Silent Night
 
  ──牧人(まきびと)羊を 守れるその宵
     たえなる御歌(みうた)は 天(あめ)より響きぬ
     喜びたたえよ 主イエスは生まれぬ

 瀟洒な教会の小さな礼拝堂に、古びた足踏みオルガンの柔らかな音が響きわたり、席を7割方埋める信者達の歌声が、今宵、
聖夜の訪れをしめやかに祝う。

 讃美歌が終わると、会席者達は木製のベンチをきしませながら各々席に着いた。
しばらく黙想が続いた後、白い法衣に身を包んだ初老の牧師が、黒い皮の表紙に金の装飾が型押しされている大きな聖書を
小脇に抱えておもむろに立ち上がり、正面の壇に上っていった。そして集まった会衆をゆっくりと見回し、口を開いた。

 「今夜こうして皆さんとイエスの誕生をお祝いすることが出来ることを、私は大変嬉しく思います。
まず最初に、この機会を持つことが出来ましたことを、神に感謝いたしたいと思います」
軽く黙祷したあと、牧師の説話が始まった。
イエスは今から約2000年前、ユダヤのベツレヘムでその生を受けた。処女マリアが聖霊によって身ごもった神の子であるイエスは
神の教えを世に広め、しかし民衆を扇動したとして咎められ、罪人として処刑されたのだった。

 「・・・では、なぜ神の一人子(ひとりご)たるイエスが、暖かい王宮の寝室の中でなく、町外れの宿屋の、しかも馬小屋で
お生まれになったのか、皆さんお判りでしょうか。
それは、イエスが後に、神に等しい存在でありながら十字架にかかって下さることにより、自らの身を犠牲にして
我々人間の罪を一切引き受けて救いをもたらしてくださるメシアであるということの、ひとつの証であったわけであります──」

 ──メシア。
 今まで席でじっと牧師の話に聞き入っていたせつなは、その言葉に思わずびくりと顔を上げた。
そうして、隣りに座るほたるの横顔をそっと見た。

 壇上の牧師を、あどけないが真摯な眼差しで見上げて話を聞くほたるは、それを知らない。
だがせつなにとっては忘れもしない──忘れられる筈もない。
かつてほたるが『メシア』と呼ばれた日の事を。

 ほたるがまだ12歳だった頃──隣りにいるほたるが現在6歳であることを考えると何だかおかしな話のようだが、確かに
かつてほたるは12歳であったのだ──彼女には2つの存在が宿っていた。
一つは外宇宙・タウ星系から地球を侵略しに来たデス・バスターズの尖兵ミストレス9。
そしてもう一つは、破滅の星・土星を守護に持ち、滅びの瞬間に姿を現し全てを無に帰す『沈黙の戦士』セーラーサターン。

 二つの存在はほたるの中で激しくせめぎ合った。
ミストレス9はほたるの身体を奪い地球を我がものとすべくその触手を伸ばし、セーラーサターンは邪悪な存在と
それに取り憑かれた世界に終焉をもたらすため、土萠ほたるの中に転生し、そして覚醒した。
その狭間でほたるの魂は翻弄され、その身体は衰弱していったのだった。

─沈黙のメシア─
 
 それはほたるに取り憑いたミストレス9への呼称であり、そして同時に、平和と安らぎではなく死と滅びという名の救いをもたらす
影の救世主としてのセーラーサターンのことをも、暗に示していたのかもしれない。
その二つの存在がほたるにとってどんなに重みだったであろうかと思うと、せつなは胸が痛んだ。神の御子であったイエスならまだしも、
ほたるは12歳の普通の少女であったのだ。
世界を滅亡に導く存在を二つもその内に抱えたほたるの苦しみは、自分にも完全に理解することは永遠に出来まいと、せつなは思った。

「イエスは神に等しい存在でありながら、私たち罪深き人間の所まで降りてきて下さり、しかも死の泥沼の中に落ちることにより、
私たちを罪の泥沼から救ってくださいました。
イエスの人間に対する深い愛があったからこそ、これはなされたのです──」
説話を遠く聴きながら、せつなの思いは過去の戦いへと誘(いざな)われていった。 


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'99.01.06 by かとりーぬ