三日講習会パート3 2007年11月13日〜14日
更新日2008年 内容             更新日2008年1月31日 
2008.1.31 第九章

12:45分より総合学び、三日講習会1〜3まででならった事をおさらいする。全員でよろずよから12下りまで一気に行う。 全員で真剣にあさらいするこの姿に感動する。 13時45分閉校式だ。 続いて「修了試験おてふり」である。予想どおり、「よろづよ」であった。 二つのグループにわかれ班単位で試験だ、前で先生がしっかりみている。指先まで緊張感をこめておてふりをした。15時からは筆記試験。これにむけて基本的なことは暗記などをしたのでした。15時45分終了、そして神殿にいき全員でおつとめ。そして解散となりました。

なんともいえない満足感、試験の結果はまだ解らないけど気合が入りました。噂によると次のステップ「検定講修」にに匹敵する5日講習会が出来るという噂がある、こうなるとそれに挑戦するしかないでしょう。 参拝を終え、境内係でがんばる栄旬君とも会えてわたし達は家路に付いた、修養科に順ずる講習という事で帰りは大教会に寄らせていただきました。 三日講習会最後の試験の結果は11ヶ月後に来ました、妻もわたしも合格、本当にありがとうございました!
以上!
2008.1.29 第八章

翌朝11月15日三日目 最終日です。 起床は5:15分一時間ほど荷物の移動や清掃を行い、続いて朝づとめ、7時45分からは「おてふり練習」である。今回三日講習会はおてふりの試験もあるのだ。 9時20分からは東講堂にて全員で、第三講「教えに基づく行き方」稲葉先生の話を全員で聞かせていただく、この先生は医者でもあるので、医者の立場、信仰者の立場からその異なる思いを話してくれたのは非常に良かった。 例えば重病にかかったにもかかわらず、ヘラヘラとしている人がいるとする、医者はそういう患者に対して「自覚が足りない解っているのか?!!」と言ったりする、ひどい時は怒る医者もいるという、しかし信仰者は、「あ〜ありがたい、シッカリ自覚してとおらせていただかねば」とおだやかにその人と話す。 クスリはちゃんと効くように出来ているそうだ、その薬が効かないのは、血の巡りが悪いからなのだそうだ、血の巡りをよくするためには、心を陽気にする必要があるという、医者はクスリが効かないとその量を増やす、しかし信仰者はクスリの効き目がよりよくなるように、心を明るく陽気になるような心作りをしようとする。なんだか目からうろこ、ハッとするような話が本当に多く、あっという間に1時間半はすぎてしまったのでした。予定より時間は超過しつつ11時50分まではグループで「ふりかえり」第三講の話と今回の講習について振り返り話をしあった。

2008.1.25 第七章

現地について「はっぴ」を着込む、「感謝、慎み、助け合い」の看板をみんなで持ち、まずは「よろずよ」を歌う、そしてまずは班付きの先生から路傍講演開始だ!さすが落ち着いている。次々にメンバー6人路傍講演をこなしていく、緊張気味だった、人がまいんな見事に落ち着いて話をしている、しかも通り過ぎ行く人たちをしっかり見ているのだ! 殆どの人はただ通り過ぎるだけだが少なくとも私達はその講演者の話を心を込めて聞いている。 皆良い話ばかり・・。感動した。13班の最後は私の番なのだ、トラメガはまさに選挙のようである。私は母親からよく聞かされていた「七分の台」の話をした。頑張れば神様が七分の台を(底上げ)を乗っけてくれるという話です、それを自分の営業経験と照らし合わしながら話をさせていただいた。横に並んでいる班のメンバーが細かくうなづいて聞いてくれるのが心強かったのです。 時間は一人5分、あっという間だった。終わった瞬間みんなで「「わーやったね!」と握手しあったり、写真を取り合ったりしたのです。まるで学生気分。 本当にすっきりしたのです。奈良駅で待っているバスに乗り込み天理の駐車場に戻る、時間は15時だった。駐車場でもみんなで「お疲れお疲れ!!」と言い合う。 嬉しい時間だった。休憩がありホッと一息、15時20分からは鳴り物練習となった。私は笛。その習熟度によって3段階に分かれるのだが、笛はいちよ音は出るので上級者のコースに行く、メンバーはたったの6人、プレッシャーはあったが細かく教えていただき非常に良かったのでした。 夕食、おつとめ、そして大広間で「広め」のビデオを見た、天理教の話を一生懸命広げている人のビデオである。 18時35分からはグループタイム、今後どのように活動していくか、一人一人意見を述べてそのことについて意見を交換し合った。 昼間の路傍講演の達成感の余韻がまだ残っており、非常にここち良い仲間意識に包まれている気がしました。そして風呂、21時半から夜の挨拶、そして22時消灯となり、怒涛の2日目は終わったのだった。
続く

