年後、口で操作していたパソコンをかろうじて手で操れるようになり退院した▼高負担高福祉の国として知られるスウェーデンは、入院中に医療費はかからない。部屋代などとして集中治療室にいるとき月約1万円、リハビリ病棟で約4万円で済んだ。給料は病気になっても9割が無期限に出る。一般的には8割だという▼姉の美佐子さんは独身の弟を気遣い、発病直後と2ヵ月後に病院を訪ねた。家族は患者の心に「寄り添う」だけでよく、日本のように「付き添う」必要はなかった。その分病院には大勢の看護職が働いていた▼まだ全身麻痺状態なので、5人の介護者が交代で24時間つく必要性を行政が認めた。介護者の給料は税金から出るが、法律上の雇い主の山内さんが、非喫煙者などの条件で面接して採用した。入院生活と比べ面倒は増えたが、夜遅くまで友人と酒が飲めるなど自由が快い。今は週に2日通勤し、自宅でも平均2時間パソコンで仕事する▼スウェーデンの福祉制度も経済危機に見舞われ揺れている。それでも、病人を支える制度がこれだけある。「日本で発病しなくて幸せだった」と山内さんはいう。日本に住む身として、考え込んでしまう。

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国営医療 迫られる抜本改革
英・待機患者100万人 入院・手術 1年待ちも・・・
世界の社会保障 讀売新聞 2000年4月18日

ロンドンにある医療支援の慈善団体「カレッジ・オブ・ヘルス」が設けている医療相談窓口に、73歳の男性から電話がかかってきた。「白内障の左目を手術してほしいと言ったら、医師に最短でも9か月待ちだと言われた。片方の目だけじゃ運転もできないし本も読めない。とても待てない」と憤りをぶつけた。別の相談員が取った電話は、ある左官職からの苦情だった。「つい間板ヘルニアの手術を受けたいのに、1年半も待たなければならない。今のままだと重い荷物を運べない。失職する」イギリスの医療が抱える最大の問題の一つが、「緊急を要さない」と判断された患者の入院、手術待ち期間の長さだ。差し迫った生命の危険がないとはいえ、順番待ちの間、患者本人の生活の質は、著しく低下してしまう。こうした待機患者の総数は、今年1月現在、イングランドだけで118万人にのぼり、「カレッジ・オブ・ヘルス」には苦情の電話が毎日寄せられている。同団体の広報担当、ケネス・ヒューズさん(39)によると、ほとんどの患者が、順番待ち期間を告げられた時、そのあまりの長さにショックを受けるという。

イギリスの医療制度は、国民保健サービス(NHS)と呼ばれる診療費無料の国営で、「ゆりかごから墓場まで」に象徴される高度福祉国家づくりを目指した労働党政権が1948年に創設した。日本など多くの先進国が社会保険を活用して医療保障を制度化しているのと異なり、税金を主財源として運営している。戦後間もない時期には、国民が健康になれば医療費も減るとの楽観的な予測もあったが、医療費は年々膨らみ、経済が不振を極めていたイギリスの台所を圧迫。79年に登場したサッチャー保守党政権は、予算に上限を設け、医療費の抑制に踏み切った。予算を抑えれば、サービスにしわ寄せが来るのは避けられない。待機期間の長期化、順番待ち患者数の増大は、医療予算の伸びの鈍化と反比例するように80年代から顕著になってきた。限られた予算の中でサービス向上を図るには、どうすればいいのか。それが、サッチャー以降の歴代政権の課題だった。

だが、改革が奏功したかどうかは評価が分がれる。患者の待機期間が短縮され、1年以上の待機患者が全体の20%から2%程度に減少したとの報告がある一方。待機患者数自体の削減には至らず、ここ数年、100万ー130万人の間を推移する。ヒユーズさんは「患者たちは、最初に言われた期間よりもさらに数か月待つのが通例だ」と嘆く。今冬イギリスは10年ぶりのインフルエンザ大流行に見舞われ、一時病院機能がマヒする状態となり、再び待機患者数が増加に転じた。メディアの激しい批判を浴びたブレア政権は、先月発表した新年度予算案の中で、医療費を今後4年間、毎年20億ポンド(約3400億円)も増やす方針を示した。予算の伸び率が実質年6%を超えるという、60年代並みの大幅な増大だ。

