[戦争と平和]

<世界が平和でなければ、いのちも健康も守れない>
戦争で平和は得られません、非戦の立場を貫きます。私は殺したくもないし殺されたくもありません。
我が国や国連を中心とする平和外交で戦争を回避しなければいけません。
憲法違反の自衛隊は、世界のどこへでも堂々と行って活動できる災害救助隊にしましょう。

[No more Hiroshima, no more war!]
[日本国憲法前文に見られる平和原理と国際協調精神]
→日本国憲法

[坂の上で自由を叫ぶ] オフィスエム代表 寺島純子『たくらた』Vol.19 SPRING 2010「巻頭言」
[子どもたちに伝えたい平和の心] 日野原重明 全国保険医新聞 第2399号 2008年1月25日
[「ヒロシマの使命」核保有国を動かす年に] 中国新聞 社説 中国地方の視点から 2008年1月5日
[本当に平和主義論じるには「元兵士の戦争観 継承して」] 京都大学院教授 佐伯啓思 中国新聞「現論」2007年12月3日
[人道支援特化を目指せ] 東京外大大学院教授 伊勢崎賢治 中国新聞「識者評論」 2007年11月2日
[被爆体験から平和を訴え続けた永井博士] 中国新聞「天風録」2006年7月19日
[主要国は世界に平和の配当を!] 中国新聞「天風録」2006年7月17日
[「放射線は雨ガッパで防げ」そんな国民保護計画がなぜ通用するのか] 反核医師の会ニュース 第32号 2006年3月31日
[<召集令状>生徒に配り、「非国民」批判も] 毎日新聞 2005年12月17日
[海外で突然の発表] 海上配備型、来年度から開発=ミサイル防衛で数十億円を概算要求−大野長官 2005年6月5日
[憶病がいけないと誰が言った] 米谷ふみ子(米ロスアンゼルス在住)朝日新聞 2003年12月20日
[「イラク特措法成立」乱暴な答弁残して・・・] 中国新聞社説 2003年7月27日
[イラク問題での戦争推進派は誰か] 朝日新聞「天声人語」2003年2月12日
[「外交こそ日本の役割」十分な査察が平和へと導く] 前国連難民高等弁務官 緒方貞子 中国新聞2003年2月8日
[世界をリードしなければならない日本の平和主義] 千田悦子 2001年9月13日

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[坂の上で自由を叫ぶ]
オフィスエム代表 寺島純子『た
くらた』Vol.19 SPRING 2010「巻頭言」

「坂の上の雲」は、予告編が30分の番組になるというほど、NHKが渾身の力を込めた大河ドラマだ。原作者の司馬遼太郎は、自分が生きている間の映像化は許可しなかったそうだ。それは、原作者の意図とは関係なく、映像化されることによって国民の気分が戦意へと向かってしまうのではないか、ということを怖れたせいらしい。端整な男優たちが、きりりとした軍服に身を包んで敬礼する姿はかっこよく、「僕も軍人さんになりたい」という憧れが目覚めてしまいかねない。こういう気分がヤバイのだ。そんなに美化していいのかなあ、そこから過ちが始まっているのになあ、と思う。
大きな歴史の転換点というのは、自然災害のように、ある日突然襲ってくるわけではなく、気づかないうちにそうなっている場合が多い。昨日と同じ日々の中で、ひたひたと世の中は変わっている。歴史の教科書に載っている出来事のどれほどを一般庶民は意識していtことだろうか。考える力や自分の主張をもつことを奪われた国民たちは、おとなしく決めたことに従う。出口の見えない不況で不況で鬱屈した気分の果てに「坂の上の雲」…。甲子園をめざすように、さわやかに戦争に行っちゃいそうな、無気味なムードを感じているのは私だけだろうか。
高らかに坂の上で雄叫びを上げることを夢見てはいけない。坂は転げ落ちてこそだ。転がっていれば苔はつかないローリングストーン。情けなくていい。勝ち負けで人生を考えない。世界にたったひとつの自分の頭に考える力を取り戻すことだ。そして自分の口や手や目や足を使って考えたことを伝えることだ。それこそが自由のへの第一歩である。

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[子どもたちに伝えたい平和の心]
新春インタビュー 全国保険医新聞 第2399号 2008年1月25日
医師 日野原重明さん
1911年山口県生まれ。聖路加国際病院理事長。96歳の現役医師。日本ユニセフ協会大使を務める。執筆活動や講演、ミュージカルの企画など多彩な活動を精力的に展開している。『生き方上手』など著書多数

私は長年、医療の現場で働き、いのちの大切さを訴える活動を続けてきました。いまあらためて痛感するのは、平和でなければ医療は成り立たないということです。医療の最大の目的は人々の健康を守り、病気を防ぐこと。そのためには下水の整備や、きれいな空気の維持などたくさんの大切なことがあります。でも、戦争のない状態こそが、最高の公衆衛生だということをいま特に訴えたいのです。

日本はかつて中国や朝鮮などの近隣諸国を侵略しました。戦前、京都大学の医学生だったころ、人体実験の模様や、日本兵が中国で妊婦のおなかを銃剣で突き刺すところを映したフィルムを見せられたことがあります。人体実験は戦争申、各国で行われていました。戦争は人の心を鬼にします。医療に携わる一人として、こういう悪い環境を二度とつくりだしてはならないと思います。憲法の改定が叫ばれているいま、一致団結してこの流れを止めなければなりません。

被爆国の責任を

憲法9条の思想は世界が平和に向かう先駆けといえるものでした。しかし、警察予備隊を経て創設された自衛隊は国内の災害救助や専守防衛のためとされていたのに、徐々に高度な武器を与えられ、いまや米国と共同戦線を張り、世界に展開しています。資源のない日本は相手を攻撃しないかぎり、侵略を受けることはありえません。米国の戦争に加担するから狙われる。10年先のことを考えると、日本は非常に危険な状態にあるといわざるをえません。

