2007年03月01日  早退した。これで少しは良くなってくれるといいのだが。 工場街の並木の辛夷も、住宅街の家々の白木蓮も今にも芽吹きそうだ。とある庭の牡丹は花開いていた。光だけは浅い春だが。  眼下鉄路坂道の咳おさまりぬ 2007年03月02日  MANO第12号を頂いてから、しばらく経つ。一番面白かったのは小池正博の評論だが、二人で「五七五定型」をやっている身びいきもあるかもしれない。  同人各氏の句から私が連想した句を並べてみる。 鶏小屋のなかのアジアをうろうろす 石部明 わが庭をしばらく旅す人麻呂忌   和田悟朗 万物をゆすり子供が通過する    佐藤みさ子 百代の過客しんがりに猫の子も   加藤楸邨 階段が尽きる冬至の指の先     加藤久子 階段が無くて海鼠の日暮かな    橋「かん」石(かんは門構えに月) 行き先は二月の家と車掌言う    樋口由紀子 面體をつゝめど二月役者かな    前田普羅 常設の松からパンを焼く匂い    小池正博 蟻地獄松風を聞くばかりなり    高野素十  「階段がなくて」か、「階段が無くて」か、どちらが正しいのかで手間取った。こういう書き方は楽だろうと思ったが、時間はかかるものだった。 2007年03月03日  散髪に行った。それだけでほぼ日中を使う。普段は携帯電話の電源自体を入れていないのだが、職場から緊急連絡があるかもしれない用件があり電源を入れておく。やや、機嫌が悪い。鳴らなくて幸いだった。  光るものポケットにあり木の芽雨 2007年03月04日  まだ体調不安定なところもあるが、無理を押して大津の句会に出かけた。風邪はようやく下火になったようで、最後まで咳も出なかった。  私のことよりも、先月M木さんが入院したと聞いていたので、M木さんは欠席だろうと思っていた。が、M木さんは遅れてやってきた。ちょっと肝臓に癌ができてん、と屈託なく喋っているのを耳にして、よう句会に出てこれたなあ、この人は本当に句会が好きやなあ、と内心舌を巻いた。  老齢なので、患部を切除するといった強硬手段は取れないようだが、身体の動く内は句会に出るつもりに見えた。にこやかに病気の現状を語りつつ、句会後の報告も自分で編集するつもりなのだろう、テープレコーダーを回していた。強い人だ。 2007年03月05日  今日は終日採点に取りかかっていた。老化現象を一番感じる作業だ。十年くらい前までは、五,六時間ぶっ続けに机にへばりついていても何とも感じなかったが、今はその半分くらいの時間で頭痛がしてくる。今日は予定の半分も進まなかった。あと何日かかかるだろう。咳がおさまっているのが幸い。  休憩中、ふと中庭を覗くと燕が舞っていた。理科室は最上階にある。上から見下ろしているせいだろうか、飛んでいる姿が妙に切り紙細工のように見えた。 初燕やせても枯れても港町 2007年03月06日  我が家が取材対象となったニュースの放送日が決まった。3月14日(水)18:10からのNHKニュース関西ローカル枠で流すようだ。大阪放送局・神戸放送局とも同日の放送になるとのこと。  私は次の日が入試なので、ひょっとすると見ることが出来ないかもしれない。後日ビデオテープを送ってくれるらしいので、それで見ることになるか。 2007年03月07日  まだ職場にいる。採点に手間取っている。今日中に終わらせるつもり。三月はこんな日が多い。 ……何とか終わった。  鍋の蓋持ち上がりけり朧寒 ……家にたどりついた。帰るなり愚息は私の鞄をごそごそと開けて、「あテレビガイドだ。お父さんありがとう。」というのが水曜日の恒例行事。遅くなったが今夜もきっちりと行われた。  春寒や北斗の尻を雲流れ 2007年03月08日  桜の開花予想が例年よりも非常に早くなっているということで、あらためて職場の中庭にある桜の花芽を眺めてみたが、よくわからない。