横綱 露払い 太刀持ち 編集者 |
会長の妹、M子が嫁いでいるS名分教会には 「Sずな」 という教会報があります、会報は毎月、O島会長が中心で作成しておりますがその中の「七草粥」というコーナーで紹介された文を一部抜粋紹介させていただきます。 ・・・・・ 「参拝するときには拍手(かしわで)を打つが、その際に芯の人(大抵は会長)の手に全員がぴったり合うと気持がいい。 だから自分が芯でない時は芯の人にぴったり合わせるように努めている、 ところが中には微妙に先へ先へと打つ人がいる。又逆に微妙に遅れて重々しく打つ人もいる。自分が芯の時は正直気持ちがよくなかったことがある、さりとてこんな事で腹を立てるわけにも行かず、・・・中略・・そういう時は、横綱の土俵入りを思い浮かべるようにしている・・・先に手を打つ人は「露払い」後で打つ人は「太刀持ち」そう思うようになってから拍手(かしわで)のずれは気にならなくなった。・・・中略・・しかし芯に合わせるということはどんな場合にも重要な事です、そしてぴったり合わせられる人は露払いでも太刀持ちでもない将来横綱に慣れる素養のある人だ。」以上 私(管理人)はこの文章が大好きなのであります。 教会のおつとめで、芯を努めさせていただいた時も 「おつとめ人が私にしっかり手を合わせてくれるかなぁ、頭をあげたら一緒にみんな、頭をあげてくれるかなぁ」 とびくびくものでした。 日常生活に眼を移しますと、芯になることは沢山あります、例えば家庭(私が芯かどうかは微妙ですが・・・)で妻とぴったり気が合わず、微妙なズレが生じたときなどは気分を害さず、「露払い、太刀持ちご苦労様!!」と思い、子供がいる家庭では、「わがまま言ってる子供達よ〜君も将来は大横綱!!」 と思う、仕事でどうしても部下や上司、同僚と息が合わないときも、「露払い、太刀持ちご苦労様!!」 と思ってサテサテ とにかくもうひとがんばり! |