「おかしいぞ 日本!」(「世にも不思議な物語」より)
第五話『ゼロ金利解除』狂騒劇

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 “日本人は『知る者』と『知らざる者』の二つにはっきり分けられている。普通の人々には『もっともらしい嘘』が与えられる。真実はエリートだけが知っている。これは「おかしいぞ 日本!」の第三話に紹介したカレル・ヴァン・ウォルフレンの著書『人間を幸福にしない日本というシステム』からの引用文の再掲である。ウォルフレンのいう「普通の人々」の場合、通常の情報源は新聞やテレビに代表されるいわゆる「マスメディア」であるが、学者・評論家などの知識人を含めたいわゆる「エリート」層の人々は「普通の人々」が通常手にしないし、また往々にして難解でもある専門誌や海外の新聞・雑誌などを含めた幅広い情報ソースを持っており、それらのソースから、“マスメディア”に皆無とは言わないまでも、政治的配慮もあって、あまりハッキリとは報道されず、また語られない真実の情報を得ている。いかなる社会でも、その構成員に均質な資質や能力を望み得ないのが現実であってみれば、このような現象は何も日本だけに限ったことではないが、ウォルフレンは日本においては特に顕著にそれが見られるというのである。彼のいう「もっともらしい嘘」とは「意識的な事実の隠蔽」であり、この國では、戦時中の大本営発表に象徴される軍官僚や戦後の薬害エイズ事件の厚生官僚、バブル崩壊後の金融機関不良債権処理をめぐる大蔵官僚などによる事実隠蔽は周知の事実であり、記憶にも新しい。

 冒頭に、このことを取りあげたのは、この第五話のテーマである日本銀行の「ゼロ金利解除」に関する新聞報道が、政財界、民間までを巻き込んだ賛否両論を噴出させるなど異常なまでの広がりを見せたことに疑問を抱いたからであり、さらに掲載された議論の中には問題の核心からそれた、空々しいまでの「虚」の論議に終止したものが多かったという点で、ウォルフレンのいう『もっともらしい嘘』の典型的なケースであるように筆者に思われたからでもある。

 本論に入る前に、用語の意味を明確にしておきたい。まずゼロ金利政策とは「金融機関同士が短期の資金を貸し借りするコール市場で、日本銀行が市場の本来の需要を大幅に上回る大量の資金を供給し、金利を事実上ゼロにする政策を指し、日銀は『無担保コール翌日物』(オーバーナイト)の金利を誘導目標としている。99年2月から実施しており、これに連動する形で、金融機関の預金金利や貸出金利も超低金利となっている。貸出金利が低下することで、企業の資金調達が容易となり、積極的な設備投資などに結びつくほか、収益の改善を促し、株価を押し上げるなど景気下支え効果を発揮したが、結果的には、マネーサプライの増加に結びつく金融の量的緩和の効果も果たしてきた。その一方で、預金金利は普通預金が年0.05%程度、1年物の定期預金が0.12%程度にしかならず、家計の利子所得の低減や、年金・生保資金の運用難などの“副作用”も指摘されている」(読売新聞)。「無担保コール翌日物」とは金融機関同士が翌日に返済する超短期の資金を融通し合う取引を指し、日銀は国債などの売買(オペレーション)で資金を供給したり、引き揚げたりして金利水準が目標とする誘導水準に落ち着くよう調整している。日本では、1995年9月以降、公定歩合は0.5%に維持されてきたが、日本銀行は98年9月に「無担保コール翌日物」の誘導水準を0.25%に引き下げ、更に、99年2月以降は、誘導水準を取り引き手数料水準の0.03%とし、実効金利水準がゼロになるというゼロ金利政策がとられてきた(『イミダス2000』)。

 さらに、真相理解の一助として、99年2月24日及び同年9月14日と22日付け朝日新聞の記事を以下に引用する。9月22日付けの記事は21日の政策決定会合において、日米両国政府のみならず、大方の関係者や市場の期待に反して、日銀が金融のさらなる量的緩和を図ることを見送ったことに関する報道である。この決定は一段の量的緩和を迫る日本政府や米国政府の圧力に「N0!」といった日銀のリンとした姿勢を示したものである。

