年の瀬。雪が舞うアルタイアの街の一角に、ボク達の住まいがある。
ボクは学校に通っている身だけど、友達を自宅に呼ぶことはしないので、訪ねてくる人などめったにいない。
でも今日は、意外な来訪者があった。
学校から帰ったボクを、メイド服姿のフィリィ(フィーリアの愛称)が出迎えた。
フィリィとは、ボク達と一緒に暮らしている使い魔で、本名はフィーリア・レイクロスという。ピンク色の髪とラピスラズリのようなブルーの瞳がマッチした、とても可愛らしい少女である。
使い魔というのは魔法によって生み出された半人半獣の生命体。そして使い魔は、主人に仕えることが役目なので、自分の意志を持たない。しかし彼女はクリエイタ(使い魔など生命体を生み出すことができる魔導士のこと、ここではフィーリアの作成者)に「娘」として育てられたため、自らの意志で行動することが出来る。使い魔の中では、ちょっと変わった存在だ。
ちなみに彼女の外見は、半人半獣というか九人一獣くらいで、人間と大差ない。ただ白猫の耳としっぽがあるくらいである。
ボクは鞄を傍らに置くと、とりあえずメイド姿のフィリィに抱き着いた。ハグってやつだね。まぁ実際はハグというより抱っこに近いけど。
聞くところによるとフィリィは、生まれつき身体に異常があるそうで、途中で成長が止まってしまったのだそうだ。そのため彼女は、実際の年齢とは異なり見た目は10歳くらい。なので身長160cm位のボクとは身長差がかなりあるので抱っこに近くなるという訳。
ボクが聞くと彼女は。
ほほー、鯛焼きらしい。この寒い時期にはぴったり。個人的にはフィリィを(別の意味で)おやつにしたいけど(笑)。
え?
ダイニングテーブルにおいてあった1個の鯛焼きを手に取ると、ボクはアグレッシブに、頭の方からパクリと
ん〜、この香ばしさと甘さがたまらないっ。
鯛焼きは1個だけだったので、当然、これを食べてしまえば彼女の分はない。
最後の1個なら食べる前に聞けって? 実はボクには秘策があるのだ。うふふ。
やっぱりそうきたね。外見に似合わずフィリィは甘いものはあまり食べないので、この程度は予想の範疇なのだ。
ボクは鯛焼きのしっぽの方を指さしながら、彼女を誘った。
名付けて、「鯛焼き☆KISS」大作戦っ。
どうでもいいケド、鯛焼きの頭を口に含んだままなのでしゃべりにくい。
ぱくり。
彼女の愛らしく小さな口が、しっぽ部分を覆い隠す。
だが次の瞬間。
一口だけ齧り、フィリィは鯛焼きから口を離してしまった。
引き留めるタイミングすら与えずシンクに向かう彼女。
・・・。
ぼーぜん。
そしてその後に湧き上がる悔しさ。
うう、あと少しだったのに・・・。
悔しさに任せてぎりりと奥歯を噛み締めるボク。その拍子に、フィリィが齧った跡から餡がはみ出て、ぼとりと落ちた。
さて、そんなこんなで鯛焼きを平らげた(さすがに落ちた分は捨てたけど)ボクは、鞄を担いで2階へと上がってきた。そして自分の部屋に入ると、どさっと鞄を放り投げる。
鯛焼きの件を引きずりつつ、とりあえずボクは普段着に着替えることに。いつまでも制服だと窮屈だからね。気分的に。
ぽぽいっと靴を脱ぎ捨てベッドに飛び乗ると、ボクは上着とスカートを脱ぎ捨てた。そしてクロースボックスからズボンとかセーターとかを引っ張り出し、いそいそと着込む。
ん、何か変だ。
よく見たら、ズボンに開けておいた穴からしっぽが出ていない。ううむ、ボクとしたことが・・・。
あ、ボクもフィリィと同じく使い魔の身体の持ち主だったりする。彼女と似たような、白い体毛に覆われた耳としっぽを持っている。もちろん他人に仕えるといったことはない、というか普通の人間だ。ボクが人間なのにどうして使い魔の姿をしているのか、それはまた別の機会に話してあげるね。
セーターに手と首を通し終えた、そのとき。
カサッ。
部屋の一角、ごみ箱の辺りから奇妙な音が聞こえた。
・・・、何か、いる。
ボクの三角形の耳は、確実に何者かの立てる音を聞き取っていた。
じー。
ごみ箱を凝視しながら、慎重に近づく。
間違いなく、このごみ箱の辺りに何かがいるはず。ボクの猫の耳が、そう告げている。
そしてごみ箱からの距離が50cm位のところまで近づいたとき。
さっ、と怪しい影がごみ箱の後ろから飛び出した。
出入り口の方へ走り去ろうとする、小さな影。
思ったより素早い、しかしボクの両目は、その正体をしっかり判別していた。
ボクの握りこぶしよりも小さい、白いネズミ。
チチチッ、と鳴きながら、それは部屋から退散しようとしていた。
ボクは果敢に、ベッドからネズミ目がけて飛びかかった!
