[医師と病院の選び方]

[大学病院や専門病院での医療が必要無い人まで受診しているのは何故?]
[人間ドックで見つかりCT検査で肺癌と言われ内視鏡手術をすすめられた(福山の医療事情)]
[紹介された医師でない医師の担当になったが患者は医師を選べないのか?]
[癌治療における担当医療機関との信頼関係]
[人間ドックや大学病院で分からず、町医者で診断された皮膚などへの転移を伴う膵体部癌]

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[大学病院や専門病院での医療が必要無い人まで受診しているのは何故?]

2001.9.17
癌センターなどは癌の専門病院で一般の病人がかかるところではないと思っていましたが、実際はかなり違うようです。姉がいうには近所の人がただ近いからという理由で体調不良などの理由で診察に来ることも多々あるそうです。本来大学病院や専門病院に行く必要の無い人がただ近いからとか、大きいからいいだろうの類で受診すると、本当に治療の必要な患者の診療を妨害しているということにならないでしょうか? 姉は患者が無知だからだといいますが、果たしてそうでしょうか?

○それもひとつの原因ですが、根本的には制度の問題です。日本では患者さんが医療機関にかかる時に、病気の状況をチェックしたり、かかれる病院や医者を指定したり制限したりする制度がありません。紹介状も持たずに大学病院でもがんセンターへでも自由に行けるのです。「いつでも、だれでも、どこでも」かかれるのが、日本の国民皆保険医療制度の特徴であり、欠点なのです。その結果、医者や病院の評価や情報公開は、ほとんど行われず、よりよい医療を目指しての努力もされません。医師免許の更新制度もありません。いずれ必ず変らなければいけないと思いますが、残念ながら医者が変えることはできないようで、まずは経済的な締め付けで医者にかかりにくくして、医者や病院を自然淘汰しようとしています。当事者みずからの改革は、政治をみてもわかるように、なかなか進みません。また色々とご意見をお聞かせ下さい。

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[人間ドックで見つかりCT検査で肺癌と言われ内視鏡手術をすすめられた(福山の医療事情)]

(相談)兵庫県2000.8.2
数野先生。はじめてお便りします。兵庫県川西市に住む○○と申します。神辺に残してきている父(70才)が先日肺ガンの診断をうけたと知らされ、動揺しながらHPで情報を探すうちに、さまざまな質問にたいへん誠実にお答えくださっている先生のHPを拝見して驚き、それが郷里福山の先生ということを知ってまた驚き、厚かましくもメイルをお送りさせていただきました。

父は今年3月に共済病院(中国中央病院)の人間ドックを受診。胸部X線で影が見つかり、4月にCT検査をうけました。「肺に傷のようなものがあるがたぶん大丈夫だろう、3ヶ月後にもう一度CT検査をしてみましょう」との診断。7月に再度CTをとったところ、同じところにまた見えたので、院内の専門の科にまわり、吉岡先生という方から「十中八、九は肺ガンだと思う。2ミリ刻みの断層写真で4枚に写っているので大きさは8ミリから1センチくらい。胸に内視鏡を入れる手術でとりましょう。手術は穴をあけるだけだから負担は少なく、入院も10日から2週間程度」という診断をうけ、最速で8月30日入院、9月1日手術という日程候補を提示されました。父は、以前から糖尿病(いまは食事療法などで安定)などで共済病院に通院してきましたが、肺ガンに関しては今回の手術方針の決定までにCT以外の検査はしていないとのことです。

そこで、以下の点につきまして、なにとぞアドバイス、ご指導をいただきますようお願い申し上げます。
1 肺ガンの診断にはいろいろな検査があるようですが、CTだけで診断がほぼ確定され手術へという手続きもよくあるのでしょうか。