2/24/99(朝日)・・・ゼロ金利に政治の影 政府や米が“包囲網”

「『株価がついに16,000円を超えましたからねえ。米國の10,000ドル乗せとどっちが先かと思っていたんですよ』 東京株式市場で平均株価が7カ月ぶりに16,000円の大台を回復した16日夕、日本銀行の速水総裁は満面に笑みを浮かべた。日銀が99年2月12日に決めた『ゼロ金利誘導』という究極の金融緩和で、日本の長期金利の低下や東京株式市場での株価上昇につながった。その効果に対する、速水総裁の『勝利宣言』だった。改正日銀法(註1参照)で、日銀の政治や大蔵省からの独立性は飛躍的に高まった。政策決定は、日銀の政策委員会のメンバー九人が投票で決める仕組みが徹底された。それまでは首相や大蔵省の同意が得られず、自由に政策を決められないこともあった。」

 2月12日の金融政策決定会合で、「ゼロ金利誘導」を最初に提示したのは藤原作弥副総裁だった。「長期金利の上昇による悪影響を避けるために、市場金利の一段の引き下げが必要である」という認識に基づくものであった。それは、あたかも「政府・自民党から、日銀に国債買い切りオペレーションの増額を求める声が頂点に達しようとしていた」時であり、「ル−ビン米財務長官など米国側も、日本側に日銀の国債引き受けに肯定的な考えを暗に伝えていた」折りでもあった。つまり、国債引き受けに反対していた日銀は政府や米の“包囲網”下に置かれていたわけである。

 「日銀は法改正で『独立』を手に入れた代わりに、大蔵省にゆだねていた国会対策を自らの手でこなさなければならなかった。速水総裁がこの1年間に国会に出席した回数は115回。松下前総裁時代の約2倍の頻度だ。いやでも『政治』を意識せざるをえなくなっている。日銀内部で『ゼロ金利』が現実的な政策として検討され始めたのは、そうした日米政府有力者の発言が伝えられるようになった2月初め以降だ。事務局は『ゼロ金利では、利ざやが取れなくなり、短期金融市場を機能不全に陥れる恐れがある』などという否定的な意見が大勢を占めていた。だが準備会合では、迫り来る包囲網に、『政治に<ゼロ回答>では乗り切れない』と危機感を強めていた3首脳が、事務局の声を封じた。」

 「『独立』を旗印に掲げる新生日銀にとって、国債問題で、政治の要求を一方的にのむ事態だけはなんとしても避けたかった。それを拒否するためには、別の政策を持ち出す必要があった。それが『ゼロ金利』だった。」つまり「苦肉の策」であった。「財政に従属する金融政策がバブルを生み、不透明な金融行政もあって、金融破たんが相次いだ。その反省をきっかけにした日本銀行法改正から一年、大蔵省から金融行政が分離され、金融再生委員会、金融監督庁が設立された。日銀は『実質ゼロ金利』に踏み出した」ことになる。

9/14/99(朝日)・・・ゼロ金利解除示唆 政府にいらだち

              G7前「自ら火種」足並み乱れ懸念も

 「日銀の速水総裁がゼロ金利解除に前向きの姿勢を示したことが、市場や政府関係者などに波紋を広げている。15日の主要7カ国蔵相会議・中央銀行総裁会議(G7)を前に、円高や株価下落を招くような発言をするのは、日本の立場を悪くするとの見方だ。速水総裁は『景気が良くなれば金利があがるのは当然』と意に介する様子はないが、昨秋の金融の量的緩和騒動と同じように、政府と日銀の足並みの乱れが、G7の場で混乱を招く恐れも出てきた。」

 「G7では『円高懸念』と引き換えに、米国などから追加の景気対策を求められる可能性がある。だが大型の補正予算を組むのは難しい。そのうえ、ゼロ金利解除に言及したのでは、日本に批判が集まりかねない。『G7の準備は順調だったのに、事前に爆弾が爆発してしまった』(大蔵幹部)」(註2参照)。