この懸念を除くには、いますぐは無理でも何年か先には日米安保条約を解消し、米軍に引き揚げてもらうことが望まれます。一昨年、北朝鮮が核兵器保有国になりました。日本は唯一の被爆国として、核戦争の悲惨さと愚かさを世界に発信する責務があります。しかし、米国と軍事同盟を結び、その核の傘の下にいては説得力を欠くのではないでしょうか。中米のコスタリカは軍隊を持たないことを国際社会に宣言しました。日本のような経済大国が軍備をなくし、国際平和のパイオニア(開拓者)になることが必要です。そうすれば、過去に日本の侵略に苦しめられた近隣諸国も心から理解してくれると思います。

暴カの連鎖を止める9条

平和を求める私の原点は「汝(なんじ)の敵を愛せ」というキリストの教えです。「目には目を」という報復の考え方では、暴力の連鎖はやみません。平和の実現には愛が必要であり、愛は犠牲を伴うものです。インドの独立を求めたガンジー、「公民権運動で黒人の権利向上を訴えわが身を犠牲にしたキング牧師。彼らの崇高な精神は、その志に共鳴した人々に受け継がれました。憲法9条はこうした考え方を体現したものといえます。私は全国の小学校をめくりいのちの大切さを子どもたちに教える活動を行っています。いのちを大切にする心が、平和を願う心につながると考えます。未来を担う子どもたちに平和の尊さを伝えること。それが私に与えられた「ミッション(使命)」だと思います。

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「ヒロシマの使命」核保有国を動かす年に
中国新聞 社説 中国地方の視点から 2008年1月5日

「核兵器廃絶の世論を今以上に高めることが私たち被爆者に課せられた務め」「原爆の非業さを世界の人々に知ってもらいたい」ー。広島県被団協(坪井直理事長)が昨年募集した手記につづられた被爆者たちの言葉である。平和への願いや使命感のこもった表現が目立つ。健康被害に苦しんだり、就職・結婚で悩んだりしながら生きてきて、心の奥底からわき上がった思いなのだろう。しかし、その重みは核兵器保有国に届いているのか。

今年は、「平和と軍縮」を主要テーマにした、主要国(G8)の下院議長会議(議長サミット)が九月に広島市中区で開催される。保有国をどう動かすか、ヒロシマの発信力が試される。核兵器を持つ米国やロシア、英国、フランスの四カ国も参加。立法府のトップがヒロシマ理解を深めれば、影響は大きい。原爆資料館の見学や被爆体験の証言、平和に対する市民の熱意のアピールなど、あらゆる機会を通じて核兵器廃絶の必要性を訴えてこそ、被爆地で開催する意義がある。広島市は既に担当課長のポストを新設、準備態勢に万全を期す。成功に向けた最大限の協力は当然だろう。

政治家だけではなく、草の根にも働きかける必要がある。市が昨年始めた全米百一都市での原爆展は今年がメーン。非人道的で国際法違反の兵器であることを米国民に直接訴えるチャンスを生かしたい。広島、長崎両市を軸にした平和市長会議も、二〇二〇年までの核廃絶をめざすキヤンペーンにさらに力を入れる。中国新聞社は、「ヒロシマ平和メディアセンター」を設立。核廃絶と世界平和を目指す情報を英語でもホームページに掲載し始めた。ヒロシマから世界への発信力を強化するためにも、被爆体験の継承が急がれる。ボランティアによる体験記の朗読会を活発化させるなど、地道な取り組みが欠かせない。被爆者は一九八○年の三十七万二千人余りをピークに年々減少。今は二十五万人前後になっている。残された時間はあまりない。世界の現状も気掛かりだ。民族や宗教をめぐる紛争や対立が各地で激化。核兵器もなお三万発近く残る。ちょうど十年前、インドとパキスタンが核実験を強行、二〇〇六年には北朝鮮が続いた。危機感が募る。

「絶対悪」である核兵器を廃絶しよう。ヒロシマは、そう訴え続けてきた。共感は広がっている。平和市長会議の加盟都市数は急増、二〇〇〇年末の四倍の二千に迫っている。核のない世界を望む声は、国レベルでも強まっている。昨年秋の国連総会では、核兵器廃絶に向けた決意を示す決議案を例年通り日本が提出、本会議で採択された。支持した国は百七十に上り、過去十四年間で最多となった。反対は米国、インド、北朝鮮の三カ国だけだった。核抑止論を唱えていた米国のキッシンジャー、シュルツ両元国務長官ら外交専門家四人が一年前、核兵器廃絶の提案を発表した。意見の違う人も含めて人類全体の生存を目指す立場に立てば、ヒロシマの主張には説得力がある証しではないか。自信を持って世界に発信し続けよう。核保有国が考えを改めるまで。

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本当に平和主義論じるには「元兵士の戦争観 継承して」
京都大学院教授 佐伯啓思
中国新聞「現論」2007年12月3日

さえき・けいし1949年奈良市生まれ。東大大学院博士課程修了。大衆社会、市場経済論専攻。
著書に「貨幣・欲望・資本主義」「新『帝国』アメリカを解剖する」「倫理としてのナショナリズム」など。

