[癌の免疫療法について]

[卵巣癌の手術後二度目の再発で厳しい状態と言われたので免疫療法を行いたい]
[進行食道癌で手術を受けたが再発・転移したため健康食品を使用している、免疫療法は?]
[早期の小細胞癌で手術を受けたが1年後に脳に転移した、リンパ球移入療法は?]
[肝臓に転移した胃癌に活性化自己リンパ球移入療法は?]
[末期子宮癌に免疫療法をしたいが?]
[大腸癌:多発性骨転移、丸山ワクチンとアガリクスにBRPの併用は?]

[4期の進行肺癌と診断されたが諦めきれない、免疫療法は?]

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[卵巣癌の手術後二度目の再発で厳しい状態と言われたので免疫療法を行いたい]

(相談)埼玉県2000.7.12
初めてメールいたします。埼玉県居住の51才自営業の者です。妻の卵巣癌再発でいたたまれなくWEV上の情報からこのホームペイジを知り免疫療法に強い関心を持ちメール致しました。最初に妻の年令・病歴を御説明したいと思います。この7/14日で51才になります。高三の娘と三人暮しです。

H9年11月15日(土) 朝起きると「風邪を引いたようなので寝ているとの」ことで様子を見ていたのですが昼になってトイレに立とうとした時に腹痛で立つこともできずあまりにも様子がおかしいので強引に最寄りの総合病院へ連れて行きました内科・外科と回り異常は無いということでしたが5時間程たったPM6:00過ぎにオペを終わった婦人科の先生が即座に卵巣の腫瘍と判断し緊急手術となりました。レントゲン写真では小さな影でしたが実際は右卵巣がソフトボール程度の大きさでしかも破裂していました。内面には小指程の大きさの物が数本立っています。組織検査を待つ間でも無く「悪性腫瘍」三〜四期と言われました。近いと言うだけで寄った病因ですから失礼を承知で「この病因で問題ないのでしょうか?」と伺ったところ「癌研が一番と思うが。実は私は池袋の癌研にいて大学病院が性にあわずここえ来たのです」との事。しかも「かりに向こうへ行っても後輩達が私と同じ処置をすると思う。ここには癌研と同程度の設備を置き費用も負担にならないよう押さえているのでまかせてもらえないか」と言われました。勿論簡単では無く確率は20パーセント有るか無いかと思う供言われましたが私はその先生の誠実さに賭けてみました。数日後一旦退院し1週間空け化学療法に入りました。その間組織検査や血液の検査結果も聞いたのですが気が動転していて当初先生のいわれた通りの数値程度しか覚えていません。尚、破裂時に飛び散った処は基本的な処置は手術時に行ったと言うことでした。

H9年11/30〜10年7/11日 妻の希望も有り20日入院1ヶ月自宅で休みのサイクルで5回治療を行いました。2回目の治療の途中で経過報告として「非常に薬の効く体質で今まで診た患者の中でも10指に入る。若干の転位部の物も消えたと思う」との事でした。その後もマーカーの数値は10の後半を維持し退院。セカンドオペもやらずに済むと思う。ついては今後の管理の為にも本人にハッキリと病気の内容を説明し月に一度の検査も怠らないようにしたいがどうでしょうと言われ迷ったのですが前向きに病気と戦ってほしいとの気持ちから告知を決断しました。

H11年1/11〜3/13日 17〜8というマーカーの数値が10年の12月末の検査で40程に上がり年明け草々に念のためにセカンドオペと言う事になりました。摘出した左の卵巣と子宮には目立った異常は無くきれいな物でした。先生も永年の経験から卵巣・子宮の感の肉質が若干手で触ると変質しているかなとの事でした。3クールの化学療法中、今回も薬はよく効き数値は10前後まで落ち私達健常者と同等までなり退院時には「二度と入院する事は無いでしょう。」とまで言われ本人は勿論私や娘・親戚も皆喜んだのです。その後の月に一度の定期検診(血液・CT)でも異常は無く常にマーカー数値も安定し10月頃からは3ヶ月一度の検査となり服薬も止めて良いと言われ内心の不安も取れたのです。それでも万が一を考えプロポリス等は少量ですが飲ませておりました。

H12年4月18日 定期検診・血液検査。

H12年4月25日 定期検診・CTスキャン。この時に先週の血液検査の結果若干数値が上がったが通上の範囲での変動で心配する事は無い。スキャンの結果も良好です。そう言われ帰って来ました。私の心に一瞬不安が横切りましたが元気な妻を見るとついついそのままにしてしまったのです。

H12年6月末 私は知らなかったのですがこの4〜5日尿漏れが続き泌尿器科に行き診てもらったが異常は無いと言う事で本人は更年期の影響と判断していた様です。

H12年7月3日 上記の事を聞き「なぜ最初に婦人科へ行かないのか」そう叱りつけ担当医の処へ言ったところ再発を告げられました。午後私が先生と個別に話したところ触診で膣の奥に6センチ程の異常を感じそれが膀胱を圧迫し尿漏れが起きているのでは無いか何れにしても再発に間違い無く7/10より再入院。3クールの化学療法を言われました。しかも今回は薬以外の手立ても無く非常に厳しい状態で薬が以前のように効かないとすれば3ヶ月程度で命が危ない。助かる確率は20パーセント程度と言われました。その折4月の検査での事を確認しましたが、妻の報告通りで全く異常は無く普通の変動幅だったとの御返事です。「では、なぜその後たった2〜3ヶ月の間にこんなになるのか」と質問しましたが明解な回答は得られず、又そんなに早く進行しているのであれば今日にでも入院させて治療をしてほしいとお願いしました。「それはかまわないが1週間の差でどうなると言う事は無く。又月曜入院・土曜退院は本人も望んでいるサイクルだからそうさせてあげなさい。何も今すぐ最悪の結果になるわけでは無いのだから」と説得されました。