走り去る影を追い、ボクの身体が宙を舞う。
ベッド、じゅうたん、脱ぎ散らかした服、出入り口の敷居。それらがボクの下を流れ去る。
だが。
ネズミは廊下に出た瞬間に方向を変え、ボクの追跡を振り切った。
目前に迫る、廊下の柱。
思わず目を閉じる。
だが無情にも。
ごんっ。
何も見えない空間、赤い黄色いフラッシュが
ボクの頭は柱と激突し、勢いを失った体はそのまま真下に・・・。
どすん。
遠のく意識の中、ボクは、自分がかなり間抜けなことをやってしまったことを認識した・・・。
ボクを呼ぶ声が聞こえる。
目を開けるとそこには、ボクの顔を心配そうに覗き込む、青い2つの瞳があった。
ボクが口を開くと、その2つの瞳に少しだけ安堵の色が現れた。
ボクはその問いに答えようとした。
しかし上体を起こそうとすると、頭にズキッと痛みが走る。ボクは思わず怯んでしまった。かなり
フィリィの小さな手がボクの額にかざされる。そして彼女が呪文を唱えると、頭のぶつけた部分がじわりじわりと温かくなってきた。
その人の持つ自然治癒力を高める魔法・・・そう、これは
魔法学校で教わった内容を思い返すボク。
あれ? でも何だっけ・・・、この魔法には欠点というか、注意すべき点があったような・・・?
と、そのとき。フィリィが魔法の詠唱を中断した。傷口に舞い降りた温もりの天使は飛び立ってしまい、後はいつも通りの感覚が戻ってくる。
・・・思い出した。いかな魔法でも、その人の消耗する体力までは補えない。一気に回復するということは、回復に使うために体力を一気に消耗してしまうことにほかならない。言い方を変えると、その辺を考慮せずこの魔法をかけ続けると、怪我人のケガは治ってもその人がふらふらになって動けなくなったり、最悪、癒されるべき怪我人の方がバタリと衰弱死してしまうことすらあるのだ。
名前や効能とは逆に、意外と恐ろしい魔法なのである。
・・・うし、説明できたっ。えっへん。
・・・魔法学のかなり最初に、「超初歩」として習った記憶があるけど。(汗)
しばらく横になり、体力が戻ってきた当たりを見計らって、フィリィがボクに問いかけた。
なるほど、当然の質問だ。
フィリィは警戒心ゼロで左耳を近づけてきた。
うふふふふ・・・。
だが次の瞬間。
玄関に何者かの足音が。
遠ざかるフィリィの横顔。
お、おにょれ・・・。
帰ってきたのはフィリィの予想どおり、アイ(愛の愛称)だった。
フルネームは霞ヶ峰・愛。
ニックネームはアイ。ってかこれ以上縮めようがないんだけど。
アイを出迎えるために階下へ行ってしまったフィリィが戻ってくるのを、ぼんやり待っていると・・・。
ちゅう。
音のする方を見ると、さっきのあのネズミがいる。
ボクと目が合うや否や、そのネズミはたたたっと駆け、ドアの隙間から室内に侵入していった。
真っ白な体毛に深紅の瞳。きっと
そしてさらに時間が経ち。
アイが2階にのっしのしと上がってきた。
さぁ聞くがいいっ。ボクの活躍劇をっ。
・・・あっさりスルーされた。
・・・本気スルーモードだ・・・。むぅ。
アイは本当にボクの話を無視し、自分の部屋に入って行ってしまった。
暇つぶし相手を失い、しばらくボクはぼーっとしていた。すると・・・。
身の毛もよだつ
どすん、どすん。ガシャーン。
ひとしきり破壊音が続いた後。
