第2章 「仮面の戦い」と「脅しの理論」

(1) 交渉は、仮面を被った戦争
(2) 取り分は、脅された量に反比例
(3) 部下をダメにするX理論型上司
(4) 相手の心をつかむ技術

 

第2章 「仮面の戦い」と「脅しの理論」

 

(1)交渉は、仮面をかぶった戦争

 

*「仮面の戦い」をすすめたマキャベリの『君主論』

 「生きる」ということは、環境との戦いである。この環境は生命を育むとともに「脅し」をかけてくる。生きることは、不断に「脅し」との戦いである。自分が脅されることは意識しても、脅していることに気づかない場合もある。

 そしてたがいに、自分で持っている武器で戦っているのである。商才のあるものは商才で、口の達者なものは口先でたがいに戦っている。簿記に精通してそれを武器にするもの、コンピュータに精通して情報処理技術者として戦いにのぞむ者、それはちょうど原爆を武器にする国もあれば、竹槍を武器にする民族もいるのと同じである。

 いっさいの人間関係では、この武器をもって、あまりきれいごとではない駆け引きや争いごとを行っている。人間は野獣と異なり、たんなる物理力での戦いかたをしない。人間の戦いは仮面をかぶった戦いになる。大義名分をかざした戦いとなる。

 なにも仮面をかぶるのは、宗教戦争や革命戦争だけでない。人は日常生活でもふだん仮面をかぶっている。部長は部長の仮面を、課長は課長の仮面をかぶる。教師は教師の仮面をかぶる。夫は夫の、妻は妻の仮面をかぶっている。

 人間は、ほほえんだ仮面をかぶっていてもたえず無数の争いを行う。そして、みずからも仮面の正当性を信じている。しかし、仮面の裏にはドロドロした獣欲がある。したがって、対立する両者の言い分は平行線をたどる。決着がつくときはいっぽうの仮面の脅しに他方が屈服し、譲歩したときである。

 人は強そうな仮面には脅され、服従を強いられる。そこで、人は現実の武器と強そうな仮面を求める。論争で人を説得できることはほとんどない。相手を論理的に論破しても、その相手はかならずしも納得しない。かえって反発し、さらに強力な反対論拠をもって対抗する。これでは人は動かない。人は力のある意志、権力意志に従うのである。また、人は仮面下の欲望を満たしてくれる相手に従うのである。

 真理の探究という一見知的活動も、その活力は冷たい知的生活からは生じない。本能的な情動がそれを支えている。人間の性としての戦いは、なにも軍事的な戦争ばかりではない。ビジネスの戦争は交渉である。したがって、交渉と戦争は性格的に類似している。

 このように人間はつねに戦いをしている。しかも、今日では、昔よりはるかに争いごとは増大している。昔なら社会的慣習により、誰が勝ち、誰が屈服せねばならないか自明であった。誰が命令し、誰が服従しなければならないか、慣習的にきめられていた。妻は夫に従い、子は親に従うように。しかし、今日はそうは簡単に行かない。妻は強くなった、子も親に反抗的になった。自我主張の時代である。それだけ争いごとが増え、交渉ごともふえてきている。これが現実である。

 このような人間の「仮面の戦い」を最初に明確にしたのは、イタリアの思想家・マキャベリの『君主論』である。本書は社会科学の最初の本と言われている。彼の思想をマキャベリズムというが、これが交渉の本質をついている。

 このマキャベリズムの根本原理は、つぎの三つの原理に立っている。一つは人間のあらゆる行動は欲望によって支配されている、人間行動は欲望、欲求を求めてのぶつかり合いであるとみる。しかし、このままではない。

 第二の原理として、仮面としての正義をとらなければならないと述べている。実際には自分のための欲望によって動いているのだが、人にそう思われたくない、ここに仮面としての錦の御旗をほしがるのである。

 「君主は、慈悲と信義と実直と人情と敬神の権化であるかのように思わせなければならない。ことに最後の性質が備わっているように見せかけることは何よりもたいせつである。」

 この仮面だけでは、戦うことができない。それについてつぎのように言う。

 「競争するには二つの方法があることを知らねばならない。第一は法により、第二は力による。前者は人間に固有なもので、後者は獣に属する。しかし、第一の方法だけではしばしばじゅうぶんでないから、第二の方法に頼らなければならないことがある。とりわけ君主は獣と人間との両方法をよく使い分けるすべを知っていなくてはならない。」

 ここにいう第一の方は仮面である。この仮面だけでは戦うことができない。力の助けがいる。この力には獅子の力と狐の力が必要である。獅子は陥し穴に落ち、狐は狼を防ぐことができない。しかし、狐と獅子が協力すれば無敵である。狐は陥し穴を教え、獅子を見て狼は逃走するからである。

 以上要約すると、@すべての人間行動は欲望による、Aその欲望をかくす正義の仮面が必要、B仮面だけでは戦えない、力も必要、力は狐の力と獅子の力からなる、これがマキャベリの『君主論』の骨格である。たぐいまれな交渉術といえよう。

 

 

*力のバランスがとれていない交渉は、失敗に終わる*

決断を実行に移すには、人と組織を動かさなくてはならない。他人が動いてくれなければ、どんなりっぱな決断も、空中分解してしまう。とくに企業のなかの決断には、これが重要である。そのとき、交渉力のあるなしが問題になる。

 交渉力こそは、決断の死命を制する要件である。交渉がどう運ぶかによって、決断の何パーセントが実行に移され、何パーセントは断念しなければならない、ということが起こる。また、交渉それ自体にも、決断の瞬間が何度もやってくる。決断と交渉は、たとえれば仲のよい兄弟であり、二人が手を携えていけば、強力な行動力を発揮できる。

 「現代は交渉の時代である」とは、ニクソン元アメリカ大統領の名言である。この名言をはいた当時の国際関係は、ベトナム戦争で疲弊したアメリカと軍事力をたくわえていたソ連の力が均衡してきた状況であった。

 企業の内外、国家の内外、そのほかいたるところに交渉問題が発生している。これは個人あるいは組織の自主性の増大による喜ばしい結果であるといえる。このように見るとき、交渉問題は増加こそすれ、減少することは考えられない。

 交渉は、学問的には、つぎのように定義されている。

 「交渉は交渉当事者の将来行動を規制する同意、あるいは契約を締結するための、当事者間の平和的相互作用過程である。」

 ふつう交渉当事者間の力関係は均等の状態である。いっぽうが圧倒的に強力だと交渉にならず、一方的な命令となってしまうだろう。もちろん、まったく力が均衡している場合はかえって少ないかもしれない。とにかく交渉においては、あるていど力のバランスがとれていなければ交渉にならない。

 企業と従業員の関係も、この力のアンバランスによる交渉のゆがみが現れてくる。労働組合がしっかりしていればよいというかもしれない。しかし、日本の企業では、人事権を握る経営陣に歯が立たない部分が多い。

 配置転換や地方赴任など、人事異動にまつわるサラリーマンの悲喜劇が、昔も今も繰り返されている。大阪の書店に勤めていたS氏の場合も、会社に対する交渉に失敗した例である。

 大阪で生まれ育った彼は、父母の面倒をみなければならないこともあって、大阪で就職することを望み、大阪に本店のある大手書店に入社した。

 ところが、四年目の秋に、とつぜん「東京の支店に欠員ができたので、すまんが、君行ってくれんか。」と上司に転勤命令を言い渡された。細君に相談したところ、子供が生まれたばかりでもあり、「絶対反対。」と言う。困りはてたS氏は、上司と何度も交渉をかさねた。

 当初、会社側は二年間の約束で東京への転勤を提示してきたが、話が進むにつれ、二年が三年に、三年が四年になり、とうとう「早い時期に呼び戻すから、とにかく行ってきてくれ。」と言い出される始末である。

 同僚の話では、いったん転勤したら最後、いつ戻れるかわからないと言う。不安と同時に、会社に対する不信感がつのり、眠れない夜が続いた。会社の命令と家庭の事情の板ばさみに会い、転職まで考えたらしい。そこで、会社のトップとも会い、期間だけでもはっきりさせようと思い、数回にわたる交渉を行なった。そして、当初の話どおり二年という約束をとりつけることにやっと成功した。

 彼は、反対する家族を説得し、東京の支店に単身赴任した。のちに妻子も東京に来て住むようになったというが、とにかく転勤問題で頭を悩ませるサラリーマンは多い。S氏は、三年たった現在も東京にいる。会社側との約束は、すでに反故にされた形で、大阪に転属願いを出しても、なしのつぶてでいつ帰れるかわからないという。もしこの状態が続いて両親の健康状態でも悪くなれば、それこそ決断して、会社を辞めるつもりだとS氏は言っている。

 この話は、あまりにも日本的である。日本では契約思想が希薄だと言われるが、S氏の例もそのことを物語っている。もっと交渉を意識して、それを前面に出す必要がある。泣き寝入りでは、企業も本人も得になることがない。

 日本人は、交渉なしにとつぜん決断を下す。真珠湾攻撃のようにである。交渉することを"きたない""いさぎよくない"とする風潮があるのは、残念である。政治や経済の世界でもこのことが言える。自動車の輸出問題、漁業交渉などを新聞やテレビで見ていても、譲歩するのは、いつも日本側である。交渉力にかけては、欧米人や中国人のほうがはるかにしたたかである。

 

 

*通産省をねじ伏せた牧田三菱重工副社長のウルトラC*

 したたかな交渉力によって、自己の体質の弱いところを強化することができる。その例を三菱・クライスラーの提携交渉に見てみよう。

 昭和四十年代に入ると、米国政府は日本政府の保護政策を批判し、日本市場の開放を要求してきた。政府は、昭和四十七年三月までに資本自由化の実施を発表した。日本の自動車業界でも、米国のビッグ・スリーに対抗するための処置が議論されだした。業界再編成の必要が叫ばれ、昭和四十三年の「箱根宣言」として日本自動車工業会の全員一致の声明となった。

