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| Index (目次) 1.レジスタンス博物館 2. 「ペンは剣よりも強し」 3.シャンソン ピアフ 「ベルリンの男」 4.あとがき |
1.Musee de la Resistance Nationale
http://www.musee-resistance.com/index.htm
フランスはナチによって軍事占領された。第2次世界大戦当時のことである。この時、フランスに若しレジスタンス運動がなかったならば、フランスの誇りは大いに傷つけられていただろう。1940年11月11日(第3共和制下での地方議会記念日であった日)、在ロンドン「自由フランスFrance
Libre」のBBCからの声明に呼応して高校生、大学生を中心としてナチに対する抵抗(レジスタンス)が口火を切った。
サイトは、パリ郊外シャンピニ・シュル・マルヌ(94)を本拠地としてフランス国内に7ヶ所のレジスタンス関連ミュゼMuseeを運営するNPOのものである。
レジスタンス神話が確かにある。ナチ協力者(コラボcollabo)に対する復讐もあった。けれども、レジスタンスが組織されはじめてから60年以上たった今日でも、フランス革命同様レジスタンス経験は、フランス人の「自由」を求める価値観の底流をとうとうと流れている。
ナチ・ドイツにとってレジスタンスは「テロ」そのものであったことを我々は往々にして忘れている。
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2.La plume est plus forte que l'epee
http://www.plumeweb.com/
「ペンは剣よりも強しLa plume est plus forte que
l'epee」とは、英語の諺adageである「The pen is mighter
than the sword」、またはスペイン語のそれである「La
pluma es mas poderosa que la espada」の仏訳であろう。スペイン語の諺が起源らしい。いずれにせよ、この諺がラテン語からきている形跡はない。
forteのかわりにpuissanteと訳している場合もある。同じ意味である。英国では「No
more sword to be feared than the learnd pen」と16世紀に云われていたものが、19世紀になって上記の形で落着いたようだ。
ラテン語語源であるという奇妙な話を僕が読んだのは、木村愛二が翻訳したという「偽イスラエル 政治神話」(れんが書房新社、1998年)の「訳者はしがき」の中である。木村愛二はこの翻訳を通して原著者を訳者の都合の良いように利用したものと思われる。「訳者はしがき」及び巻末の「訳者解説」がやたらと長いばかりか、Nations
Unisを「連合国」と訳すなど無理な訳語をほどこし、読者を翻弄している。
原著は「Les Mythes Fondateurs de la Politique Israelienne」。「イスラエル政治思想の神話を作った人々」というほどの意味である。著者はガロディRoger
Garaudy。フランス語版、即ち原文(277ページの要約だが相当長い)を次のサイトで読むことが出来る。
http://aaargh-international.org/fran/fren/mythes/RGmythes1.html
著者ガロディは、フランスの裁判所(第一審)で有罪判決を受けたが、本書は発禁処分にはなっていない。歴史修正主義史観(revisioniste)の一人とみなされることが多いようだが、必ずしも、僕が読んだ限りではそうはみえなかった。反シオニストであるが、反ユダヤantisemiteではないともいえる。ユダヤ人でも全てがシオニストではない。最近のシャロンの政治をみると極めて反動的で、ユダヤ人がナチから蒙ったと同じジェノサイドをパレスチナに行使しているのであり、ガロディに理がないとはいえない。
ガロディは、元フランス共産党(PCF)の政治局員だ。68年のチェコ問題でソ連を批難、除名される。その後、マルキスム的ヒューマニストからキリスト教に、さらにイスラムに改宗、現在に至っているという変り種。
木村愛二は、ガロディよりもずっと非科学的にみえる。反アメリカ、ごり押しムードで、アジテーター。しばらくサイトをみていると疲れる。チャンバラほども面白くない。
http://www.jca.apc.org/~altmedka/
ところで、最初に出したサイトは、小説、随筆、詩、広告文など文章を梃入れすることを業とするPlumewebというところである。ま、「ゴースト・ライターやります」かな。
このサイトが勧めている図書に、「文章の書き方」などのハウ・ツーものがあったが、嬉しいことに、先週も話題にのせたノトンAmelie
Nothombの「Cosmetique de l'ennemi」が含まれていた。確かにノトンは文章が上手い。
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3.Edith Piaf
L'homme de Berlin
Paroles: Michele Vendome. Musique: Francis Lai 1963
Sous le ciel crasseux qui pleurait d'ennui,
Sous la petite pluie qui tombait sur lui,
Lui... l'homme de Berlin...
