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アジアの嵐
ПОТОМОК ЧИНГИС-ХАНА

[かいせつ]
1930年キネマ旬報(無声映画部門)ベストテン2位

 折しも中国を中心とする民族解放闘争が高まっていた頃に製作された映画で、原作はシベリアの作家イワン・ノヴォクショーノフの「ジンギス汗の末喬」。モンゴルを占領したイギリス軍とソビエト・パルチザンとの闘いを通して民族解放闘争の黎明を描いている。 この作品は、さまざまな象徴的モンタージュを駆使して、心理描写にも優れ、「母」と並んでプドフキン監督の代表作となった。
 主役には、プドフキンも参加していた、レフ・クレショフ監督の実験工房のメンバー、ワレーリー・インキジーノフが抜擢されたが、その他のモンゴル人やラマ僧の役は殆どが素人。インキジーノフはその後、フランスにに移り住んで、長年フランス映画界で活躍した。また、英国陸軍大佐の娘を演じたアンナ・スダケーヴィチもその後、ドイツ映画界やハリウッド映画界で成功を収めた。

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[あらすじ]
 1920年代。モンゴルの荒漠たる広野に育った猟師パイルは、病床の父親から渡された珍しい銀狐の毛皮を売りに町の市場へ行く。だがそこではいつもモンゴル人が白人の商人に買いたたかれていた。この時もパイルが毛皮を安く買いたたかれたことに抗議したため、軍隊が出動する騒ぎとなった。山中に逃げこんだパイルはソビエトのパルチザン部隊とめぐり会い、部隊の一員に加えられる。
 自国の商人の利益を守り、機会あればモンゴルの地を侵略しようとしていたイギリス軍は、パルチザンとの戦闘で捕えたパイルの持物から、彼がジンギス汗の末喬であることの確証を見つけだした。イギリス軍はパイルの命を助け、彼をモンゴルのかいらい王にまつりあげる。彼はまもなく、陰謀を見破り、自ら宮廷を飛びだし、モンゴル人の部落へと馬を走らせる。そして、彼はついにモンゴル人の先頭に立って、民族解放の闘いの火ぶたを切ったのである。

[スタジオ/製作年] メジラプポムフィルム・1928年製作(サウンド版49年製作)

[スタッフ]
原作:イワン・ノヴォクショーノフ
脚本:オシプ・プリーク
監督:フセヴォロド・プドフキン
撮影:アナトーリー・ゴローヴニャ
美術:セルゲイ・コズロフスキー
    M・アロンソン
音楽(49年版):ニコライ・クリューコフ

[キャスト]
パイル(モンゴルの猟師):ワレーリー・インキジーノフ
パイルの父:イワン・インキジーノフ
英国陸軍大佐:アナトーリー・デジンツェフ
 その妻:リュドミラ・ペリツスカヤ
 その娘:アンナ・スダケーヴィチ
パルチザンの指導者:アンドレイ・チスチャコフ

[ジャンル] 長編劇映画
[サイズ] 35mm / スタンダード/ モノクロ / オリジナルは無声
[上映時間] 1時間27分(サウンド版・24駒/秒)
[VIDEO・DVDなど] VIDEO=IVCV-3081S アイ・ヴィー・シー

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