 これを受けて、通産省重工業局長が、記者会見で、トヨタ、日産の二大メーカーに自動車業界を再編成するよう行政指導すると発表した。業界をトヨタ、日産の二社複占体制にもっていくというのである。

 そのころ乗用車の市場占有率はつぎのようだった。トヨタ43.4パーセント、日産34.4パーセント、東洋工業10.2パーセント、三菱4.0パーセント、富士2.7パーセント、いすず2.2パーセント、その他3.1パーセントであった。

 天下の三菱グループがおめおめ自動車を手放すことはできない。とは言っても市場占有率4パーセントていどの弱体な三菱自動車である。そこで、三菱重工業の牧田興一郎副社長(当時)を中心にした三菱グループのウルトラCの大戦略が展開する。まったくの陰密作戦であった。

 昭和四十三年六月、クライスラーのコール副社長の来日で、最初の三菱との接触が持たれた。つづいて技術、販売、経理の担当者が偽名で来日し、三菱の首脳と会談を持った。

昭和四十四年六月に、今度は牧田副社長が米国へ飛びたった。彼の表向きのスケジュールには、クライスラーとの会談が入っていなかった。ところが、もちろん最重要目的はこの会談にあったのである。牧田は、部下三人とともに、デトロイトでクライスラーのタウンゼント会長、ボイド社長らと会談に入った。この日に、最重要課題の持ち株比率が三菱65パーセント、クライスラー35パーセントで合意を見た。

かつて、牧田は三菱・キャタピラーの合弁交渉において大きな失敗をしている。その持ち株比率は50対50であり、技術面を通じて主導権をにぎられてしまった。この禍根はいまもっていやされていない。

牧田副社長としては、少なくとも51パーセントは確保しなくてはならないという戦略目標を立てていた。したがって、この交渉の結果は彼としては大成功であった。牧田は羽田の東京国際空港で記者会見をし、三菱・クライスラーの合弁会社設立の合意を発表した。

通産省および日本の自動車業界は、痛烈な衝撃を受けた。彼らにとってはまったくの寝耳に水であった。通産省は憤激し、「この合弁会社の生産する車名は"恥知らず"とすべきだ。」と言っている。また、当時の日本自動車工業会長で日産社長の川又克二氏は、「向うずねを丸太でなぐられたような心持ちである。箱根で宣言したような業界の足並みをそろえる努力を、もう私はけっしてしないだろう。」と言っている。

しかし、いまや三菱のうしろにクライスラー、さらにその背後にはニクソンの米国政府がついている。ついに通産省もこの圧力に屈し、業界再編成の方針を放棄せざるをえなかった。4パーセントていどの市場占有率を持つにすぎない三菱自動車が通産省、ひいては日本政府をねじ伏せてしまったと言えよう。

これが十年後の現在どうであろうか。クライスラーは昨年の決算で、米国史上最大といわれる10億9,700万ドルという大幅赤字を出して、いまや"瀕死の重病人"となっている。

三菱自動車は、先の交渉結果として米国における自社の車の独占販売権をクライスラーに与えている。そのため、米国における販売の伸びが思わしくない。その数値を見てみよう。

昨年実績で米国の輸入乗用車販売台数はつぎのとおりである。一位は、トヨタの50万7,800台、二位、日産47万2,300台、三位、本田技研35万3,300台、四位、東洋工業15万6,600台、五位、三菱自工13万8,000台、六位、富士重工12万7,900台、合計170万台と日本車が圧倒的な強さをみせている。

しかし、日本国内では三菱はトヨタ、日産についで第三位であるのに、米国では第五位に甘んぜざるをえないでいる。その理由は倒産寸前のクライスラーに独占販売権をあたえているところからくるのである。

今日、「十年前、ビッグ・スリーへの畏敬が屈辱的な契約を生んだ。」との批判がある。独占販売権を供与したのは失敗であったというのである。現状を見ると、この評言も無理からぬとも言える。よかれと決断したことがこのような結果になっている。しかし、十年前、三菱グループに支えられた牧田が、全神経を集中して行った決断であった。現在、どうであれ、あの決断は最適決断であったはずだ。そして、それなりの成果は生んだのであった。

 

 

*交渉は、戦争や闘争と同じような攻撃的行動である*

 交渉の同意語に談判や折衝がある。中国では交渉のかわりに談判が使用されるのがふつうである。交渉の辣腕家周恩来は、いまでも談判先生と呼ばれている。中国では日本で言う会議室も談判室という。

 国語の辞典をひくと折衝も交渉と同意語であることを知る。『広辞苑』では折衝は敵の衝いて来るのをくじきとめる意から、外交その他の交渉での談判またはかけひきとある。

 これからも交渉とか談判も相手の言い分をそのまま通すものでないことがわかる。相手が要求してくるのをくじかなければ、交渉・折衝にならないのである。

 交渉は妥結を求めているが、折衝は予備交渉での相互の情報交換段階、という考えかたもある。しかし、これが一般的であるわけではない。要は各用語をどのように定義して使うかにある。この本では交渉も談判も折衝も同義語として使用する。

 交渉の英語はnegotiationとかbargainingである。前者のネゴシエーションのほうが広い意味で使われており、後者のバーゲニングは商品売買の交渉に使われるのが一般的である。

 ネゴシエーションはラテン語のnegとotiumの合成語である。negは「……でない」という否定の意味であり、otiumは「静かさ、安楽、平易、レジャー」の意味である。したがって、ネゴシエーションとは、もともと「静かでない状態」を意味する。つまり、両方の白熱したやりとりを表す言葉なのである。

 バーゲン・セールなどと日本語化されているバーゲンのbarは、「はばむ」意味であり、gainは「利益」や「増大」の意味がある。したがってバーゲニングは「相手の利益増大をはばむ」意味があると考えられる。日本語の折衝に当たると言えるだろう。

 国際交渉の経験者が、外国人のしたたかさに舌を巻きながら嘆いているのをよく聞く。

「相手は机をたたいて、こちらに譲歩を要求してくる。静かに話し合うなどけっしてしないで、ガンガンしゃべりまくる。ところが、昼食やコーヒー・ブレークのときは、交渉中のあの激しさをどこかへ忘れてきたようななごやかな笑顔で話しかけてくる。日本人は、とまどうばかりで、相手の術中にまんまとおちいってしまう。」

 西洋人のものの考えかたの背骨は、キリスト教にあり、これは「言葉の宗教」とも言われている。「初めに言葉ありき」である。反対に日本の諺には「もの言えば唇寒し」というのがある。文化の差と言ってしまえば、それまでだが、日本人は、この性格のために、ものをはっきり言わないで交渉し、そして失敗する。

 現在、日本は国際的に多くの摩擦問題を起こしている。この一つの原因は、言葉で自分たちの意向を明快に表明しないところにある。彼らの交渉の語源から考えてみても、交渉は、言葉ではげしくやりとりする場である。言葉のうえで障害があっても、言うべきことは言って誤解されないようにすべきだ。

 このように見てくると、交渉というのは一人の人間の決断ではなく、複数の人間の相互依存の決断であることがわかる。相手とのやりとりのうちに決断がなされる。これが交渉である。

 人間関係というのは、どこも対立関係にある。人間は欲望によって動いているから基本的にはいがみあいである。しかし、いがみあってばかりいては社会は円滑に運営されない。どこかで連帯を求めている。それが、家庭、町や市、会社、組合、国家への帰属意識へとつながっていく。

 この連帯を求めるにも力が必要である。この力の種類によって、連帯を求める行動が異なってくる。連帯にも種々のものがあるがここでは論じない。戦争も連帯を求めている行動である。そこで使用される力は軍事力を含むあらゆる力である。闘争も物理力を使うが殺傷はない。

 交渉は心理力と論理力を使用した連帯への行動である。この心理力の一形態が「脅し」である。脅しの反対の心理力は「あやし」、すなわち子供をあやす心である。あやす心はつぎの説得につながる。説得は論理力による納得を求める行動であり、平和的連帯を求める行動である。交渉は戦争や闘争にも近い攻撃的行動であると言えよう。

 

 

*交渉が行き詰まったら、交渉項目を増やすと解決できる*

 三菱の対クライスラーの交渉を考えてみよう。三菱とクライスラーも合弁会社設立による利益があった。三菱はクライスラーのノウハウを利用したかった。その成果は、名車ギャランの誕生となり、三菱自動車は起死回生のヒットを飛ばすことができた。いっぽうクライスラーはGM、フォードに先がけて日本市場への進出を望んでいた。

 しかし、両者には対立点があった。対立点がなければ交渉の必要がない。この場合の最重要項目の持ち株比率がその好例である。いっぽうが増大すれば、他は減少する関係にある。ここに利害の対立がある。

 さらに、これ以上は譲歩できないという判断基準がある。三菱の牧田副社長は持ち株比率は51パーセントを下まわることは絶対容認できないというようにである。

 交渉議題の重要度は、当事者間で異なっているのが通常である。この点は先方にゆずり、別の点では当方がとるということが行なわれる。すなわち、ギブ・アンド・テイクである。先の例では、三菱が、合弁会社の株式比率を自社の有利にするかわりに、三菱車の独占販売権をクライスラーに握られてしまった。三菱の当初の戦略は成功したが、後に禍根を残すことになった。

 日本人には、ギブ・アンド・テイクは打算的すぎるという感覚がある。とはいってもギブ・アンド・ギブでは交渉にならない。

 ところで、@共通利益、A対立利益、B判断基準、Cギブ・アンド・テイクを交渉の四大特色という。これらを明確にして交渉にのぞまなければならない。

 交渉の理論では対立利益に関する交渉を分配的交渉という。100円をAさんとBさんが分け合う交渉がこの例である。Aが60円とればBは40円とり、Aが70円ならBは30円となる。いっぽうがふえれば、そのぶんだけ他方が減少する。この状況での交渉を分配的交渉という。この種のゲームをゼロ・サム・ゲーム(零和ゲーム)と呼ぶ。両者の取り分の増減はプラス・マイナス・ゼロである。