この時期毎日眺めていると、いつの間にか膨らんで行くのが分かるが、一回見ただけでは無理だ。今後要注意ということにしておく。  過人あり閉ざされている葉芽花芽 2007年03月09日  用事もないのに、生徒が三人しゃべりに来て相手をしているうちに遅くなった。まるで時間など気にしていないかのようにのんびりと生徒としゃべるのもこちらの役割の一つではあるが、普段はなかなかそんな気分になれない。今日は珍しくそんな気分になった。  のどかなりソプラノアルトメゾソプラノ 2007年03月10日 21:04 三島由紀夫論両極  三島由紀夫があんなことになるまで、私は彼を諧謔を好むユーモリストだと思っていた。高校生の未熟な人間観察から出た印象であり、彼が諧謔とはほど遠いことをやったので、私は間違っていたのかなと今まで思っていた。しかし当時、週刊誌などで行われた彼の対談記事は面白かった。よく立ち読みをしたものだ。もっとも彼の小説は面白そうとは思わなかったので読んだことはなかったが。  橋本治の「三島由紀夫とは何者だったのか」は、非常に納得して読んだのだが、彼をユーモリストとしてとらえた私の第一印象とはすれ違っていた。今読んでいる、大塚英志の「サブカルチャー文学論」の中で三島由紀夫が論じられている。ユーモリストとしての三島由紀夫を論じているように私には読めて、高校生の頃抱いていた三島由紀夫のイメージはまんざら的はずれでもないような気がしてきた。  橋本治の論は、「サド公爵夫人」を論じてそのピークを迎えるが、大塚英志の論は、昭和三十年代の短編に彼の特徴を見ているようだ。彼の家の贋物具合に対する評価も、橋本治と大塚英志ではかなり変わってくる。高校生が知らなかったのは、諧謔を好む性癖が時として暗闇に赴く傾向がある、ということだったのだろう。 2007年03月11日  五時半起床。麺麭をきらしていたので、朝食はご飯。その後、珈琲豆を挽き、珈琲とする。食器を洗い、朝のうちに金魚の水替えと家の掃除を済ませる。句の記録を整理して、印刷。句会に出す句は電車の中で印刷したものを読みながら決める。  句会後、帰りの電車は寝ていた。電車を降りて、買い物。ベーコンが残っていたのでジャーマンポテトと思ったが、ジャガイモの下処理が面倒と気付き蓮根にする。蓮根なら火が通りやすい。帰宅して、料理に取りかかる。油揚げと豆腐のみそ汁、蓮根とベーコンの炒め物、牛肉薄切りの素焼きがメニュー。夕食が出来上がった頃、配愚う者が外出から帰ってきた。私が句会、配愚う者がシャンソン、留守番の愚息は洗濯物を取り入れ、風呂を沸かし、布団を敷きと大活躍。  夕食後、高校時代の旧友等に電話。春の旅行を相談するつもりだったが、留守番電話だった。その後、昨年逝去した年下の同僚に対する追悼文を書く。書いているときに、旧友から折り返しの電話がかかる。耳と口は楽しいことを相談しつつ、目は追悼文を眺めていると変な気がした。電話と追悼文に片が付き、今これを書いている。なんだか、めまぐるしい。 2007年03月12日 ちょびっとの字を置き日録一頁余白の多き春の夜なり 2007年03月13日  大塚英志「サブカルチャー文学論」読了。これを書き出すと長くなり、睡眠時間に影響しそうなのでやめておく。ただ、大江健三郎を嫌う人が、なぜ嫌うかが分かったような気がする。  私自身は、彼の小説の中身よりも、言語障害を持つ彼の息子をモデルにした登場人物がしゃべるセリフに、私の息子を投影させて楽しんでいるだけなので、正当な評価は出来ない。言語障害を持つ人のしゃべりには時折深遠なものを感じてしまう。 2007年03月14日  中村真一郎「俳句のたのしみ」をブックオフで購入して、読んでいる。松岡青蘿 、またの名を栗本(くりのもと)青蘿の句が紹介されていた。 