2008.1.22 第六章
10時35分からは「おさづけ取次ぎ練習」です。各班にわかれ研修室でおさづけの実践です。私は始めておさづけをすると言う人に取り次いでもらった。なんだろうおなかがすっきりとした感じがした。私はその相手の方は腕が上がらないということだったのでそのあたりを中心に取り次がせていただいた。 11:25分から昼食、そのまま研修棟でおいなりさんなどをつまみながらの食事です。 その理由は午後に控えている「路傍講演」の練習をしなければいけないからなのです。 12時過ぎまで研修棟で練習、緊張感がみなぎる。そして駐車場に移動する、そこでトラメガ(電気メガホンとでもいうべきか)を使って各自、声の出し方、向きなどを実践的に練習する。 実際にその駐車場で路傍講演の実践練習をする班もある。 私達の班は、講演の出だしの部分の練習と、よろづよの声出し練習をしました。 近くで妻が路傍講演の練習をしている、人類皆兄弟の話を妻はするようで、本番は場所が違うので私は聞けないのですが、練習している妻を見ているだけで胸が熱くなりました。 12時20分駐車場にて出発式!その時の話で、いつも「おやさま」が先回りしてくれているので皆さん心配ありませんよ!という言葉があった。その言葉で多くの人が安心したようです。そして出発、。バス2台に乗り込んで奈良公園へ向います。30分ほどで奈良公園に到着、天気は晴天ぽかぽかです。有難いナァという気持で一杯になる。それぞれ1の班ごとで路傍講演する場所は違います。私達113班は裁判所の向かいです。
緊張しつつ続く
2008.1.20 第五章

2007年11月14日時間は10時ごろです、教室に分かれて、引き続き第二講「たすけ一条の道」、岩井K一郎先生の話が続きます。おさづけ・・おさづけを頂いた日と言うのは「「自分はさておき、まず人を助けさせていただきます」と心を決めた日であると先生は話します。なるほど!そうか、私がおさづけを頂いた日はいつだったか? その後、岩井先生の病院でのお助けの話が始まった。一度は怒鳴られ逃げ帰ったのですが、再度心を決めて神殿に一旦帰り、おやさまに「一緒に来ていただきたい」とお願いしたのだ。 車に乗る時もおやさまのスペースを開け、病院の待合室でもおやまさまの席をあけた。危篤状態の方の家族に再度、おさづけのお願いをしたのだが、再び怒鳴られた、しかしその時、家族の一人が「熱心に言ってくださるんだからお願いしましょう」と言ってくれたのです。 そしてとにかく無心におさづけを取り次がせていただいたということです。 翌日病院に岩井先生は行きました、そして昨日おさづけを取り次がせていただいた部屋に近付きました、凄く怖かったそうです・・。そしたら「面会謝絶の札が入り口に無い・・・」それは2通り考えられる、治ったか、亡くなったかなのです。 恐る恐る近付くと、中にいた昨日先生を怒鳴った人が岩井先生に気がつき、目一杯笑顔を向けてこう言ったのです 「どうぞどうぞこちらへきてください、こんなに母親はよくなりました!!」っと。