 いっぽう、共通の利益のうえに立って、協力してパイを大きくしてから分割する交渉を統合的交渉という。これは問題解決的交渉とも呼ぶ。先の三菱・クライスラーの例では、三菱は米国市場進出を、クライスラーは日本および東南アジア市場進出を考えている。両者が協力して事に当たろうと交渉が持たれた。これが統合的すなわち問題解決的交渉である。

 交渉の本来は統合的交渉にある。分配的交渉も統合的交渉に変換できるように努力がなされてしかるべきだ。たとえば、商品売買交渉において、価格変更がどうしてもできなければ、その支払い条件を割賦制にして容易にするなどである。生活の知恵として、交渉に行き詰まったら、交渉項目を追加して、分配的交渉を統合的交渉にするのである。

 分配的交渉のゼロ・サム・ゲームに対して統合的交渉はノンゼロ・サム・ゲーム(非零和ゲーム)という。取り分の増減がゼロでないことからそのようにいう。

 

 

*佐世保重工の坪内寿夫社長は、盾に隠れて労組と交渉する*

 会議形式の交渉もある。これを多数者間交渉という。交渉のもっとも基本的なのは二者間交渉である。ここでは二者間交渉を考える。

 交渉は通常代理人を通じて行なわれることが多い。自動車事故の加害者と被害者の交渉においても、加害者からはその加入している保険会社が交渉の席にすわり、被害者の方も弁護士をたてる。この加害者、被害者にあたる人を交渉主体といい、弁護士などの交渉主体に代わって交渉する者を交渉代理人という。

 交渉代理人同士の交渉を外的交渉という。交渉の本命である。交渉代理人は、交渉主体の意をくんで交渉する。交渉主体が、直接相手から攻撃を受けない意味で交渉代理人を盾(シールド)ともいう。佐世保重工の坪内寿夫社長は、直接労組の前に現われず、かならずこの盾を使うという。盾を使えば、交渉は固くなるのが一般的である。

 交渉主体とその交渉代理人との交渉を内的交渉という。内的交渉をよくやっておかないと主体の意にそって交渉代理人が働かない。交渉代理人は、外的交渉より内的交渉に力を入れ、わがほうの要求は高すぎると主体の説得にいっそうの努力をするのもいる。

 交渉主体が内部分裂しているときは、内的交渉はいっそう困難に直面する。労使交渉における労組代表と労組、または経営代表と経営者団との交渉が内的交渉である。

 あるいは依頼した弁護士が交渉代理人で、依頼者が交渉主体である。この場合も、十分に内的交渉をやっておかないと、交渉における成果は小さいものになる。

 交渉代理人が盾として非常に固いとき、交渉主体あるいは代理人は、相手の交渉代理人の頭越しに相手の交渉主体に働きかける。これを頭越し交渉という。

 それはそれなりの効果もあるが、注意しなければならないのは、頭越しされた交渉代理人の怒りである。その怒りで、後日報復されないよう注意する必要がある。

 

 

*交渉の秘訣は、つねに譲歩の余地を残しておくところにある*

 相手と交渉するときは、最初の要求からはじまる。この要求を初期陣形戦略という。この初期陣形をどこに敷くかは重要である。この鉄則は、「自分のほうにも譲歩の余地を残しておくようにせよ。」である。

 交渉の技術をいままで述べてきたが、相手がいる以上、自分の要求が100パーセント、実現されるものではないことを知っていただきたい。譲歩をおろそかにしてはならない。

 しかし日本人は、最初から欲しいだけ要求するので譲歩ができない。交渉には譲歩が不可欠である。譲歩のできるように、はじめから相手の陣地にふみこんで交渉に入らなければならない。

 交渉中の譲歩については、交渉の初期における譲歩は相対的に大きく、交渉の進行とともに譲歩の度合いを小さくしていくのが基本である。この点を意識して、交渉の決断をしていくことが必要である。

 交渉は三つの枝を持っている。一つは妥結の枝である。二つめは継続審議の枝である。三つめは、交渉決裂の枝である。決裂のコストおよびその善後策も検討しておく必要がある。

 つぎに譲歩の仕方について触れてみる。まず、弱い者ほど先に譲歩する。「脅される」からである。また、譲歩するときは、相手から反対給付をとるべきである。ただ一方的に譲歩する馬鹿はいない。ほかの交渉項目ともリンクさせて譲歩しなければならない。

 相手が準備不足で、当方が十分に準備ができているときは、即決にもっていくようにしたほうがよい。しかし、反対にこちらが押されているときは、小休止をとるようにすることだ。バレーボールと同じで、態勢の立て直しをはかるのだ。

 つぎに、なるべく上司に口をはさませないことに注意する。大きい権限を持っている上司は、譲歩の権限も大きい。譲歩しがちである。上司は、佐世保重工業の坪内寿夫社長のように、部下という盾の利用を忘れてはいけない。

 譲歩にも限度がある。譲歩の限界を見きわめておくことが、有能な交渉者になるための不可欠の条件である。そのとき、譲歩のできない理由を多くあげると、かならず反論の余地を多くするので、理由も、限定する必要がある。

 譲歩は、相手の意に従うことであり、自分の要求を引き下げる苦痛をともなう。しかし、相手との信頼関係を保ち、交渉事をまとめるには、譲歩は、かならず必要である。譲歩は、相手の妥協を促す媚薬であることを肝に銘じよ。

 

(2) 取り分は、脅された量に反比例

 

* 「脅しの理論」を使えば、相手に譲歩を迫ることができる*

「アメとムチ」という言葉がある。人はアメだけで動くのではない。ムチでも動くのである。ムチを使う理論に「脅しの理論」がある。

A氏とB氏は値段交渉中である。B氏に値下げを要求している。B氏は頑強にがんばっている。しかし、A氏が「X社が格安の提案を出してきている。」とほのめかすと、B氏は脅しを感じる。「これはあまり粘れない。」という反省が頭を持ちあげてくる。この不安の思いが脅されたことである。

リンガーの「脅しの理論」は、その人の取り分は脅された量に反比例するという。先の例で、B氏がA氏に十だけ脅されたとすれば、Bの取り分は十分の一である。もし、これが二十だけ脅されたのなら、Bの取り分は二十分の一であるという。

したがって、交渉に当たっては脅されることを極力回避しなければならない。回避するのに、リンガーは、アイス・ボールの理論と三十年の理論を提示している。

アイス・ボールの理論とは、何百億年後は太陽も燃えつき、地球も一個のアイス・ボールになってしまうというものである。それを考えれば、いま現在行なっている商談もちっぽけなものである。こんな商談で脅されてどうする。少なくも意に介する必要はないだろう。このように自分に言い聞かせる理論をアイス・ボールの理論という。

これに歯止めをかける必要がある。このままでは虚無的になってしまう。そこで登場するのが三十年の理論である。これはこれから働いたとしてもたかだか三十年ほどである。したがって、もらうことのできる物はできるだけ早くもらうべきであるというのである。

すなわち、アイス・ボールの理論で脅しを回避し、取り分を可能なかぎり確保し、三十年の理論でできるだけ早く入手せよというのである。あなたも、商談のさいには、ぜひこのリンガーの理論で身を固めて、少しでも有利な結果を導くようにおすすめしたい。

「脅しの理論」をうまく使っているのが、スーパーのジャスコである。地方に進出するとき、その地方の土着の大手スーパーに目をつける。その地方で大手といっても全国網を持つスーパーとくらべれば弱小である。「脅し」をかけられやすい体質を持っている。

他方、ダイエーなどの他の大手も進出を狙っているとする。大資本の地方進出が決まれば、売り上げはジリ貧になり、倒産のおそれすらある。そこで「うちと提携しませんか。」ともちかける。地元スーパーは、地獄で仏に会ったような気がする。上手に「脅し」を利用している。

ジャスコのやりかたは、地元スーパーが、提携を受けざるを得ないように仕向けるのである。これは、フランチャイズ・システムの商標とノウハウを与え、土地、開店資金を相手側に出させるやりかたより、格段に安上がりだという。

ちなみにジャスコの昭和五十四年度の売上高は、五千億円強であった。ダイエー、イトーヨーカ堂、西友ストアーについで第四位である。しかし、ダイエーを上回る二百七十店舗を持っている。ジャスコの岡田卓也社長のすぐれている点は、この四年間に七十店舗を開店したが、四十三店舗を閉店していることである。「儲からん店は、さっさと売ってしまえ。」の精神である。きわめてアメリカ流の経営思想の持ち主と言えるだろう。

 

 

*「泣き落とし」もりっぱな「脅し」である*

「泣き」も「脅し」である。女性の涙はとくに力強いようだ。商売上でも泣きを入れることは多い。先日も銀行員の研修会で話をしたところ、彼らの場合、脅しどころか、泣きを入れて仕事をしていることを聞かされた。自分のほうのよんどころない都合を説明し、泣きを入れ、相手にも泣いてもらうのだという。あまり男性的でないし、内心忸怩たるものがあるらしい。「こうしないとこうするぞ」という脅しとはたいへんな違いである。

 泣きを入れるのは日本人だけでない。元気のいいアメリカ人も泣く。これをJ・J・タラント教授は「PITA(ピーター)の原理」と呼んでいる。"Pain In The Ass"の略記号である。しりが痛い、言いかえればすわり心地がわるいと泣いてお恵みをいただくというほどの意味である。

