2007年02月01日  小林信彦「うらなり」を読む。漱石の「坊つちゃん」の脇役を主役に据え、視点を変えた物語を紡ぐ。おもしろいのだが、巻末の創作ノートが一番おもしろいという困った点もある。石川淳は「森鴎外」で、江戸の戯作の延長線上に鴎外を置いた。その路線には漱石の方がふさわしいが、ともすると忘れがちになる。創作ノートを読んでいるとそんなことも思いあわされる。  文芸春秋のホームページに、小林信彦と漱石の孫の夏目房之介の対談が記録されている。これもおもしろい。 http://www.bunshun.co.jp/jicho/uranari/uranari01.htm 2007年02月02日  また風邪を引いた。18時頃から咳が激しくなり出した。医者で薬をもらってきた。もう寝る。 2007年02月04日  前日は、終日体温が39度。タミフルの威力で何とか今朝平熱になったが、頭痛と喉の痛みは相変わらず。今日も、一日おとなしくしておく。家族にうつしていないかが心配だ。  風邪の床離れてメールチェックかな 2007年02月05日  すっかり忘れていたが、NHKの取材が10日に入る。父と子が二人の外出シーンを取りたいとのこと。明日、打ち合わせに来るらしいが、私とはすれ違い。とりあえず、外出コースを決めておく。さ、タミフル飲んで寝よう。  中年やタミフル飲んで早よ寝えや 2007年02月06日  午前中休暇を取る。日曜にできなかった金魚の水替えをやる。体調は、だいぶ良くなってきた。土曜日に20時間以上寝ていたので、その後の睡眠時間がやや変調気味。これを修正すれば、まず万全だろうが、なった頃に週末がやってくる。  「晴耕雨読」という言葉に象徴される、自然と調和したリズムを刻む生活へのあこがれはあるが、なかなか難しいものだ。  やまのあなたの晴耕雨読パンにバタ蝶(フライ) 2007年02月06日  今日の午後、我が家と絵画教室にテレビカメラが入ったらしい。普段陽気な人間でも声が出なくなるほど威圧感があったようだ。その異様さに、幼稚園児や小学生が一杯の絵画教室がしんと静かだったとも。絵画教室の先生も普段と勝手が違い声が出なかったそうだ。陽気な彼の絵筆も今日は大人の色使いだったとか。  などと、土曜日の被写体になる人間にプレッシャーを掛けるのは、撮影の終わった配愚う者である。病み上がりの人間によけいな気を使わせようという優しい心遣いだ。  寒明けや母語の達人電話中(旧作) 2007年02月07日  帰宅が遅くなった。二月、三月はこんな日が多くなる。高熱で丸一日寝ていたのが遠くなる。  低温と高熱の間の蒸鰈 2007年02月08日  数学・理科の教材教具コンクールというのを見学した。こんなことまでコンクールという競争形式にせんでもええやろという気もしたが、それはそれとしてなかなか参考になった。私はこういうことについては猿まね専門。真似する材料が増えて、単純に喜んでいる。  本筋とは全く関係のない話だが、いわゆる教育困難校と呼ばれる学校に勤務する先生ほど大きな声でゆっくりしゃべり、進学校と呼ばれる学校に勤務する先生ほど小さな声で早口の傾向があるように感じた。長年、口を商売にしていると感じるが、大きな声ではっきりとしゃべるのは結構体力がいる。大きな声でゆっくりしゃべる先生方を見ながら、何となく同情している私がいた。  冬ぬくしパワーポイント効果音 2007年02月09日  今週は疲れた。明日はじっとしておきたいところだが、NHKの取材がある。午前中で取材が終わるのが不幸中の幸い。一月溜めている句帳の整理も今週中にはなんとかしたい。  豚饅の春には銅鑼の音がこもる 2007年02月10日  我が家からとある展覧会の会場、港の風景をバックにしてのインタビューと、撮影は三時間ほどで終わった。テレビカメラを前にすると、いつもの陽気な彼ではなく、えらくまじめくさった顔になっている。  関西のローカルニュースの枠で、三月上旬に放送するそうだ。なんか撮影が終わるとどうでも良いという感じ。ああ、しんど。 2007年02月11日  詩誌「メランジュ」の次回読書会、2月25日に私がレポートをする。たまには気楽なレポートを、ということで詩とは関係なく、「カンブリア紀」の爆発的進化について話す。「メランジュ」の発行人、大橋愛由等のつけたタイトルは「カンブリア紀に愛はあるか?」。思わず笑ってしまうが、せいぜいタイトルの意図に沿ってレポートしてみましょう。  しかし、「カンブリア紀」の生物の名を記すだけで色々と考え込んでしまう私は「カンブリア紀」に愛を感じているのだろうか?