H12年7/10〜本日迄 一昨日再々入院し。点滴を続けております。本人はいたって元気ですが精神的なショックは隠しても良く解ります。入院の日の夕方先生との個別の話では膀胱内部に転位の可能性が大きく泌尿器科の先生と連係プレーで対応する。管から直接尿を排泄する事も検討。ただし現在患者の貧血がひどく抗癌剤終了後今月末に輸血。又同じく同時期に膀胱・復膣内のスキャン結果と抗癌剤の適正を診て尿管の設置手術も視野に入れますとの事でした。「ただ今回はハッキリ言って本当に厳しいですよ確率もこの間の通り。ほかには質問は無いですね。じゃ」頭が真っ白になってる私には返す言葉も無くそれで終わりでした。

本日7/12日 CTによる復膣内の検査。明日膀胱ないCT検査予定。

以上長々と経過を御説明致し申し訳ございません。再三に渡り完治を報告されこの結果に正直言って私には医者に対し怒りを感じています。妻は勿論他の患者さん達にも分かりやすい説明とこまめな対応で評判の良い先生です。外来の診断の合間を見て必ず病室を一日に何度か訪れ一人一人に声をかけ回復や進行の度合いを熱心に説明されています。とても良い先生である事は解ります。しかし病人は患者本人だけではありません。妻の発病以来私も有る意味病気になったような気がします。検査の度に「後日私だけが呼ばれるのでは無いか」という不安。体調の善し悪しも患者本人で無いため「疲れた・肩が凝る」等ちょっとの言葉にもびくびくしています。それも最初の発病で心にきめた戦って行くと言う緊張感が「心配無い」「20パーセント」この繰り返しで薄れて行くような気がしています。先生方には何人もの患者のうちの一人で治っても亡くなっても何れは去って行く人なのでしょうか゛我々家族にはどんな結果になっても何時迄も心に残るかけがえのない間柄と言う事を忘れないで下さい。安易な報告では無くきちんと対応を指示していただきたいと思います。患者に健康管理の指事をするように我々にも患者を治す為に何をすべきか、たとえ秘密の事でも連続性の有る情報を伝えてほしいと思います。この三年夫婦二人とも安易な「一喜一憂」に振り回されたような気がします。ともかく愚痴を言っていても始まらないので私はこう考えています。

数野先生がホームペイジで再三おっしゃっているように病気は本人の生きようとする力が一番大切な事と思います。車で例えれば患者はドライバー(どこかえ行こうとする目的・生きようとする望みを持っている者)。医者は車(患者を目的の場所に届ける道具)。我々家族は道路(ドライバーの目的と車を有効に活用させる環境)。うまく言えませんがこんな関係のような気がします。ドライバーがいなければ車も道路も全く必要無いでしょう。でも車と道路が無いとドライバーはどこえも行けません。しかし良く考えてみると車が無くても道路が有ればドライバーは目的の地へ行けるのです。時間がかかり困難では有りますが必ず行き着く事ができるのです。私達家族の関係はそう言う物だと思います。数野先生にお願いが有ります。「佐藤療法」「ハスミワクチン」「腫瘍免疫ワクチン治療法」「自家骨髄移植」等について詳しく教えて下さい。又申込書等の用紙が有りましたら送って下さい。私は上記の理由で担当医を説得し転院も視野に入れて進めて行きたいと思っています。勿論妻の担当医に対する信頼感や新たな病院での環境変化を考えますとそれは最後の選択ですが・・・。何れにしても妻がまだ体力の有る内に行いたいと思っています。確率が20パーセントも有る内に。余命が少なくもまだ3ヶ月も残っている内に、打てる手を統べて打ちたいと思います。AHCCは1週間程前から毎日20錠程4回にわけて飲ませています。その他にもこれはと思う物が有りましたら教えて下さい。始めてでしかも伺うでも無く、長いメールでの突然のお願いで申し訳ございませんがよろしくお願い致します。

(答え)2000.7.13
お答えします。大変ご心配のことと思います。

「佐藤療法」については、私のホームページにもありますし、最近佐藤クリニックのホームページができました。http://www.yscbrp.com/
横浜市中区住吉町1-2 スカーフ会館  横浜サトウクリニック 電話045-641-9650

「ハスミワクチン」につきましては、下記へ問い合わせてください。
東京都杉並区阿佐谷北1-44-6 珠光会診療所 電話03-3338-0701

「腫瘍免疫ワクチン治療法」については知識がありません。

「自家骨髄移植」は強力な化学療法を行う場合に、抗癌剤の副作用対策として行う治療方法です。

参考になる文章がありますので、紹介しておきましょう。

「治癒の条件」治癒というものが、元来、客観性、再現性のないものであれば、統計なんてなんの役にも立ちません。ひとつひとつの症例を克明に記録し、その記録をじっくり読んで、治癒の条件を読み取っていくことです。どういう治療をしたかが関心の的になりがちですが、そうではなくて、その人が病気の中で、どういう生き方をしたかに焦点をあててみてください。治療法そのものよりも、その人が各種治療法にどうかかわっていったのかーというなかに、治癒のヒントがあるように思えるからです。(帯津良一、「私たちがガンを治した体験談集」より)