アメリカの企業では、日本のように定期昇給はない。自分で上司と賃金改訂交渉をしなければならない。そのとき、この「ピーターの原理」が利用される。いやなら出て行けというアメリカ企業である。成果をあげ、将来を期待される人間ならば、交渉力があり、脅しもきく。しかし、無能な従業員でも方法はある。泣き落としである。家族が病気だとか、自分の能力を発揮できる仕事を与えられていなかったと訴えるのである。これが泣きのピーター原理である。

しかし、これはそうとう上手に使わなければならない。不平を言う奴は居てもらわなくてもよいと、やぶへびになってしまうおそれもある。この「泣き」が機能する理由を心理学者フェスティンガーの認知的不協和理論で説明しよう。この理論はつぎのようにいう。

われわれは、何か大きい買い物、たとえば車とかマンションを買ったあとでも、車やマンションの広告に注意を払う。なぜ購入後なのにそうするのか。それは潜在意識に葛藤が生じているからである。その商品に大金を投じたが、失敗したと思う人もいる。たとえ、正しい決断だと思っている人でも、潜在意識で危惧の念を持っている。まずい決断だったのではないかと心配する。これが認知的不協和である。そこで、そうではない、適正な判断だったことを示す証拠を集めようとする。つまり認知的不協和をなくそうという努力をする。

フェスティンガー理論は不快な心理的不均衡を生みだす事実に面すると、心はそれを調和させようと調節する。そして、この不協和が減少する、と教える。広告を見て、自分の買った車やマンションが、損な買い物でなかったことを確認するのだ。雇用した男が不平を言い、泣きを入れる。すると、雇主に認知的不協和が生じ、その解消に賃金改訂がなされる。しかし、雇主が調節の必要を感じなければ、つまり認知的不協和が生じなければ、ピーターの原理は機能しない。

このように見ると泣きがきくのも、あるていど関係ができてからであることがわかる。泣いても相手が意に介さないとききめがない。泣きを入れることを恥じる必要はない。それで相手が痛痒を感じなければ、効果はないのだから。効果があるのは、相手自信も不快感を避けたいと思っているときである。

 

 

* たくみな交渉相手は、「脅し役」と「慰め役」を使いわけてくる*

グリーンバーガーとオールナンの共著『交渉がうまくなる本』で脅しに注意を喚起している。人間が交渉でとれるものもとれないのは、交渉で不慣れであると同時に、人間は脅されやすいからだという。相手から提示された条件をそのままのむのは大馬鹿者だという。重要なことはすべて交渉可能であると自分に言い聞かせておかなければならない。

 彼らの説くところでは、身なりが戦略的に重要であるという。身なりのよい者は最初から有利につけることができる。たとえば買い手の身なりがよいと、売り手も比較的買い手に有利な低い値段を申し出る傾向があるという。力のあるふりをすることがいかに重要かわかるだろう。それは相手に「脅し」をかけたことになるからだ。

 また、交渉する相手が複数である場合、気をつけることは、共謀して、役割をうまく使いわけてくるときである。警察で尋問のときに用いる善玉悪玉のテクニックである。一人の刑事が声高に"脅し役"をやる。もう一人は同情的な"慰め役"である。交互に尋問し、容疑者にゆさぶりをかける。

 交渉代理人が脅し役をやり、相手の期待をはぎとってしまう。そこに当の交渉者がちょっと好意を示し、少し譲歩をする。よく使われる手口である。こんなやりかたで、不利な条件をのまされないように気をつけてほしい。

 「はったり」も「脅し」の一つである。はったりは相手が「事実はそうだろう。」と想定するように仕向ける行動である。ポーカーでいうブラフである。はったりのポイントは、「とても勝てそうにない。」と相手に信じこませることである。

 はったりはウソを言わずに幻想を生み出す技術である。はったりとウソの違いは、錯覚とペテンの違いである。はったりは交渉ではフェアなゲーム戦略である。どうもはったりくさいと思ったら、相手の論拠や代案を調べる。そして相手の論陣の不備をつくことである。脅されっぱなしでは、相手の言いなりになるだけである。

 「はったり」といえば、以前に読んだ本の中にこんなエピソードが紹介されていた。アメリカの一流のある広告代理店が、創業時に辛酸をなめて、ついに倒産直前に追いこまれた。そこで社長は一計を思いついた。残った金でニューヨーク一の派手なパーティを開いたのである。顧客になる一流企業の社長もとうぜん招待されている。

 そしてたったこれだけで、広告代理店は軌道にのりはじめたという。招かれた客たちが、「こんな派手なパーティをやって一流会社の社長連がきているのだから、この広告代理店は優秀で繁盛しているのだろう。」と錯覚して、自分たちも仕事を出そうと決めたからである。相手の錯覚をみごとに引き出したところに、成功の原因があったのだ。

 

 

*「脅し」のやりとりで重要なのは、「インナー・ゲーム」である*

 「手を引く」というのも脅しの戦略である。撤退の脅しである。たとえば夫婦仲がわるく、なんとか正常なもとの姿にもどしたいと願っているとする。そんなときは、はっきりと離婚を迫るのも一つの方法である。片方が結婚生活から「手を引けば」、もう一人のほうも、これまで二人で築いてきた経済的基盤や人間関係を失うことになる。離婚するよりは、少々不満があっても、いっしょにいるほうがよいと譲歩を引き出せるだろう。

 「裁判沙汰にするぞ。」という脅しもある。示談では話がつきそうにないとき、このように行動する以外方法がない。この脅しはしぶる相手を交渉のテーブルにつかせる力がある。法律家や借金取りは、法律の脅しをよく使う。「お前が払わなければ裁判にかけるぞ。」と。プロローグに述べた著者のニューヨークのホテルでの経験はその一例である。

 法律家や借金取りは、訴訟に時間と費用がたいへんかかることをよく知っている。当面の金額よりも裁判に多くかかってしまうことがある。したがって、まったく裁判沙汰にする意志がなくても、脅しをかける。そして、しばしば、これに成功しているようだ。

 しかし、法律の脅しに負けないようにしよう。相手に対しても法律の脅しで切りかえしてみよう。「どうぞおやりください。」と。とにかく、法律は弱者の権利を守るためにあると考えるべきだろう。

 交渉に通じた人間になるには、まず第一に準備すること。第二はその問題から距離をおいて自分を見る。いわゆる"離見の見"である。能を演じる自分を観客の席から見なおすことをいう。第三は相手の欲しいものについての認識である。これら三つをしっかり行なうことであり、相手の脅しに目がくもってはならない。

 どのような場合でも、相手は自分の勢いをリズムにのせようとする。これによって、交渉を支配し、相手を防御にまわそうとする。ここで重要なことは自分との戦いである、これをグリーンバーガーなどはインナー・ゲーム(内的ゲーム)と呼ぶ。相手の行動に目をうばわれず、問題そのものに集中する。相手と交渉をやると同時に自分自身と内心で戦っている。

 相手がすぐれていれば、こちら側の弱点を探してついてくる。だから、それに対処するには自分に勝たなければならない。それには交渉そのものの本題に帰ることである。疑心暗鬼にならないように注意する。これがインナー・ゲームである。何が本題か。そこでの自分のほうの陣形は何かということに注意する。自分の目的を知るのだ。これによって、自信とゆとりを持つことになる。そこには脅しもきいてこない。これに対し、相手の動きを見ながらの交渉をアウター・ゲーム(外的ゲーム)という。重要なことは「おのれに克つ」ことである。

 

 

*無一文から身を起こして、"世界の呼び屋"と言われた男*

 これまで述べてきたことをすべて実践しているような人物がいる。"世界の呼び屋"と呼ばれたこともある"虚業家"の神彰氏である。

 彼は、戦後、ソ連の収容所から脱走して、ようやく日本に帰ってきたが、あるとき、友人が、「バイカル湖のほとり」というロシア民謡をロシア語で歌うのを聞いて、いたく感動した。シベリアの凍てつく厳しさと不毛の大地を包む哀愁が、その歌にこめられていた。

 この歌を世界でいちばん上手に歌うのは、ドン・コサック合唱団であることを教わり、「ドン・コサックを日本に呼ぼう」と叫んだという。この一言が彼の運命を変えた。彼はとうぜん無一文だったが、友人たちに呼びかけ30万円を作った。これを銀行に当座預金をし、ねばって50万円の融資を取りつける。さらに3,000万円は必要だった。

 ちょうどそのとき、アメリカの高級車クライスラー・ニューヨーカーが350万円で売りに出された。彼は、500万円のなかからこの車を購入することにした。「相撲取りは、その地位に見合った相撲しか取れないという。クライスラーに乗った私は、その持ち主にふさわしい仕事をした。」と彼は言っている。「はったり」のおかげで必要な資金は、たいした困難もなく集まった。

 かくてドン・コサック合唱団の公演を実現することに成功した。つづいて、ボリショイ・バレエ、サーカス、レニングラード交響楽団、ウィーン少年合唱団と彼の"呼び屋稼業"が発展していく。そんな絶頂のある日、札幌市内の料亭にやくざの親分に呼びつけられることになる。

 日本では、興行は地元のやくざが握っていた。任侠の世界に渡りをつけなければ、興行自体が成り立たなかった。神氏はそれを無視してきたが、決着をつけることを迫られたのである。料亭で、彼は大親分の前に座らされた。

 「私は彼の前に進んで初対面の挨拶をした。冷えた微笑をたたえ、彼は静かに杯を差し出すが、断じてその杯を受けてはならない。」

 彼の自伝『怪物魂』には、当時の模様が熱っぽく書かれている。けっきょく彼は交渉のテーブルにつかないことに成功した。彼は脅されなかったのである。神彰氏は、このあとも破産、再起とめまぐるしい人生を歩むが、日本人にはめずらしい幅のある人物であることはたしかだ。

 

 