私達に話している、岩井先生はその時初めて涙を見せた。「なんと有難いことでしょう」と言いながら、涙を私たちの前で流していた、実はその前に自分の子供達の素晴らしいエピソードも話してくれたのだったが、(その話は貧乏のどん底の中、布教一本で回っている時に、2人の子供達が遠足のお菓子をちゃんと分け合う話でありまして、これも聞いている私たちは感動していたわけです)岩井先生はたんたんと涙は流さず話をしておりました。 しかし他人を助けた話で初めて涙を流す、その岩井先生自身にも感動しました。 おさづけを取り次がせていただく時は、自分はどうなってもいいから、今目の前にいる人を助けて欲しいという気になれる、それこそ親心ではないでしょうか!と先生は言い、続けておさづけを取り次ぐとき、人は親に成れるのです。 とも話しておりました。さすがだなぁこの先生・・・。もう感心するやら、涙が出るやら・・。

あっという間の一時間でした。
続く
1月17日 第四章

三日講習会2日目

起床は545分です、教祖殿で「おやさまのおでまし」を待ち、朝づとめです。不思議と寒くない!7時朝食、すでに腹ペコです。745分からは「おてふり練習」 9時は朝の挨拶そして第二講(2回目の講義)表題は「たすけ一条の道」である先生は岩井喜一郎先生。この講義はおそらく一生の宝物なるといっても過言ではないと思います。まとまりはありませんが一部だけ紹介します。

・世界の生き物の中で人間だけに出来ることは何か?それは「心の自由(じゅうよう)」だといいます自分の心を操れるのは人間だけということ、どういうことかというと、突然トラブルに巻き込まれたとする、しかしその時人間は以下のように考えることが出来るのだ、「今でよかった、俺だけでよかった、ここでよかった」と考える事が出来る、それが人間。 

親の目にかのうたものは日日だんだん心勇むばかりやで」 親が喜ぶことをすると心が勇むプレゼントを親はくれる。心がぴかぴかに成ると運命が変ってくるのだよ。

親は何をしてもらうと一番嬉しいか?それは1、親の苦労をわかってくれる子供の心がうれしい。神様も一緒

神様ありがとう〜何いったものなら神様は大喜びです。それが証拠に、自分の子供に、へたっぴな絵をプレゼントされただけでもお父さんおかあさんは涙を流して大喜びするでしょ?

2・兄弟姉妹仲良くしているのが親は嬉しいのです。人類皆兄弟、神様からすれば、皆が仲良くすることが本当に喜んでくれることなんですよ。という。 なるほどなぁと思った。岩井先生の自分の子供のエピソードの話は涙が出ました、それは兄弟同士が思いやる姿を紹介してくれた話でした。

おさづけとは!おさづけって宝物なの?

おさづけって、「自分に向けては出来ない」ということはみんな知っています、自分以外の人を助けるためにわたし達は大事にしているわけです、自分が崖から落っこちて、瀕死の重傷を負っているときでも何も役に立たないのです、それが「おさづけ」、わたし達はそれをありがたく頂きました。私はハッとしました、人助けの為に「ようぼく」になたんだって。 さてさて、まだまだ話は続きます。午後にはあの「路傍講演」があるのです。次回をお楽しみに!
1月14日 第三章

1515分からおてふり練習です、ステップBは後半からです。この講習の終わりに「おてふり」の試験もあるのです、出る課題は「よろずよ八首」とわかってはいても、緊張感をもっておてふり練習にのぞみます。16時半から夕食!腹は減ってないよといいたいところだがすでにペコペコなのであります。びっくりすることに私が班の中で一番小食でした、女性もご飯は大盛りです、特に女性陣はご飯を作らないで良いという事だけで本当にうれしそうでした。食後、1730からの「おてふり復習」までの時間で、明日の路傍講演の原稿を詰めていきました。18時までおてふり復習、そして18時から20時までグループタイム!ここで最終的ン路傍講演の原稿を完成させます、前半でほぼ全員が原稿を完成させました、そして実際にみんなの前で、その話をしました。天理教の独得の言い回しが多すぎて注意をされる人、感極まって涙を流す人、辛い話だけする人・・。聞いていて少し重い感じがしました、そして明日が心配になりましたが、班の先生が中心となって原稿を修正したり、話し方を考えたりしました。そして気がついたことがありました、「この班の全員の話を聞くことが大事なんだなぁ」という事です路傍講演といっても、道行く人はほとんど聞いていません、ですが、このメンバーは一緒に聞いているわけです。わたしはこのメンバーに聞いて欲しいことを原稿に追加しました。 あっという間に2時間は経ってしまいます。2021時半の間で風呂に入ったり一日の復習をしたりします。忙しいですが気持は充実しております。21時半、夜の挨拶があり。22時完全に消灯となります。それ以降何か話したい人や、路傍講演原稿を考えたい人は、部屋を出てロビーで考えるのです。こうして三日講習会第一日は終了しました!