2 内視鏡で患部を除去する手術というのは、かなりの熟練を要するようにも思いますが、普及している手術法なのでしょうか。また(うかがいにくいことですが)共済病院で受けるのと他の専門病院で受けるのとでは技術面でかなり違いがあるでしょうか。(父は主治医に「岡山大学医学部付属病院に清水先生というかたがおられると知人から聞いたんだが」というようなことを話したら、「清水先生がおやりになるのと同じ治療法ですから、家から近いこちらでおやりになった方がなにかと好都合ではないですか」と言われたそうです)。

3 内視鏡下でとれるくらいのものだったとしても、胸をあけて手術した方がよりよいということが一般的にいえるでしょうか。

郷里の先生ということで勝手に甘えさせていただき、申し訳ありません。

(答え)2000.8.3
お答えします。大変ご心配のことと思います。

1 専門の医師が診れば、ほとんどの場合に診断がつくと思います。

2 できるだけ身体に負担のかからない手術ということで、最近は胸の手術も腹部の手術も内視鏡手術が主流です。手術は技術ですから、もちろん熟練を要しますが、最近の医師は日常的に内視鏡手術をしていますので、内視鏡手術のなかった時代の医師に比べると、技術的にかなり進歩していると思います。

次に医師や病院の選択についてです。まず福山の医療事情について少し説明しておきましょう。福山には残念ながら、どんな病気でもそこにかかれば大丈夫といえるような、すべてそろった最終的な病院がありません。ですから、ちょっと難しい病気や珍しい病気には対応できませんので、倉敷・岡山や大阪、東京などへ行くことになります。特に血液の病気や腎臓の病気は、ほとんど倉敷や岡山へ行くことになります。

呼吸器(肺)の病気も、専門家が少ないのですが福山で唯一、共済病院の内科だけは岡山大学の第二内科(肺と血液が専門)から医師が派遣されていて、呼吸器内科の専門医がいます。張田先生が責任者で専門家としては申し分なく人間的にもりっぱな先生です。国立も市民も岡山大学の第一内科(肝臓が専門)の系統です。

一方、外科医は共済も国立も市民も、岡山大学の第一外科(消化器と肝臓と肺が専門)出身の医師ばかりです。市民病院の心臓外科だけは例外で、岡山大学の第二外科(肺と心臓が専門)から医師が来ています。清水教授は第二外科の教授で、肺移植の権威であることはあまりにも有名なことです。

父上の場合、治療の方法は医学的には、ごく一般的で、軽い手術ですので、どこで受けてもあまり変わりはないと思います。ただ、手術は危険を伴うものですし、やり直すということができませんので、ご本人と家族が納得の行く選択をされるべきだと思いますが、大学病院へ行ったとしても、清水教授がそのような簡単な手術はしないと思います。若い先生の練習台になる可能性が大きいと思います。

ついでに言えば、医師や職員の対応などを比較すると、お役所の病院は決して居心地の良いところではありません。昔の国鉄と同じです。病気にもよりますが、今、福山で一番おすすめの病院は共済病院だと思います。

3 手術の目的は悪い部分を確実に切除するということですので、内視鏡で確実に取れないような場合には、胸を開けて手術することもあります。しかし、身体への負担のことを考えると、手術はできるだけ軽いほうが良いわけですから、内視鏡で取れるくらいのものをわざわざ胸を開けて取るということはしません。

ではまたいつでもメイルをください。

(返礼)2000.8.3
数野先生、失礼します。昨日、神辺の父の肺ガンのことでメイルをお送りさせていただいた○○です。お忙しい中、さっそくに丁寧なアドバイスとお教えをいただき、まことにありがとうございました。父にも話しましたところ、たいへん喜び、くれぐれもよろしくお礼をお伝えしてほしいと申しておりました。今後のことを思うといろいろ不安で、また不躾なメイルを差し上げるかもしれませんがどうかご指導の程よろしくお願い申し上げます。どうもありがとうございました。

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[紹介された医師でない医師の担当になったが患者は医師を選べないのか?]