Dans le vieux faubourg, au milieu de la nuit,
Il se tenait la. Je n'ai vu que lui,
Lui... l'homme de Berlin...
Etrangere a Berlin, ou je venais d'arriver,
Quand on n'attend plus rien,
Quand on veut tout changer,
Berlin vaut bien Berlin.
Moi, il m'en faut peu pour croire, dans la vie,
Que tout peut changer, et pourquoi pas lui ?...
Lui... l'homme de Berlin.
J' me voyais deja l'aimer pour la vie.
J' recommencais tout, c'etait avec lui.
Lui... l'homme de Berlin...
憂愁を嘆く汚れた空の下
男の上にしとしと降る小雨の中
男、、、ベルリンの男、、、
知る人もないベルリンに わたしは着いたばかり
希望なんてないものに
再出発したいものに
ベルリンこそが相応しい
わたしはといえば 人生に殆ど信じるものなんてない
全ては移ろい易い、じゃ、あの男ではいけない?
男、、、ベルリンの男、、、
合った時から一生涯あの男を愛して行けるって思っていた
はじめからやり直したの あの男と
男、、、ベルリンの男、、、
Ne me parlez pas de hasard,
De ciel, ni de fatalite,
De prochains retours, ni d'espoir,
De destin, ni d'eternite.
Ne me parlez pas de Berlin
Puisque Berlin n'est rien pour moi.
Ne me parlez pas de Berlin,
Meme si Berlin, c'est tout pour moi.
偶然なんて言わないで
神様なんて 運命なんて
次に帰ってくることなんて 希望なんて
定めなんて 永遠なんて言わないで
ベルリンなんて言わないで
だってベルリンはわたしにとって何でもありゃしない
ベルリンなんて言わないで
たとえベルリンがわたしの全てだとしても
Sous le ciel crasseux qui pleurait d'ennui,
Sous la petite pluie qui tombait sur lui,
Lui... l'homme de Berlin...
J' l'ai pris pour l'amour, c'etait un passant,
Une eternite de quelques instants,
Lui... l'homme de Berlin,
Car lui, l'homme de Berlin, cherchait aussi l'oubli.
Il est parti trop loin
Car, pour user sa vie,
Il n'y a pas que Berlin.
Dans chaque visage, je ne vois que lui
Et, dans chaque nuit, je dors avec lui,
Lui... l'homme de Berlin
Sous quel ciel crasseux, passe-t-il sa vie
Et dans quel Berlin traine-t-il sa vie,
Lui... l'homme de Berlin ?
憂愁を嘆く汚れた空の下
男の上にしとしと降る小雨の中
男、、、ベルリンの男、、、
束の間の恋にあの男を選んだ
瞬きする間の永遠に
男、、、ベルリンの男、、、
だって 男 ベルリンの男も忘却を求めていた
男は遠くに遠くに去っていった
だってあの男が人生をすり減らすには
ベルリンしかない
人を見るたび あの男を見出す
そして夜毎 あの男と眠る
男、、、ベルリンの男、、、
なんて汚れた空の下に 男は生きているのだ
なんというベルリンで 男は人生を引きずっているのだ
男、、、ベルリンの男
Mais y a pas qu'un homme dans ce foutu pays !...
Ici ou ailleurs...
Il n'y a pas que lui...
Il n'y a pas que lui...
Il n'y a pas que lui...
Il n'y a pas que lui...
Il n'y a pas que lui...
Y a pas que lui... que lui... que lui...