[講演要旨]ホリスティックながん治療をはじめてから16年が経とうとしています。これまでに一体どのくらいの患者さんと出会ってきたでしょうか。さまざまな患者さんとの出会いを重ね、今思うのは「明日のことはわからない」ということです。突然よくなることもあれば、その反対もあります。予測のつかない展開が起こるのです。しかも、きわめて個性的なものです。がん治療には王道もなければマニュアルも存在しません。「がんほどミステリアスなものはないということですよ。だから(治療として)なにをやってもいいんです」これはロイヤル・ロンドン・ホメオパシック・ホスピタルのがん治療責任者ともいうべきアン・クローバー医師の言葉です。まさに至言です。科学的に検証された方法はそれとして、同じように未だ科学的に証明されていない方法も、どちらもしっかりわきまえていけばいいはずです。長い間、現場で苦労を重ねていれば「これはよく効きます!」とか「こんなものが効くはずありません!」…と断定的なものの見方はできなくなるでしょう。本当にがんほどミステリアスなものはないのですから。

いずれも川越市の帯津三敬病院の帯津良一先生のものです。ではまたいつでもメイルをください。

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[進行食道癌で手術を受けたが再発・転移したため健康食品を使用している、免疫療法は?]

(相談)奈良市2000.3.30
数野先生。はじめてメールをお送りいたします。私の父は71歳になります。現在癌が転移し、あと半年くらいと主治医から言われています。ホームページをいろいろと見ていましたら偶然先生のホームページが目に付き是非ご相談頂ければと思い、メールをお送り致しました。現状、昨年3月頃からのどが詰まる感じがしていたようです。5月に奈良県の天理よろず病院で検査を受けた結果食道癌で治療は難しい。少なくとももとには戻れないと父の前で告知されました。目の前が真っ暗になり、震えがきたのを覚えております。その後父の友人で阪大出身の先生経由大阪府立成人病センターの院長を紹介してもらいました。その際に大丈夫。なんとか出来そうだというお話から第2オピニオンを選択しました。かなり悩んだ結果経験数や先生の力強いお話で外科手術(成人病センター)を選びましたが日本では第2オピニオンは患者側にかなりの度胸と勇気必要と感じました。よろず病院をお断りする際に独特な重圧を感じました。(余談が長くなり申し訳ありません。)

9月に摘出手術を行い、10〜12時間といわれた手術が6,7時間で終了し、成功と言われほっとしました。その後咳から肺に穴が空くというアクシデントがありましたが12月に無事退院し、かなり元気になったのですが2月の診察で首筋に瘤が出来、癌といわれ検査をすることもなく症状から再発と診断されました。多分肺や肝臓に転移しており、もう手の打ちようが無く、半年から年内と言われました。現在は必死になり免疫療法を探しています。アガリスク、マイタケエキス、宝酒造の昆布エキスのアポイダン、バイオブランそして丸山ワクチンを行っております。首筋の癌は放射線を1ヶ月あてておりますが効果は少なく、副作用だけが目立っております。その他、千葉大学谷口先生のNKT細胞療法も問い合わせを行いましたがまだ、動物実験の段階と返事頂き、三重医科大学の珠玖先生の癌ワクチン療法臨床試験に問い合わせ致しましたが、不適格と言われました。ご質問、以下につき教えていただければと思います。

1、友人から聞いたのですが大阪でハスミワクチンをやって直った方がいらっしゃいます。ハスミワクチンとはどのようなものですか?
2、ATK誘導療法とはどのようなものでしょうか?
3、佐藤療法はどのようなもので、どこで治療できるのでしょうか?(奈良市に住んでおります。)
4、丸山ワクチンを現在行っておりますが、1,2,3を併用しても問題は無いのでしょうか?
5、その他主な免疫療法がございましたら情報を頂けませんでしょうか。

ご多忙のところ大変恐れ入ります。この1年間家族で闘病生活を送り、前向きに考えてきましたが最近弱気になっており、なんとか希望を持ちたいと必死になっております。是非ご相談にのって頂けませんでしょうか。宜しくお願い致します。以上取り急ぎご相談まで。

(答え)2000.3.30
お答えします。大変ご心配のことと思います。

1、ハスミワクチンとはどのようなものですか?
免疫療法の一種です。丸山ワクチンと似たようなものだと思います。各地に協力医がいると思いますので、そのご友人に聴いてみてください。わからなければ、珠光会診療所(東京都杉並区、電話03-3338-0710)で聴いてみてください。

2、ATK誘導療法とはどのようなものでしょうか?
京都大学の内田先生(本人が胃癌で死亡)が開発した方法で、自己リンパ球を用いた養子免疫療法の一種です。NHKテレビで特集番組を放送したため爆発的な人気となりましたが、内田先生本人が癌で亡くなってからは、一部の施設で行っているだけだと思います。

3、佐藤療法はどのようなもので、どこで治療できるのでしょうか?
免疫監視療法とも言います。私のホームページに簡単な説明があります。

4、丸山ワクチンを現在行っておりますが、1,2,3を併用しても問題は無いのでしょうか?
問題はありませんが、併用すれば良いというようなものでもありません。

5、その他主な免疫療法がございましたら情報を頂けませんでしょうか。
これらが代表的な免疫療法だと思います。ではまたいつでもメイルをください。

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[早期の小細胞癌で手術を受けたが1年後に脳に転移した、リンパ球移入療法は?]