(相談)2000.7.16
先生へ、母が癌の治療を受けていますが、担当医とのコミニュケーションがうまくとれず、とてもつらいです。母は今、悪性リンパ種のため、抗がん剤治療を通院でうけています。外来の診察時に一緒に入ってますが、先生の口調が強く、叱られているようです。質問や不安に思っていることを聞くと「そんなことで」のような答えで、質問がとてもし辛い状態です。今は薬のことや副作用のことで不安でいっぱいの状態なので、質問をして答えてもらえるだけでも、気が楽になり、次回まで不安を引きずらずに過ごせるのに。先生の言葉を1回で理解できないと、感情的になって更に口調が強くなってしまいました。近所の病院からの紹介で来たのですが、担当は紹介された先生ではない人になってしまいました。私の希望は、最初に紹介された先生に担当していただきたいです。直接担当医には、言いづらいことです。このような思いをしても、どこに言っていいのかわからず、諦めて辛い思いをしている人が多いのではないかと思います。運が悪かったということで、患者は医者を選べないのでしょうか?先生のご意見を聞かせていただけませんか?母に安心して治療を受けてもらいたいです。宜しくお願い致します。

(答え)2000.7.17
お答えします。大変ご心配のことと思います。本当に多くの人が、同じような悩みをもっていらっしゃると思います。病院の医師が、大学教授気取りで、若い医師を使って診療をしてるのが実状です。まず最初に紹介された医師に診て欲しいということを、紹介された医師に直接話してみて、いけなければ病院をかわることだと思います。もし紹介状を書いてくれた先生が、かかりつけの医師なら、良く相談してみて、その先生から頼んで頂くか、他へ紹介していただいてはいかがでしょうか。残念ながら、日本の病院では患者中心の、責任ある医療体制は望めませんので、患者側が選択しなければいけないと思います。そのためには情報が必要ですので、あわてずに情報を集めることから始めなければいけないと思います。あなたのメイルは大変参考になりますので、ホームページに使用させて頂きたいと思います。ではまたいつでもメイルをください。

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[癌治療における担当医療機関との信頼関係]

(相談)1999.9.2
突然メイルを差し上げます失礼、なにとぞお許しください。まだ拝眉の機を得ておりませんが、先生のご意見を頂ければ幸いでございます。私は、香川県出身で現在東京都内の会社に勤める一介のサラリーマンです。ご相談は、私の55歳になる母に関することですが、今年の2月に進行した直腸癌と診断され、某国立病院にて手術を受け腸とリンパ節を切除し、人工肛門を造営しました。その後順調に回復しておりましたが、8月になり体調が思わしくなく、再度同病院にてレントゲン検査を行ったところ肝臓に10円程度の大きさの影があることがわかりました。担当医師からは再度造影剤を注入した検査が必要だといわれましたが、その後約半月がたち、今後どうすれば良いのかを担当医に問い合わせたところ、まだ空きがないので約2週間先だといわれました。また、3月に退院した後の治療としては、月1回の通院と、薬の処方、これまでに1回の血液検査を行ったのみです。癌が横行している中、一般的に癌治療とはこのようなものでしょうか。本人、家族とも、再検査を行って、早期に適切な処置を実施して頂きたいと思いますが、不信感をもたずにはいられません。他の病院での検査とも考えましたが、紹介状がないとなかなか受け入れてくれる病院はないと聞きます。また、シンチグラフィ(放射性同位元素による全身検査)という検査があるそうですが、造影剤投与による検査よりも有効なのでしょうか。担当医師から明確なアドバイスがない状況において、今後どのような方策を立てればよいのか、思案しております。ただ死を待つのではなくベストを尽くしたい。生への欲望かもしれません。とつぜんですが、何らかのアドバイスが頂ければ幸いです。

