老人はその旅の途中で、いろんな人と出会うのですが、その時に交わされる 会話のなかで、彼が発する言葉は短くてシンプルで淡々とはしているものの、 その意味は深く、さり気ないやさしさに包まれています。そして彼の言葉に耳を 傾けると聞こえてくるものがあります。それは、過酷な人生に目をそらすことな く、自分の心に正直に向かいあったときに聞こえてくる、あのもの悲しくも美し い人間性の調べを耳にするのです。旅の途中で出会った若者が老人に質問 します「年をとって良いことは?最悪なことは?」・・・老人のさり気ない答えに は思わずう〜〜んと唸ってしまうでしょう。
映画の中では何回となく、老人が夜空の星を見上げるシーンがあるのですが、 人間性の原点は、まさにそこにあるのだというメッセージが隠されているよ うな気がしました。宇宙飛行士が宇宙にでると人生観が変わるとよく耳にしま すが、そうかもしれません。ある哲学者がこんなことをいっています。「畏怖と 驚嘆の念でもって我が心を満たすものがこの世には二つある。それは天上に 輝く星と我が内なる道徳律」・・・道徳律というのは誰もがもっているはずの 良心ことです。良心というのは目には見えないけど、宇宙は目にすることは できますものね。宇宙飛行士達は、宇宙を感じたとき、きっと良心も動かされた のでしょうね。宇宙飛行士の中には後に牧師さんになった人もいたとか・・・。 さて、もう一度この映画の主人公に戻して、彼もまた良心の命ずるままに、不自 由な体をおして自分の力で兄に会いに行く決心をしたのでしょうね。途中、彼 を見かねた人が老人に車で送っていこうと申し出るのですが、自分の力でいく ことに意義があると断ってしまいます。老人は、この旅で出会った人達の中に、 かつての自分の姿を見たのかもしれません。ですから、この旅は、自分自身 を見つめ直すために必要な貴重な道のりと時間だったに違いありません。 なぜなら、出発時点ではまだ兄へのこだわりがあったのですから。そして再 会・・・老人の乗ってきた小さなトラクターに兄が目をやったとき、兄の目に 涙が・・・二人の心が通じ合った瞬間でした。兄に会いに行くことを決意させた もの、彼の心を動かしたもの・・・それは、やっぱり子供の頃、兄とみたあの 夜空の星だったのでしょうか。