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小春日和

 
                   藤沢まゆり[原案:JW]

 

 あれ・・・?
なんかさむい、な・・・?
 ぼーっと天井を見上げて首をひねる。開け放した窓から燦燦と降り注ぐ陽光に包まれているこの状況はいつももっと気持ち良いものなのに。
 

 え〜と・・・
 あつい、のかな? あれ・・・?
 

 自分の身体のことなのによくわからなくて、でも動くのも億劫なのでそのまま天井を見上げ続ける。体感温度は判別しがたいけれど、ふわふわしているのは楽しい。くすくす、と小さく笑う。いいな、こんな気分も、と思ったその時。ドアの鍵が開けられる音がしてすぐに聞きなれた声。

「オラクル〜? いねぇのか?」

 近所に住む従弟のそんな声が遠慮なく近づいてくるのに起き上がろうとして・・・
 

 あれ・・・?
 

 くらり、と弧を描く天井と壁。ぱふっと倒れ込んだ先は何か柔らかくて弾力のあるもの。
 

 あ〜・・・おふとんだぁ・・・
 

 どうやら自分は布団に寝転がっていたらしい、とようやく認識して笑う。こんな風にのんびりするのもいいなぁ、とご機嫌で思っていたら・・・今度は慌てたような声があっと言う間に近づいてきた。

「オラクルっ? おい、こら、お前、この寒いのに何してるんだよっ?」

 ほえ〜、と覗き込んでくる従弟を見上げ、にこぱっと笑う。今度は声が出た。

「あ〜、おらとりお〜。きもちいいよぉ?」

 にこにこにこ・・・冷たい空気がほてった頬によい感じだ。けれど従弟は怖い顔をしている。

「あほうっ! 真冬に窓、開け放しといて布団にも入らずに何やってるんだっ!」

 ・・・真冬・・・ああ、そういえば今は二月の初めだよな、とほけらっと納得。でも本当に気持ちいいのに、と思っていたらふわり、と抱き起こされる。そしてこつん、と触れ合う額。

「熱、あるじゃねーかっ!」

 小さい子にするようなその所作に笑みが零れる。これは従弟が幼い弟にする仕種。何度も見かけているそれが心地良くってふわふわする。子ども扱いなのは不満だけど、そんな風に触れ合ってくれるのはそれだけ従弟が自分を大事にしてくれてるからだよな、と満足する。

「何、笑ってるんだ、このボケ! 動悸も早過ぎるぞ、おい・・・」

 あ〜、怒ってる、とか思っても口元は緩みっぱなし。つい、ふわふわと言葉を紡いでしまう。

「え〜、そりゃおまえにかかえられてるから〜・・・」

「・・・俺に抱かれてるからドキドキしてるわけじゃなかろー?」

 すっごく怖い顔で返された言葉さえもおかしくって笑う。

「・・・そーかもー・・・だって、人間、寝てる時が一番、脈、ゆっくりなんだよー?」

 そしてひとしきり、笑う。従弟ががっくり、とうな垂れてから無言で抱き上げてくれるのに遠慮会釈なしに懐く。

「・・・おい・・食事は?」

「え? ごはん? たべてるよぉ」

「うそつけ」

 やっぱり怖い声の問いかけにけらけらっと応えると間髪入れず、否定が返ってくる。

「いつもよりずっと軽いじゃねーか! 何、食ってるんだ!」

「りんごー♪ じっかからいっぱいおくってきたからねー」

「・・・りんごだけで何食済ませた?」

「えー、りんご、からだにいいんだよぉ?」

「そーいう問題じゃないっ!」

 よくわからないけど、怒られている。でも、こんなに怒ってくれるってことは・・・
 

 そっかー、わたしはおらとりおのとくべつなんだぁ。
 なんかうれしいなー。
 

 この従弟がどうでもいい相手には怒ったりしないのをよく知っているから。だから素直にそう思う。そういえば下の従弟たちにもよく怒ってるよなー、と笑う。

「笑ってんじゃねー、こんの病人が・・・」

 怒った顔も心配の裏返し。それがうれしくって笑う。

「・・・・たく・・・」

 諦めたようなため息とともにそんな言葉が聞こえて。気づいたら布団の中に包み込まれていた。

「寝てろ! いいな、出るんじゃねーぞ!」

 降ろされてしまった不満が顔に出たのを感じるが、それよりも従弟の命令のほうが先だった。こうなるともう、逆らえない。有無を言わさない命令口調になる時はたいてい、従弟のほうが正しいからだ。
 

 ちぇー・・・きもちよかったのに。
 

 窓を閉める従弟の背中を追いながら考える。何が気持ち良かったのか、なんてわかりきってるから言葉にしない。そのままとなりのキッチンのほうに行ってしまう従弟を視線だけで追いながらおとなしくもこもこと布団に包まる。
 

 たいせつな、誰よりも私に近い、彼。
 大好きな幼い従弟たちや従姉とはぜんぜん違う意味で特別。
 おにいちゃんで長男気質でいつも気を張ってる彼だから。
 私に対してくらい楽にさせてあげたい。
 複雑怪奇な甘え方、する彼を甘やかせるのは私だけだからね。
 

 布団の中でうつらうつらとそんな夢見心地で静かな音を聞く。さっき間近で聴いたやさしい命の音がいつしか重なって。幸せな気分でくすくす笑う。

「・・・おい、眠ったのか?」

 不意に意識が引き戻される。ふわん、と目を開けて布団の横にどっかりと胡座をかいた従弟に微笑みかける。

「おきてる〜・・・」

 声を出すのも億劫なほど、だるい。気分はいいのにへんだな〜、とのんびり思っていたらため息ついた従弟に抱き起こされ、ひょい、と膝の上にのっけられてしまう。

「やれやれ・・・ほれ、芋粥作った。食えるだけ食えよ。でないと薬も飲めんだろうが」

 手際よく毛布に包んでくれてその胸に居心地よくもたれさせてもらって。口元に一口分のお粥をすくったレンゲが差し出される。まだ湯気を盛大に上げているそれを見て上目使いに見上げて。

「・・・・・」

 従弟が盛大にため息をついてからレンゲを吹いてほどよく冷ましたのをもう一度、持ってきてくれる。ぱくっと食べさせてもらって。

「・・・おいし〜♪」

 やわらかいお粥の暖かさがうれしい。

「あはは・・たまにはいいね〜、こんなふうなのも〜」

「・・・あほう。ったくこいつは・・・」

 感情のままに笑いかけたらまたもや深いため息が返されて。毛布越しでも従弟の腕がさらに自分を引き寄せたのが感じられる。

「具合が悪いならとっとと連絡しろ。すぐ来てやっから」

 そして視線をレンゲのほうに移した従弟がさらにぼそり、とつぶやく。

「・・・こんな時くらい、甘えろよ。いつもはこっちが甘えてんだから・・・」

 くっついてなければ聞き取れなかっただろう、言葉。甘いお米の味と香りみたいに全身に広がる。
 差し出されたレンゲからもう一口。従弟手作りのお粥はあるだけ食べられそうだった。