パチンコは時代が進むにつれてつまらなくなっていると思う。
私が子供のころ、どれくらい子供のころかというと幼稚園のころなので1970年代の終わり頃だが、父に連れられてパチンコによくいった。そのころのパチンコといえば手打ち式のものだ。しかしそのうち自動発球式のパチンコが主流になり、手打ち式はなくなった。父もパチンコをやらなくなったので、その後しばらくの間パチンコ屋に出入りしていない。
そして私がパチンコをはじめたころ、18歳の時なので1992年だが、そのころは羽根物つまり一般台があった。しかしデジパチというデジタルの自動で動くスロットによって大当たりの決まる機種が盛んになり、一般台は一般ではなくなってしまった。ここまでくるとほぼプレイヤーの腕は関係なく運に頼るしかない確率勝負である。そしていまやCR機全盛である。
この変遷をパチンコ屋の視点から見れば客の回転がはやくなったといえるだろう。しかしパチンコをやる側からみれば「ゲームとしてつまらなくなった」としか思えない。自分の腕で(もちろん運という要素もあるが)出玉を勝ち取るのではなく、ほとんど運で決まるのである。テクニックなどの必要とされない運まかせのギャンブルにはゲームとしての面白さがあるとは言えない。
我々はなぜギャンブルをやるのか。それは「人生に於けるただ一つの真の魅力であるから」という哲学的なものや、「カネを(最小限の努力で)儲けたい」という健全で純粋な理由などが考えられるが、私の場合は「ゲームとして面白い」という要素が大きいと思う。だから最近のパチンコはつまらないと思うし、宝くじや丁半博打のような確率勝負のものは魅力を感じない。
スポーツ系のギャンブルの場合も競馬や競輪のようにスポーツとして面白いものはギャンブルとしても魅力があるのかもしれないが(ただし私は競輪はやったことがない)、競艇のようにスタートの善し悪しでほぼ勝負が決まってしまうようなものは面白くないと思う。スポーツだと割り切って見ても面白い物ではないし、ほとんど確率勝負で勝敗が決まってしまうのは競馬でいう「勝ち馬を見つける」という推理のプロセスを楽しむこともできない。
まあ、期待値が1を越えるギャンブルなど存在しないのだから確率勝負はどんな賭け方をしてもマイナスになることは間違いない。競馬などの場合だとうまくやれば回収率は100%を越える場合があるが、競艇などの確率勝負の場合はいわゆる「オッズの揺らぎ」というものは存在しないだろうからどうあがこうと期待値通りの回収率しか得られないだろう。だから「金儲け」にも使えない。しかも、「考える」というプロセスがあまりないのでゲームとしても面白くないだろう。面白いといえるギャンブルはギャンブルである以前にゲームとして面白くなければならないと思う。ゲームとして面白ければ負けても楽しめるものだしね。