部屋の主でもあるアイが出てきた。随分とご立腹の表情、というか疲れ果てているようにも見えるけど・・・、で、肩で大きく息をしている。
目付きがこわい・・・。
ぽかっ。
ってことは、あの悲鳴はやっぱり・・・。
ぽかっ。
ぽかっ。
這うように逃げるボク。しかしアイは容赦なく馬乗りになりボクの動きを封じると、ボクの頭をボコボコ殴り始めた。
ボクがアイの全体重から解放されたのはその1分後。そして結局、またもやボクはフィリィの
ため息をつき、フォークで晩御飯のエビフライをつつきながらアイが応じる。
それって、ゴキブリだったよーな・・・。
フィリィが問う。しかしかあさんはトンデモない理由でその提案を却下した。
アイも応じる。
ってか、自分の娘をもっと信じようヨ・・・。
かあさんとアイが敵(?)に回ってしまった今、味方になってくれそうなのはフィリィだけ。
ボクは目配せしてフィリィに伝えた。
彼女は最初、キョトンとしていたが・・・、ややあって力強く頷いた。
うし、通じたらしい。さすがはボクの恋人だねっ。
ちっがーう!!
そーいうフォローはいれなくていいから・・・。
本題に話を移すかあさんに、フィリィが応じた。
アイとかあさんが腕組みをして悩んでいる。別にボクとしてはどーでもいーんだけど・・・。ネズミ、平気だし。
するとフィリィがすっごく魅惑的な提案をしてきた。
フィ、フィリィのお部屋で就寝っ!?
むっはー。このチャンスは絶対、モノにしないとだめだね、バチがあたるねっ!
間髪を空けずに手を挙げるボク。アイとかあさんが、すっごく呆れた顔になっている。でもそんなの関係ない♪
突然のボクの発言にやや戸惑いながら、フィリィが尋ねてきた。
ボクの返答に、アイが肩をすくめながら突っ込む。でもそんなの関係ない♪
フィリィは少々考えていたが、ややあって。
ボクの希望を受け入れてくれた。
すでにボクの妄想スイッチはON。空想の中でボクは、フィリィといっしょに布団に入り、彼女のパジャマを優しく脱がせていく。そしてその小さい身体を、壊れないようにそっと抱き締めながら、まずはその愛らしい唇をボクの口で・・・。
うふふふふふ♪ 今夜は寝かさないゾ♪
そして食事も終わり、待ちに待った就寝タイム。
ボクは、念願のフィリィの部屋で、二人っきりになった。
・・・。
アイと(血涙)。
翌日。ボクはかあさんから、夜中に絶叫しないようにきつく叱られてしまった。
ボコボコにされた顔をフィリィの魔法で治してもらった後、ボクは学校へと向かった。
そして学校の授業は終わり、部活も終えて帰宅。体力的にちょっときつい(汗)。回復の魔法で体力、使い過ぎたからねぇ。
さぁ栄養補給だっ。
ボクがキッチンを覗いてみると、フィリィが手のひらに何かを乗せ、もう片方の手を近づけている。手の位置は胸の前、何かを大切に抱えているかのような図だ。
あれはもしかして・・・。
近づいて確認。フィリィの右手の中にいたのは、あのネズミだった。左手にはニンジンのヘタ。ネズミはそれを一所懸命ボリボリと
ネズミは長いリボンで体を
聞くところによると、目が覚めたときには、ネズミはフィリィの手と布団との間でじたばたしていたらしい。そこで彼女は、アクセサリのリボンをほどいてネズミに結わえ付け、自分のしっぽに繋げて逃げられないようにしたのだそうだ。鈴はなぜかネズミのそばに落ちていた、とのこと。
案外、フィリィに鈴をつけるのが目的だったり・・・?