 「一方、日銀の真意は、ゼロ金利の長期化で緩んでいる市場に警告を発することだった。あらかじめ市場金利を上昇させ、ゼロ金利の解除が市場の混乱を招かないよう、下地を作っておくのが狙いだ。市場との対話を重視した米連邦準備制度理事会(FRB)のグリーンスパン議長を見習おう、という試みとみられる。日銀自身は、市場金利の上昇を日銀が追認し、ゼロ金利を解除するというシナリオを描いている。『解除の時期は、市場が自然と決めていくという形が最も望ましい』(日銀幹部)という。」

9/14/99(朝日)・・・【ワシントン13日=共同】「国際通貨基金(IMF)のフィッシャー専務理事代行は13日の記者会見で『日本は金融引き締めを実施する状況ではなく、全く理解しがたい』と述べ、ゼロ金利政策の早期解除を目指す日銀を批判した」(註3参照)。

9/22/99(朝日)・・・「日銀量的緩和見送り」内外圧力に屈せず 中央銀の独立性貫く

 「『中央銀行として、目的と政策効果を説明できない政策はとれない』。日本銀行の速水総裁は、金融政策の現状維持を決めた21日の記者会見で言い切った。円高阻止のための強調介入の見返りに、米国(下線筆者。以下同じ)や政府から量的な金融緩和を強く求められたものの、政府からの独立性をうたった新日銀法を背景に、原理原則を貫いた形だ。(中略)日銀が、本格的な量的緩和策を否定する姿勢を貫いた背景には、1980年代後半の金融政策の失敗で、バブル経済の発生を招いた反省がある。87年に当時では史上最低の年2.5%に公定歩合を引き下げたが、円高による企業収益の悪化を心配した政府や経済界の『圧力』(速水総裁)で、その低金利は89年5月まで継続された。低金利の長期化で、過剰流動性が発生し、バブルをもたらした。行き過ぎた『円高恐怖症』が、金融政策を狂わせた、と日銀は反省している。また量的緩和論についても、ゼロ金利政策を通じて、すでに資金を大量に放出しており、『事実上』の量的緩和を行っているとの立場だった。」

 同日の朝日新聞は、この日銀の判断を是とする真壁昭夫・第一勧銀総研金融市場調査部長の以下の見解を載せている。

“(前略)日銀の判断は理屈としては正しい。今、量的緩和しても、実体経済には意味がない。日銀は連日、市場が必要とする規模を一兆円上回る大量の資金供給を実施しており、これ以上、量を増やしても、お金は実体経済には回っていかず、金融機関の無駄な準備預金が増えるだけだ。そうした意味では、日銀は独立性を貫いて決断したわけで、評価されるべきだ。”

 「米国や大蔵省の金融緩和圧力で、日銀が量的緩和に踏み切るとの思惑が先行したことについては、『金融政策は事前に一定の方針が固められたり、外部と協議したりすることはない』と不快感をにじませ、日銀の独立性を強調した。これまでの日銀の歴史は大蔵省や米国の主張に沿って、金融政策を変更する繰り返しだった。今回は内外の圧力を跳ね返し、中央銀行としての信認を守った。」

米国がゼロ金利解除に反対する理由

 このことの理解には、米国が作りだしている“ゆがみ”の構造を知る必要がある。米国の経常赤字は2000年中に、過去最大の4,000億ドルの大台に乗ると見込まれている。このような巨額の赤字を抱えて平気でいられるのは、その赤字を補って余りあるドルが海外から還流してきているからである。神奈川大学・吉川元忠教授は「米国はウォール街出身のルービン前財務長官のもとで、海外からの資本流入が米国の経常赤字をはるかに上回るような仕組みをつくりあげた。そして株高を演出、さらに金を集めた」という。その還流の仕組みに組み込まれているのが、いうまでもなくジャパンマネーである。

 通常金利差が4%以上あれば資本移動が起ると言われているから、日米間の金利差が大きい程、大量のマネーが動く。国内の低金利で投資先を失った膨大な円資金が高利の米国証券の購入に走り、米国の証券市場の活況を支えたのである。しかし、米国の経常赤字が続く限り、長期的にドルの下落は避けられない。ドル安(=円高)になる度に日本に金融緩和を要求し、輸出依存体質から脱却できない日本政府は、「過度の円高防止」を理由に、日銀を通じて為替市場でドルを買い、取得したドルは米國国債の購入に向けられた(註5参照)。かくして日本の人為的な「円高防止」策は構造的にドルの還流に大きく貢献してきた。米国の歴代財務長官が決まり文句のように「金融の緩和」と「内需の拡大」を求めて来たのは、この仕組みを維持するためであった。何のことはない、日本は、結果的に、アメリカの国家戦略を支えてきたことになる。

