人と交渉をするということ
(1995年ヴァージョン・中身は入れ替えてません、古いままです)

    

 「交渉」という言葉を聞いて、皆さんは何を思い浮かべますか。秋葉原での値引き交渉、日米交渉、会社間の交渉、夫婦間の交渉…。最後の交渉は、人によっては別の意味にとられかねませんが、私の意味するところは要するに夫婦喧嘩のことです。アッチの交渉についての文だと思って読んだ人、ごめんなさい。

 人が複数いるところに、交渉という現象を見つけるのはたやすいことです。どんな些細な頼み事でも、例えばペンを貸してくれと頼む、といったことでも交渉です。仮に、そういった頼み事を断られる場合を想定してみてください。ほとんど考えられませんが、ありえますね。あなたが目上の人に「ペンを貸せ」と命令形で言ったら、たぶん貸してくれないでしょう。このように、日ごろ、交渉として捉えていないようなことも実は交渉であったりしするのです。

 先の場合、ペンを貸してくれと頼み断わられた場合ですが、は交渉に失敗したと見てよいでしょう。格好よく言えば交渉決裂ですね。交渉決裂にはなんらかの理由が存在します。この場合考えられる理由は、あなたの態度や頼み方が悪かった、とか、相手がペンを貸せる状況ではなかった、といったものです。

 あなたの身の回りの出来事を考えてみてください。いろんな交渉が存在しませんか。ふと考えて思いつかないかもしれません。ちょっと一緒に考えてみましょう。

 あなたがテレビを観たり、電車に乗ったり、雑誌を読んだりしているとき、いろいろな広告を見かけませんか。多くの場合、あなたは広告に目は引かれてもせず、また目を引かれたところで、それを(モノであったりサービスであったりしますが)購入することはないと思います。

 ごく自然な行動のようですが、広告主の側からすれば、広告を出すということは交渉の過程の一つなのです。少し頭を柔らかくして考えてみましょう。渋谷でナンパをしようとします。逆ナンでもいいです。あなたは異性に声をかけますね(ひょっとすると同性の場合もあるかも)。そこで相手に無視されたとき、別の人に声をかけると思います。そして、話を聞いてくれた人に、次のレベルの話をしますよね。

 広告の場合もこれと同じです。不特定多数の人に広告というたメディアを使って、商売上のアプローチをしているのです。あなたが広告を目に留めなかった場合は、交渉が最初の段階で失敗に終わった、と言うことになります。

 このように考えると、現代社会での生活は交渉だらけということになります。今の社会、それだけ人々の利害が絡んでいるというわけです。それだけ多くの利害があるということは、多くの利害対立が起きてはいないでしょうか。

 実際、多くの場所ではそれらの利害が対立し、喧嘩、紛争、戦争といった直接的な手段や、村八分、シカトといった非直接的な手段がとられています。それらの方法が問題の解決の助けとなるかは私は知りませんが…。

 ここで、人がいるところに利害の対立がある、という命題を基に交渉を考えてみましょう。交渉を、利害対立を解決する手段として捉えるのです。喧嘩や戦争といった暴力的、武力的な方法ではなく、村八分のような陰湿なものでもない方法。そうです、利害の対立を平和的に積極的に解決しようという方法です。

 この考え方は、一部のイデオロギストの方々からは歓迎されないかもしれません。目的達成のためには武力衝突も辞さない人々何かがそうです。そういった人々は、交渉の必要性など感じないかもしれませんが、内部のとりまとめのためにも、交渉というものを知っておいて損はないでしょう。

 少し話がそれてしまいましたが、これまでのところの話を一言でいいましょう。「交渉を、利害の対立の積極的な解決策として捉えてみよう」ということです。

 近年、この交渉という人間の行動を研究する学問が発達しつつあります。「交渉学」です。ワープロで変換しても「考証学」と出るくらいですから、その知名度が非常に低いことがおわかりになると思います。僕が専門を聞かれて、「こうしょうがく」と言っても、ほとんどの人が「考証学」と勘違いするか、何の事かさっぱりわからない顔をします。それだけ交渉学は知られていないのです。

 これは、世界においてそうかというと実は違います。一昨年のノーベル経済学賞は交渉研究に与えられましたし、欧米の大学院では、特に政治・経済・心理・法律と言った分野では交渉の研究が数多くなされています。

 日本でも、司法試験に合格した人が行く研修所で、交渉学は教えられていますし、何と言っても、8年前(註、1988年に発足です)に発足した日本交渉学会が活発な活動を行っています。