でもこれ、なかなかおもしろそうなオモチャだ。
ボクもフィリィと同じように、しっぽの根元にネズミを繋げると、とりあえずリビングに向かった。歩いている間はリボンの長さが足りないので、ネズミは宙ぶらりんに・・・なるかと思いきや、しっかりボクのお腹の辺りにしがみついていた。何だか妙に人間慣れしているなぁ・・・。
コタツに入り、テーブルの上においてある蜜柑に手を伸ばすと、ネズミもテーブルの上に登ってきた。
試しに、剥いた蜜柑の皮を与えてみると・・・。
ネズミは端っこの方の臭いを嗅いだだけで口をつけなかった。意外と
と、その直後。
ネズミは蜜柑の皮の上で、食事中には相応しくない行為に及んだ。
よりによってこのボクがおやつを食べている目の前で・・・っ! これはボクに対する宣戦布告に違いないっ。
かくして、ボクとネズミの壮絶なバトルが始まった。
ドタバタ、ちゅーちゅー。
逃げ惑うネズミ。追いかけるボク。完全に弱者と強者との立場がわかれている戦い。しかしネズミはすばしっこく、ボクの手から見事に逃げ続けた。
ふと気づけば、いつの間にか和室の入り口にアイが立っていた。隣にはロビン(ロバートの愛称)もいる。
ちなみにこのロビンというのは、うちに居候している傭兵である。今は酒場の用心棒だけどね。本名はロバート・バーン。
短めにセットされた金髪が印象的な爽やか風の男だが、実はかなりの肉体派だ。そして無類の酒好き。蕭家唯一の男性でボクらのお兄さん役でもある。
ボクの言を聞いて、アイは手で額を押さえ、溜め息をついた。
そういえばこのネズミ、ボクのしっぽと繋がってたんだっけ。
・・・おにょれっ。そーゆーアイだって、脳みそより二の腕の方を鍛えているくせにっ。直接言ったら多分絞め殺されるけど。
アイの長ったらしいせりふを黙って聞いていたロビンが口を挟んできた。どうやらロビンはボクの味方になってくれるらしい。
・・・。
信じたボクが馬鹿だった。
その後、アイはここでは寛げないからと言い残し、洋室の方のリビングに行ってしまった。ネズミとのバトルで荒れてしまった和室のリビングには、ロビンとボクとが残されている。
ちゅーちゅーちゅー。ボクとのバトル以降おとなしくなっていたネズミが、急に騒がしく鳴き始めた。もしかして人間の言葉が分かるのだろうか。
ほほー。それは初耳。
なるほどねー。ロビンのことだから、お金が全部酒代に消えて、仕方なく野鼠を捕まえてご飯にした、ってあたりかな。
ボク達はネズミに相応しい名前を考えるべく、うんうん唸り始めた。当のネズミは、リボンがピンと張るくらい、必死になって逃げようとしている。
ちゅーちゅー。
ちゅーちゅー!
何だか鳴き声の必死さがレベルアップしたよーな・・・。
メモを前に虚空を睨んでいるロビンの横で、ボクもリスト作りに取り掛かった。
ボクたちが悩んでいる間、ネズミはコタツにもぐりこんでガタガタ震えていた。
ボクは彼のリストを覗き込んだ。
そりゃ、酒好きのロビンにとってはぴったりだろうけど(笑)。
こらこらー。
ロビンが茶化すように感想を漏らす。ボクも笑いながらそれに応じた。
ロビンが肩をすくめる。
いや待って、それ、ボクがすべきリアクションだから。
今度は後頭部をぼりぼり掻くロビン。
あさっての方向を見たところで、ごまかせないゾ?