(相談)大阪2000.2.16
初めてお便りさせていただきます。昨年の2月、私の父が定期検診で肺ガンが見つかり、すぐに手術で右肺の上半分を摘出しました。術後の説明では、小細胞癌ではあったが、とても早期に見つかったのでリンパ節への転移もなく良かった、とのことでした。その後、抗ガン剤の投与を受け、5月には退院、徐々に体力も回復していました。ところが、今年の1月の終わり、急にまっすぐ歩けなくなり、再入院、脳への転移が見つかり、現在は、リニアックの治療を受けています。いずれ再発はあるとは覚悟していましたが、こんなに早くとは思ってもおらず、とてもショックでした。これまで治療のことは、100パーセント先生にお任せしてきましたが、何か他にも出来ることはないかと、探し始めましたところ、知人から東京の吉田クリニックのリンパ球移入療法を聞き、早速パンフレットを取り寄せました。過大な望みは持っていませんが、少しでも余命がのびるなら、痛みが軽減されるならと、治療を受けるよう、2ー3日中にでも父に話そうと思っておりました。ところが今日、インターネット上で、数野先生と大腸癌でEMをのまれている方とのメールのやりとりを読みました。その文章の中に吉田クリニックについての触れておられる部分があり、余り良くない感じでしたので、とても心配になり、こうしてメールを書かせていただいております。この治療法について何かご存じのことがありましたら、是非アドバイスをお願いします。父は8月で69歳になります。ここにいたって初めて、父に、又、側で付き添う母に、娘として何が出来るだろうかと考える毎日ですが、もっと早くにどうして出来なかったのかと、悔いる毎日です。大阪 ○○

(答え)2000.2.16
お答えします。大変御心配のことと思います。東京の吉田クリニックのリンパ球移入療法については、私もそのパンフレット程度の知識しかありません。もし受けるのなら、活性化自己リンパ球移入療法の方が良いように思います。どれをしなければいけないというようなことはありませんので、本人と家族が納得の行く治療方法を選んでください。ではまたいつでもメイルをください。

(返礼)2000.2.18
早速お返事をいただき、有り難うございます。こんなにすぐにお返事をいただいて感激です。改めて、先生のホームページを読ませていただきました。「どれをしなければいけないと言うようなことはありません」という先生の言葉の意味が、もう一つよく分からなかったのですが、他の方のメールを読んでますと何となく分かってきました。治療自体の有効性と言うよりも、その治療を受けて癌と闘っていこうとする患者自身の気持ちが大事なのですね。リンパ球移入療法以外にも、様々な免疫療法があることも分かりました。これまで、父本人も私も、癌に関する医学的な本はたくさん読みました。病院で行われる治療方法についても勉強してきました。もちろんそれも大事なことだったのでしょうが、これからはそれよりも自分自身がどういう気持ちで病気に立ち向かっていくか、わたしたちがどうその気持ちをささえていけるか、ということが大事になってくるのですね。有り難うございました。ホームページに載ってあった色々な本、早速読んで見ようと思います。大阪 ○○

(返事)2000.2.18
メイルありがとうございました。あなたが気付かれた通りです。参考までに帯津良一先生の言葉を紹介しておきます。

「治癒の条件」
治癒というものが、元来、客観性、再現性のないものであれば、統計なんてなんの役にも立ちません。ひとつひとつの症例を克明に記録し、その記録をじっくり読んで、治癒の条件を読み取っていくことです。どういう治療をしたかが関心の的になりがちですが、そうではなくて、その人が病気の中で、どういう生き方をしたかに焦点をあててみてください。治療法そのものよりも、その人が各種治療法にどうかかわっていったのかーというなかに、治癒のヒントがあるように思えるからです。(帯津良一、「私たちがガンを治した体験談集」より)

ではまたいつでもメイルを下さい。

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[肝臓に転移した胃癌に活性化自己リンパ球移入療法は?]

(相談)1999.2.26
ご無沙汰しています。先日、父の胃と肝臓ガンの件で相談いたしました○○です*。その後、父のガンは静かに進んでおり、現在、可能性は低いらしいですが、久留米医大病院で肝臓の病巣に動脈に管を通して、直接抗がん剤をつける治療をやっています。(その他EM-Xとアガリスクも服用してます。)先日、丸山ワクチンなどの免疫療法に否定的だった久留米医大の主治医に、「やるんだったら、リンパ球移入療法は効果があるらしい。」と言われました。それで、先生のホームページを探していたら、峠 哲哉教授の「活性化自己リンパ球移入療法」のことが出ていました。できましたら、もう少し詳しい情報を教えていただければありがたいのですが。ご多忙中誠に申し訳ありませんが、よろしくお願い致します。

(答え)1999.2.26
お答えします。広島大学の峠 哲哉教授の「活性化自己リンパ球移入療法」は、厚生省が認めた高度先進医療の一つです。つまり保険で治療できます。しかし、この治療方法の適応疾患(治療の対象となる病気)は、癌性の胸水または腹水ということになっています。自己のリンパ球を用いて癌を退治し、胸水・腹水の消失を図る免疫療法です。胸水や腹水には80%位の効果がありますが、癌自体を治すことはやはり難しいようです。
問い合わせ先:広島大学医学部原医研外科
担当医:山口佳之先生
FAX:082-257-5868
ではまたいつでもメイルをください。

(返礼)1999.2.27
早々にご返事いただきまして、大変ありがとうございます。とにかく、あきらめずにがんばるだけ、がんばってみます。また、メイルします。

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[末期子宮癌に免疫療法をしたいが?]