イギリスの医療費の国内総生産(GDP)に占める割合は6.8%(97年)で、欧州連合(EU)の平均8.0%を下回り、先進国では最も低い水準。ブレア政権の新年度予算案は、医療費をEU並みに引き上げることを目標に、国防や公共事業への支出を抑え、医療に重点配分するという「医療優先政策」を明確に打ち出している。だが、イギリス医師会のイアン・ボーグル会長は、その効果に疑問を抱く。「順番待ちの長さに象徴される国営医療の問題は、制度の構造そのものに端を発している。予算をもっと有効に使える、効果的な医療システムを構築しないと問題は解消しない」と、抜本改革の必要性を唱えている。(ロンドン 芝田裕一)

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日米医療比較ー国家予算の配分増やせ
松山赤十字病院外科部長 矢永 勝彦
毎日新聞コラム「言」提案あり! 1999年11月13日

「医療不信」という言葉が聞かれて久しい。臨床医として20年余り、うち3分の1を米国で外科医として従事した経験から、その原因の多くはわが国の医療システムに起因すると考える。問題の第一は医療保険制度。この制度で、一定レベルの医療の供給を達成してきたが、本質は「学校給食」的で、個々の患者の個性や多様性への対応には限界がある。また、医師と医療施設の診療報酬が分離されていないため、医師が病院経営者を兼ねるなど、制度的に過剰診療のチェックが困難である。

第二に医療への国家予算の分配の問題がある。わが国の対GDP(国内総生産)医療費は1997年で7.45%と、米国の13.6%、欧州諸国の約10%に比べて依然少ない。限られた医療予算では、医療の質や医療従事者の人件費は制約を受けざるを得ない。第三に、少ない医療予算の配分に無駄がある。1000人当たりの病床数は13.2床と、米国の3倍、患者の平均在院日数は4倍に上る。医療現場での過剰・不要な診療のチェックシステムの未確立、入院日数のべ払いの入院保険による患者の早期退院への抵抗感などが原因だ。高齢者の医療費負担の極端な軽減策も無駄な受診を助長している。第四に医療従事者の教育体制。医学生教育は知識偏重で実習の割合が依然少なく、卒後教育も全く標準化されていない。学閥の問題も依然残る。わが国の医療においては医療従事者がこうした構造的不備をプロ意識と犠牲的精神で補っている。

公共投資が対GDPの8%と医療費をしのぎ、米国の約4倍にも上るわが国で、医療への不満を医療従事者の怠慢やおごりなどと片付けてしまうのは誤りだ。厚生省は在院日数と病床数の削減、在宅医療の充実、病院の機能差別化など医療費の無駄の削減に着手しているが、現状のままでの各医療施設への過度な合理化の強要は人件費削減など、医療の質を悪化させかねない。内需・雇用拡大の意味でも国家予算の医療への配分増と、それに伴う構造的問題の早急な是正が望まれる。医学・医師教育に関しても、厚生省は近く、医師の卒後2年間の初期研修を義務化するが、これを機に医師の卒後臨床教育とその評価を、大学の医局など各施設の独自性を担保しつつも、全国的に標準化していくべきと考える。

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医療改革の勧めードイツの体験から考える
「患者優先の医局に」「健保制度にも矛盾めだつ」
南 和友(中国新聞 1993年12月6日)

ノルトライン・ウェストファーレン州立循環器病センター教授
昭和21年大阪府生まれ。京都府立医大卒業後、
ドイツ・デユッセルドルフ大留学。同大助手などを経て現職。
専門は心臓外科で、現在は心臓移植チームのリーダーとして移植手術に携わる。

