エッセイあるいはコラムなどというものは、例えば、新聞・雑誌及びそれに類するもののページの穴を埋めるというのが主な用途として、様々なものが書かれている。もちろん書き下ろしの単行本といった若干の例外はあるのだが。その「主な用途」として書かれているものは、たいてい字数に制限がある。しかし、このコーナーでは「穴埋め」が目的のコーナーではないので、字数に関係なく書こう。「思いつくままに好きなことを書く」というのが、エッセイ本来のあるべき姿だと思うし。
筒井康隆の「乱調文学大辞典」にこう書いてある。
アマチュア-さっか【アマチュア作家】 締め切りや制限枚数なしに原稿を書けるという幸運な作家。私は少なくとも「プロ作家」ではないので(おそらく「作家」ですらないだろうし)、締め切りや制限枚数なしに、気の向くままに書いていこうと思う。どうせ、「穴埋め」という使用目的はないのだから。うーん、なんて幸運なんだろう(笑)
ところで、Webというものが、雑誌などのいわゆる「紙メディア」に比べて面白い点はハイパーメディアであるという点であろう。Web上に書くのならこうした、紙メディアでは実現不可能なものをやるのが面白い。
ところで、よくエッセイやWeb日記のタイトルに「つれづれ」という言葉を使っているのを見かける。おそらく一番最初に使ったのは吉田兼好(「徒然草」の作者)であると予想される。この「つれづれ」の意味を正確に知ってて使っている人って全体の何%いるのだろうか?おそらく「徒然なるままに」というのは「心に思いつくままに」という意味で使っている人が大部分をしめているだろう。しかし、そんな意味はないのである。「徒然なるままに」は「することが何もなくて、どう時間を過ごしてよいかわからないこと」つまり「暇で暇でしょーがないこと」という意味なのである。然るに「つれづれ」と語っておきながら、文章を読んでいると編集者にせかされ締め切りと悪戦苦闘しながら書いているのだということがひしひしと伝わってくるような、全然「つれづれ」だとは思えないエッセイまでこの世の中には存在するのだ。
「徒然草」冒頭部で「思いつくままに書いている」ということを表している言葉は「心に浮かびゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつづれば」である。 エッセイのエッセンスというものは「暇で暇でしょーがないから書く」というところではなく「心に浮かんだことを意味もなく書き連ねる」ということにあるのではないだろうか。(「意味もなく」は余計かもしれんが。)極めて自由な文学形態とでもいったところか。ところで、某書店では宝島社のVOWが「スーパーエッセー」のコーナーに並んでるのだが、なんだかなと思ってしまう今日このごろである。