1月12日 第二章

天理教の「経典やおふでさき」には「信じなさい」という言葉は殆どありません、「知る」「わかる」「承知する」という言葉で表現されています。その言葉は信じると言う言葉とは比較にならないほど強い意志があるというのです、その通りだと思った。例えば「神様を私は信じます」という言葉より「神様を私は知っています」と表せばその意味が解ると思います。I beleave ・・・ それより I know ・・・・ 信じるより知る! 信じれば救われるではなく、神様は信じなくても救ってくれる、他の宗教を批判していると思われると嫌なので細くすると、キリスト教や、他宗教を信じなくても、心臓はシッカリ動いているし、肝臓もシッカリ動いてくれる、その事実を知る、そしてそれに気づくことが天理教を信仰する、日々陽気に暮らす上で大切なことなのだと言う。なるほどと・・。

更に各宗教の死生観の話は興味深かった、天理教は亡くなることを「出直し」と言いますが、各宗教それぞれの考え方を解りやすく説明してくれました。13時半であっという間に終了。1345分から1415分は振り返りといって、先ほどの講義について、班ごとでグループ討議をします。班の人がそれぞれの経験からいろいろな話をしてくれます。ここでの話は何があっても口外してはいけないので、ここにはかけませんが、どのメンバーもせっかく三日も休みをとって、講習会に来ているので、11秒も無駄にできないと言う熱気とやる気を感じました。

続いて1415分からはグループタイム!講習会Bのひとつのメインは実は「路傍講演」なのです。それは明日奈良公園まで行って参加者全員がやるのですが、多くの人はそれをプレッシャに感じます。このグループタイムでは路傍講演で話す内容を考えます、私はというと、何を話すかまったく考えていなかったのですが、なんとかなるだろうと気楽に考えていました。まず2人組になりいきなりその人に路傍講演で話しているように話しかけます、本当にいきなりなのですが、私は三分の力七部の台の話が出てきました。その話は自分が一生懸命頑張っていれば神様が台(解りやすく言うと底上げしてくれる)をかしてくれるという話です。素直に出てきた話なのでそれを今度は文章にしてきました、その際にペアになった人に付け加えたほうがいいことや、わかりにくかったことなどを聞いてまとめていきました、これで明日の路傍講演の大筋はほぼできたも同じです。本当に不思議だなと思いました。

しかし班のメンバーは、人まで話すことに関してこの時点から緊張している人が多かったです。

続く!!

1月9日 第一章
 三日講習会は1~3ステップまでありステップ@は気づきAは深めそして最終ステップBは広めなのであります。今回はそのステップBであり、うれしいことに妻も一緒に行く事ができました。

1113日朝の8時半と集合ということで、今回は詰所に前泊しました。頭も体もすっきり、11月なのですがほんのり暖かさえ感じる天理です。宿泊所へ近付くといつものように、スタッフの方達が気持ちよい挨拶をしてくれる、受付をすませ、部屋へ!同部屋の人が同じ班となります、静岡の人、仙台の人、皆感じが良くてホッとする、大広間で9時から開講式。ここで女性チームと合同になる、私たち13班は、男性三名女性三名の6人構成で、担当の先生はなんと千葉の教会の会長さんでした。945分より班単位でウオーミングアップ、一人一人の紹介や三日講習会に対しての意気込みなどを語り合った。ちなみに私はなんといったかたというと、講習会1も2も心に残る気づき出来事があった、3ではどんなことがおきるのか、どんな発見をするのかそれが楽しみですと話した。11時半に終了そして神殿でおつとめとなった。その後昼食、そして午後の講義となった。題材は「だめの教え」であり40人ぐらいのごとの教室で先生は河村先生である。この講義は、各宗教の違いとか特徴だとかもはなしに交えて進めていきます。印象に残る話はいくつもあったが、いくつか紹介します。
                                           続く