(答え)1999.9.2
お答えします。大変ご心配のことと思います。病院での癌治療は、手術と放射線療法と化学療法(抗癌剤治療)しかありません。癌の治療では、やはり手術が最も確実な治療方法ですが、手術だけで治る人と治らない人がいます。それは癌も自分で治す病気だからです。手術で癌が取れたといってもそれは目に見える範囲でのことで、癌は目に見えないところで拡がっています。結局、治る人は自分の力(自然治癒力とか自己治癒力とかいう)で治しているのです。つまり、病院での治療を受けて元気で退院する日が、癌との闘いのスタートラインなのです。癌も風邪と同じで、自分で治す病気です。自分で治すと信じて、努力することが大切です。生きがい療法の五つの指針にあるように「自分が自分の主治医のつもりで」癌を治す努力をしなければいけません。病院での治療方法は、一定のレベル以上の病院であれば、ほとんど違いはないと思います。病院での治療は限られています。肝臓の転移に対しては、もし手術が可能であれば手術をすることになりますし、手術ができなければ抗癌剤治療ということになると思います。あわてることはありませんが、病院での治療で徹底的に闘うか、それ以外の方法も考えてみるのか、選択肢は沢山ありますので、本人の希望する方法を選ぶことです。やり直しがききませんので、納得のいく方法を選んでください。ではまたいつでもメイルをください。

(返礼)1999.9.3
貴重なアドバイスをありがとうございました。癌は退院してからが闘いの始まりであること、自分が主治医でなければならないこと、あらためて感じました。患者から見れば先生は一人、しかし先生から見れば患者は多数であり、そのなかで信頼関係を築く、あるいは信頼できうる先生と出会えるというのは難しいものです。今回、私の母が癌となったことで、患者は、癌との闘いの前に、その準備のための闘いがあることを知りました。それらすべてが癌との闘いなのでしょう。これは癌だけでなくすべての病気に対していえることだと思います。今後、できうるかぎりのことをやりたいと思います。ありがとうございました。

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[人間ドックや大学病院で分からず、町医者で診断された皮膚などへの転移を伴う膵体部癌]

(相談)1998.12.25
はじめまして、75歳の父が膵臓体部の癌と診断されました。腫瘍マーカのスコアは922です。ここ1ヶ月で見る見る衰えが目立ち、とうとう立ち上がることさえ困難になりました。腹壁、左脇腹の腹壁、右腋の皮膚、頭頂部の皮膚、胸骨付近、肺にも転移しているそうです。毎年、用心を重ねて人間ドックに入ってきたのに、驚くばかりです。ただし、主要臓器への転移はまだ見られず、医師は即致命傷にはならないと言っています。また父は40年ほど前に肺結核を患っており、通常人より肺が収縮して小さくなっているため、全身麻酔が危険で、手術も不可能と言うことです。また抗癌剤治療は、現在機能している主要臓器に悪影響を及ぼす可能性があり、いまのところ目だった痛みなどの症状のない父の場合、全体的な健康バランスから考えて治療と言えるかどうかは疑問であると言われました。放射線治療にしても、父の年齢、体力から、身体が持ちこたえることは難しいと言われております。担当医師の意見では、このまま、痛み等の症状が出た場合に、それを緩和する、といった療法を取り、本人の尊厳を尊重する方法もあると言われています。近日中に結論を出さねばなりませんが、やはり、最後のオプションがベターなのでしょうか?また、父の余命はあとどれくらいと見ておくのが順当でしょうか?よろしくアドバイスをお願いいたします。

(答え)1998.12.25
お答えします。残念ながら、運が悪かったとしか言えません。担当医の言われるとおりだと思います。病院での癌に対する治療(手術、抗癌剤治療、放射線治療)をする時期はすでに過ぎていて、手のほどこしようがないという状態だと思います。担当医の意見のように、「このまま痛み等の症状が出た場合に、それを緩和する、といった療法を取り、本人の尊厳を尊重する方法」しかないと思います。
「父の余命はあとどれくらいと見ておくのが順当でしょうか?」