この汚い国には男しかいない
そこここに
あの男しかいない、、、
あの男しかいない、、、
あの男しかいない、、、
あの男しかいない、、、
あの男しかいない、、、
あの男しかいない、、、あの男、、、あの男しか、、、
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4.あとがき
去年12月に行こうとして行けなかった大江戸博物館(両国)に行った。丁度フランスから知人が来て、その機会を捕らえたのである。
建築は菊竹清訓(きくたけ きよのり)。丹下、黒川とならんでメタボリスムmetabolisme理念の建築で有名なようである。奇を衒うのは、都市のバランスを無視する建築家というものの常。もっとも東京などは点と点しかなくなってしまった巨大な村であるから、そのことについては僕はどうでもいいことだと考えている。しかし、大江戸博物館は広い空間を無駄にしすぎている。江戸・東京スペースという3階部分の吹きぬけは、理解しがたい。いずれバブルのころに予算をふんだんに使って建てた代物に違いない。
http://f1.aaacafe.ne.jp/~uratti/kikutake/kikutakeframe.htm
このページを見る限りでは、全く酷いものばかりを設計してきたわけでもなさそうだ。
さて、大江戸博物館の展示である。たくさんの模型maquetteがあった。江戸城、大名屋敷や町人町などである。それは細部に亘って素晴らしい精巧さで出来ていた。けれども、所詮模型である。僕たちは何故本物を残そうとしなかったのだろう。大火がしばしばあって、木造建築だから焼け落ちてしまったこともあろう。だが、それだけではない。惜しげもなく破壊することに慣れているからだ。
石碑(記念碑、詩碑等)を建て、銅像を作るのと、模型を作って展示するのとは同じ考え方からきているように思える。詩碑を建てるのはいい。けれども、読まれた詩とは似ても似つかぬ景色を見せられて、なお想像せよとは、滑稽である。
同じ両国にある回向院にもがっかりした。
http://www.ekoin.or.jp/index.html
写真で見るのと本物はまるで違う。人情話に「猫の恩返し」というのがあって、回向院が出てくる。さぞかし、古きお江戸の面影を残す寺であろうと期待をしていた。みごとに裏切られたのである。山門から本堂まで耐火建築。しかも醜悪。まわりはビル。本尊阿弥陀仏を見る気も起こらない。往相・還相(げんそう)回向からきたであろう回向という美しい言葉が泣く。
http://www2.big.or.jp/~yba/teach/hongan22.html
ハイチの政変、現職大統領アリスティドJean-Bertrand
Aristideの追放(拉致)事件が、マドリッドのテロ事件で翳(かす)んでしまった。勿論USAの介入でアリスティドを追放したのである。その介入に今度はフランスも手を貸している。日本は早速(背景はアメリカだが)国連の要請で無償食糧援助をすると発表。首都ポール・オ・プランス(Port-au-Prince、発音は「ポルト」とリエゾンしない)は混乱を極めている。
いくつかの日本のNPOは、アリスティドをハイチに返せと言い出した。しかし、待てよ。アリスティドがどんな奴か知っているのか。確かにハイチ史上初めて民主的に選ばれた大統領だった。1990年12月16日当選、大統領就任は1991年2月7日。91年9月のクーデタでアリスティドはクリントンのアメリカに亡命する。3年後アメリカの後押しでポール・オ・プランスに凱旋するが、次の選挙には出馬しなかった。そして再び2000年の大統領選で当選、2001年2月7日、2度目の大統領となった。ところが、2001年以来アリスティドがやり始めたのは何であったか。ギリシャ神話に出てくる怪物キメラchimereと呼ばれる取り巻きの若者達をして法律上はどこにもない親衛隊を組織、1991年の復讐を始めたのである。言論も弾圧した(国境なき記者団-RSFの記録にある)。贈賄収賄も激しかった。民主主義をかなぐり捨てたのである。大衆を裏切ったのである。中央アフリカ(首都バンギ)からアリスティドは国際世論に訴えている。呼応したのが前記のNPOだ。無政府状態のポール・オ・プランスにアリティドが帰ってどうなるのだろう。米仏の軍事介入も、かれらによるシナリオ作りも許せない。しかし、ハイチの事情は日本からみるほど単純ではない。
おなじことがマドリッドの列車テロにある。テロは確かに許せない。とくに無差別テロは、表現の手段としても失敗である。反テロのデモに800万人以上がスペイン全土でこの週末参加したそうである。14日の国政選挙で、スペインがナショナリスムに一層傾くとしたら、アルカイダの悪影響にちがいない。
テロは許せない。しかし、一方でそれがレジスタンスであることもあるのだ。イスラエルでは毎日テロ行為がパレスティナ人によってなされている。イラクでも占領軍に対して抵抗が続いている。
明日日本で無差別テロが行われた時、それがイスラム系のものであれば、いやそうと疑うだけで、日本はイラク自衛隊派兵を正当化し、さらにアフガニスタンへ、イラクへ、ベン・ラディンを「誅殺」する部隊を送りこめと騒ぎたてるようで恐ろしい。そういう単純さ、まさにnaifがこの国にはある。反戦を標榜しているNGO/NPOの人々を含めて。
エジプトの作家マンスールAnis Mansourがいうように、「サダトに倣(なら)え」と言わなければならないだろう。
http://memri.org/bin/french/latestnews.cgi?ID=SD67404
このマンスールの手紙は、アラファットに宛てたものだけれども、僕はすべてのテロの指導者たちにも宛てられているのだと思う。
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発行者:田邊 好美(ヨシハル)
〒 157-0073 東京都世田谷区
e-mail: davidyt@saturn.dti.ne.jp
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