若い人はもうピンとこないかもしれないが、十二月八日は、日本の真珠湾攻撃で対米英戦争が始まった日付である。「終戦」の八月十五日前後には、「あの戦争」についての特集番組が、あたかも真夏の花火のように次々と放送される習いになっているが、「開戦」の方はほとんど忘れられたようになっている。だがそれにしても、戦後六十二年という、特に節目でもない今年の夏には、NHKを中心にして、戦争関連のドキュメンタリーがずいぶん放送されたように思う。東京裁判に関する特集やさまざまな戦場ドキュメンタリーがあり、ある意味では、元兵士たちの証言に基づくこれらの番組が製作されるには六十年余もの時間を要したということかもしれない。その中には、重い口を開いて証言する元兵士たちの戦場記録ともいうべき映像を放送していたNHKのシリースなども含まれるのだが、これらの証言を聞くにつれ、戦後六十年以上が経過しても「あの戦争」はいまだに終わっていない、という思いが強くなる。

□□

ガダルカナル、サイパン、ルソン島、中国大陸、そして硫黄島や沖縄などでの戦闘が、過酷などという言葉では言い尽くせない想像を絶したものであることは、すでに頭ではわかっているものの、こうした証言が、われわれ戦後生まれの者が持っている「予備知識」に、あるリアリティーを与えてくれる。これらの戦場においては、戦闘での死者のみならず、無数の兵士が常軌を逸した行軍の中で、戦闘にいたる以前に飢えと病で死んでゆく。満足な兵器も食料も与えられず、黙々と命令に従う以外にない兵土たちの地獄が再現される。ある元兵士はいう。「英霊、英霊、というけれど、こんなものは英霊でもなんでもない。戦う前に死んでいくんです」。しかし、また同時にいう。「何のために戦ったのか、ようわからん。しかし、何か意味があったとしなければ死んだものは浮かばれませんLと。多くの兵士は、「あの戦争」についてきわめてアンビバレントであるように見える。無謀な戦争であった。ほとんど無意味な戦争であった。しかし、そういってしまえば死者たちは浮かばれない。あの戦争にも何か意味があったはずだ。結局多くのものは、死んだ戦友たちに申し訳ない、の一語だけを胸に戦後を生きることになる。「あの戦争」は何だったのか、この大きな問いに対する答えは決して出てはこない。

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今、検証すれば、明らかに上層部の作戦はまったくもって無謀であり、そもそも作戦とさえいえるものかどうかもあやしく思われよう。戦場の兵士たちはその犠牲と見える。しかし、元兵士たちから出てくるのは、ほとんどが、「戦争とはこういうものです」という半ば諦念を含んだ言葉である。ほとんど誰もが上層部が悪いとも作戦が誤っていたともいわない。「戦争とは地獄です」というのである。誰が悪いということでもなく、「戦争は悲惨なものだ」というこの思いは、確かに、ともかくも戦争そのものをやってはならない、という戦後平和主義と共鳴したようにも見える。しかし、私には、元兵士たちの「戦争とはほんとに悲惨なものだ」という証言と戦後の平和主義の間にはかなりの距離があるように思われる。戦後平和主義とは、日本の侵略戦争という「過ち」に対する反省と、日本の軍事的無力化という占領政策の結合の産物であった。しかし、元兵士たちの寡黙なもの言いは、日本の誤った侵略戦争という歴史観とも、アメリカの占領政策とも違った地平から発せられている。「あの戦争」を日本の侵略戦争の一語で片付けることもできず、軍部指導層の責任を問えば済むわけでもない、という思いがあるよう見える。彼らの寡黙な語りの向こうにある思いは何か。それは「誤った戦争」などの言葉で言い表せるものでなく、容易な形では言語化できないものであろう。しかしわれわれがその思いを受け継いだときに、本当に平和主義とは何かという議論が可能となる。しかしまだ、それには時間がかかるようだ。

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[人道支援特化を目指せ]
東京外大大学院教授 伊勢崎賢治
中国新聞「識者評論」 2007年11月2日

インド洋における海上自衛隊の給油活動は、国際的に知られていなかった。アフガニスタンでさえ同じで、カルザイ大統領も、こちらが言うまで知らなかった。知られていないから良くないという意味ではない。日本は軍事的に関与していないという「美しい誤解」があり、それが日本の中立的なイメージをつくっていた。私がかかわった武装解除がうまくいったのもこのおかげだった。

しかし、安倍晋三前首相が給油活動継続をめぐって「辞める、辞めない」と言って、揚げ句の果てには退陣してしまった。これで給油活動を行っていることが知られてしまった。北大西洋条約機構(NAT0)関係者からは、皮肉っぽく「あれぐらいのことで首相が辞めるのか」と言われた。日本に対する美しい誤解が解け、中立イメージが崩れる司能性がある。アフガンに「国策」として出て行った日本の非政府組織(NGO)がテロの標的になる可能性がある。外務省は今度は日本のNGOにアフガンから出て行けと言っている。これはピンチだが、チャンスとするしかない。「軍事との決別」を宣言し、人道支援に特化し、包括的な和平を目指す方針を打ち出すことだ。もともと給油活動は小泉純一郎元首相がブッシュ米大統領に「支持」のメッセージを送るための材料にすぎなかった。

米国の出口戦賂は「戦争を自らどう終結させるか」ではない。国際化、つまり他国を巻き込んで、戦費を軽減し、離脱していくかということだ。

しかし、現状で先は見えない。対タリバン戦は長期化が必至。まず敵が特定できない。アフガン南東部の激戦地域では、民族的にみんなタリバンだと言うこともできる。(住民の懐柔という)すそ野では依然として政権とテロリストの綱引きが続いている。英政府内には「タリバンとの和解を視野に入れなければならない」との声さえある。さらに、米国が行った六万人という警察官の大量生産が大きな問題を生んだ。私たちが武装解除をしている一方で、たった数日間の訓練しか受けていない人間に新品のカラシニコフ銃を持たせた。これが今では腐敗の温床になっている。治安分野改革(SSR)は内側から崩壊が進んでいる。麻薬という問題も拡大している。アフガンは史上「最凶」の麻薬国家になっている。

