洋上のアルプス 屋久島 宮之浦岳(1936m)
    
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板付〜鹿児島間 撮影場所:YS-11から 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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桜島を眺めながら 撮影場所:鹿児島空港 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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鹿児島湾口に向かう 撮影場所:屋久島航路船上から 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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遠くなる桜島 撮影場所:屋久島航路船上から 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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長崎鼻の向こうに開聞岳 撮影場所:屋久島航路船上から 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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穏やかな錦江湾 撮影場所:屋久島航路船上から 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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美しい開聞岳 撮影場所:屋久島航路(安房←→鹿児島) 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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宮之浦の港 撮影場所:屋久島航路(安房←→鹿児島) 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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屋久島安房の港 撮影場所:屋久島航路(安房←→鹿児島) 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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鳥居とウイルソン株 撮影場所:ウイルソン株 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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ウイルソン株の前で 撮影場所:ウイルソン株 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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はるかに見える宮之浦岳 撮影場所:小高塚岳の稜線 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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宮之浦岳 撮影場所:  撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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永田岳 撮影場所:宮之浦岳 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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宮之浦岳 撮影場所:宮之浦岳 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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宮之浦岳 撮影場所:宮之浦 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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宮之浦岳を背景に 撮影場所:宮之浦 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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宮之浦岳を背景に 撮影場所:宮之浦 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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宮之浦岳を背景に 撮影場所:宮之浦 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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永田岳 撮影場所:宮之浦 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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宮之浦岳山頂標 撮影場所:宮之浦岳山頂 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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宮之浦から眺め 撮影場所:宮之浦岳山頂 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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宮之浦から眺め 撮影場所:宮之浦岳山頂 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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宮之浦から眺め 撮影場所:宮之浦岳山頂 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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ウイルソン株 撮影場所:ウイルソン株 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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ウイルソン株 撮影場所:ウイルソン株内部から仰ぎ見る  撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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さよなら 宮之浦岳 撮影場所:  撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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安房の港を最後に 撮影場所:屋久島航路(安房←→鹿児島) 撮影日時:1969/12/26-1970/01/04
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【鹿児島県熊毛郡屋久島町・宮之浦岳】

【メンバー】CL M/K、S/A、Y/I、T/M,

【日付】1969年12月28日〜1970年1月4日

【行程概略】
12月28日 5:32  名古屋空港8:10-8:50発〜10:05板付(福岡)飛行場10:20〜11:00鹿児島空港
12月29日 鹿児島港8:23〜13:30宮之浦港13:40〜14:35安房港       清水旅館泊
12月30日 安房7:20〜8:05安房登山口〜8:25〜9:55荒川ダム〜12:20小杉谷荘(小杉谷小・中学校跡)
        ウイルソン株見学
12月31日 前進基地までアプローチ
 1月 1日 9:00〜10:50宮之浦岳山頂11:20〜12:30〜13:25         小杉谷荘
 1月 2日 小杉谷荘5:30〜8:30〜12:40楠川     安房港13:30
 1月 3日 鹿児島港10:00         夜行列車:西鹿児島〜鹿児島本線〜鳥栖〜福岡〜山陽本線
 1月 4日 名古屋 帰着

【コメント】
 長期出張から帰ると先輩から“宮之浦岳山行”の誘いを受けた。
 当時としては海外に出かけるような・・・・、飛行機の利用も初めてだった。
 往路は、名古屋から福岡乗り換え鹿児島を経て屋久島空港までの予定だった。
 福岡での乗り継ぎ時間が短いと言うことで、スチュワーデスが4人分の大きなザックは機内ボーディング・ゲートの近くに置かせてくれた、
 現在と比べると、なんとも大らかな対応を記憶している。
 鹿児島空港までは順調に到着したが、その後屋久島空港の風の状況が悪く欠航となり、急遽鹿児島で一泊、
 ※当時の屋久島航路は5,6人乗りの小型機で横風に弱かった。
 翌日も飛行機は期待できず船で行くことに、穏やかな航海で錦江湾の風景・桜島・開聞岳・イルカの群れ等々美しい光景に見とれ
 楽しい時間がとれてかえって良かったように記憶している。
 宮之浦港経由安房の港に接岸
 安房の清水旅館に入り、町内で食料等の調達、肉屋での会話の中で宮之浦登山を知った店主が翌朝登山口まで車で送ってくれる事に、
 とてもありがたいお話を甘受。
 林用軌道沿いに登る道は、小杉谷荘まで
 屋久島では、樹齢1000年以下は一人前?の杉としては認められないそうです、
 途中三代杉を見る、林用軌道から分かれて暫くのところにある
 今よりおよそ3500年前に一代目の杉が生えて約2000年生き、二代目はその倒木の上に偶然発芽。親木を肥やしとし約1000年生き、三代目は株より芽を出した一本の苗が成長し、
 現在約500年程の樹齢だそうですが・・・・・
 小杉谷荘には先客が4,5人居たが何れも、延岡方面からだと言っていたが、宮之浦岳の登山では我々だけだった。
 
午後の時間を利用して、ウイルソン株と言う珍しい巨杉の切り株があると言うので見学に
 ※樹齢3000年、根廻り32m、胸高直径4.39m古株の中は空洞になっていて、広さは10畳ほどの大きさです。
   米国の植物学者アーネスト・ヘンリー・ウイルソン博士によって世界に知らされたのでこの名がついています。
  1586年(天正5年)牧村の五郎七が足場を組、豊臣秀吉の命令により京都の方向寺建立の為に切ったとされているそうです。

 南の島にも雪が降る、一夜の大雪で登り・下山に苦労を予測して、稜線上で一泊(テント泊)の予定でアプローチ
 途中、最近発見されたばかりと言う“縄文杉”を見学しながら登る、

   ※1966年5月、上屋久町小杉谷の標高1300メートル地点で、樹高30m、根廻り43mの縄文杉が発見されました。発見された当時は、
     発見者(岩川さん)の名前をとって大岩杉と呼ばれて、取材した新聞記者が縄文土器の火焔土器に似ているということからこの名前を付けたと言われているそうです。
      推定樹齢は7200年、世界最古の植物ともいわれているそうです。現在、縄文杉は一般の人の手には触れることがでないそうですね。

 元旦は、天候に恵まれ雪深いながらも快適な頂上アタックとなった、心配していた雪も降らず前に降った雪も締まっていて雪上歩きも
 そんなに苦になるほどでもなかった。頂上では我々パーティの独占状態、目の前の永田岳にも行って行けない?が帰りの行程と雪の状況
 を考慮し断念した事だった、先の飛行機の欠航によるロスタイムがこんなところで重くのしかかってきたのだ。
 名残惜しい宮之浦岳には去りがたい気持ちを残して下山へ。

 帰りの船の時間まで地元の方が(岩川貞次氏?)楠川方面を案内してくださるとの事で、出かける”ガジュマル”と言う、上の方から根が
 降りてくるように繁殖する珍しい木を見る、本土と違って亜熱帯植物も普通に見られるのです。屋久島杉のお土産(表札)も調達した。

 船は出港したものの何かトラブルがあったとか(錨が片方切れた?)ローリングして甲板を洗うような時化に遭い遅れに遅れて翌朝鹿児島港に入港したように記憶、
 三等船室で軽い船酔いにも遭って往路とは違って非常に長い航海となってしまった。

 帰路は、鹿児島から延々、夜行列車の旅となった、鳥栖で長崎の実家へ帰省するS/Aさんと別れる。