*「脅し」と「論理」で武装しているアメリカ型交渉術*

 交渉は論理力と心理力によって進行することはすでに述べた。これを交渉当事者間の信頼関係によってつぎのように変化することを指摘しておきたい。

 信頼関係の低いところでは、「脅し」がものをいう。「脅し」は心理力の一形態である。交渉に大きな力を発揮するものに「論理」がある。信頼関係、言いかえれば人間関係に温かみがないと、「論理」よりも「脅し」が強い力を持つ。

 かつて、私がヨーロッパに行く途中、飛行機がモスクワ空港に一時止まった。土産屋が観光客でごったがえしていた。そのとき、「ガチャン」という音がした。棚のウオツカのビンのフタが落ちてこわれた音だった。売り子の太ったロシア女がえらい剣幕でどなっている。「欲しいからいじったのだろう。なら買え。」と言うのである。相手は中年の夫婦者の日本人である。棚には同じようにフタのこわれたウオツカが並んでいる。その日本人夫婦は、「ビンにさわるかさわらないのにフタが落ちてこわれた。」と反論しているが、有無を言わせない。ロシア人行動パターンを見る思いがした。

 マルクスおよびエンゲルスにロシアの侵略的脅威論を訴える多くの論文がある。それら論文の翻刻をスターリンは禁止した。革命前のロシアのツァーリズムもスターリズムもその点同じであると考えられる。フィンランド侵略、最近ではアフガニスタン侵略など、ロシアの行動パターンは変わっていないようだ。「論理」よりも「脅し」に力点をおく交渉をソ連型としておく。

 日米経済摩擦問題に関する米国の交渉パターンは「脅し」と「論理」の両方を使用して攻めてくる感がある。UAW(全米自動車労組)が、「大量の失業者が出るのは、日本のせいだ。」と日本政府や通産省に脅しをかけるいっぽう、ビッグ・スリーの経営者が、ここ数年の日本車の急増ぶりを数字で示しながらアメリカ国民に訴え、日本車排斥の世論づくりをしようとしている。そこでこのような交渉パターンを米国型と呼ぶことにする。

 

 

*費やすエネルギーが少なくてすむ日本型交渉術*

 論理的で信頼関係も高い交渉パターンを欧州型と呼ぶ。北欧の交渉行動はこれに入る。英国や西欧諸国の交渉もここに入れてよいだろう。それだけ人間関係の成熟や信頼関係の高さからくるものである。

 私は、同僚の英国人教授が、学内の取り決めごとに対して示す粘りのある論理的交渉力には、いつも感心させられている。ヨーロッパ組織論学者として脚光をあびている著者の友人、ホフステイド博士は、いつか著者につぎのように言っていた。

 「ヨーロッパの交渉行動を比較する研究には、アングロ・サクソン系とラテン系とを区別する必要がある。」

 このことを同僚のアメリカ人教授に聞くと、アングロ・サクソン系は、資料をふまえて論理的な交渉をするのに、ラテン系は感情に走る傾向があるという。その差はあるものの、ここでは、一括して欧州型としておく。

 つぎのタイプを日本型と名付ける。そこでは脅しも論理もあまり使われず腹芸や根回しによってものごとが決められていく。この例の中に中国の客家の交渉がある。

 客家は中国のユダヤ人と言われている集団である。福建省と広東の中間の山岳民族である。北中国から移住してきた客人の意味で客家という。古来、人物を多く輩出している。ケ小平や郭沫若、シンガポールの首相リー・カンユーも客家である。

 東南アジアにも多くちらばっている。ジャカルタから来ている教え子の留学生は、ジャカルタの中国人はほとんど客家であると言っていた。

 この客家の交渉はおもしろい。一橋大学の客家の研究家・中川学教授はつぎのように教えてくれた。客家では、交渉に入った一週間は、詩や文学を語りながら連日酒を汲みかわす。その間相手の人物の品定めをしているのであろう。一週間ほどして、この相手と取引をしてもよいとなると、相互に条件をとやかく言うことなしに妥結するという。

 高い信頼関係のうちでの相互の決断である。日本人の商取引で料亭などが利用されるのは、いくぶん客家式が入っているのかもしれない。交渉は、ソ連型でやるよりは米国型、米国型でやるよりは西欧型、西欧型よりは日本型で行なったほうがよい。その理由は、交渉妥結に費やすエネルギーは、日本型が最小だからである。

 また、交渉は、当事者同士がどちらもハッピーに感じるものでなければならない。それにはもっとも平和的交渉の日本型がよい。ここで交渉を行なうには、交渉当事者間の信頼関係を高めなければならない。信頼関係を阻害するものに「嫉妬心」がある。

 龍角散の藤井社長と対談したとき、社長はつぎのことを話していた。

 「人間のぬきがたい心情に嫉妬心がある。これが交渉の阻害要因になる。そこで、社内で交渉するとき、相手に嫉妬心が生じないように配慮して交渉すると、たいへん円滑に交渉は進む。」

 という。嫉妬心を排除し、信頼関係を高めての交渉、換言すれば、日本型の交渉ということになる。

 信頼関係を高めるには相手の心情に思いをいたさなければならない。交渉に当たっては相手の人間を知らなければならない。信頼関係あるいは人間関係の成熟度による交渉スタイルの変化を、交渉のライフ・サイクル理論という。

 脅してばかりいたのでは、異性は逃げてしまう。それと同じく交渉においても、求愛活動が必要である。これが交渉の場の殺気をやわらげる。つぎの節でこのことに触れてみよう。

 

(3)部下をダメにするX理論型上司

 

* ミノルタカメラの創業には、あるドイツ人技師の恋愛問題がからんでいる*

人間は欲望のかたまりである。人は種々の欲求を持っている。人間は人の間にあって初めて人間となりうるのである。したがって、人間の決断や交渉は、自分の欲求と他の人の欲求についても考えに入れなければならない。この配慮なく決断したならば、当然、他の人から攻撃をかけられることにもなる。

 このため人間の欲望、あるいは欲求についての理解を持つ必要がある。人間行動もみずからの欲望充足のためにあるからである。

 『韓非子』は、中国の戦国時代に活躍した思想家韓非の書物であるが、彼の人間観は、あらゆる人間関係は打算と欲望によって作られていると見ている。彼は、徹底した性悪説に立ち、人間は利欲に従って動き、賞を喜び、罰をきらう。したがって、自己を律する道徳心は無力である。賞罰だけが人間を動かす力がある。これをたくみに利用する方法が法術である。

 「法」とは、官署で明示している命令・規則のことで、賞罰を与え命令を犯すものは罰する。人民の行動規範が法令である。「術」は、任を授け、厳しくその人事考課をすることをいう。方がなければすなわち部下は乱れる。術がなければ、上司はたおれるという。利欲を求める人間は、「ムチとアメ」で動かしていく。韓非子は言う。

 「事起こりて利するところあれば、その利を受くる者これをつかさどる。害を受ける者があるならば、その者と利害反する者が仕掛人と見なければならない。」と。

 透徹した達観と言うべきである。この人間観は、現代の行動科学の人間観と矛盾するものではない。また、これは利を求めている人間に対する思いやりというものである。

 カメラ、複写機など、光学機器業界の関西の雄、ミノルタカメラの創業物語のなかに、興味深いエピソードがある。あるドイツ人技師の"性的欲望"なくしては、今日のカメラ王国ニッポンもありえなかったというのである。

 ミノルタカメラの創業社長である田嶋一雄氏は、昭和初期、測距儀などの光学機器が軍事的需要もあり、非常に儲かることを発見した。そこで光学機器会社を日本にも作ろうと思い立ったが、なにしろ技術力はゼロ。どこから手をつけてよいかもわからなかった。

 ところが勤めていた織物輸出会社の関係から、あるドイツ人技師と知り合った。彼は、パリのカメラ会社に勤めていたが、好きになった女性が日本人。彼は職を捨てて、彼女のあとを追って日本に来たのだという。田嶋氏は、さっそく「いっしょにカメラを作らないか。」と持ちかけた。ドイツ人技師も日本に滞在するためには、渡りに船とばかりに承諾する。二人が作った会社がミノルタカメラの前身、日独写真機商店のはじまりになったという。

 インドの古典『カーマ・スートラ』でも、人間の欲求として、宗教心、物欲と性欲をその基本においている。日本人のものの考えかたには、『カーマ・スートラ』的欲求観に非常に近いものがあるように思える。

 この古典の考えは、人間欲望のとらえかたとしてはおもしろいが、これだけ見ていたのでは科学の進展が見られない。もう少し、処世の道の欲求構造を理解する必要がある。つぎにもう少しくわしく述べてみよう。

 

*マーケティング戦略にマズローの理論を利用せよ*

 近年、経営理論に最大の影響を与えた欲求に関する理論は、マズローの欲求階層説である。マズローはアメリカの心理学者であり、心理学界だけでなくビジネス界にも多大の影響力を与えた。

 彼によれば、人間の欲求は何段かの階層を形成しているという。最下段が生理的欲求、つぎに安全性欲求、親和欲求、さらにその上に尊敬欲求(他からの尊敬と自尊)が続き、最上段に自己実現欲求がくる。

 生理的欲求には、食欲、性欲などがある。これが満たされると次の欲求が生じてくる。それが安全性欲求である。

 安全性欲求とは、安全性、安定性、依存性、保護、恐怖からの解放、心配や混乱からの自由、秩序や法律や規定などに対する欲求である。

 恐怖感を持っている人は、安全確保のために、喜んで費用をかけることもあるだろうが、勇気があり、独立心のある人間は、あるていどの危険ならば、それを回避することをしない。人によって、その受けとめかたは異なる。新しく事業を起こし、苦労ののち成功するという創業者の多くは、このような欲求の少ない人であろう。生理的欲求と安全性欲求があるていど満たされると、さらに親和欲求が生じてくる。