(相談)京都1998.11.17
突然、失礼いたします。母は子宮ガンで手術をしましたが、現在、腸閉塞 になり、打開策をさがしているとことです。食事が止められ、イリウス管を使っていますが、お茶を飲むことは、最近許可されました。現在、丸山ワクチンをうっていますが、主治医の許可がもらえれば、蓮見、サトウクリニックを(リンパ球療法)取り組みたいと考えていました。当方は、京都のため横浜まで行くことに(本人をつれていくこと)躊躇しておりましが、遠い場所でも受けられるこの療法が受けられる手続きをお手伝いされているとのこと。手続きに関する方法をご教示下されば幸いです。併せて、蓮見についてもお教え下さい。

(答え)1998.11.17
お答えします。まず、母上の腸閉塞の原因は、子宮癌手術そのもの(今回が手術のための入院)でしょうか、それとも手術から年月がたっての再発でしょうか。丸山ワクチンをうっておられるところから考えれば、再発又は末期癌でしょうか。残念ながら、再発癌や末期癌に対する決め手は、世界中どこへ行ってもありません。病院での治療以外に医師として、おすすめできる治療方法はありません。沢山の民間療法がありますが、どれも同じと考えてよいと思います。丸山ワクチンもその一つです。私は今までに丸山ワクチンが効いたという人を知りません。蓮見ワクチンも、佐藤療法(BRP療法)も同じようなものと思われたほうがよいでしょう。どの治療方法でも自分で求めて、自分でそれに賭けると決めた治療方法であれば、一時的にせよ何らかの効果はあります。しかし、治ることは奇跡以外にありません。現在、サトウクリニックではリンパ球療法は行っていません。BRP療法という治療方法を行っています。もしご希望でしたら資料をお送りしますが、入院のまま受けることは困難かと思います。主治医の先生の全面的な協力がなければできませんし、本来、免疫療法は、十分口から食べることができて、ある程度の体力のある人の場合にしか、効果が期待されませんし、外来通院で行う治療です。目に見えない癌細胞が、体力や免疫力に勝って、目に見える固まりになったものが病気としての癌です。ごく初期の状態や手術で癌を取ってしまった状態のように、闘わなければいけない癌の量が少ないか、癌細胞の強さが弱い(悪性度が低い)場合には、免疫療法の効果が期待できます。免疫療法で癌と闘う力は、ごく弱いものです。一般的に認められた治療方法ではなく、もちろん保険も効きません。ハスミ・ワクチンは直接、東京の蓮見研究所に行くか、もし近くに治療している先生がいれば、そこでできます。

本人自身が最期の望みとして選んだ治療方法一つに賭けるのが良いでしょう。沢山してもほとんど意味はありません。治療を受けているという実感は、丸山ワクチンが一番あると思います。一日おきくらいに注射するからです。ちなみに佐藤療法は、1カ月半に1回の注射です。近くの人の場合には、本人が希望されれば、たとえ末期でも治療していますが、2回目が受けられる人は、ごくわずかです。今までに末期癌で治った人はいません。残された時間をどのように使うかということを考えてあげてください。治るという希望以外にも、人は希望を持つことができます。最期まで希望がもてるように支えてあげてください。ではまたいつでもメイルをください。

(相談)1998.11.18
ご回答いただきありがとうございます。文章が下手で申し訳ございませんが、これまでの状況は次のとおりです。昨年3月検査(様子をみるというかたちになる)7月:検査入院、9月:手術、以降抗ガン剤を月1回のペースで打つ、1〜3月 抗ガン剤を休止、4月:抗ガン剤を再開、5月:腸の癒着で手術。腹膜は種の状況、9月:腸閉塞で入院、丸山ワクチン開始。現在、栄養は点滴で、排出はイリウス管の状況です。絶飲でしたが、外科の先生から水を飲むことの許可が出ました。担当の先生からの説明は、つぎの通りです。がんと肉腫が混在している特殊なケースである。腫瘍マーカーの反応がなかった(こんなことがあるのでしょうか?)。スピードが速い(昨年3月の検査では何もなかったが、7月の検査で見つかったのはのは、スピードが速いことのあらわれとの説明。スピードが速いと認識しているのに、抗ガン剤の休止の期間が長くした理由が不明?)今後の取り組みは、このまま抗ガン剤を打ち、いけるところまでいくという説明でした。こうした説明には、何か心というものが感じられず、焦燥の日々をおくっていましたが、自分でなんとかしたいという気持ち(遅い?)から、東京へ丸山ワクチンをもらいにいき、現在、うってもらっています。佐藤療法についての資料だけでも送ってもらえれば、幸いです。当面は丸山ワクチンでいきます。一日にひとつ笑うことで楽しくしようといっています。