アフガンの自爆テロの背景を分析した今年夏の国連の報告書は@テロリストの若年化A訓練未熟による成功率低下-などを指摘している。

貧困層の少年少女がパキスタン側のトライバル・エリア(国境沿いの部族地域)のマドラサ(イスラム神学校)でリクルートされ、テロリストに仕立て上げられているという背景が浮かび上がった。アフガンとパキスタンの両国から同時に扱わなければならない問題だということだ。日本は両国に政府開発援助(0DA)を行っており、動ける余地はある。テロリストのすそ野の部分に対する働き掛けを、タリバンとの政治的和解を視野に入れて根気強くやっていくしかない。

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[被爆体験から平和を訴え続けた永井博士]
中国新聞「天風録」2006年7月19日

目指す施設は、宍道湖近くの国道沿いにあった。永井隆記念館。「長崎の鐘」など多くの著作を残し、平和の尊さを訴え続けた永井博士の偉業をしのび、三十六年前に出身地(現雲南市三刀屋町)に建てられた▲「こよなく晴れた青空を悲しと思うせつなさよ…」。敬虔なキリスト教徒でもあった博士のいちずな思いは、著書と同名のラジオ歌謡「長崎の鐘」(サトウハチロー作詞、古関裕前作曲)にも反映され、歌い継がれている▲博士の遺志は、古里にも根付いていた。旧三刀屋町は、記念館建設から二十周年を迎えた一九九〇年、「永井隆平和賞」を創設。「愛」と「平和」をテーマに、全国の児童や生徒たちから作文や小論文の募集を続けた。合併で生まれた雲南市も、この平和事業を継承。今年も今月末まで作品を募っている▲それにしても壮絶な人生である。戦時中には、放射線医療を研究する長崎医大助教授として被曝。八月九日の長崎への原爆投下では、瀕死の重傷を負い、妻を亡くした▲遺作の「いとし子よ」は、重い原爆症を押して執筆された。幼い二児を残して先立つ父親の苦悩ぶりが、飾らない文体でつづられ、胸に迫る。「いとし子よ、なんじの近きものを己の如く愛すべし」▲遺児の一人、長男の誠一(まこと)さんは成人して通信社の記者になり、ベトナム戦争の実相も報道。五年前に六十六歳で他界した。何よりの楽しみは、父の古里で始まった平和賞の応募作品に目を通すことだったという。

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[主要国は世界に平和の配当を!]
中国新聞「天風録」2006年7月17日

「平和の配当」は、どこへ消えてしまったのだろう。冷戦の終結時にささやかれた。軍事費は削減され、飢餓や貧困の解消、医療などに振り向けられるとの期待である▲現実は厳しい。北朝鮮のミサイル連続発射、インドのミサイル発射、イスラエル軍の新たなレバノン攻撃…。最近も暴力の応酬や兵器増強、軍備拡大の動きが絶えない。その対応を理由に、日本はミサイル防衛システムの整備などに力を入れる▲一兆千百八十億ドル(約百二十八兆円)。スウェーデンの国際平和研究所が発表した二〇〇五年の世界の軍事費総額は前年比3・4%増えた。世界で一人当たり二万円支出している勘定だ。安全へのコストか、それとも無駄遣いか▲その半分は米国が占め、英国、フランス、日本、中国と続く。米、英両国はイラク派兵など対テロ戦争に絡む軍事支出が響いている。中国はもう十年以上、二けたの伸び率だ。軍事費も不透明とされ、気掛かりである▲通常兵器の輸出入にも積極的だ。エネルギー確保のため兵器の売却を通じ資源国とつながりを持つ。逆に資源国は原油価格上昇に伴う利益を、武器購入に充てる構図が浮がぶ。米国では軍事企業が武器輸出などを担う。世界の安全保障を主導する国連安保理の常任理事国が武器の生産、売買の中心なのは間違いなさそうだ▲国連安保理はミサイル発射非難などの対北朝鮮決議を全会一致で採択した。今度こそ「平和の配当」を受け取る第一歩にしてほしい。

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<召集令状>生徒に配り、「非国民」批判も 福岡の中学教師
毎日新聞 2005年12月17日

 福岡県志免町の町立志免中学校(結城慎一郎校長)で社会科の男性教諭(48)が、授業で「臨時召集令状」を全2年生218人に配って戦争参加の意思を聞き、「いかない」と回答した女子生徒に「非国民」と書いて返却していたことが分かった。結城校長は「戦争の悲惨さなどを教えるためで、問題はない」と話している。

 町教委の説明によると教諭は10月27、31日に「第二次世界大戦とアジア」の授業をした。教諭は副教材に掲載されている「臨時召集令状」をコピーし、裏面に戦争に「いく」「いかない」の、どちらかを丸で囲ませ、その理由を記入させた。「いく」「いかない」の意思表示をしたのは208人で白紙が10人。「いく」理由は「当時としては仕方がない」「家族を守るため」など。「いかない」は「家の事情」「今はいきたくない」などだった。

 「いかない」と回答した女子生徒の一人が、理由に「戦いたくないし死にたくないから。あと人を殺したくないから」と書いた。これに対し、教諭は赤ボールペンで「_」印を付け「非国民」と書き入れて返した。女子生徒はショックを受け事情を知った女子生徒の保護者らは「社会科の教諭を代えてほしい」と話しているという。

 町教委は、非国民と書いたことについて「確認できず分からない」という。そのうえで授業の狙いを(1)召集令状の持つ意味を理解させる(2)生徒の歴史認識を把握する__としており「決して思想信条を調べるものではない」と説明している。