空蝉を見るにも星の別れかな 荒海に人魚浮けり寒の月 千尋あれ硯の海も年の波 年/\や年の麓のあすならふ (/\は、繰り返し記号の代用) 空も又空をやぶりて時鳥 最初の句にいかれた。中村真一郎は、「江戸俳人中の最大のサンボリスト」と書いている。彼によると、日夏耿之介に青蘿を論じたものがあるらしい。どこかに、青蘿の句を載せていないかとさがしてみると、 http://www.geocities.jp/haikunomori/index.html の中興俳諧集のところに「青蘿発句集」があった。上述の句の入力はコピーアンドペーストですませた。  文献にどの程度出ているかをあたってみると、角川俳句歳時記第三版は引用無し。山本健吉「基本季語五〇〇選」は、三九個所三八句(一句重複)を引用している。私がいかれてしまった第一句を引用しているものがないか調べたが各種歳時記(文春、明治書院、虚子版三省堂、モノクロ写真の角川版大歳時記)や、正岡子規「分類俳句全集」などには無いようだ。もっとも、「星の別れ」が七夕の次の朝と考えられるので、その点の調査が不足している可能性はある。  以下、山本健吉「基本季語五〇〇選」からいくつか拾い出して以下に記す。 野は焼きて雲に雪もつ月夜かな はるふかく真昼も杉のあらしかな 松の奥うすうす暮るる桜かな 月もやゝほのかに青き柳かな 角上げて牛人を見る夏野かな 蜀魂(ほととぎす)なくや矢をつく雨の中 聞くうちにすゑまぼろしの水鶏かな 戸口より人影さしぬ秋の暮 秋風に白蝶果を狂ひけり 名月や明方青き淡路島 おそはれし夢よりつのる夜寒かな 幾行(いくつら)も雁過る夜となりにけり あら海に人魚浮めり寒の月 しら菊に赤味さしけり霜の朝 三日月に行先暮るる枯野かな 山茶花や雀顔出す花の中 としの夜や己が鼾を聞きとがむ 氷る夜や畳にしめる上草履 明星の色を外出のはなの春 なお、こちらの入力は上述の「青蘿発句集」とはかなり異なる表記があるので新たに入力した。 2007年03月14日  NHKの放送終了後、電話か鳴りっぱなしの状態になっている。一番最初に電話してきたのは、個展の時に取材してくれた新聞記者。新聞からすると、テレビはやはりうらやましいとのことだった。  本人は全く吾関せずで、放送中は「魔女の宅急便」を見、後になってビデオ録画で、自分の映っているのを見て満足していた。  1月から2月にかけて、取材から撮影と結構時間がかかりしんどい面もあった。今、何かほっとしている。 2007年03月14日  テレビ放送とは別の次元で少々困惑することが持ち上がっている。愚息の通っている絵画教室が、なくなるかもしれないのだ。絵画教室は神戸のとある幼稚園の施設を借りて毎週行われているが、そこからの立ち退きを迫られている。施設を老人ホームに作り替えるとのことだ。そのためか、今週の絵画教室はお休みだった。  絵画教室に行き、エプロンを掛けてからでないと絵筆を取らないだけに気になる。場所を変えてでも、存続できればよいが。 2007年03月15日  昨日日記に書いた一節、  本人は全く吾関せずで、放送中は「魔女の宅急便」を見、後になってビデオ録画で、自分の映っているのを見て満足していた。  走り書きで少し最後にはしょった部分がある。「満足していた。」は正確には「満足したが、もっと長く映らないのかという顔をした。」となる。  考えてみれば、彼にとって、NHKのニュースであろうが、学芸会や運動会のビデオであろうが、自分が映っていれば満足なのだ。満足度はどれだけ長く自分が映っているかで決まる。NHKのニュースは明らかに短すぎるのだ。一日経って私はそれに気付いた。  普通の大人がこんな発想をすれば傲慢なだけだが、彼には名誉欲などないのでこの発想が新鮮に映る。自分にとって価値あるものと、価値あるものと自分との距離がぴったり一致するのだ。思えば、今の世は、自分とものとの距離と、自分にとっての価値観が一致しない事が多い。 