ただいまぁ、という声が遠く聞こえ、せつなはふと、自分がうとうとしていたことに気が付いた。 居間のソファの上で、せつなは横になっていた。庭へと続くガラス戸は網戸だけにしてあり、風通しはよい。照明の上に取り付けられた大型のファンがゆったりと回ってる。 「なーに昼寝してたの?・・・あれ、クーラーつけてないんだ」 開け放しのドアを通りぬけ、図書館に行っていたほたるが姿を現す。せつなは起き上がり、ソファに座りなおした。 「ええ、風が出てきたからさっき消したの」 「風はあっても暑いよぉ外。日差しがすごいもん」 ほたるは持っていたトートバッグをせつなが座ってないほうのソファに軽く放り、テーブルに置いてあった表面のうっすらと曇っているグラスをとりあげ、中の飲み物を一口あおる。 と一瞬、ん、という顔をした。 「・・・ああ、やっぱこれか。せつな好きだよね最近」 グラスをテーブルに置き、代わりに傍においてあった五百ミリリットル入りのペットボトルを取り上げた。中身が三分の一ほど残っているそれには、白い地に商品名のシンプルなロゴと、小さくグレープフルーツの絵が描いてある。 「安かったからちょっと買ってみたんだけど、結構気に入っちゃって」 「でもちょっと苦いじゃん」 「そこがいいのよ、大人の味ね」 どーせ私は子供ですよ、と軽くすねるほたるに、冷凍庫に氷イチゴがあるわよと伝えると、即座に機嫌を直して取りに行った。 「――そういえば、スモールレディたちとの海水浴はあさってだったっけ?」 氷イチゴのカップを手に戻ってきたほたるは、せつなの隣に座ってさっそく付属の木の匙の包装紙を破り始めた。 「うん、そう。 ――せつなも来ればいいのに、海水浴」 「いいのよ私は。たまにはどこにも行かずに、ゆっくり夏休みを過ごしたいの」 そんなのつまんないじゃん、とほたるは笑った。 「・・・ま、そうやってのんびり昼寝してるせつなも、珍しくていいけど」 せつなも軽く苦笑する。 ・・・実際、ここ数年の夏はめまぐるしかった。ことあるごとに敵の襲来があり、休むどころか息つく暇すら無いくらいだった。 だが先日調べた限り、今年はどうやら何も起こりそうにない。久々に何の気兼ねなしに、休暇を過ごせそうだった。 カチカチに凍った氷イチゴを相手に木の匙で格闘するほたるを、せつなは見やる。 ・・・この子だって、少なからず戦いで辛い経験をしてきたのに。 今は本当に、ごく普通の子供として、夏休みを楽しんでいる。 ――強い子だ、本当に。 せつなの口元に、ふと笑みがこぼれた。 「もう少したったら、夕飯の買い物につきあって」 一旦二階の自室に向かおうと立ち上がったほたるはいいよ、と応え口に匙をくわえたまま左手に氷イチゴを持ち、右手で再びバッグを拾い上げた。 こぼさないようにね、とその背中にせつなが呼びかけると、はーいといういくぶんくぐもった答えとともに、トトトという軽やかな足音が階段を上がっていった。 せつなはペットボトルの残りをすべてグラスに移し、一口飲んだ。すっきりとした甘みと炭酸とが、わずかな苦味を引き立たせる。溶け残った氷が、中でカラリと透明な音を立てた。 グラスをテーブルに戻し、再度ソファに横になる。買い物はもう少し日がかげってからにしよう。 ゆっくりと流れる時間の中で、せつなは再びまどろみだす。 どこかの家の軒先で、チリン、と風鈴が鳴った。 (終) |
'05.10.29 by かとりーぬ