スタッフ キャスト スタジオ 解説 ストーリー 諸元 スチール ポスター/チラシ

エレジー
ЭЛЕГИЯ

「ソビエト映画の全貌91」パンフレットより転載]

[かいせつ]

1986年タンペレ国際短篇映画祭FIPRESSI賞

 ロシア・オペラ界が生んだ伝説の名バス歌手フョードル・シャリアピン(1873〜1938)を描く映像詩。レニングラード演劇博物館、レニングラード記録映画スタジオ映画収集室、フィルムテーク他所属のシャリアピンをめぐる記録映画や秘蔵のポートレート、1920年代の世相を伝える貴重なドキュメンタリー、シャリアピン主演のフランス映画「ドン・キホーテ」の断片などで構成された映像、随所に流れるシャリアピンの朗々たる歌声からは、異国の地で最期を遂げた彼を死ぬまで捉えて離さなかった望郷の念が切々と感じられる。
 また、卒業制作「孤独な声」をアンドレイ・タルコフスキーに認められたソクーロフ監督ならではの、時代の流れに翻弄されざるを得ない"芸術家の運命"に対する監督自身のモノローグがうかがえて今日、非常に暗示的である。

[あらすじ]
 1984年、亡き父親の遺骨がフランスからモスクワのノヴォデヴィチ墓地に再埋葬されたのを契機に、シャリアピンにゆかりのある3人の娘−−ニ番目の夫人の連れ子ステラ・デ・リムール(パリ在住)、マルファ(英国リバプール在住)、"ミス・ロシア"優勝者で美人の誉高かったマリーナ(イタリア在住)は62年ぶりに祖国に帰り、レニングラードにある我が家のテーブルを囲んだ。映画は彼女たちの述懐をもとに展開してゆく。
 ……1922年夏、当時のソ連政府の人民委員ルナチャルスキーの援助もあってシャリアピンの一家は国外への公演旅行を許可された。そして第一次世界大戦と国内戦によって極度に荒廃していた祖国はもはや自分の歌など必要としないだろう、そう感じていたシャリアピンは結局、ソビエトに帰らなかった。

[スタジオ/製作年] レニングラード記録映画スタジオ・1986年製作

[スタッフ]
脚本・監督:アレクサンドル・ソクーロフ
撮影:L・ロジン
    A・ブロフ

[ジャンル] 中編記録映画
[サイズ] 35mm / スタンダード / モノクロ /
[上映時間] 30分
[日本公開年・配給] 1991/8/24 ・ 日本海
               (ソビエト映画の全貌91・三百人劇場)

索引ページに戻る
Homeページに戻る
ソヴェート映画史ロシア映画社アーカイブス