ロビンは頭を掻くのをやめて、ボクのリストを覗き込んだ。
ややあって。
どうやら彼の頭の中では、2つにまで絞れたらしい。うし、後はボクが独断で・・・。
ちなみに判断基準はボクの「気分」。今はどっちかと言うと、グリル料理を食べたい。
そのとき。母さんが仕事から帰ってきた。そして玄関から、ボクを怒鳴りつけた。
・・・そーいや、カバン、玄関に放り出しっ放しだったっけ。
ボクはネズミをコタツの足につなぎ止め、忘れてしまわないようにリストの『グリル』にチェックマークを付けると、カバンを処理しに玄関へと向かった。
2階の自室に戻ると、ボクはカバンを放り投げ、ずっと着っ放しだった制服を脱ぎ捨てた。ネズミに夢中になってたから気にならなかったけど、今にしては随分と窮屈だったからね。
普段着の袖に腕を通しながら、ふと気になってごみ箱の方を見てみた。
床をたたたっと駆け抜ける姿が思い出される。
柱に頭をぶつけ、回復してもらった後、アイの部屋に逃げ込む姿が脳裏に蘇る。
フィリィに取っ捕まって、餌をもらっていたんだっけ。
ボクは机の上を見た。今は本やノートが平積みになっている。
ボクの想像力は、その積まれた本の陰からこちらを窺うグリルを生み出した。
空想の中のグリルは、ボクの姿を見るや否や、机から飛び降りボクに駆け寄る。そしてボクの体をよじ登り、頬擦りをした。
手で包むように、グリルを優しく抱き抱えると、グリルは指の隙間から顔を突き出す。そして野菜の切れ端をあげると、グリルは両手でそれをつかみ、もしゃもしゃと食べ始めた・・・。
普段は開かれることのない百科事典。積もったほこりを吹き飛ばすと、ボクはそれを開いた。
ぱらぱらとページをめくると・・・。
科だか目だかの専門的な説明が並ぶ。その後に。
つまり、餌は残飯でおっけー、と。
ボクはバタンと事典を閉じると、それを本棚に戻した。
後はかあさんさえ説得できれば、グリルを新しい家族の一員に迎えられそうだ。うふふふふ・・・。
その時。
階下から、フィリィがボクを呼ぶ声がした。
夕食。
それはこの世で最も甘美な響きを持つ言葉。
・・・なんつって。
ダイニングと廊下とを仕切る扉から顔を覗かせるボク。ダイニング中央にでんと鎮座するテーブルには、所狭しと・・・言うほどじゃないけど、いろいろな料理が並んでいる。
フィリィやかあさんはもちろん、ロビンとアイも既に席に着いている。居候2人と、ボクの将来のお嫁さん(ぁ)含め、蕭家全員集合である。
おおー。豚肉かぁ。良いねぇ。
っと、いけない。忘れるところだった。グリルの件、いつ切り出そうかな。
何だろう・・・?
からかい半分のアイの言葉は無視。
フィリィが指さすその先には・・・、ちょっと小さめの、「焼き網の跡」が付いたハンバーグがあった。
フィリィが申し訳無さそうに、ボクに説明する。
・・・、まさか・・・!
恐る恐る聞くボク。するとフィリィは。
1枚の紙切れをヒラヒラさせながら聞き返してきた。
その紙はまさしく、あのときコタツの上に置きっ放しにしてたリストだった。
目の前が、真っ暗になる錯覚。
う、嘘・・・、だよね・・・?
ハンバーグの上に、
グリルはこちらの方へ首を傾げ・・・、そして、幽霊のようにすっと消えた。
思わず喉が詰まる。今の今までご飯の匂いに反応していた腹の虫も、完全に鳴き止んでいる。
ややもするとこぼれそうになる涙を、ボクは必死に堪えた。
ボクのただならぬ雰囲気に、ロビンとかあさんが反応した。
喉の奥から無理やり絞り出すようにして、やっとのことで出てきた言葉。フィリィは一瞬、どう答えていいか分からない、という表情を見せたが。
無邪気な口調で肯定した。
信じられなかった。
かわいらしい顔をしたフィリィが、包丁を手に、暴れるグリルをまな板に押さえ付け・・・。
ボクは耐え切れず、目頭を指で押さえた。
無理だ、無理だよ。いくらフィリィが作ってくれた料理でも、食べられるワケないよ!