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アメリカのイラク攻撃に参加
日本が世界に誓った崇高な非戦の理念に反する憲法違反の行為は世界の信頼を失わせるでしょう
2003/12/14
国民の多数の反対にもかかわらず日本もイラク戦争に参加することが、国の指導者によって決められました。いつか来た戦争への道をこのようにして歩むのだということを見せつけられているようです。どんな理由の戦争であっても、正しい戦争はありえません。戦争は殺し合いです。憎しみを生むだけです。これ以上悲しむ家族をつくってはいけません。広島・長崎を経験し戦争放棄を宣言した日本は、世界に誇る平和憲法を持つ国として、今こそ平和主義を貫いて世界をリードする時ではないでしょうか。私は人を殺したくもありませんし、人に殺されたくもありません。どんな戦争にも反対し、非戦の立ち場を貫きます。

2003/3/23 No more Hiroshima, no more war!
私は人を殺したくもありませんし、人に殺されたくもありません。
どんな戦争にも反対し、非戦の立ち場を貫きます。

「軍国の母 」(第二次世界大戦前の日本の軍国歌謡・二度と繰り返したくないことです)
心置きなく国の為 名誉の戦死頼むぞと 涙も見せずはげまして 我が子を送る朝の駅
散れよ若木の桜花 男子と生まれ戦場に 銃剣とるのも国の為 日本男子の本懐ぞ
生きてかえると思うなよ 白木の箱が届いたら でかしたせがれあっぱれと お前を母はほめてやる

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[日本国憲法前文に見られる平和原理と国際協調精神]
→日本国憲法

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

これが昭和21年11月3日に公布され昭和22年5月3日に施行された日本国憲法の精神的基盤というべき前文です。第一段落の要旨は主権在民原理、第二段落の要旨は平和原理、第三段落が国際協調精神でです。これらの三つ、ことに第一と第二の原理は、戦後の民主主義の基本を形作ってきたもので、「戦前に逆戻りしてはいけない」=「民主主義を守る」=「憲法を絶対変えてはならない」という議論の大切な補完材料(こんな立派な前文を持っている憲法だぞ、という)として、長年機能してきました。

日本国憲法前文第2項は、日本国憲法の基本原理として平和主義を表明している。

本文

日本國民は、恆久の平和を念願し、人間相互の關係を支配する崇高な理想を深く自覺するのであつて、平和を愛する諸國民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、專制と隸從、壓迫と偏狹を地上から永遠に除去しようと努めてゐる國際社會において、名譽ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の國民が、ひとしく恐怖と缺乏から免かれ、平和のうちに生存する權利を有することを確認する。

英文

We, the Japanese people, desire peace for all time and are deeply conscious of the high ideals controlling human relationship, and we have determined to preserve our security and existence, trusting in the justice and faith of the peace-loving peoples of the world. We desire to occupy an honored place in an international society striving for the preservation of peace, and the banishment of tyranny and slavery, oppression and intolerance for all time from the earth. We recognize that all peoples of the world have the right to live in peace, free from fear and want.

日本国憲法 第9条は、日本国憲法の三大原則のひとつである平和主義を具体的に規定する条文であり、この条文だけで憲法の第2章を構成する。この条文は「戦争の放棄」「戦力の不保持」「交戦権の否認」の3つの要素から構成される。

日本国憲法第9条
(1)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、
武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
(2)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

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[海外で突然の発表]
海上配備型、来年度から開発=ミサイル防衛で数十億円を概算要求−大野長官

【シンガポール5日時事】大野功統防衛庁長官は5日午後、ミサイル防衛(MD)に関し、米国と共同研究を進めているイージス艦配備の次世代型海上システムについて「2006年度から開発段階に移行させたい」と表明した06年度予算の概算要求で初年度経費として数十億円程度を盛り込みたい考えで、今後、政府・与党内で調整する。シンガポール市内で同行記者団に明らかにした。(時事通信) - 2005年6月5日23時0分更新

[カナダ、米のミサイル防衛構想に不参加表明・関係緊張も] 日経新聞 2005年2月25日
カナダはイラク戦争にも不参加、メキシコもイラク戦争不参加です

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[憶病がいけないと誰が言った]

米谷ふみ子(米ロスアンゼルス在住)朝日新聞 2003年12月20日

最近、日本から私の暮らすアメリカに帰る時のこと。一度検査を受けたのに、ちょっと変わった帽子を被り白髭を生やし、心臓が悪いからふにゃふにゃ歩くアメリカ人の76歳の夫が飛行機の入り口でテロ防止のチェックの足止めを食った。若い検査官は長時間かけて長いひものついた靴を脱がせ、帽子を取らせパスポートを検査した。それを見て腹が立ってきた。「あなたね。走れといっても走れない心臓の悪い年寄りをつかまえて何になるの?後ろをご覧!若い.逞しい若者がどんどん飛行機に入っていますよっ!爆弾ぐらい持っているかもしれないよつ!」後ほど、夫は「あんなに文句を言ったら今のアメリカだったら『ちょっとこい』といわれるかもしれないよ」と言った。でも、テロを外国人が起こすとは限らないと言いたかったのだ。

2人の外交官が殺された直後に小泉首相が自衛隊をイラクに派遣することを決めたと聞いてあきれている。日本が戦争の資金を提供しても自衛隊を派遣してもほとんどのアメリカ人は知らない。第一新聞にもテレビにも大きく報道されていないし、このごろアメリカ人は日本に興味がない。ブッシュ大統領は、過去40年にわたって私がアメリカに住んで眺めた大統領の中で最悪である。その政権がどこの国でも資金や兵士を出してくれるのならと掛け合った中に、いつでも出してくれる日本がいた。他国は一応自分たちの国はどうなるかを考え、トルコのように嫌なら嫌という。アメリカは日本をワン・オプ・ゼムとしか考えていないのに、日本は義理だ人情だと口実をつけて片思いの恋人のようだ。

