ナポリ・カプリ・ポンペイ | ||||
---|---|---|---|---|
※![]() |
||||
◎サムネイルをクリックすると画像を大きく表示します。 (拡大画像の左右下方部分で拡大画像の上にマウスポインターを当てると 「<」(一つ前を表示)、「>」(次を表示)のタグが現れます。 |
||||
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
二月十八日、ナポリにて。 「・・・十七日にボンペイの遺跡を見に行った。・・・・遺跡のいろいろな発掘もおもしろくはあったが、こういう町が土に埋もれていて、その上が葡萄 畑になり、千何百年かの間、人々がその上で何にも気づかずに葡萄を作っていたということが、私にはひどく興味あることに思えた。ここはすで に発掘したからその間の関係が明瞭であるが、しかしまだ発掘されないところは、そんなものが埋っていると誰も気づかないところのことを思うと、 妙な気がする。気づかない限りそんなものはないのである。そういう場合には、ボンペイの町の何尺か上で葡萄を作りながら、地下のそんなもの があるとは全然思っていなかった人と、我々もまた全然同じ立場に立つのである。そういうことがいかに多いだろう。いや、そういうことのほうが多 いのではないか、そんなことを考えながら私はヴェスヴィオの裾野をながめていた。・・・」・・・・・・和辻哲郎 著「イタリア古寺巡礼」より |