 親和欲求とは、友人、恋人あるいは妻子を欲しいと思う感情である。一般的には、人との愛情あふれる関係を渇望する欲求である。集団、あるいは家庭に入ることを望み、このために努力する。先に述べたミノルタカメラの創業を助けたドイツ人技師の決断の裏には、この親和欲求があったと見るべきである。

 飢えていたときに、愛情とか恋愛は不必要、非現実と冷笑していたことも忘れてしまい、これを欠くことの寂しさを深刻に感じるのである。

 説文学によれば、人という漢字は長い棒と短い棒が支えあう姿を示しており、いろんな人が互いに相支えることによって人になることを意味しているという。親和欲求は人間の本源的な欲求といえるだろう。

 精神分析では、マズローの見解とは異なり、他人を求める欲求は安全性欲求と同等、ときにはそれよりも強いことを実証している。人は、たとえ恐怖感にかられても、あるいは飢餓線上にいても、愛する人を失ったその感情は、生理的欲求や安全性欲求が満たされないときと少なくとも同じだという。

 誰が寂しさに耐えることができるだろうか。まったく孤独な人間は精神的退行現象として、母親の子宮のなかにいるという幻想を持つ。また、精神的に訓練されている人は、みずからを全人類との関係において考えて、まぎらす。

 ほとんどの人は他人なしには生きられないのである。さらに、フロムの『自由からの逃走』に見るように、人類が全体主義を迎える素地もここにある。これが満たされると尊敬欲求が生じる。尊敬欲求は自分の実績を高く評価してもらいたい、他人から尊敬してもらいたい、自尊心を持ちたいとの欲求である。

 この欲求は二つに細分される。一つは力への欲求、達成への欲求、能力、独立、自由への欲求である。これから自信や自尊心が生じる。もう一つは名誉、名声、地位、承認、注目、重要感、威厳などへの欲求である。換言すれば、他人から尊敬を求める欲求である。

 これまで述べてきたすべての欲求が満たされても、新しい不満が生じる。それがつぎの自己実現の欲求の発生につながる。自己実現欲求は、自分のなしうる可能性のあるものを実現したいという欲求である。心が平安であるためには、自分の性格に素直でなければならない。ビジネスマンとして成功していても、心が落ち着かない。年来の希望の画家になるべく一念発起の決断をする。これなどは自己実現欲求を満たそうとしてした決断である。

 マズローのこの説は、経験的実証的に構築されたものではなく、先験的な理論である。しかし、臨床的にも十分意味のある理論であると評価されている。したがって、自分の決断や交渉事も、マズローの欲求階層説によって理解することができるだろう。さらに、人間関係においての決断は相手あっての決断である。その相手の欲求構造がマズロー・モデルのどの階層に近いかを、いつも心にとめておく必要がある。

 マーケティング戦略においても、顧客あるいは消費者の欲求構造がどうなっているかは、もっとも重要な調査対象の一つである。このとき、マズロー・モデルは利用する価値がある。

 

* X理論型上司は、部下の不満を解消することができない*

マズローの欲求階層説の上に立った新しい経営理論がマグレガーのY理論である。

 マグレガーは従来の経営理論をX理論と呼んだ。これにはテイラーの科学的管理法や人間関係論以前の古典的組織論が含まれる。このX理論における人間観はつぎの三つの仮定の上に作られている。

@ 人間は生来、仕事がきらいであり、できることなら、それを避けようとする。

A 組織目標達成のため、十分な努力を引き出すには、罰によって脅したり、威圧したり、管理・指導しなければならないのが人間である。人間とはそのような存在である。

B 人間は指導されることを好み、みずから責任をとることを避けようとし、野心もなく、とくに安全性を求めている。

すなわち、X理論では大衆は怠け者で、強制されなければ働かないと見ている。

 このX理論は、マズローの理論で、人間の欲求が生理的欲求と安全性欲求からなるとみていることと同じ考えである。

 管理者は、自分の管理論がX理論であることに気づいているかどうかは別として、その理論がさっぱり機能しないにもかかわらず、このX理論の固執していることが多い。

 つぎにX理論の一つの事例を述べてみよう。

 Aさんは六十二歳、奥さんと三人の子供を持ち、現在お茶の販売代理店に勤務しているのだが、以前は国鉄に勤めていた。あと五年で定年という立場にあったAさんが、国鉄マンにみきりをつける決断をしたのは、彼の上司がX理論の持ち主だったためである。

 部下の書類のミスを発見したその上司は、その部下に対してプライベートな問題に立ち入って注意した。ふだんから上司の居丈高な振舞いに不満を感じていたAさんが、いたたまれずに上司の行きすぎを注意したところ、その上司は、今後はAさんに矛先を向け、あらぬことをデッチ上げ、大声でさけんだのだそうだ。

 上司が、X理論の管理者であることに気づいたAさんは、退職へと踏み切ったのである。サラリーマン、とくにあるていど年齢がいったAさんが決断するにはかなりの勇気がいっただろう。しかし、Aさんは国鉄を辞めたことについて後悔したことはないということだ。

 それにしても、赤字に悩みながら、違法のストライキを打つ国鉄で、このような前近代的な管理がなされていることは、国民をますます絶望的にする。

 つぎに、もう一つX理論的人間観によって決断した例をあげよう。ある大手製薬会社に勤務する三十二歳のOLの決断である。入社して十四年になる彼女は、四、五年の間、キーパンチャー的な仕事をしていたところ、手に激痛を感じ、医者に「職業病」と診断された。彼女は、いまの仕事を続けるかぎり症状は進むばかりといわれ、上司に相談したうえ、就業時間中に治療を受けに通院していた。

 数日後に勤労課の課長に呼び出され注意を受けた。就業状態に支障をきたすようなことはやめて、会社が指定する医師に診察してもらえということだった。会社指定の医師に「たんなる過労」と診断された彼女は、会社を辞めるべきか、たとえ、よりハードな仕事に回されても会社側の言い分に従うべきか、かなり悩んだようだ。しかし、彼女は勤労課長の言うままにはせずに、もう一度直属の上司に相談してみようと決断した。

 その結果、上司と勤労課長との間で、カンカンガクガクのやりとりがあり、彼女は比較的軽い仕事に回され、通院することも許されたのだった。会社の圧力に屈せず、再度上司に相談したことが、好結果を生んだのである。生理的および安全欲求充足のための決断であった。

 

* 日本の終身雇用制、年功序列型賃金制度は、Y理論にかなっている*

上司は積極的ないわゆるY理論に立った指導をすることが望まれる。また、本人もY理論的人間観に目を開いていかなければ不幸であろう。

 そこでY理論とは何か。Y理論の人間観はつぎの六つである。

@ 仕事に肉体的及び精神的努力を傾注するのは、遊びや休息と同様、人間にとって極めて自然なことである。人間は生来仕事をきらっているわけではない。むしろ、条件次第で、満足感が得られたり、苦痛を感じたりするのである。

A 組織目標に従業員の努力を集中させる唯一の手段は罰則という恫喝ではない。人は、自分をかけた目標には、外からうるさく言われなくとも、みずから進んで努力するものである。

B 目標に自分をかけるのは目標達成に関連した報酬があるからである。その最大の報酬は自己実現欲求の満足感である。つまり、「やった!」という達成感である。

C 適正な条件下では人間は責任を受けるだけではなく、みずから進んで責任をとるようになる。マグレガーによれば、責任回避とか、大志がないとか、安全性に重点をおきすぎるのは、過去の経験の結果であって、人間本来の特性ではない。

D 組織問題解決のための構想力、独創性、創造性は一部の人にだけあるのでなく、多くの人が持っている。マグレガーは、責任者はかならず大志を持つようになるのだと主張する。これは大志を持つ者だけが責任感があり、勤勉で創造性があるというこれまでの経営理論とは対立する。

E 現代産業社会は人間の知的能力を十分に活用せず、その一部分しか使っていない。

企業はもっと能力を仕事に生かすようにできるはずだと主張する。マグレガーは、このY理論に基礎をおく経営理論が、かえって生産性があがり、収益性が高まる理論である、と言っている。

 自動車の対米輸出が、日米経済戦争の新しい火種になっているが、そもそも日本の自動車産業の生産性があまりにも高すぎるところに原因がある。GMなどのアメリカ大手自動車会社は、トヨタ、日産の工場にひそかに視察団を派遣して調べたところ、「アメリカの工場で一台、自動車を作るところ、日本では六台の車を生産している。」という。

 これでは競争にならない。その調査報告では、日本の生産性が高いのは、従業員の企業への一体感、自発的な品質管理の徹底のせいだという。マグレガーのY理論をそのまま体現しているのが、日本の企業と言える。日本の経済成長は、日本人の勤勉性によるという説もあるが、終身雇用制、年功序列型賃金制度がうまく作用して、Y理論の見本のような労働状況を作り出しているにちがいないと、私は考えている。

 

* 部下の首を切らないで、やる気を起こさせる*

われわれの身近なところでも、Y理論は、実践されている。部下に権限委譲をして、仕事の実行と責任をゆだねると、生産性はたしかに上がるようだ。X理論型の人間にも、命令だけを与えるのでなく、決断に参加させることは、いい結果を生む。そんな例をいくつかつぎに見てみよう。まず最初にとりあげるのは、東芝に勤務するF氏の例である。

 F氏は住宅産業営業部に入社して七年目、現在三十五歳である。F氏が販売課長になり、新人セールスマンの教育など、日常的なセールスマンの管理業務についたその年、F氏は、社のトップからある若手セールスマンの「首を切れ。」という命令を受けたのである。その若手セールスマンA君は、営業成績が上がらないうえに、注文者からのクレームが多くトラブルが絶えないという、いわゆる会社の問題児であった。

