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『優駿』第4回競馬ライター発掘プロジェクト応募作品 「ダービー」

07/5/22

 この作品は雑誌『優駿』で2007年年間キャンペーンとして行なわれている「競馬ライター発掘プロジェクト」の第4回テーマ「ダービー」に応募したものです。入選作の著作権はJRAに帰属することになっていますが、本作品は入選はしていないので著作権は私にあると判断し、この場を借りて公開します。今回初めて応募しましたが見事に落選です。この企画に気づいたときから締め切りまであまり時間的な余裕がなく急仕上げな作品ですが、雑誌じゃ読めない作品なので(笑)読んでやって下さい。

ダービー

 競馬の主役はもちろん馬であるが、手綱をとる騎手もまたレースでは主役ともいえる。ダービーの様な最高峰のレースともなると、どちらが欠けても完全なものとはならない。

 競馬を始めて間もない初心者の頃に私は、寺山修司の著書で柴田政人の騎手列伝を読んでいた。見習い騎手のころアローエクスプレスという名馬に出会った柴田政人が「この馬で俺もダービージョッキーになれる」と密かに期待していたが、非情にもその馬は当時のリーディングジョッキーである加賀騎手に乗り替わったこと等が書かれていた。これを読んだ直後に行なわれたダービーがBWN3強対決と言われたダービーであった。WINS後楽園でそのレースを見ていたのだが、結果 はウイニングチケットの「執念の勝利」だった。東京競馬場の満員のスタンドからは「マッサット!マッサット!」と政人コールが涌き起こっていた。直前に読んだ本のせいか、このコールはとてつもなく感動的だった。
 そして数日後。食堂で偶然かかっていたテレビで、ダービーの特集をしていた。柴田政人騎手は20回以上もダービーに挑戦していて、初めてその栄冠を手にしたそうだ。私の脳内で寺山の騎手列伝にあるアローエクスプレスの時期とウイニングチケットでダービーを征した時と言う2つの「点」が、この特集によって「線」として結ばれた。番組内で流れていた当日の東京競馬場でのレース後の「政人コール」を再び聞いて、体が震えるぐらいの感動を受けた。競馬を見始めて1年もたっていないのにこれだけの感動を味わえるとは、ダービーはやはり特別な存在である。
 その柴田政人騎手は翌年4月に落馬事故で負傷し翌年のダービーには出場すらしていない。そのまま復帰することなく引退。結果的にそれが最後のダービーとなった。ウイニングチケットは他の騎手が手綱をとる事になったが、その年の秋天で怪我のため引退。鞍上が自分の能力を最大限に発揮させてくれた「いつもの人」では無くなったことに違和感を持ったのだろうか、後を追うような引退劇だった。引退式では柴田政人が騎手として登場したものの、彼が着ている服は勝負服ではなくスーツだった。そして次の様なコメントを残した。「この馬は私にダービーを勝たせるために生まれてきたような気がします。」
 ディスクボックスで何度もこのレースを見ているが、ゴール前の実況は「ウイニングチケット、柴田政人」の連呼。「勝ったのはウイニングチケット、柴田政人。」第60回ダービーを勝ったのは「ウイニングチケット」でもなければ「柴田政人」でもない。あくまで「ウイニングチケットと柴田政人」なのである。どちらが欠けてももう片方がダービーを勝つことは無かった。私はそう思っている。

 もう一つ感動的なダービーといえばアグネスフライトが勝ったダービー。弟弟子武豊が入ってくるまではナンバーワンジョッキーであった河内洋騎手の最初で最後のダービー制覇。これほどの名手でも16回もダービーに挑戦していて勝てずにいた。
 1番人気はその武豊が騎乗する皐月賞馬エアシャカール。アグネスフライトは2番人気。しかし、ダービーを勝てずにいる名手河内に勝つチャンスのある騎乗馬が回ってきた。河内騎手の執念に期待してアグネスフライトの単勝勝負をすることとした。前日パチンコで稼いだ金額からその日のそれまでの負けを差し引いた15000円でフライトの単勝勝負。
 レースではエアシャカールは道中後ろから3番手につけ、アグネスフライトはそれを見るように最後方から。4コーナー手前で馬群が一団となり、長い府中の直線での追い比べが始まる。ゴール前では先頭を行くエアシャカールと追いこむアグネスフライトの壮絶な叩き合い。17回目のダービー挑戦で初制覇にかける河内洋。そうはさせるかと武豊。エアシャカールは直線で外に大きくよれ、アグネスフライトに体当たりをせんかという勢いで執拗に迫る。それにひるむことなくアグネスフライトは鼻差先着。その差7cm。執念の勝利だった。進路妨害で審議になったが被害馬が最先着なので着順は到達順位通り確定。
 結果的にアグネスフライトが先着したからよかったが、もし、加害馬エアシャカールが先着して降着になり、繰り上がりの1位がアグネスフライトになったら、せっかくの河内のダービー初制覇が、釈然としないしらけたものになってしまっただろう。
 単勝馬券が当たったが結局馬連の方が高かったし、リスクも低かったと思われる。ギャンブルとして考えると2頭の馬連の方が正解だろう。しかし、直線で河内の勝利を必死で願い、そしてその勝利の喜びを一緒に味わうことができた。この興奮と感動が倍増したのは単勝勝負のおかげである。このことを考えると単勝勝負をして正解だった。


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