(答え)1998.11.18
お答えします。「がんと肉腫が混在している特殊なケース」ということは、きわめて未分化の腫瘍で悪性度が非常に高いということです。腫瘍マーカーの反応は無いと思います。なお、どのような癌でも腫瘍マーカーは反応が出る場合と出ない場合があります。肉腫では出ないと思います。抗癌剤の効果は一時的で、しかも最初の治療の効果が最大で、次第に効かなくなります。残念ながら病院での治療に決め手となるものはありません。日本の病院での「心というものが感じられない癌治療」の原因は、日本の医療における「緩和ケア」の欠如です。先進国に遅れること約20年です。医療の原点は、知識と技術と心です。日本の医療は、半分の医療です。本日、佐藤療法に関する資料をお送りしますので、主治医の先生とよく相談してみてください。主治医の全面的な協力がなければできません。ではまたいつでもメイルをください。

(報告)1998.12.23
数野 博 様、こんにちは。これまで、いろいろ相談いただきありがとうございます。残念ながら、母は、12月19日に天に召されました。今回の件で、母に対して非常に申し訳なく思っています。気持ちが整理でき次第、そのことについてまたメールを入れさせていただきます。ごく一般的なコミュニケーションのことですが...

荼毘に付された母をみて、非常に驚きましたことをひとつのことについて、メールをさせていただきます。母の足の骨は、奇麗な白色でしたが、脊髄が黄色でぼろぼろでした。これは病気(子宮癌)によるものなのでしょうか?そのとき思いましたのは、これは抗ガン剤で母の脊髄がぼろぼろにされたのではと...悔しくて悔しくて...素人的に思うのですが、脊髄が抗ガン剤でぼろぼろなら、いくら丸山ワクチン等をやろうが、脊髄という根本がやられているため、リンパ球、T細胞、NK細胞、コラーゲン等の発動はあり得ないと思いました。生物学的にどうなのでしょうか?このことで思いますことは、 
・抗ガン剤の脊髄への影響を考えて使用量は決めるべきではないか。
・免疫療法にかけるなら、抗ガン剤の併用は避けた方がやはりいいのではないか。
・医者から治療の選択の提供。 
  Aの方法は可能性が○○%だが、こうなる。
  Bの方法は可能性が○○%だが、こうなる。
今回の件で、医者は人の気持ちや身体がわからない単なる専門ばかだ(人殺し)と思いました。気持ちが整理がつきましたなら、再度、メールさせていただきます。
(そのときの僕のメモ)母のそのときの顔は忘れられない。苦痛ともみえるし、(   )とも...手で必死に生を支えているものの、とらまえきれない状況...僕がもっと早く気がついていればこんなに追い込まれることはなかったのに...僕のいつものパターンに母を引きずり込んでしまった。いずれにしても、僕は母に申し訳ない。ごめん。

(返事)1998.12.23
メイルありがとうございました。母上のご冥福をお祈り申し上げます。癌という病気は、まだまだ人間の力ではどうにもならない病気です。生あるものは、必ず死にます。ご存じのように現在、死因の中で最も多いものが、癌です。私たちは、常日頃から、生と死について考える機会を持つ必要があります。次はあなたの番かも知れません。今回の経験を生かして、死への準備をしておかなければいけません。いかに死ぬかということは、いかに生きるかということです。自分だったらどうするかということを考えておきましょう。自分の生き方は、自分で決めるのが一番良いと思います。癌の治療方法、残された時間の使い方、家族への思いやり、人の役に立つことなど、自分の意志で選んで、自分で決めて、実行できれば、どんな小さなことでも生きがいになります。そのためには、自分の病気についての正しい知識を持つことがまず必要です。告知とも言います。告知されていない人は、孤独です。そばにいて、共に歩んであげることができれば、苦しみは半分になります。早く立ち直って、この経験を悩んでいる人のために役立て上げてください。では、お元気で。さようなら。

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[大腸癌:多発性骨転移、丸山ワクチンとアガリクスにBRPは併用は?]

(相談)横浜1998.9.15
今年70才になる義母(東京板橋区在住)のことで相談します。義母は96年1月にS字結腸癌の切除手術を受けました。最近わかったのですが、手術後CEAの値が下がっておらず、本年になってかなり数値が上がったとのことで、精密検査を繰り返しておりましたが、転移は発見されませんでした。6月に転んだ際、レントゲンを撮ったことから、骨髄の異常が発見され、多発性骨転移との診断で、7-8月は放射線と抗癌剤による治療がなされました。私ども夫婦(家内が長女です)は9月になってからこの事実を知ったのですが、抗癌剤による副作用がかなり出ており、丸山ワクチンのことを(義父母は抗癌剤使用すら理解しておりませんでした)主治医と相談したところ何を使用してもよいとのご返答でした。すぐに手続きに入り、今週中には丸山ワクチンとアガリクス茸による免疫療法に切替える予定です。そこで質問なのですが、以上の治療法とBRPは併用可能でしょうか?9月8日に予定されていた抗癌剤の治療を中止したことで、義母は食欲等元気を取り戻しているようです。私どもは、義母には残された時間に限りがあるとしても日常的に過ごして欲しいと願っています。どうぞよろしくお願いします。

