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はたらく みにも
 
                 大沢 純

 
 

 その日オラトリオは、≪ORACLE≫ホールへのダイレクトダイブではなく、正門から地道に帰ってきた。
 たまには一般ユーザにまぎれて通常の経路からのチェックも必要だしよ、などとつぶやきながら機嫌よく石畳を進む。
 リアルな演出を好む客のために、白亜の建物に辿り着くまでしばらく歩かされるが、道の両脇に広がる庭園はなかなか見事なものだ。
 凝り性のオラクルがわざわざネットゲーム用の「育つ」植物を植えたので、現実世界と同様に定期的な剪定や落ち葉掃きが欠かせないが、期間限定で植え込みの刈り方を変えるお茶目も好評らしい。

「おー。ウマにウサギに・・今月はクマがいる」

 メルヒェンな形に刈り込まれた木々を微笑ましく眺めつつ何気に反対側もひょいと見て、踏み出した足で石畳を踏み割りそうになる。

「こ・・・・・・これは・・・!」

 職人の腕が良いのか、完璧に再現されたそのシルエットは・・。裾が長く袖のたっぷりしたコートをまとい、長身のたくましい男が右手に棒状のものを持ち高く掲げている・・。
 ようするに、どう見ても。

「俺かい〜〜〜〜〜〜〜〜!」

 がーっと宙に向かって吠えて、問題の木を訪問者から見えないように遮蔽してから「内線」でこの辺りにいるはずの責任者を呼び出す。
 ほどなく。

「きゅ?」

 がさがさと茂みをかき分けて、剪定用ハサミを片手にした冬緑のちっさいのが一匹まろびでてくる。クオータタイプのミニモジュール、しかも一号だ。
 大きい水色の目が、彼を不思議そうに見上げる。

「でっかい緑のがここにこれ作れって言ったのか?」
『ううん。オラクル』
「・・じゃ、なんてぇ指示だったんだ?」
『かっこよくておっきくて強いので作って、って』

 にこーっと嬉しそうなお答えが返ってくる。ぷっくりした丸い頬をばら色に染めて言われれば悪い気はしない。が。

「ったくオラクルのやつ。わざとアバウトな指示で何作るか楽しみにしてやがったな」

 大きく溜め息をつく。

「あのな。俺はヒミツなの。だから作るなら別のにしろ」

 たちまちミニくーの目にじわーと涙が浮かぶ。

『かっこよくない? だめ?』
「あー! 内輪しか来ない中庭ならいいから!」

 ほんと俺、カワイコちゃんの涙に甘いな、とか思いながらあわててフォロー。

『うん。ここは別のにする』

 ぐしぐしと涙を拭いてから素直にこくんとうなずくのに、いやな予感を感じる。

「何を作るつもりだ?」
『次の指示。こわくてきれいで強いの!』

 得意げにグラフィックを送ってくるが、即刻却下。
 小柄でたおやかでお茶の盆を持っているやつだったので。

『じゃ、えらそーでおっきくて強いの!』

 襟の高いずるずるローブに本を持った姿。これも却下。

「袴で刀持ったオサムライも、帽子と傘持ったのもだめだ」

 途方に暮れたミニがまたじわーとなりだす。

「あ、ほら、あれにしろよ! お前の好きな・・」
 
 

 チューリップの形に刈り込まれた木は、意外にも好評だったらしい・・・。