日本がイラクに自衛隊を出すと東京にテロを起こすという脅迫もあったそうだ。「そういう脅しで自衛隊を出さないと彼らの思惑にはまることになり憶病だ」と日本政府要人たちはテレビでいっていた。憶病がいけないと誰が言った?他人に「あなたの子供を他国のための犠牲に死なせてくれ」と言われて子をわたす親は世界にいるだろうか。イラクが平和を取り戻したとき、アメリカが独占する石油や再建の時のビジネスをもらいたいため?この自衛隊派遣は憲法を改めるための口実である。東京でテロが起きる可能性を大きくしているが対策はどうなのか。とにかく日本は泥沼に足を突っ込んだ。

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「イラク特措法成立」乱暴な答弁残して・・・
中国新聞社説 2003年7月27日

イラクに自衛隊を派遣するイラク復興支援特別措置法が、混乱の中きのう未明の参院本会議で可決、成立した。憲法にも触れかねない幾つかの疑問や問題をはらんだ法律を、国会提出からわずか一カ月半で成立させた政府と国会の責任は重い。小泉純一郎首相は、同法成立後に記者団に「論点は尽きた。十分審議されている」と発言した。国会で野党から「自衛隊を派遣するという非戦闘地域がイラクのどこにあるか、一つでいいから挙げてほしい」と突っ込まれ「私が知るわけないじゃないですか」と開き直った。「(自衛隊員が)殺されるかもしれないし、殺すかもしれない。絶対ないとは言えない」とも答弁した。こうした乱暴な答えで十分審議に応じたといえるのだろうか。

同法では、イラクの「非戦闘地域」で自衛隊による「人道復興支援」と「安全確保支援」を行う、とうたう。しかし、明確な国連決議やイラク国民の要請もなく、米軍の実質的な占領下に自衛隊を派遣することはこれまでの安全保障政策から踏み出すことだ。

国会審議で挙がった疑問点@大量破壊兵器が見つからないのに戦争の大義はあったのかAブッシュ米大統領の戦闘終結宣言以降も米兵への襲撃・殺害が続くのに、非戦闘地域はあり得るのかBイラク国民の支持は得られるのかーなどに、政府から十分な答えがあったとは思えない。

しかも、現地での兵器使用に制約がある自衛隊が、米英軍と一緒にスムーズに行動できるとも思えない。派遣自衛官が「自分たちは安全な場に行きたい」と求めたとしたら、信頼を失うだけだろう。しかも、肝心のイラク国民からも、領土を軍服で動き回る行為が歓迎されるとは考えにくい。政府はこれからイラクに調査団を派遣して、どこでどんな支援活動をするか、考えるという。しかしへこれまでに米軍からは、フセイン政権の残存勢力がいるバグダッド北部のバラドでの米軍への浄水、給水支援活動を打診されたという。米側の自衛隊への期待は日本の思惑と隔たりがある。小泉首相が「主体的判断」を強調するのなら、米国に顔を向けるのでなく、本気でイラク国民を向いた「人道復興」での独自の活動を考えたい。日本の積み上げてきた平和路線への信頼を、イラク復興支援で失うことは避けたい。

臨床心理学の河合隼雄氏によると、日本は「母性原理」の社会だという。「父性原理」社会の機能が「切る」ごとにあるのに対し、母性原理では「包む」。父性社会の人間関係は「契約」、母性では「共生態」なのだそうだ。どちらがいい、悪いでなく、文化の違いである。ところが今の日本は、父性原理をやみくもに取り入れようとしている。そこに無理が生じているように思われてならない。

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[イラク問題での戦争推進派は誰か]
朝日新聞「天声人語」2003年2月12日

いったい誰が戦争を望んでいるのか。よくよく考えていくと、タマネギの皮をむくように中身は小さくなるばかりだ▼北大西洋条約機構(NATO)の中核であるドイツとフランスがイラク攻撃に反対している。ロシアも反対である。英国をはじめ、イタリア、スペイン、旧東欧諸国などが米国を支持しているという。しかしそれは政府の次元で、、各国の世論は必ずしもイラク攻撃に賛成ではない▼ドイツのフィッシャー外相がこう語ったそうだ。いまの私たちの民主主義は米国のおかげだ。その民主主義はこう教える。ある政策を選.択するときには国民を説得しなければならない、と。ドイツの国民は圧倒的に戦争反対である。戦争回避の道が残されている以上、私は国民を戦争に向けて説得することはできない▼米国世論も決して一枚岩ではない。ブッシュ大統領を信頼するという人は、パウエル国務長官を信頼するという人の3分の1近くにすぎない。そんな世論調査結果が最近出た。このごろ強硬姿勢を見せるパウエル長官だが、米政権内では国際協調派の先頭に立つ▼軍の英雄たちがイラク攻撃に消極的な態度を示しもした。たとえば湾岸戦争時の指揮官シェワルツコフ将軍である。先月末、イラク攻撃について米紙のインタビューに答え、湾岸戦争時と現在とでは状況が違うと指摘した。「いまは白黒づけられるような事態ではない。どの道をとるにせよ慎重さが求められる」と▼皮をむいていって行き着く戦争推進派は相当限られる。さて小泉さん、あなたは何派ですか?