アノマロカリス・オパビニア・ハルキゲニア・ウィワクシア・ピカイア…。 2007年02月12日  ホームページを更新する。mixiの日記を転載しているが、コピー・アンド・ペーストが結構やっかいだ。なんかうまい方法はないだろうか?  コピー・アンド・ペースト肩凝り初音かな 2007年02月13日  読書の意欲が落ちている。先週、図書館から四五冊借りたがまだ一冊も読み終えていない。読まないまま、返却になりそうだ。頑張ってまで読むのではなく、自然のペースに任せているのでこんなことも出てくる。  地球村薄氷どこにいったやら 2007年02月14日  造語する癖がある。「重箱読み」、「湯桶読み」にならって、「エッフェル塔読み」、「東京タワー読み」と勝手に作った。「セントバレンタインデイ」を「試恋日」とも作った。まあ、一般には使われないだろうから、あくまで言葉のレクリエーションである。  試恋日や溶け残りたるアーモンド(旧作)  ちなみに、「セントバレンタインデイ」の「ン」はすべて発音が異なる。最初の「ン」は舌を上顎にあてて発音し、二番目の「ン」は唇を閉じて発音、最後の「ン」は喉を締めて発音する。「ン」の発音に三種類あるというのは、聾学校の先生から聞いた。すべての発音を含む単語を探してみると、「セントバレンタインデイ」にぶつかった。他にもあるかもしれない。 2007年02月15日  20代後半の大学院時代、一日の大半は顕微鏡を覗いていた。目が忙しい分、耳が退屈なのでラジオをかけていた。朝日放送か毎日放送をかけていることが多く、安達治彦と小山乃里子の会話が一番楽しかったのを覚えている。検索してみると、安達治彦も小山乃里子もウィキペディアの項目になっている。私と同じく、懐かしく思っている人が書いたのだろう。  顕微鏡を覗いている間は、永遠に続く時間のような錯覚があったが、終わってみると短い期間だった。安達治彦はすでに故人である。 2007年02月16日  火星は地球よりも小さいので、すでに内部の熱が放出され火山活動を行うような余地が残されていないと考えられている。火星に火山があったのは確かであり、地球と火星の発生時期はほぼ同一であろうから、火山活動の期間は地球よりも短かったのだろう。  地球で最初に発生した生命は、火山活動と関係していただろうと考えられている。とすると、火山活動のあった火星にも生命があっても良さそうなものだが、あるかどうかはまだわからない。もし、生命が存在しないとすると、生命に進化するには火山活動の時期が短すぎたと言えるかもしれない。これは、地球上での生命の誕生のメカニズムに要する時間についてヒントを与えてくれるだろう。  たまたま、地球上に広く存在するウラニウム238の半減期が44.7億年で、地球の年齢が45.5億年と近いことに気付いてからいろいろと考えているうちに上述のようなことに思いが行ってしまった。温室効果を考えるヒントになったのが金星や火星の気候の研究であったように、地球と似ている他の天体はこれからも様々な事を教えてくれるだろう。 2007年02月17日  プリンタの印字がかすれてきたので、インクの詰め替えをやった。カートリッジが高いので、詰め替えインクで間に合わせるのだが、詰め替えは余りやりたくない作業である。たいてい手を汚してしまう。不器用なのだ。  今回は何とか、手を汚さずに済ませることができた。インクの残量からすると、あと一回の詰め替えはできそうだ。  たっぷりとインクの黒に犬ふぐり 2007年02月18日 一句記入  バッカスに笑い皺あり海市立つ 2007年02月19日  亡くなった父は、対馬で生まれ朝鮮で育った。その場所は、現在の北朝鮮の首都である。父が元気な頃に、一度韓国に行ってみるかと水を向けると、育った場所ではないからなあと気乗りのしない様子だった。やはり子供の頃の場所でないと嫌だったのだろう。かなりの寒冷地だったようで、スケートの話をよくしていた。  軍人だった祖父からの情報だろうが、終戦前に祖父だけ残して家族は内地に戻っている。終戦後に内地の高校に復学して二十歳をこえてから高校を卒業しているが、それまでの間は、闇市での売り買いで家族ともども食いつないでいたようだ。父が闇市の話をすると、表情が生き生きとし出すので面白かった。  父の死亡後何年かして転勤し、現在は父の卒業した高校に勤務している。これも何かの縁だろう。とは言え、勤務校もとっくの昔に建て替えがすんでおり、当時をしのぶものは何もない。ある意味、時間は残酷なものである。 