奇跡を祈りますが、残された時間は少ないと思います。来年の花見を目標にがんばってみてください。残された時間の使いかた、楽しい想い出を作ることなどを考えて、心の準備もしておきましょう。ではまたいつでもメイルをください。

(相談)1998.12.26
数野先生、昨夜、75歳になる父の膵臓癌について、お問い合わせしたところ、本日、朝にお返事が届いており、びっくりするとともに、たいへん感激致しております。父のこと、余命も考え、静かに残りの日々を過ごすこととし、対症療法を貫こうと思います。幸い、今のところ、体全体の倦怠感や、筋力の衰えが激しいだけで、直接的な痛みが出ていないのが幸いです。それにしても父の場合、毎年人間ドックを欠かさなかったばかりか、月に2度、大学病院(私学の雄といわれている大学)に通っていたにも関わらず、なぜこのようなことになったのか、返す返すも悔しい思いです。最後の人間ドックは同大学で今年10月初旬、この折りにも極めて健康とされました。左腹壁の2cm程度の転移ガンも、父が病院に行く度に再三異常を訴えていたにも関わらず、特別な対応もなく、また右腋皮膚にできた転移癌に至っては、同病院の皮膚科で見てもらったところ、「軟膏」を処方されたくらいです。

11月に倒れ、近所の町医者にかつぎ込まれたとき、医師は触診と手早い検査で、その日のうちに、悪質な病気である可能性が強いとのことで、内視鏡、CTを至急とる手配をしてくれました。その結果、彼の仮診断として、膵臓癌を示唆され、現在の国立病院に緊急入院し、綿密な検査を経て膵臓癌及び転移箇所の確定診断が下されました。私としては、同大学でもっと早く発見する道がなかったのかと、悔しくて仕方ありません。父の今後につきましては、桜の花を見せることを目標に、家族皆と頑張って参りますが、どうしても大学病院の対応に納得できません。今は私自身が動揺しているので、冷静ではないかもしれません。診療とはこのようなものだと割り切るべきなのでしょうか?少なくとも私達はこうしたことにはあまりにも無力です。身を守る手段がないものなのでしょうか。最後は愚痴のようになってしまいましたが、先生のおことばには本当に力づけられました。ありがとうございます。

(答え)1998.12.26
メイルありがとうございました。父上のケースは、多くのことを教えてくれます。一言で言えば、私たちは自立しなければいけないということです。国の政治でもそうです。私たちは、この国をどんな国にしたいのか、そのためには一人一人がどうしなければいけないか。国や地球規模での考えを持ちながら、まず足下から行動を始めなければいけません。政治を良くするためにも、医療を良くするためにも、一人一人がもう少しかしこくならなければいけないと思います。

「人間ドックのこと」
人間ドックや健康診断は、不特定多数の人を対象にして、身体全体を調べるものです。多くの場合、病院経営のためのドル箱となっています。検査自体は、一定の検査項目を機械的にこなし、データーだけで判断します。ですから意味のないような検査上の異常でも、異常として指摘されますし、父上のように、検査データとしてあらわれてこないような異常は、素人が見ても分かるようなものが問題とされません。何か具体的な目的をもって、受けるドックや検診は、もう少し意味があるかもしれません。たとえば、子宮癌検診とか乳癌検診とかです。

「大学病院のこと」
大学病院は、教育と研究と高度な専門医療のための施設です。有名大学の附属病院の外来に、毎日何千人という人がおしかけるということ自体が異常なのです。大学病院の医師は、すでに診断がついた病気を専門的に治療するのが仕事です。風邪でも大学病院や総合病院にいく人がいますが、まったくの権威主義で、医師の選択を間違っているとしか言えません。大きな病院の医師ほど、一人の患者さんを充分時間をかけて診ることはできません。医師は何百、何千人の中の一人として診ています。

「町医者のこと」
結局、あなたが「町医者」と呼ぶ医師によって正しい診断がされたことを考えてみてください。私たち「町医者」は、患者さんを一人の人間としてあらゆる面から診ます。人間の身体を部品の集まりとして診たりはしません。全人的医療と言います。まず、信頼できるかかりつけの医師に診てもらうことをおすすめします。