 しかし、仕事面でいざこざが絶えないとはいえ、F氏にとって同じ釜の飯を食う部下の首を切ることはためらわれた。しかし、これはF氏の管理責任を問われる問題でもあった。

 決断を余儀なくされたF氏は、彼の全責任においてA君を半年間あずかることを上司に申し入れた。半年の"契約"であずかったF氏は、A君に彼なりの方法で業績アップするように指導し、しだいにA君のやる気を引き出していった。半年後、A君はトップの業績を上げ、立派なセールスマンに成長し、氏と喜びを分かちあった。課長という要職になって与えられた試練に、こうした形で決断を下したことは、A君だけでなく、F氏自身にも大きな自信を植え付けたわけだ。

F氏はA君にもやる気が潜在することを見抜き、それを引き出す努力をした。この目標達成による両者の自信、自尊心の獲得は、Y理論に立つ行動と評価できる。F氏のような上司を持つ者は幸いである。日本の中間管理職としてすばらしいと思う。このような中間管理者が日本の経済を支えているのだと言っても過言ではない。

 

*二度、三度、会社のトップを説得し、賛成をかちとる*

 マグレガーのY理論は、日本の管理者用に作られたのではないかと思われるほど、その人間像は日本的である。つぎの例は自動車販売会社に勤務するW氏である。Y理論のとくに四の特性にピッタリなのがW氏である。きわめてチャレンジングな姿勢と言える。

 W氏は、入社以来二十数年の間、大手自動車販売会社に勤務していたが、親会社の住宅部門進出を機に、「住宅事業部」の課長というポストについた。W氏の仕事は、コンクリート系住宅の企画・販売から開発計画にいたる、住宅にまつわるあらゆる分野にわたっていたため、自動車の一本槍できた彼ではあったが、懸命な努力の末、住宅部門の地盤を築きあげた。

 しかし、その地盤に立ち本格的な販売活動をしようとしたとき、W氏は一つの壁にぶつかってしまった。つまり、W氏の売ろうとするメーカーの製造した「ユニット住宅」が、販売上の制約などから細分化された狭い土地に建てることが困難になったのである。自社に生産設備を持たないW氏の会社では、ユーザーの希望にそった自由度の伴う住宅が作れないわけだ。

 競争の激しい業界にあって、ユーザーに即応できなければ、どんどん取り残されていく。販売部門の責任者であるW氏にとって、大きな問題であった。

 そこでW氏は、トップを交えた販売促進会議の席上で、メーカー側が扱う住宅とは別に、もっとも自由度の大きい木造住宅の販売を手がけることを提言した。しかし、W氏の提案は、メーカーあってのディーラーが、メーカーに反旗をひるがえすことはできないという猛烈な反対にあってしまった。

 W氏は、販売の責任を担うものとして自社の将来性を危ぶんでみずからが行った決断を信じ、会社という機構の壁に対して、二度三度と主張し続けた。やがて、W氏のその決断と熱意が、新規のプロジェクトチームの編成を生み、住宅部門の再編成を図り、多機能的な観点を持つ住宅販売戦略を打ち出すことにつながった。社長みずから、W氏に対して「全面協力」を約束したのである。W氏は、黙っていては取り残される経済競争にあって、みずからが思うことにおいて毅然とした態度で望み、この決断を通して非常に大きな教訓を与えたことを痛感していた。

 

*事なかれ主義が、決断を誤らせる*

 もう一つ、相手の親和欲求に対して行った決断の事例をあげてみよう。

A信託銀行に入行して一年目のM氏は、窓口係になったとき、一人のお婆さんに有利な資金運用の相談を受けた。M氏はいちおうの説明をしたが、相手の年齢を考え、さらにくわしく文書化した説明の手紙を出した。M氏の一存で判断し手紙を出したわけだが、そのおばあさんはとても喜び、資金を運用してくれた。

 このことは、入行して日の浅かったM氏にとって、その後に自信につながったそうだ。顧客の親和欲求にふれた手紙を出した決断が、みずからの自信にもつながったのである。この決断などは、X理論では説明のつかないことである。

 金銭に関する欲求はむずかしい。生理的欲求や安全性欲求だけでなく、さらに上層の欲求にも関係している。つぎにその例をもう一つあげてみる。

 やはり銀行の窓口係をしていたC氏は、ある日集計のときに、どうしても数字が合わないことに気づき、記憶をたどりながら、もう一度伝票をチェックした。この人のときにまちがったのではないかと思いあたる高校生がいたが、言うべきかどうか、決断がつかなかった。

 C氏は、何千円かの不足なので、自分のお金でその穴埋めをしようかとも思い、係長に相談した。係長は、そのお金が、どういう形でお客様に迷惑をかけているかもしれないからと、すぐにその高校生の家に電話することを決めた。その家では、親に頼まれて引き出しにきたその高校生が、まちがって支払いを受けていることで父親に不正直さを責められているところであった。

 詫びるとともに現金を受け取りに行ったC氏は、「銀行に迷惑をかけたこともあるが、息子の将来を考えて注意した。」という父親の言葉を聞き、父親の毅然とした態度に頭が下がると同時に、不注意、ミスの影響力の大きさを痛感し、思い切って電話をしようという決断ができなかった自分を深く反省したそうだ。

 以来C氏は、ミスを犯さないように細心の注意を払うとともに、事なかれ主義で決断を誤ることをしなくなったという。これは、ある地方銀行の行員であるC氏の例であるが、彼は、X理論的行動をとってしまっている。反対に、父親の息子に対する教育の立派さに脱帽させられる。

 私事になるが、子供のころ、リンカーンの写真とともにその下に書かれていた「正直は最良の政策」の言葉を思い出す。リンカーンは、"正直エイブ"と呼ばれた。これが後にアメリカの大統領として結実していったのである。

 以上のような例でY理論の人間観としての妥当性が、明らかになってきたであろう。このように基本的にY理論観の人間に立ったうえで決断し、また、相手のY理論的人間観にそうように交渉していくことが大切なのである。

 

(4)相手の心をつかむ技術

 

*相手の名前をけっして忘れるな*

 故大平首相の愛読書の一つは、D・カーネギー著『人を動かす』だったという。この本は、ビジネスマンにひろく読まれているが、そのなかの一節で「名前を覚えよ。」とすすめている。これは、ビジネスの交渉で相手から自分に利益になるような決断を引き出すには、たしかに有効な方法である。

 ハーバード・ビジネス・スクールでマーケティングを担当している竹内弘高助教授が今年のはじめ、国際基督教大学に来訪され、ハーバードについて講演してもらったことがある。そのとき、彼が言っていたことの一つに、学期の始まる前一ヶ月間、これから自分のクラスに登録している学生四、五十名の名前を写真を見ながら覚えるというのがあった。トイレでも写真を見ながら名前を覚える。さらにこれまでの略歴も頭に入れてしまう。クラスが始まるまでに徹底的に覚え、写真を見ただけで、名前と経歴が言えるように用意するのだという。

 第一回のクラスの時は、始まる少し前に教室に入る。学生の席に座って学生と雑談する。彼は三十歳を超えて間もないので誰も教師と思うものはいない。

 そのうちに、初対面なのに、「ビル、君はIBMに二年いて、それからデュポンに移ってから、ここにきたのだったなあ。」と自分の記憶を試しながら話しかける。相手はびっくり仰天。間もなくクラスが始まる。「私が教師である。」

 ハーバード・ビジネス・スクールでは自分の席の机上に大書した名札を出しておく。それをいちいち見ることなしに名指しする。学生に「これは油断できないぞ。」と思わせたら、しめたものだ。最初のこれが肝心で、相手に「脅し」がかかったことになる。これが逆では、学生になめられて講義がスムーズに進まないことになる。脅しの教育効果は重要である。権威につながるからである。これはハーバード・ビジネス・スクールの独自のノウハウであって、どの教師もこのようにするのだという。

 名前というのはだいじである。誰でも自分の名前をたいせつにする。相手が自分の名前を覚えてくれていればうれしいものである。自分を注目してくれているのだとひとり合点することになる。名前だけでなく、フル・ネームまで相手が忘れていないときは、感激さえするものだ。

 田中角栄元首相は、名前を覚える天才だと言われたものである。ロッキード事件以来、マスコミの集中砲火を浴びているにもかかわらず、政界や財界の人から田中元首相はある種の愛着をもって見られている。その秘密の一端は、彼のこの名前を覚える才能があずかっているのではないだろうか。心理学的に言って、人間がある人の名前を忘れたということは、その人を重視していない証拠なのである。名前をおろそかにするな。

 

*笑顔で相手の心をひきつけよ*

 「四十歳を過ぎたら、自分の顔に責任を持て。」という。四十歳前の人相は、両親からの遺伝でいたしかたない。しかし、それも四十すぎると日ごろの心がけが顔のあらわれるという。

 年齢のかさなった柔和な顔をしている老人がいる。見ただけでホッとするような人がいる。反対に戦闘的な現実社会を生き抜いている人に柔和な顔を見いだすのはむずかしい。内心の思いが顔に出るのであろう。悲しいことである。

 宮沢賢治の死期近いころの詩に「病血熱すといえども」というのがある。そのなかに、

「諸々の秘心 かくの如きの悪相を現じ来って 汝が脳中を馳駆し あるいは一刻 あるいは二刻あるいは終に 唯これ修羅のなかをさまようにあらずや」

 という一節がある。人間は、修羅の妄執を脱却するのがむずかしい。

 宮沢のような法華経の行者でも、この妄執を脱するのはむずかしい。したがって、内部をよくしてから、それを外部に表すのは至難なことである。そこで、ここでもアウトプット思考でいく。すなわち、意図的に柔和な顔をする。私の友人にアメリカに十年生活したかたがいる。在米時代、鏡を見ながら、自分の笑顔をつくることに努力したという。

 日本には昔から「喜怒哀楽を顔に出すな」という教訓があった。これが武士あるいは男子の心得とされた。これをさらに、「喜怒哀楽を微笑とする。」としたい。どのようなときも柔和な微笑を顔にたたえるように自分をつくりあげるのである。