先日、日本の病院でこんな経験をした。心臓のバイバス手術を受けた患者に七種類の薬が出ている。主治医にそれぞれ何の薬かと聞くと、分からないと言う。そばにいた看護婦に聞いても分からない。カルテを取り寄せ、一つ一つ確かめると、本当に必要だと考えられる薬はわずか二種類しかなかった。なぜこんなことが起きるのか、科学としての医学に関しては世界に肩を並べるようになった今、改めて日本の医療体制の矛盾を考えてみたい。

医学より経済学ぶ

私が医学生だったころ、無給医局制解体から始まった医療体制改革の争いの嵐が日本全国を覆った。あれから二十五年たった今、振リ返ってみると、これといって変化したものはない。大学はいまだに多くの医局員を抱え、その数が多ければ多いほどその大学が立派で権威あるかのごとく世間に認められる。医学部を卒業した医者が、アパートの家賃も払えない安月給で大学病院に入局し、関連病院でアルバイ卜に明け暮れる毎日を過ごすという事実。これでは医学、医療を学ぶというより、いかにうまく生活するかという「経済学」を学んでいることになる。加えて、医師の教育という面でもお寒い限りだ。日本の医局には大勢の医局員がおり、確かに医学の進歩のために励んでいる。しかし、多くの大学病院ははっきりとした卒後研修のカリキュラムもない。医師の数が多けれは、一人当たりの症例数も極めて少なくなるのは当然だ。こんな状熊で、どうして一人前の医療ができる医師が育ち得るのか。こうした矛盾を放置している国は日本以外にあり得まい。

無駄な薬の一掃を

私が暮らしているドイツと比べると、健康保険制度そのものにも矛盾が目につく。ドイツも日本と同様、国民皆保険制度がとられており、原則として患者負担はない。だが実際に個々の点に目を向けると大きな違いがある。例えばドイツでは、ある患者が心臓のバイパス手術を受けるとすると、病院は患者が加入する保険会社に手術料(約180万円)のほか、入院診療費(一日三万円程度、簡単な検査料も含む)を請求できる。しかしこの場合、請求できるのは二週間分までで、高価で必ずしも必要でない薬や検査はやればやるほど、病院側が損をする仕組みだ。

外科手術で合併症を起こし、二度も三度も再手術、通常であればほとんど使用しない抗生物質を大量投与、ましてその患者を集中治療室で長期間呼吸管理という事態を招けば、病院側にかかってくる経費は言うまでもない。無駄で高価な薬を多種大量に出す医療機関を一掃し、医療内容の向上や技術を持った医師を養成するためには、こうした制度の導入が不可欠であるはずだ。

古くさい封建的な医局システムにも触れておきたい。古いしきたりに満たされた相撲ですら、実力さえあれば国籍にもかかわらず横綱になることは可能だ。ところが医療に目を向けると、相変わらず博士号取得のために、医局員をしばりつけ、大学関連病院に出張という名目で地方の病院にまわし、運が良ければ教授が定年になり後任になるシステムが温存されている。

封建的学閥なくせ

この点もドイツは全く違う。若い医師は卒業した大学に関係なく、自分の意思で希望する科を決め、卒後研修が充実したところを求めて応募する。そして内科や外科なら六年間、専門医になるトレーニングを受ける。それを終えた後に特別の専門医になりたければ心臓外科、小児外科といった二年のコースを取り、資格を得て次のポストを得るための条件を満たす。さらに学閥を防ぐため、主任教授が退官した場合、その教室の者が後を継ぐことを禁止し、必ず外部から実力のある者を選考する。

ここで勘違いしてもらって困るのは、実力とはあくまでも患者を救う能力のことだ。日本のように学問さえできれば最高の医療を行っているかのごとく考えるのは明かに錯覚である。目の前に苦しむ患者がいるとき、論文をいくら書いても何の助けにもならない。今こそ、日本の医学界は学問だけに閉じ込もるのではなく、どうしたら日本全体の医療体制を良くし、国民の本当の意味での医療を捉供できるか真剣に考えるべきである。政治改革ならぬ医療改革に向け、医学界のみならず厚生省、文部省など行政機関も一体となった取り組みを期待したい。

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