今回のことは、運が悪かったとしか言いようがありませんが、考えてみれば無理もないことばかりです。一体誰の責任でしょうか?自分の身は自分で守ることが必要です。あなたまかせではいけないと思います。ではまたいつでもメイルをください。

(相談)1998.12.30
父の膵臓癌のことで、アドバイスを頂きました○○です。数野先生には感謝の言葉もございません。私自身も少しずつ冷静になり、現実を良く見つめて、今後の自分自身の生き方を含めて考え直さねばならないと思いはじめました。父の状態については、いくつもの転移箇所が見られもう驚きませんが、本日の脳の検査で、前頭葉の左と右に一つずつの転移性脳腫瘍が新たに見つかりました。しかも右の腫瘍により大脳が腫れて頭蓋骨を圧迫し始めているようです。以前、父の体質の問題で全身麻酔の手術では99%意識が戻らないと言われており、手術はできません。

医師からは各種の転移の中でも、脳は非常に危険な部位だと言われました。明日30日には一時自宅に帰って参ります。容態が安定している今、できるだけ家族と過ごす時間を増やしてやりたいと思います。自宅で過ごすにあたり、頭痛を訴えたらすぐに病院に戻すように言われましが、頭痛以外にも危険の兆候を示すサインというのはあるのでしょうか?頭痛が起きる前には、これといった注意信号は出ないものでしょうか?担当医に聞けば良かったのですが、この話しを聞いているときには動揺を押さえて確実に聞き取ることに精一杯でした。しかも明日から担当医が病院に不在となります。大変申し訳ないと思いながらも、心配で仕方なくメールを書いております。お時間があったらで結構ですので、お教え頂ければ幸いです。

(答え)1998.12.30
お答えします。脳腫瘍による症状は、頭痛以外には、吐き気、意識障害、神経麻痺などです。何か異常があれば、すぐに診察してもらってください。急変が起きることがありますので、心の準備をしておいてください。ではまたいつでもメイルをください。

(返礼)1999.3.18
数野先生、昨年12月の暮れに、父の膵臓癌の件でご相談させていただきました○○です。その節は大変お世話になりました。先生が「桜の咲く頃を目標に」といわれましたが、まさにその通り、父は3月14日に死去致しました。当初本人には、高齢であること、治癒の見込みがないことを理由に病名を告知しておりませんでしたが、父が痛みを我慢し続けている状態に耐え兼ねて、3月2日、ホスピスケア病棟を持つ病院に転院したのを機に、本人に病名を告知することとしました。知ったその場では非常にショックを受けた様子でしたが、明くる日、2ヶ月ぶりに車椅子での散歩を希望し、院内の談話室でお茶を飲みました。そのときの嬉しそうな表情といったらありませんでした。しかし、その次の日から急激に食欲が落ち始め、とうとう帰らぬ人となりました。病気を知ったときから、父は痛みを素直に訴えるようになり、従って痛みのコントロールはしっかりされていましたので、最後の瞬間も、苦痛から解き放たれた非常に穏やかなものでした。これで良かったのか悪かったのか、私には分かりません。癌の告知は確かに父を身体的苦痛からは解放してくれましたが、生きる気力を奪ったこともまた確かなのではないでしょうか?数野先生、本当にありがとうございました。おかげさまで後手に回ることなく、父の看護ができたと思います。今後とも、先生のご活躍をお祈り申し上げます。

(返信)1999.3.18
メイルありがとうございました。父上のご冥福をお祈り申し上げます。ホスピスケア病棟を持つ病院に転院されたとのこと、ご本人にとっては大変良かったのではないかと思います。今回のことで多くのことを学ばれたと思います。今後の人生と社会のために役立ててください。できれば同じような悩みを持っている人のために役立ててあげてください。ではお元気で。さようなら。

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