 前述の吉川神奈川大教授は続けて「この循環は1998年まで続き、『強いドル』を支えた。その後、ペースダウンし、99年には景気回復期待で資金が日本に流れた。今回の(99年)円高と量的緩和要求は、日本に一段の金融緩和を実施させることで、もう一度、米國市場にカネを呼び戻そうという用意周到な戦略ともとれる。ここで日銀が量的緩和をしても、将来は新たな要求が浮上する。日本が自主性をもってドル一極体制から脱しない限り、このゲームは次の『マネー敗戦』を生むだけだ」という。すなわち、いつになっても、日本は金利を上げられないことになる。

 周知のように、現在の米国経済は株式市場の活況に支えられたバブル景気である。貯蓄率ゼロないしはマイナスの米国民の消費を支えているのは株式のキャピタルゲインである。相場が限りなく上昇することはあり得ないから、株式相場は必ず下落する。下落すれば消費が落ち込むから景気は後退する。現在、米連邦準備制度理事会(FRB)のグリーンスパン議長の最大関心事はいかにして、この株式バブルをソフトランディングさせるかにある。昨年以来、6回にも亘って小刻みに金利を上げて来たのは、そのための調整措置であり、それに協力してきたのが日本なのである。仮に、日銀保有の360億ドルに及ぶ米国債を含めた日本からの米国証券が一挙に引き揚げられれば、米国経済はたちどころに崩壊し、それは日本をも含めた世界経済に甚大な悪影響を及ぼすことになる。国際通貨基金(IMF)や日米以外のG7諸国が日本のゼロ金利解除に反対する理由もここにある。

政府・与党がゼロ金利解除に反対する表面的な理由

 政府・与党が、終止、ゼロ金利解除に反対した理由としては、以下の諸点が考えられる。
(1) デフレ懸念は、まだ払しょくされていないとの認識に基づくゼロ金利解除尚早論;
(2) 長期金利としての国債金利上昇による財政負担増大の回避(=先延ばし);
(3) 自民党内に依然として、くすぶる「調整インフレ」あるいは「インフレ・ターゲット」論者の反対(註6および註7参照);
(4) 公的資金投入により立ち直りつつある銀行業界の収益圧迫への懸念(前出の相沢発言に代表される。[*12]参照)
(5) 米国側の反感を買いたくない。

筆者コメント(以下の番号は上記の番号に照応する):

(1) これは政府側が日銀にまさるとも劣らない情報に基づき、確信をもってメ時期尚早モを唱えるのであれば、正論となる可能性はある。しかし、白黒の判定は難しい。ただ、このメ時期尚早モ論は反対のための反対論者には、誠に好都合な理由ともなりうる。ただし、12月10日現在、すでに決着はついたといってよい。
(2) 金利上昇は財政負担の増大につながる。財政を担当する大蔵省としての反発は当然だろうが、かといって、いつまでもゼロ金利を維持するわけにもいくまい。この矛盾をもたらすものは、いうまでもなく600兆円を超える膨大な財政赤字である。
(3) 自民党内には、まだ調整インフレ論やインフレ・ターゲット論がくすぶっている。見せかけの景気をつくろうとする試みでしかないし、デフレ救済に成功した実例は世界にないという。日銀が最も警戒している議論でもある。
(4) ゼロ金利解除は、長期金利の上昇を促す。それは国債金利の上昇をもたらし国債価格の低下すなわち、キャピタル・ロスを招く。そして膨大な国債を保有する金融機関に悪影響を及ぼす。漸く、立ち直りつつある金融機関にとっては不安材料だが、ゼロ金利が永久に続くと思っている銀行はよもやないであろう。
(5) 国際化時代である。対米協調自体は、決して悪ではない。ただし、度を過ごすと、国益や国民の利益を損なうことになる。そのような関係は協調ではなく、隷属という。米国の戦略に振り回されないためには、明確な国家戦略を持つことだ。

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