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しあわせのたまご
 
                 大沢 純

 
 

<ORACLE>のカウンターにざらりと色とりどりの卵がちらばる。正確には、きれいな銀紙で包まれて緑と赤のリボンをつけられた卵型のチョコレートだが。
無言の目線で尋ねると、冬緑色のコートをまとった相手が嬉しそうに答える。

「『幸せの卵』ですよ。・・クリスマスですから。ミニモジュールさん達にもプレゼントをと思いまして。」

宗教には関係なく季節イベントの飾り付けの一つとしてホールの隅にそびえる巨大なツリーと、その下を忙しそうにちょろちょろ走り抜けていく小さい姿をちらっと見る。

「本当は何がもらえるかはナイショなのがイイんでしょうけど」

なんというか大から小まで色々と前科があるだけに、彼がここに持ち込むプログラムはどんな小さい物でも厳しい事前チェックを前提とされている。

「昔、信彦が『当たりが出た♪』とか『ちびが中身ごと食べちゃった!』とか騒いでいたあれだね? おもちゃでも入っているの?」

彼の末端定型業務を手伝う名目のミニモジュール達は、外見と業務以外の認識力こそ幼児だが、今のところ遊びが必要なほど高度なAIではない。

「いいえ。実用を考えて手作りのミニミニな便利ツール類をパックしておきました。これがあればミニモさんもますますパワーアップ、効率アップ間違いなし」

実演販売員のようななめらかな口上でチョコの卵を次々と割ってみせると、中から一つずつ違う種類の小物がでてくる。
しかし、その形は。

「・・ゲートボールのスティック、工事のつるはし、餅つきの杵、魔女っ子風ピンクのワンド、RPGの魔道士の杖、先端にオカリナ付き・・」

よりよいユーザーインターフェースのためにと付加された雑学データベースを検索しながら、その名を述べていく。

「見た目を変えておいた方が純正ツールとの区別がついていいでしょう? 発動の仕方もそれぞれ形態と合わせてあるんですよ」

誰が区別する必要があるのか突っ込みたい気はするが。ほっておくと楽しそうに全種詳細説明を始めそうなので遮って聞く。

「これオラトリオミニ用だよね」
「無論オラクルミニ用と、一応クオータミニ用も準備しておりますよ」
「・・・いやがるな。絶対」

誰が、とは言わなくとも明白だろう。

「・・・だめでしょうか? 当たりのシークレットだって入っているんですよ」

途端に目に見えてしゅんとなる。

「うーん。私は面白いと思うんだけど。・・でも、せっかく作ってもらったんだし聞いてみるよ」

とりあえず、卵とおまけをざっとかき集めてデータを凍結した上で手提げ金庫風の保管庫に入れる。守護者が不在の際に使うようにと渡された、通常とは違い「中からのどんな攻撃にも耐える」宝箱だ。

「ではよろしくお願いしますね。あ、呼んでいただければ直接説明いたしますから」

まだ仕事があるとかで心を残しながらもカウンターからはなれて出口に向かう相手。
そこに、同じ色のコートを着たミニモジュールが避ける方避ける方に進んでぶつかりかけ、ぺたりと尻餅をつく。

「大丈夫ですか? 判断ルーチンは同じなのにどうしていつも一号さんだけぶつかるんでしょうね?」

彼がカウンターから出て近寄るまでに、ミニモジュールは抱き起こされ二言三言の会話ののち頭をなでられて、てけてけと放免されていった。
そして冬緑の影もにこやかにライズしていく。

「では」
 
 

それから数時間後。
ちょうどミニモジュール達の「おやつ」の時間に<ORACLE>にやっと戻って来たベージュのコートの相棒は、予想通り大袈裟に騒ぎながらそれでも丁寧に全部の卵を開けては検分していった。

「ったく勘弁してくれよ。よくもこれだけアヤシイものをいろいろと・・ ん? 数が合わねぇ。2つ多いぞ」
「銀紙の模様はオラトリオミニ用とオラクルミニ用に似ているけど」
「・・・こいつ何の機能も付いてねぇみたいだ。ただのおもちゃか?」

他のよりもさらに慎重にサーチをかけ開封すると。

「あ」

ころん、と小さなフィギュアが転がりだす。お子様菓子のそれと同じやわらかな素材でできた3頭身デフォルメ、つまりミニモジュールのオラトリオの人形が。

「当たり!」
「ってことは、こっちのは」
「・・・私だ♪」

さっさと手を伸ばして2つとも掌にのせてみる。

「かわいいな。これ、私がもらってもいいんだよね?」
「俺のは?」
「もう一個緑のも作ってもらわなきゃ」
「俺の分は?」
「アヤシイのは勘弁なんだろ?」
「ひどいわっ! 俺・・ぐれちゃるっ」

コートをばさっと脱ぎ捨て赤いスーツ姿でソファにででんと巨体を投げ出す相棒。くつろいでます、だらだらしています、お仕事しません、のポーズだ。
途端に。

『きゅー?』
『きゅきゅきゅ?』
『きゅ!』

「なんだなんだなんだ!」

反対側の小さなテーブルについておとなしく「おやつ」を食べ、リソースのリフレッシュをおこなっていたはずのミニ達が、一斉に席を立ちわらわらと駆け寄ってきたのだ。
驚愕に思わず立ち上がった相棒の足元を取り巻き、期待のこもった目できらきらわくわくと見上げている。曰く、翻訳すると。

『ちょーだい?』
『くれるっていったよね?』
『おいしいいいもの!』
「おいおい待て待て! 俺が? お前ぇらおやつ今食ってるじゃねぇか。なんだよ?」

彼の方は、先程の冬緑大と小の会話を聞いていたのでくすくす笑ってしまう。
 
 

「イイコにしてなさい。おいしいいいもの、もうじきサンタさんにもらえますからね」
『サンタさん?』
「えーと。・・・赤い服を着た気前のよい大きい男ですよ」
『うん♪』
 
 

わざとではない。・・・と思う。まあ、たぶん。

「さてと。説明してもらうのに呼ぶよ?」
「ああ。きっちりと説明してもらおうぢゃないか。大体当たりが一人分しかないってのは何事だよ」

真面目な表情を作り深刻にうそぶいてみせるのに乗る。

「そうだね。緑のだけないなんてずいぶんひどいよね」

お茶とお菓子の用意もしながらコールをかける。
 
 

プレゼントそのものもうれしいけど、もらうことあげることでこんなに楽しい時間が始まるなんて、やっぱりあの卵には幸せが入っていたのかもね、などと思いながら。