第5回:“部活動 自前のカメラで キャンプを激写(?)”

 無事、期末試験(=第2期考査)を「化学の赤点」のみでクリアし(何が分からないって、1モル=・・・が何よりチンプンカンプン。よってこの公式を使った問題全滅。)、気分は夏休みモード!と言うところで、このイベントを忘れてはいけない。それがこれ、野外学習(=キャンプ)である。私の出身校では、期末考査があった週末に「進研模試」をやらされ、更にその翌週頭あたりで出発、2泊3日で帰ってきた翌日は終業式、と言う超過密スケジュールになっていた。私どもはそのスケジュールの中、各班の決定から、キャンプのスタンツの内容決定・練習までをしなければならなかった(まぁ、本校は多幸とは違い「教員機関車型」だから、生徒は何の企画を出すことなく、毎年お馴染みとなっている通り、パンフレットに印刷されて、それに従えばよいので、他校に比べてかなり楽ではあるのだが)。スタンツの練習は「放課後」午後4時から5時までのみで、午後6時以降の「残業」、学校休業日(土曜日)、及び校外での練習は一切禁止と言う条件下において、かなり厳しかったと記録している。

 私はどういう訳かLT委員の片割れ氏との協議により「スタンツ委員」に任命され、2〜3回ほど会議に出席した。やはり教師主導で、これ担当の教員(3年時の担任)氏はマメなので、第1回会議の時点で、もう「司会進行予定表」を持参してきていた。もはや我々に、「そんなこと生徒に考えさせる暇合ったら勉強させろ」といわん張りであった(ま、発言するほどのアイディア無かった私が今更愚痴ってもしょうがないけど)。

 では、前口上はこれくらいにして実際のキャンプの日程と、私の撮影記録(私の脳味噌の)をお送りしたいと思います。
 初日:朝8時集合。私は趣味で7時30分に到着。使用されている観光バスをチェック。東急鯱バスの旧型車8台。型式を統一してきたあたりはさすが、と感心する。荷物を床下に積み込み、出発式を校庭で挙行。この頃は確か帽子が男子制服にあり、クソ蒸し暑いのに被らされた(その後、休憩と称して浜名湖SAや帰りの恵那峡SA、帰りの日の昼食「おぎのや」バイパス店でも男子はかぶっての下車を強制された。写真を撮る私にしては邪魔この上なかったが)。こういった式典を撮影する許可は得られなかったので大人しく参列し、出発。車中は睡眠。昼食の場「白糸の滝」では若干仕事をし、その日は、西湖畔のキャンプ場で大人しく落ち着く。ま、さすがに夜中はちょっと遊んでましたが(笑)。

 二日目。陸上部が朝練するというので、それにつられてカメラを持って起床。さすがに朝は冷える。身震いしながらも湖畔まで下りてみると、とある先生が自前のサイホンでコーヒーを煎れていた。堅ッ苦しいこの高校にもさばけている人がいると感心した。でも、結局練習はじゃれ合いみたいだったので撮影は遠慮。自分一人で散歩を堪能。
 その後朝食。+昼食のおにぎり(+魚肉ソーセージ;確か食糧管理は私の仕事に。炊事に居場所がなかったので)を作ってハイキングに出発。ところが間に合わない。説教たれられましたが、どう考えたって、飯盒み水入れてある程度こすっておかないと、米がこびりつき後ほど、大変な思いをする事が目に見えているので、こちらの方を優先すべきだと今でも私は思っている。で、えっちらおっちら山登り。危険極まりない崖だった所で一クラス分追い抜き撮影。写真屋さんなど、私よりも重いカメラバッグも抱えてもっと先に行ったので、私の苦労など歯牙にも掛かりませんでしたね。

 で、次の撮影はその夜の余興、「スタンツ」。自分のクラスの発表は、熱血バカ(いい意味で)教員にお叱りを受ける内容だったので、紹介を割愛。ま、でも色々ストロボ使って撮影。舞台前のおいしいところを(火を囲まず)占拠してしてました。この日はこのイベントが延長してしまったので、その後の予定は軒並みカット。私の撮影スケジュールも中止に追い込まれた。

 最終日、本来ならそそくさと片付けして、他人のその様子を撮影しようと思っていたのだが、「飯盒の中ブタがない!」「やかんのふたがない!!」など、訳の分からない事態に陥ったので、これの捜索作業に没頭し、仕事にならず。そのまま出発時刻になり、その後、帰りの道中は疲労から睡眠に没頭。

結局フィルム3本持参したにも関わらず、使用したのは2本。夏休みに現像したものの、以前書いたように、現像に失敗したため、他人様の目に留められる作品になったのは、わずか10点あまり。これを教訓に、次回の遠征イベント、修学旅行時は「カラーフィルム」を使用することにしたのである。