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[「外交こそ日本の役割」十分な査察が平和へと導く]
「イラク攻撃と世界」米一極化の行方 第2部 中国新聞2003年2月8日

前国連難民高等弁務官 緒方貞子
1927年9月、東京生まれ。聖心女子大卒。国連日本代表部公使、上智大外国語学部長などを務めた後、91年1月ー2000年12月国連難民高等弁務官。現在、ニューヨークのフォード財団で研究員として活動。(ニューヨーク共同)

イラクと国連
湾岸危機以来、国連はイラク問題に重点的に関与。米国など大国もイラク政策で国連を利用、イラクも国連を味方にすることで米国め強硬姿勢をかわそうと努めた。国連安保理は1990年8月、イラクのクウェート侵攻直後に対イラク経済制裁決議を、同年11月には湾岸戦争開始のお墨付きとなる決議を採択した。戦後の91年4月、イラクに大量破壊兵器廃棄を命じる決議687を採択し国連査察を開始。96年には長引く経済制裁への批判を受けて、国連監督下で人道物資購入目的に眼リ、イラクの石油輸出を認める食料石油交換計画も導入された。イラクは98年、査察団を追放。安保理は99年12月決議1284を採択し、国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)を設置。昨年11月には、決議1441を採択し、UNMOVICと国際原子力機関に無条件・無制限査察の権限を与えた。(共同)

米国による世界の一極化が言われる中、イラク問題での日本の存在感は薄い。攻撃に向けて徐々に世界の緊張が高まる今、日本は何をすべきか。緒方貞子・前国連難民高等弁務官は「外交こそが日本め役割」と指摘した。(ニューヨーク共同=磯谷直人)

ーイラクヘ労武力行使についてどう考案ますか。

攻撃の目的をまず考えるべきだ。大量破壊兵器の除去なのか、あるいはフセイン体制の打倒という政治的な目的もあるのか。あいまいになっていると思う。軍事力を行使するには、攻撃目標が明確で、それを除去するために他に手段がない、という結論があることが第一。第二に、その国の政治、経済、社会にどのような余を与えるかを十分計算しておく必要がある。第三に、軍事力によって目的が達せられるかどうか、効果の問題を考えるべきだ。米国は十分な検討を必ずしも行っていないと思う。

ーブッシュ米大統領は、当初からイラク攻撃の姿勢を崩していません。

米国の軍事力は、安全保障理事会(十五カ国で構成)の残り十四カ国の軍事力を全部まとめたものより大きいと言われている。大きな軍事力があるから、結果的に現在のような行動に出ているのか、それとも軍事力は政治の方向を左右する必要な後ろ盾だと考えているのか。そういう疑問を絶えず持ちながら動向を見ている。

ー米国による世界の一極化についてはどう認識していますか。

軍事的には一極化しているが、政治的にはそうではない。本当の平和は軍事力によって得られるわけではない。

ー国連などでは米国の意向が強く反映されているように見えますが。

安保理がイラク決議1441の採択(昨年11月)まで8週間討議した事実は大きなインパクトがあった。その間に、軍事力行使に向けて強硬な意向を持っていた米国が「国際的な協力が必要」と口にするようになったのは大事だ。ブッシュ大統領も、言動を分析していると、微妙に変化している。

ーイラクの姿勢についてはどう考えますか。

ここ十年以上、安保理の一番大きな問題はイラクだった。イラクの動向そのものが望ましいものでないことはよく知られている。

ー今後、望まれるシナリオはどういうものですか。

十分、査察をさせるべきだ。査察制度というのは平和にとって大切なメカニズムだ。査察継続を求める議論は正当なものだ。査察の過程で違反に近いものが発見された場合、軍事力行使には至らないまでも圧力をかけ、フセイン政権が自ら崩壊あるいは政権の政策が完全に変更されるのが一番良いだろう。

ー日本は今後どうするべきですか。

わたしは「外交の時代」が来たと思う。日本の影響力を使い、フォーラムなどを開いて結果を公表していくのもいい。軍事行動は自重して(地域安定という)目的が達せられるようにするべきだという意思表示を、強く行う必要がある。イラクでの建設事業などでは日本の企業もかかわってきた。(国連難民高等弁務官時代に)ジュネーブにいるイラクの代表を訪ねた時、最初に「日本はわたしたちに支援をしてくれた国だと認識しています」と言われた。こういうつながりを消してはいけない。

ーアフガニスタンのように復興支援を行う必要は。

武力行使ということになったら、その後でかなり(復興支援を)しなくてはならない。それによリイラクの安定を図らなければいけない。イラクは大きな国だし、産油国だ。イラクの安定は地域の安定と国際的な安定につながっていく。

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[世界をリードしなければならない日本の平和主義]
千田悦子 2001年9月13日 筆

国連難民高等弁務官カンダハール事務所で働いていらした千田悦子(ちだ・えつこ)さんという方の手記です。千田さんは、国連難民高等弁務官カンダハール事務所で仕事をしていましたが、オサマ・ビン・ラディン氏をかくまっているとされるタリバンの本拠地へのアメリカの軍事行動などの危険性が出てくる中、一時的に勤務先をパキスタンに移転するという措置で、「避難」をしていますが、その緊急避難の最中に書かれたものです。以下、千田さんの手記です。「手記」はできるだけ広範囲の方々に読んでもらいたい、ということですので、他の方に紹介してくださって構いません。

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報道機関の煽る危機感

9月12日(水)の夜11時、カンダハールの国連のゲストハウスでアフガニスタンの人々と同じく眠れない夜を過ごしている。私のこの拙文を読んで、一人でも多くの人が アフガニスタンの人々が、(ごく普通の一人一人のアフガン人達が)、どんなに不安な気持ちで9月11日(昨日)に起きたアメリカの4件同時の飛行機ハイジャック襲撃事件を受け止めているか、少しでも考えていただきたいと思う。