 こういった活動の成果でしょうか、最近書店へ行くと、ハーバード流交渉術やユダヤ式交渉、ゲームとしての交渉…、と言った交渉関連の本がたくさん並んでいます。現在では少なくとも二、三十点の本が手に入るのです。 また、書籍のほかにも、企業の研修用のビデオ教材には、「勝つための交渉術」といったものまでがあるほどで、いよいよ交渉というものが重視されるようになってきたと言えそうです。

 このように本においてもよりメジャーになりつつある交渉学、それはいったいどのようなものなのでしょうか。政治・経済・心理・法律の分野での研究と言っても、どんな研究かさっぱりわかりませんよね。そこで、交渉の研究がどのようにされているか、少し紹介しましょう。(交渉学に関する少し詳しい情報については、文末に日本交渉学会での報告をまとめた文を掲載します。そちらの文の方を参照してください。)

 まずは、歴史から交渉術を学ぶことが挙げられます。織田信長、豊臣秀吉、と言った戦国の武将の行動を交渉力の見地から見直すのです。これは日本の人に限らず、ナポレオンやシーザーといった人や、ヒトラー、クリントン、ダイアナ妃等々、世間を騒がせた人ならだれでも可能です。それらの人の行動から、交渉の成功に秘訣や失敗の原因を探ることができます。但し、対象とする人の一面しか分からなくてはいけませんから、かなりの情報収集が必要とされるのは言うまでもないことです。

 次に、人間の行動を分析して交渉に役立てるというものがあります。ある状況において人間はどういう行動をとりやすいか、これをいろいろと調べるのです。一人のときや、複数でいるときでも、人のとる行動は異なりますよね。また、交渉をするときの態度、服装、ボディーランゲージなども研究の対象となります。この辺りは、心理学的な研究と言えるでしょう。

 また、人を利益を追求するもの、と捉えて分析する手法もあります。人があるものと別のものの二者択一に迫られたとき、より多い効用をもたらすものを選択する、と考えるのです。この場合の研究は、経済学におけるゲーム理論などでなされています。

 そして、実際の交渉を分析し、シミュレーションをして、モデルを作っていく交渉学、これが現在の交渉学の先端を行くのではないかとも思うのですが、があります。個々の場合場合について、ケーススタディーを行うのがここに含まれます。

 このほか、交渉力自体の研究もされています。場合場合における交渉術とは異なり、どんな交渉にも強い人とはどのような人か、ということについてを一般的に捉えたものです。これについては、日本の交渉学の始祖、ICU教授の藤田忠先生の著書「燮の交渉力」から「交渉力を構成する十二の因子」を引用します。少し長いですが参考にしてください。ちなみに「燮」は「やわらぎ」と読みます。

 1 信頼される個性

 交渉は信頼関係の上に成り立っている。この個性は生まれつきのものではない。
 2 計画力
 交渉では準備あるいは交渉計画が重要である。計画力あるいは準備できる力が必要である。
 3 商才
 チャンスと思ったら決断をする。商売にならないと思ったら逃げる。人に悪感情を与えずに好機をつかませるセンスが商才である。
 4 対立に耐える力
 日本人は対立(コンフリクト)に弱い。コンフリクトの上に安住できない。
 5 高い目標にかける勇気
 高い目標に人生をかける勇気のあるものは大成する。交渉も同じである。
 6 待つ知恵
 待つことは神の知恵なのである。忍の一字で待つこと。
 7 相手に心を開く力
 当方が心を開けば相手も開く。開かれた心でなければ、交渉は成立しない。
 8 洞察力
 人を見る目。偉大な人物は一目で相手を見ぬく。こういう人にかかっては仮面をかぶっても役に立たない。
 9 自信
 自分を説得できないから自身がないのである。自分を説得できない者が他人を説得できるはずがない。
 10 安定感のある人
 誰にでも愛されたいと思う人には安定感がない。八方美人がこれに当たる。安定感のある人でなければ交渉力はもてない。
 11 隣人愛
 自分ばかりよくなればよいという自愛の人は交渉に向かない。隣人愛が必要。
 12 誠実

 

 さて、これまで交渉学のおおまかな枠組みについて記してきましたが、実際どんな研究がされているのか、については全然わかりませんよね。情けない話ですが、僕自身も研究の最先端がどんなものであるのかよく知らないです。まぁ、大学で学ぶ物理や数学が、研究者のものとかけ離れているのは当たり前ですし、これから勉強していけばいいと思っているのでよしとしましょう。

 だた一つだけ確かなこと、僕が理解できる範囲ですが、をここに述べておきます。それは、交渉の研究が二者間から他者間へ移った、ということです。二者間から他者間、と言ってもよくわからないと思います。簡単に言えば、これまでは二人の人の間での交渉、または二つの団体の間での交渉の分析がなされていました。しかし最近は、より現実の世界に対応できる他者間の交渉を研究するようになったのです。

 

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