 アメリカでは、路上で見知らぬ若い女性に会うと、その女性はニッコリ笑う。一種のつくり笑いである。当方は面くらって、彼女は気があるのかと自意識過剰の思いが頭をよぎる。馬鹿笑いする必要はない。微笑は自分自身だけでなく、まわりの人にも太陽の温かみを与える。

 はじめはつくり笑いでもよい。お世辞笑いでもよい。そのつくり笑いが習い性となり、自然な笑顔に見えてくるようになる。『イソップ物語』にいう。北風は人の防護を固くする。太陽は人の懐を開かせる。微笑は人の心を開くのである。微笑は相手からの攻撃を弱める力を持っている。自分と相手の間にある氷壁を微笑は打ち破る。微笑は砕氷船である。笑う者は測るべからずという。つねに笑顔をつくっている人の心は測りがたいことをいう。かえって恐ろしがる人もいる。

 あなたも、自分の決断を実行に移すためには、部下や同僚に笑顔で接するとよい。あなたの決断がすみやかに実現されていくことは疑いないだろう。

 

*「ほめる」ことによって、部下を育てよ*

 大手電機メーカーのある専務は、つぎのように言う。「子供を育てることはおだてることである。」と。「そだてるをローマ字で書くとsodateruである。sをとるとodateru(おだてる)になる。」という。

 通常、「おだてる」はあまりよい意味ではない。「腹に一物をもって、ほめそやす。」ほどの意味である。しかし、「子をおだてる」ことには子供の芽をなんとしてでも育てようとする親心がある。子供はこのおだてにより、暗示にかかり成長に向かって努力する。

 わが子の場合はおだてでもよいが、一般の大人に対しては、「ほめる」ことである。その人間の心からの協力を求めるには、心から相手をほめるようにする。人の抜きがたい欲求に他人から認めてもらいたい欲求がある。これを承認欲求という。

 この承認欲求にこたえることが、対人的な決断や交渉において重要である。自分自身の決断もこの承認欲求の充足を求めての決断であることが多い。上司にほめられることによって、明日の勇気も沸いてくるのである。ちょっとしたことでもほめられると、それがてこの支点となって、つぎはその成果は数倍となる。

 ブレーン・ストーミングは集団の各員がアイデアを出し合い、創造的に問題解決をする方法である。たとえば、新製品の開発とかマーケティングの新戦略を案出する方法である。ここでの鉄則は、出されたアイデアを、けっして、他の人が批判したり、批評しないことである。その案の長所を相互に認めて、前向きにそれをとらえることである。

 このブレーン・ストーミングの鉄則を理解せず、自分の狭い経験を最良と考えているのか、他人のアイデアを自分の経験に照らして、口ぎたなく批判する人がいる。そのとき、批判の狭隘さを感じる。

 重要なのは新しいアイデアが出ることであって、それをつぶすことではない。組織のなかでマイナスの論理は、創造的でない、プラスの論理こそ求められるべきである。

 ある大手スーパーマーケットの商品企画部に呼ばれて話をしたことがある。当時、私は前述のポートフォリオ分析に関心を持っていたので、商品計画はポートフォリオ的発想の必要を強調した。

 私の講演後、質疑に入った。そのスーパーに出入りのコンサルタントが、私の話を批判してきた。一般的に言って、日本のコンサルタントは程度が低いのだが、ポートフォリオのポの字も理解しないで批判してきた。ばかばかしくて、議論するのを当方でかんべんしてもらった。約十年後、ボストン・コンサルティング・グループの出版した『プロダクト・ポートフォリオ戦略』が一世を風靡した。この戦略に問題がないわけではないが、少なくともポートフォリオ的発想を日本に定着させた功労は大きい。

 ほめることやその長所を認めることをしないことによって、貴重なアイデアが消滅していることは無数にある。アイデアだけではない。一個人の人生においても、芽を出し、花が咲くところを、芽の段階で摘みとられていることが非常に多い。読者のなかにも、アイデアがこのように摘みとられた経験は再三あったことだと思う。注意しなければならない。

 ほめられたあとの忠告はあまりにがくない。それは石鹸をぬったあとで、カミソリを当てるのとよく似ている。石鹸がなかったらたいへんである。それと同じく、ほめられることもなく、一方的に受けた心の傷は痛烈であり、いやしがたいものである。

 部下をほめてやれば、部下は育つ。ほめない上司は成長しない。部下もつかない。会社でもそうである。十年たっても、創業当時の規模の会社であるなら、その会社の社長はほめることを知らない人間である。

 

*相手の話をじっくり聞けば、セールスがうまくいく*

 ペラペラよくしゃべるセールスマンがかならずしも、よい業績をあげているとは言えない。

 トヨタ自販の神奈川県のディーラーに県下有数のセールスマンがいる。このかたはあまり口数の多くない朴訥な男性である。それでいて、セールスマンとしての腕前は他に並ぶ者がいないという。その秘密は、話し上手であるより、聞き上手なのだ。

 日本のセールスマンのやりかたは、欧米と違っているという。日本では、ベネフィット・セールス(便益販売)すなわち商品の長所を列挙して売る方法ではない。忍耐強く顧客を訪問し、信用を得てから販売ができる。

 あまりしゃべると軽薄に思われ、かえって信用されない面がある。しかし、アメリカでも、あまりしゃべるのはよくないという。相手にしゃべらせる、これがセールスのコツだと、セールスの教科書は教えている。

 自分でしゃべろうと思うのは誤りである。相手がしゃべることにより、自分の方に相手の情報が入ってくる。さらに、相手は、しゃべることによる快感を楽しむ。

 憂国のキリスト教思想家であった新渡戸稲造博士の著書に、見知らぬ日本人二人がたがいに話し合うということはほとんどない、これにより失われる情報交換は、はかりしれないとあった。これを読んで以来、著者は積極的に見知らぬ人にも話しかけるように努力している。

 人はそれぞれ自分の生活に関しての資料館である。その資料もじかの第一級の資料である。それは万巻の書に匹敵し、しかも、その個人に直接聞ける強みがある。人は、だれでも、すぐれた「生き字引」である。これをひかない手はない。

 先日、長崎で初対面の富永英昭氏なる人物にお会いした。彼の話によると、長崎に二百年前に渡来した南蛮オルゴールがある。彼は、これをベースにして、長崎の祭りなどの音を集録し、カセット・テープにして販売するつもりだと言う。題して「南蛮オルゴール」という。「商品としての完成品は、明日できるが、見本が手元にあるからあげましょう。」と言う。見も知らない私が貴重な一品をいただいてしまった。

 教え子の父親にO氏がいる。このかたは小学校四年しかいっていない。現在、売れに売れている銀メッキ製品を製造・販売している。終戦直後はアイス・キャンデーを自転車で売り歩いていたという。技術的アイデアを工夫するのが好きで、今日の製品を生み出した。

 彼は、「自分以外すべて、自分の先生である。」との思想を持っている。人間の練れている点はじつにすばらしいかたである。

 大学を出てしまうと「おれが、おれが。」ということになる。O氏の場合は社会が大学なのである。社会にいる限り卒業していないのである。

 人の説を聞くときは、ただ表面だけ聞いているふうではだめだ。重要情報が提供されているのだから、しっかりきくことこそ重要である。

 

*部下は、「あなたはだいじな人である。」と思われたい*

 人間のぬきがたい欲求に承認欲求があることは先に述べた。だれでも人に認めてもらいたいのである。馬鹿にされたくないのである。路辺の雑草にも生きる権利がある。まして人間には、である。

 どんな人でも「あなたはだいじな人である。」と遇されたい。ことわざに言う「男子はおのれを知る者のために死し、女子はおのれを愛する者のためにかたちづくる。」と。

 人の努力を求めるには、まず先に、その協力者を知り、その力を認める必要がある。利己的な考えが優先する現在、つぎのような話はなかなかできるものではない。それは部下の借金を肩代わりする決断をした男の話である。

 部下の中には一人くらい、ギャンブルで借金を作ってしまったというような人間がいるものだ。こういう人間に対する接しかたはむずかしい。

 突き放すべきか、肩代わりまでして面倒をみるべきか。もちろん借金の程度にもよるが、仕事にも支障をきたすようだと、対策を考えねばならぬ。

 某電機メーカーのN課長もそんな部下を持ってしまった一人。競馬に凝ってサラ金に五十万円の借金をつくってしまったという。が、立て替えられないことはない額だ。しかし、その金が確実に自分のところにもどってくるという保障はない。

 黙っていれば借金額は利子でどんどんふくらんでしまう。といって、肩代わりするのも危険だし、本人を"更生"させる根本原因にはならない。

 こんな場合、必要なのは緊急策と抜本策の両方を同時に策して、決断することだろう。N氏は、緊急策として自分の懐ろから十万円出すとともに、会社にかけあって残る四十万円を部下の名で前借りしてやった。それでサラ金に対する借金は返済できた。

 今後は会社とN課長に対して、部下の返済が始まるわけだ。N課長は、前借をかけあってやっただけでなく、給料天引きの返済計画から、日常の生活設計まで親身になって考えてやったという。これが抜本策だ。

 以後、その部下は仕事に励み、借金を完済、N氏を恩人として立て、仕事上の一番の腹心にもなっているという。

ギャンブルに凝って、禁治産者になるものは多い。ギャンブルは確率論と深い関係がある。確率論の創始者の一人カルダンもギャンブルに凝り、禁治産者となり、最後は自殺までしている。ロシアの文豪、ドストエフスキーもギャンブル狂であった。

 この青年は上司の思いやりにこたえた。Y理論型のよき上司であったN氏は、十万円でこの青年の立ち直りにかけたのである。この十万円の回収不能は、この青年の立ち直りができないことを意味している。この青年は、自分のことを認めてくれている上司の態度に発奮して立ち直ったのである。