テレビのBBCニュースを見ていて心底感じるのは 今回の事件の報道の仕方自体が 政治的駆け引きであるということである。 特にBBCやCNNの報道の仕方自体が根拠のない不安を世界中にあおっている。事件の発生直後(世界貿易センターに飛行機が2機突っ込んだ時点で)BBCは早くも、未確認の情報源よりパレスチナのテログループが犯行声明を行ったと、テレビで発表した。それ以後 事件の全貌が明らかになるにつれて オサマ・ビン・ラデンのグループの 犯行を示唆する報道が急増する。その時点でカンダハールにいる我々はアメリカがいつ根拠のない報復襲撃をまた始めるかと不安におびえ、明らかに不必要に捏造された治安の危機にさらされる。何の捜査もしないうちから、一体何を根拠にこんなにも簡単にパレスチナやオサマ・ビン・ラビンの名前を大々的に報道できるのだろうか。そしてこの軽率な報道がアフガンの国内に生活をを営 む大多数のアフガンの普通市民、人道援助に来ているNGO(非政治組織)NPOや国連職員の生命を脅かしていることを全く考慮していない。

1998年8月にケニヤとタンザニアの米国大使館爆破事件が あった時、私は奇しくもケニヤのダダブの難民キャンプで同じくフィールドオフィサーとして働いており、ブッシュネル米国在ケニヤ大使が爆破事件の2日前ダダブのキャンプを訪問していたと いう奇遇であった。その時も物的確証も無いまま オサマ・ビン・ラデンの事件関与の疑いが濃厚という理由だけでアメリカ(クリントン政権)はスーダンとアフガニスタンにミサイルを発射した。スーダンの場合は、製薬会社、アフガンの場合は遊牧民や通りがかりの人々など 大部分のミサイルがもともとのターゲットと離れた場所に落ち、罪の無い人々が生命を落としたのは周知の事実である。まして 標的であった軍部訓練所付近に落ちたミサイルも肝心のオサマ・ビン・ラデンに関与するグループの被害はほぼ皆無だった。タリバンやこうした組織的グループのメンバーは発達した情報網を携えているので、いち早く脱出しているからだ。前回のミサイル報復でも結局犠牲者の多くは子供や女性だったと言う。

我々国連職員の大部分は今日緊急避難される筈だったが天候上の理由として国連機がカンダハールに来なかった。ところがテレビの報道では「国連職員はアフガニスタンから避難した。」と既に報道している。報道のたびに「アメリカはミサイルを既に発射したのではないか。」という不安が募る。アフガニスタンに住む全市民は 毎夜この爆撃の不安の中で日々を過ごしていかなくてはいけないのだ。更に、現ブッシュ大統領の父、前ブッシュ大統領は1993年の6月に 同年4月にイラクが同大統領の暗殺計画を企てた、というだけで 同国へのミサイル空爆を行っている。世界史上初めて、「計画」(実際には何の行動も伴わなかった?)に対して実際に武力行使の報復を行った大統領である。現ブッシュ大統領も今年(2001年)1月に就任後 ほぼ最初に行ったのがイラクへのミサイル攻撃だった。これが単なる偶然でないことは明確だ。

更にCNNやBBCは はじめからオサマ・ビン・ラデンの名を引き合いに出しているが米国内でこれだけ高度に飛行システムを操りテロリスト事件を起こせるというのは大変な技術で ある。なぜアメリカ国内の勢力や、日本やヨーロッパのテロリストのグループ名は一切あがらないのだろうか。他の団体の策略政策だという可能性は無いのか?国防長官は早々と戦争宣言をした。アメリカが短絡な行動に走らないことをただ祈るのみである。それでも逃げる場所があり明日避難の見通しの立っている我々外国人は良い。今回の移動は 正式には避難(Evacuation)と呼ばずに 暫定的勤務地変更(Temporary Relocation)と呼ばれている。ところがアフガンの人々は一体どこに逃げられるというのだろうか? アメリカは隣国のパキスタンも名指しの上、イランにも矛先を向けるかもしれない。前回のミサイル攻撃の時は オサマ・ビン・ラデンが明確な ターゲットであったが 今回の報道はオサマ・ビン・ラデンを擁護しているタリバンそのものも槍玉にあげている。タリバンの本拠地カンダハールはもちろん、アフガニスタン全体が標的になることはありえないのか? アフガニスタンの人々も タリバンに多少不満があっても20年来の戦争に比べれば平和だと思って積極的にタリバンを支持できないが 特に反対もしないという中間派が多いのだ。

世界が喪に服している今、思いだしてほしい。世界貿易センターやハイジャック機、ペンタゴンの中で亡くなった人々の家族が心から死を悼み 無念の想いをやり場の無い怒りと共に抱いているように、アフガニスタンにも たくさんの一般市民が今回の事件に心を砕きながら住んでいる。アフガンの人々にも嘆き悲しむ家族の人々がいる。世界中で ただテロの“疑惑”があるという理由だけで、嫌疑があるというだけで、ミサイル攻撃を行っているのはアメリカだけだ。世界はなぜ こんな横暴を黙認し続けるのか。このままではテロリスト撲滅と言う正当化のもとにアメリカが全世界の“テロリスト”地域と称する国に攻撃を開始することも可能ではないか。この無差別攻撃や ミサイル攻撃後に 一体何が残るというのか。又新たな報復、そして 第2,第3のオサマ・ビン・ラデンが続出するだけで何の解決にもならないのではないか。オサマ・ビン・ラデンがテロリストだからと言って、無垢な市民まで巻き込む無差別なミサイル攻撃を 国際社会は何故過去に黙認しつづけていたのか。これ以上世界が危険な方向に暴走しないように、我々ももう少し声を大にしたほうが良 いのではないか。アフガンから脱出できる我々国連職員はラッキーだ。不運続きのアフガンの人々のことを考えると心が本当に痛む。どうかこれ以上災難が続かないように、今はただ祈っている。そしてこうして募る不満をただ紙にぶつけている。

千田悦子    2001年9月13日 筆

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