(答え)1998.9.15
お答えします。丸山ワクチンとアガリクス茸による免疫療法に、BRPの併用は可能です。むしろ効果が良くなるかもしてません。横浜サトウクリニックでは、最近BRP療法とアガリスクを併用して良い結果が得られているようです。丸山ワクチンについては意見が分かれるところですが、少なくとも副作用や害はないでしょう。丸山ワクチンの一番の効果は、一日おきに注射をするので、「癌の治療を受けている」という実感を持つことができるという精神的な効果でしょう。一冊の本を紹介しておきましょう。

後藤重則著「苦しまずにガンは治る」現代書林出版1200円
ではまたいつでもメイル下さい。

(返礼)1998.9.15
たいへん早いご返答で驚いています。貴重な情報ありがとうございました。丸山ワクチンが顕著な効果を示してくれる可能性は、それほど大きくはないと思いますが、主治医にとっても本人にとっても、抗癌剤の治療をやめる理由としてはよいのです。まだ、丸山ワクチンによる治療は来週から(アガリクス茸は飲んでいます)で、今月末に再度CEA等の検査を行います。その結果により、BRP療法を選択するかも知れません。よろしく、お願いします。本当にありがとうございました。

(返信)1998.9.16
メイルありがとうございました。埼玉県川越市の帯津三敬病院の帯津良一先生は、色々な民間療法なども取り入れて癌の治療をしています。その豊富な経験から、次のようなことを言っています。

「明日のことはわからない、突然よくなることもあれば、その反対もある。予測のつかない展開が起きる。しかも、きわめて個性的なもので、癌治療には王道もなければマニュアルも存在しない。癌ほどミステリアスなものはなく、治療として何をやっても良い。『これは良く効きます』とか、『こんなものが効くはずはありません』などと断定的なものの見方はできない。」

帯津先生は本も出しています。参考にしてください。ではまたいつでもメイル下さい。

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[4期の進行肺癌と診断されたが諦めきれない、免疫療法は?]

(相談)大津1997.7.10
はじめまして。私の父ですが、肺ガンの4期と診断され、化学療法を行いましたが、腫瘍は増大しているため内科の主治医は、緩和ケアのみにすると言っています。まだ、体力的にも十分あり、普通の生活もできるためこのまま諦めてしまう気にはなれません。本人は、手術を受けたがっていますが、侵襲を考えるとどちらがいいのか決めかねています。いたずらに負担をかけて、QOLを下げるのもどうかと思いますが諦めきれない本人の意思も尊重したいのです。私たちも諦めきれません。免疫療法はどの程度侵襲がかかるのでしょうか?また、何処に行けば受けられるのでしょうか?年齢は60才で、偏平上皮癌、Stage4、肺右上葉肺門部3cm大の腫瘍。転移巣は第8,10肋骨転移。ここから肝臓に食い込むかたちになっています。科学療法中に下血し、原発巣は小腸ではないかと疑われ探したのですが、見つかりませんでした。科学療法をしたのが、6月23日、25日。下血したのが27日。化学療法の評価をしたのが7月7日。腫瘍は若干増大しています。そのため、放射線療法の受けれる病院への転院を進められています。関電病院、または京大病院をすすめられています。本人は、すべて知っています。お忙しいとは思いますが、なるべく早くお返事をいただけませんでしょうか。

(答え)1997.7.11
大変むずかしい状況ですね。中途半端な化学療法は全く意味がありません。しかし、諦めたらおしまいです。諦めずに前向きに生きるための計画をたてましょう。まず、心の持ち方を整理しましょう。倉敷柴田病院の伊丹先生の「生きがい療法五つの指針」が、大変参考になります。私のホームページにありますので見てください。

免疫療法の問題は、ちょっと後回しにします。

原発巣は肺癌(偏平上皮癌、Stage4)ですので、小腸は転移巣です。また、脳転移の可能性が大です。化学療法は、超過激に生きるか死ぬかの状態になる位やらなければ効果はありません。もちろん、癌の化学療法の専門医によって、精密に計画された化学療法でなければなりません。しかし、いずれにしても、末期肺癌の治療に詳しい医師の治療を受けなければいけません。京大、胸部疾患研究所附属病院の人見教授が、肺癌の権威者です。

(1)まず、このような癌専門病院での集学的治療(手術、放射線療法、化学療法などの組み合わせによる治療)の可能性について、検討してもらう必要があります。

(2)次に、今日からでも自分でできる治療の中から、信じられるものを何か選んで、実行する(宗教でも、食事療法でも、健康食品でも、民間療法と呼ばれるものでもよいが、それだけでどんな末期癌でも、治すとか、法外な料金がかかるものは避ける)。

(3)さらに、免疫療法を考えます。今のところおすすめできるものは、佐藤療法とハスミワクチンでしょうか。これらを併用しても良いと思います。佐藤療法は、横浜のサトウクリニックを中心に、全国に協力病院があります(佐藤先生の本に出ています)。ハスミワクチンは、東京都調布市国領町5−45−6蓮見癌研究所(電話0424−82−2037、ファクス0424−86−6452)へ間い合わせてください。いずれも、私の名前を出して下さって結構です。