2007年03月17日  もとまちハートフルミュージアム「ドキドキ展」から、伯父の写真展、東野さんの紙芝居、買い物と駆け回った。帰宅は十時。もう眠い。 2007年03月18日  不確定性原理の新解釈に関して、私の動揺を十行ほど書いてみたが、消した。気に入らなかった。書く方は不調だ。  グラフも文も切り刻みけり暮れかぬる 2007年03月19日  また風邪を引いてしまった。熱はないが、我ながら嫌になる。もう少し注意するべきだった。サトウハチロー作詞、中田喜直作曲「ワライカワセミに話すなよ」が頭の中を渦巻いている。歌は楠木トシエ。  懐メロがやたら住み着く春の風邪 2007年03月20日  北の句会から、事前選句の案内が来た。出句を完全に忘れていた。どうも、いかんですな。歳を取った証拠か。ま、自分の句がなくて選句するというのはある意味楽ではあります。  選者とは麻雀の親花三分(旧作) 2007年03月21日 失敗多々  仕事のことで検索をかけようと、コンピューターに向かったのは良かったが、どうもコンピューターの動きが悪いので、あちこちいじるうちにまたやってしまった。今度は、フレッツの接続ソフトを壊してしまった。さて、フレッツから来たCDはどこにあるかと探すこと二時間。ようやく見つかり、復旧する頃には春の長い日も夕暮れであった。  本日壊したもの、フレッツ接続ソフトと珈琲カップ。本日落としたもの、インスタントコーヒーの瓶、ステンレススプーン、フロッピーディスク。あんた、呆けてんのちゃう?と配愚う者から言われる。おお、呆けと言えば、アルツハイマーの両親を世話している友達のところへ電話かけなあかんかったんや、ととぼける。春の夜の会話である。 2007年03月22日  不確定性原理の新展開鑑みて かつて我が思念を変えた不確定性原理もまた減衰しつつ  歌会には出せそうにない歌もある。 2007年03月23日  明日から春休みとなるが、当方は仕事満載。明日も出勤。では、おやすみなさい。  壁に浸む銀鼠色や鳥曇 2007年03月24日  午前中仕事。電源点検のため、停電の中を書きもの。  午後から、愚息と映画。「ナイトミュージアム」というのを見た。どうも彼は予告編で気に入ったらしく、最近しょっちゅうこの名を口にしていた。コメディー仕立てになっていて彼はよく笑っていた。明日彼が予定していたことがキャンセルになったところだったので、ともあれよかった。  映画までの待ち時間の間、彼は携帯電話で写真を撮りまくっていた。100回以上は、シャッターを押していた。一枚をメールで転送してここに貼るつもりだったが転送を失敗していた。残念。  配愚う者は、イカナゴの釘煮づくりに精を出していたようだ。家に帰るとショウガ醤油の甘辛い匂いに包まれた。 2007年03月26日  現象論・実体論・本質論と探求の段階を分析する、武谷三男の三段階論というものを若い頃に聞いたことがある。これを受けてでもないだろうが、日経サイエンスで、南部陽一郎が研究者の3タイプの分類してみせ、現在の物理の研究動向を考察している。  第一のタイプが、湯川秀樹の中間子論のような現象の背後にある実体を仮定して考察を進めて行くタイプ。  第二が、アインシュタインの一般相対性原理のように、原理から出発して方程式を導き、それをもとにして研究を進めて行くもの。  最後のタイプが、ディラックが電気と磁気の対称性の要請から想定している磁気単極子のように、数学的な美意識から現象の奥にある対称性を仮定して事物の本質に迫ろうとしてゆくもの。  南部陽一郎は、現在の理論物理を牽引しているタイプは第三のものだと結論している。彼自身が第三のタイプに属することを割り引いても、その結論は正しいだろう。ゲージ理論、超ひも理論、超対称性理論、どれをとっても第3のタイプから導ける研究動向だ。  