ちゅう。
今この状況のせいかその鳴き声には、1週間外界を
ちゅうちゅう。
再び、幻のネズミが・・・、ん? 今、本当に聞こえたような・・・?
声の主、フィリィの方へ顔を向けると、そこには・・・。
彼女の胸元、紺色のメイド服の下から、もぞもぞと這い出そうとする1匹のネズミの姿が。
あ、あれ・・・?
じゃ、じゃあこのハンバーグは・・・。
必死に服の中にそのネズミを押し戻そうとするフィリィだったが、当然、アイや母さんの目に止まらないはずもなく。
あわてて弁解するはめになっている。
ボクは疑問を口にした。
おーさすがフィリィ、ボクがタマネギ嫌いだってこと、ちゃんと覚えてくれてたんだ。
って、そうじゃなくて。
よかった・・・。そういうことだったんだね。
安心すると、堪えてた涙が急にぽろぽろ落ち始めた。
ロバートが驚きながらボクに声をかける。ボクは笑いながら(半分は照れ隠しだけど)答えた。
アイが問い返す。するとロバートが、テーブルのジョッキに手を伸ばしながら代返してくれた。
それを聞いて、今度はフィリィが納得した。
さすがフィリィ、理解が早い。
しばらくの間、蕭家の食卓は、暖かい笑いに包まれた。
ボクが食事を半分ほど済ませたころ。グリルの話題はまだ続いていた。
アイの感想に、フィリィが理由を付ける。
そしてロビンの疑問に、答えを出している。
そろそろ、頃合いかな・・・?
おお。アイがすごく話題を振りやすい台詞を・・・っ。
ボクはそれに答えるように口を開きかけた。しかし。
なんと、かあさんが先制攻撃を仕掛けてきた。
ここで負けてなるものかっ。ってわけで無理やり提案。
しかしかあさんは、にべもなく却下した。
むぅ。
いきなり話題に登場させられたロビンが、少々慌てながら応じる。するとかあさんは。
むうぅ。
フィリィは、なぜ自分が話題に登場したのか、分からないといった態度。
やばい、ボケが通じてない・・・っ(汗)。
微妙にテンション下がり気味のボクの横で、ロビンが口を開いた。
むむ・・・。話題が良くない方向に・・・。
よし、ここは強引に軌道修正かけちゃえ。
あっさり却下された。かあさんには、これっぽっちも、うちで飼う気はないらしい・・・(泣)。
フィリィが口を開いた。
学校で飼育、か・・・。それはありかも。さすがフィリィだ♪
結局、うちで飼うというボクの目論見は、潰えることとなった。
それにしても「連絡」って・・・。政治家という立場を濫用している気がするゾ・・・。ま、いいケド。
学校へグリルを連れて行くと、たちまちクラスで話題になった。そしてその日のうちに・・・。
ちゅー!
隣のクラスの女生徒が叫ぶと、それに応じるようにグリルが鳴いた。そして、その女生徒の胸に向かって大きくジャンプ・・・!
しかしグリルの体は空中でぴたりと止まり、直後、円弧を描いて落下した。
そーいや、リボンで繋ぎっぱなしだったなー(汗)。
事情を聴くところによると、このネズミは彼女の家で飼っていたらしいのだが、3日ほど前、巣箱を掃除している間に脱走してしまったらしい。多分ネズミ本人は、脱走というより、単に好奇心の赴くまま行動してただけなんだろうけどね。
ボクはその女生徒に、マイキーを手渡した。もちろん、ときどき会わせてもらうという約束も一緒に取り付けておくことも忘れない。
かくして、蕭家のネズミ騒動は幕を閉じた。
それにしても、もし、本当に食べちゃってたら・・・。
いや、想像するのは止めておこうっと。