2007年02月20日  仁平勝が朝日新聞のコラムに、友岡子郷の「飯田龍太ノート」を取り上げている。文章の最後に、龍太の故郷との葛藤に関して、『葛藤が消滅したとき、(龍太の)俳句もまた表現の核を失ったのかもしれない。』と書いている(括弧内は私の補足)。  久々に彼の切れ味の良さを見た気がする。このままでは思いつきに過ぎないだろうが、これを追求して行けば、彼の論は新しい展開を見せるのではないか。そんな気さえした。問題はそれをじっくりと考える時間が彼にあるかどうかだろう。これだけのことを思いついたのなら、コラムなどさっさとやめればいいだろうがそうもいかないだろうし…。 2007年02月21日  教職のスタートは全寮制の私立だったが、一年で養護学校に鞍替えした。養護学校では進行性筋ジストロフィーの生徒を教えた。その関係で、成人の進行性筋ジストロフィーの患者さん向けの将棋講座を受け持っていた。養護学校を転勤してからでも十年以上やっていただろうか。いささかくたびれて、ここ二年ほどやっていなかったが、再開してほしいとの依頼が来た。  さて、どうするか?現任校で囲碁・将棋部の顧問でないのがいささかつらいところだ。 2007年02月22日  微熱があるような、ないような微妙な体調。一瓶買った風邪薬もそろそろ空になりそう。今週もあと一日!  工場街辛夷の芽あり和毛あり 2007年02月24日  どうも、調子が上がらない。昨晩は37.1℃の微熱があった。これで三週間風邪を引きっぱなしだ。  そんな中、お客さんがあった。私はすっかり忘れていたが、「もとまちハートミュージアム2007」の障がい者アート作品『ドキドキ展』に野口毅の絵を十何点かを展示する予定になっていた。その関係者の人だ。 日時は3月16日(金)〜3月20日(火)。時間のある人はどうぞ。 2007年02月26日  風邪引いているのに、酒飲んで良いわけがない。昨晩は、十二時就寝。句帳ときどき歌帳ごくまれに詩帳をどこかに落としてきた。また探しに出かけなければ。しかし、その前に今夜は医者に行こう。 2007年02月26日  古いパーソナルコンピューター(パソコンという言い方を毛嫌いしていたことを思い出したので、わざと長々と書いてみた)を恵んでも良いという人が現れた。ありがたや。OSはWIN98だとのこと。いよいよLINUXに乗り換える時期か。なんとなく、医者へ行くまでに、本屋でLINUX本を立ち読みしていた。 2007年02月26日  日経サイエンスの最新号を拾い読みしていると、「不確定性原理」についての新しい理論が紹介されている。学生時代に習った時、ハイゼンベルクの見事な思考実験に圧倒されて、よもやそこに不十分な点があろうとは思わなかった。それだけにびっくりした。  東北大学小澤正直氏によると、位置の不確定性と運動量の不確定性は、量子ゆらぎに由来する「存在論」的部分と、測定誤差に由来する「認識論」的部分とに分かれるとのこと。それらに基づいて、ハイゼンベルクの不等式に変わる新しい不等式が紹介されている。  どんなにすばらしい理論でも踏み込むべき余地は残っていることを、実地に証明された気がする。理論は尊重すべきだが、鵜呑みにしてはいけない。 2007年02月27日  不確定性原理の新しい展開が気になりだして、もとの論文にあたってみている。英語は嫌いなのだが、今のところ興味の方が優先している。今やっている授業に直接役立つわけでもなく、野次馬としての興味なのだが、気になり出すと他のことはどうでも良くなってしまう。  小澤の不等式は正しいだろう、というのが私の直感だが、そうでないとしても、ハイゼンベルクの不等式に対する見方はがらりと変わってしまうのは避けられない。ハイゼンベルクの不等式に由来する種々の哲学的な議論も当然見直しの対象になるだろう。先頃読んだ西垣通の「情報基礎論」にも、この種の議論はされていた。  そんなことを考えて、まず元の小澤の論文が見たくなってきた。無駄な作業といえば言えるが、とにかく興味を満足させないことには、気になって他のことも手につかない。魂鎮めみたいなものか。  風光るひとりがひとつ魂鎮め 2007年02月28日  2月3月はカレンダーの並びが同じなので、カレンダーをめくらなくても来月の予定を考えやすいので少し得した気分になる。それも今日で終わり。3月になったら、来月の予定はカレンダをめくって検討しなければならない。ちょっと損した気分になる。  4月7月も同じカレンダーの並びだが、あまり役には立たない。  風花の代参として虹の雨