数学的な美の要請だけでどんどん研究が進んで行く現状は驚くべきことだが、今まで研究者の奥底に潜んでいるだけで、うまく利用できなかった美意識が表面に出てくる時代になったのだ、という言い方もできるかもしれない。  風光る笛くわえてのコイントス 2007年03月27日  先日の句会で、「針金」という題が出た。北村虻曳さんがハリガネムシをとりあげて句にしていた。どんな虫か知らなかったので調べてみると、奇々怪々の虫であった。ウィキペディアに、 ハリガネムシとは類線形動物門ハリガネムシ綱(線形虫綱)ハリガネムシ目に属する生物の総称。体は左右対称で、種類によっては体長数cmから1mに達し直径は1〜3ミリと細長い。内部には袋状の体腔がある。表面はクチクラで覆われていて体節はない。 カマキリ(主にハラビロカマキリに寄生)やバッタ、ゴキブリ等といった昆虫類の寄生虫として知られている。地方によっては「ゼンマイ」とも呼ばる。アメリカでは馬を洗う為に使う水桶の中から発見されたことからhorsehair wormという俗称がある。 とあり、カマキリに寄生するのが意表をつくが、ここまではそれほど奇々怪々ではない。 水中に産卵された卵は孵化し、その幼虫は水と一緒に飲み込まれ水生昆虫に寄生する。その宿主である水生昆虫がカマキリなどの陸上生物に捕食されると、その体内で寄生生活をおくり成虫になる。成虫になると何らかの方法で宿主から出て、池や沼、流れの緩やかな川などの水中で自由生活し、交尾・産卵を行なう。陸上生物に寄生した場合は水中に脱出する機会に恵まれず陸上でそのまま乾燥してしまうケースも少なくない。ハリガネムシは宿主を水辺へ向かうよう仕向け身体を破って外へ出るのだが、このメカニズムに関しては未だ不明な点が多い。一説によると宿主に自殺を誘発させる物質により水辺へと誘うのだと言われているが現段階ではまだ研究中の領域である。ちなみに、フランスOPMグループの研究者によると「ハリガネムシが寄生しているバッタの脳からは、寄生されていないバッタにはないタンパク質が見つかった。そのうちいくつかは神経伝達物質の活動に関係するもので、そのほか重力走性に関係するタンパク質があった」 と報告されている。  昆虫の入水自殺を図る虫 何の気なしに書いたら、そのまま句になっていた。奇々怪々の虫にふさわしい幕切れである。 2007年03月27日  先日の句会に、 人の名にコンドームあり竹の秋 という句を出したところ、コンドームさんは、どこの人かという質問が出た。フランス人と答えたが、間違っていた。イギリス人である。  よく調べると、イギリス人のDr.コンドームが語源という説と、フランスのコンドーム地方が語源という説の二説があるらしい。ウィキペディアの英語版とフランス語版とで意見が異なると、日本語版のウィキペディアに書かれてあった。 2007年03月28日  昨日は寝付きが悪かった。YOUTUBEでハリガネムシを見たせいかもしれない。私が夢でうなされるときには、たいてい奇々怪々の虫が登場する。それが現実にあるようで、気色悪かった。  しかし、カマキリの腹を破って水に入ろうとするハリガネムシをみたい気もする。 2007年03月29日  物理学の究極と理論と考えられているものを究極理論とか万物の理論と呼ぶ。Theory of Everythingという言葉をよく見る。  ちょっとした疑問だが、Everythingが単数扱いになるのがどうしてなのかと引っかかる。  万物の理論によれば青き踏む 2007年03月30日  再放送みたいなものだが、シリーズとして放映した「広汎性発達障害」のニュースをまとめて放映することが決まった。と、NHKから連絡が入った。野口毅の回も、そこに含まれている。時間がある方は見てください。日時は4月7日(土)15:05から。放映時間は1時間とのこと。放送エリアは、関西一円。  ちなみに私はその頃旅行中。