できればこの三つの治療を組み合わせて行うのがよいでしょう。しかしながら、現時点で癌に対する決め手はありません。私たちのグループの癌に対する闘いの取組から得られた結論は、最終的に癌を癒すのは「自己(自然)治癒力」であり、これを最大限に発揮するために、色々な試みを行ってみなければわからない。何が自己(自然)治癒力を発揮するきっかけになるかは、やってみなけれは分からないということです。裏を返せば、色々な治療で癌を治したという人達の話はおそらく、皆本当だろうと思われます。自分らしい生き方に気づくチャンスと考えて、全力で取り組めば必ず道は開けるものと思います。選んだ道がベストと信じることです。健闘を祈ります。

(その後の経過)1997.8.1
先日はお返事ありがとうございました。現在父は京大病院へ転院し、放射線を当てています。友人から紹介されたアガリクスとビタミン剤も飲みはじめました。しかし、現在のところ、放射線の方はあまり効果が上がらず、副作用の倦怠感が出てきました。CT上も胸水の貯留も認められ、また、転移巣の方も痛みが酷くなっておりMSコンチン六錠、分2でコントロールしています。幸いなことに頭には、MRIでも転移は認めていません。

京大の先生に、免疫療法の相談をしてみたのですが、臨床的には効果のみとめられないとの返事。しかし、行うのなら協力してくれるとのこと、放射線の判定があと2週間後なので本人としてはそれから考んたいようです。とは言っものの、MSコンチンのためか父は傾眠がちなので・…本人が元気になり、なおかつ痛みの取れる方法も父だけのためではなく痛みに苦しんでる人のためにも早く見つけて欲しいと思います、そっいう意味でも佐藤療法はやってみる価値があると思うのですが今は父も、現在行っている治療以外は考えられないようなので私たちも様子を見ているところです。放射線に関しては効果が上がらなければ中止してくれるとのこと(もちろん本人の意向を聞いてからですが)ですのであとは本人の生命力に期待したいと思っています。メールを送ったとたんの返事本当にありがとうございました。これからも、治療がうまく行かなくても本人ともども希望は持っています。お礼が遅くなり申し訳ありませんでした。

(答え)1997.8.2
メール拝見いたしました。とりあえずは京都大学での治療に期待しましょう。佐藤療法も試みてあげてください。京都大学の先生の協力が得られるようですので、いつでも手続きをします。こ希望でしたら書類を送りますので連絡下さい。奇跡を析ります。

(その後の経過)1997.8.11
お世話になっております。現在、父は京大病院で放射線を当てています。また、マルヤマワクチンの方を明日受け取りに行ってきます。ところで、お聞きしたいのはマルヤマワクチン、ハスミワクチン、佐藤療法の同時使用による問題は無いでしょうか?また、佐藤療法を受ける場合、どのような手続きを取ればいいのでしょうか?宜しくお願いいたします。

(答え)1997.8.12
お答えします。いずれも「非特異的免疫療法」ですが、同時使用による問題はありません。佐藤療法を受ける場合、入院中ですので、現在の主治医の先生の協力がなければできません。手続きは、主治医の先生にお願いして、患者さんの病状と血液検査の結果を所定の書類に記入していただき、当方へ郵送又はFAXしていただけば、当方から横浜サトウクリニックヘBRP療法の申込をします。佐藤先生から治療の指示とBRPの液が来ますので、指示に従ってBRP液を静脈注射します。おたくの場合は、横浜からBRP液を主治医の先生宛てに送ってもらい、主治医の先生に静脈注射してもらうことになります。一回の治療の費用は8万円です。ご希望でしたら必要な書類を送ります。

(相談)1997.8.12
ありがとうございます。書類をお送り下さい。それと、BRP液はどれくらいの頻度で打つのでしょうか?宜しくお願いいたします。

(答え)1997.8.13
書類と本を送りますので、主治医の先生にお渡しください。BRP液は、1か月半の間隔で注射して、経過がよければ間隔を延ばします。あくまでも免疫療法ですので、効果が出るまでに1か月位はかかります。しかし、私の経験では注射して早いうちに、気分がよくなるとか、食欲が出るとか、身体が楽になるというような効果がでる人も多いようです。

(相談)1997.8.13
ありがとうございます。宜しくお願いします。

(答え)1997.8.14
昨日、発送しましたが、お盆のため配達は8月18日になるとのことです。もし必要でしたら、主治医の先生とも連絡を取りますので、その時には又ご連絡ください。

(2か月後の報告)1997.10.25
お世話になっております。父の件ではいろいろとご相談に乗っていただきましたが、咋夜19:04に、亡くなりました。せっかく送っていただいた、佐藤療法の書類なども試す間もなく逝ってしまいました。昨晩病理解剖しましたが、両肺、両腎臓、膵臓、脾臓、肝臓、腸管、心臓と、あちこちに転移しており、かなり苦しかったことと思います。でも、最後は、あまり長い時間は苦しまず、穏やかな顔でした。本当に、ありがとうございました。

(答え)1997.10.27
お父上のご冥福をお折り致します、最初にメールを頂いてから、約2か月余りがたちました。ご本人にとっても、ご家族の皆様にとっても、悔いのない2か月だったことと思います。人は(生きているものは)皆いつかは死ななければならないわけですが、元気なときには忘れてしまっています、目の前に「避けられない死」が、迫ってきたときに初めてそのことに気づく場合が多いようです。私たちは、常にそのことを忘れずに、一日一日を、今を、大切に生きたいものです。残された遺族の方々が、父上の死の悲嘆から、はやく立ち直られることをお祈りいたします。

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