クリスマス礼拝が終わり、せつなとほたるは帰路に就いた。
スチーム暖房のよく効いた教会から足を踏み出した二人を、外気の身を切るような冷たさが捕らえた。礼拝が始まった頃はまだ西日が街を赤く染めていたのだが、今はもうすっかり真っ暗になってしまっている。その中で、街路樹にちかちかとイルミネーションの光が明るくまたたいていた。

   時折強い風が吹き抜ける並木道を、二人は何となく黙ったまま歩いた。
大通りに入ると、辺りにはお祭り騒ぎめいた華やいだ雰囲気が漂っていた。
街一面に緑と赤のきらびやかな装飾が施され、あちこちで嬌声がおこり、ツリーが派手に輝き、あちこちの店頭で何人ものサンタやトナカイ達が声を涸らしてケーキやらプレゼントやらの売り尽くしセールをやっていた。
道行く人たちは半分以上が二人連れで、そんな街の様子が目に映っているのかいないのか、互いに見つめ合い寄り添い合って何とも楽しげに歩いていくのだった。
ぶつかりそうになりながらすれ違った、10センチはあろうかという高いヒールのブーツを履いた若い女性が、隣の髭面で耳と鼻とにピアスをした男性に大胆にしなだれかかるのを見て見ぬ振りをしながら、せつなは物思いに耽っていた。
 

*            *

   クリスチャンであったせつなの母は、まだせつなが赤ん坊だった頃、彼女に洗礼を受けさせた。
だから週に一回教会に行くというのは、彼女にとってごく幼いときから普通の習慣であったのだが、ここ数年は大学やら研究やら、
そして最近ではセーラー戦士としての使命も相まって、いつの間にかなかなか行けなくなってしまっていた。

   赤ん坊に戻ったほたるを育てることになったとき、せつなはほたるに宗教教育を施すかどうか少し悩んだ。
せつな自身は選ぶ余地もなく洗礼を受けさせられたことを別に恨んではいなかったが、ほたるにはしかるべき時期になったら自分で道を選ばせようと考えて、特に教会に行くことを勧めたことはなかった。
ところが、今日はさすがにクリスマスイブなのだからしばらく振りにと思い立ち、ほたるは取りあえずはるかとみちるに預けて一人で礼拝に行こうとしたところに、 何故かほたるはどうしてもつれて行けと言ってせつなの足にすがりついてきた。もう少し大きくなってからね、とどんなに言い聞かせても全く聞かなかったのだ。
キリスト教のことはそれこそおとぎ話程度にしか知らないはずだが、好奇心旺盛なほたるのことだから、せつなが時々行く「きょうかい」というところに何があるのか、ただ単純に知りたかったのだろうか。
クリスマスイブという日の特別な空気が、ほたるの興味をさらに煽ったのかもしれない。
結局、静かに出来ると約束できたらね、と言い聞かせて連れてきたのだった。

*             *

 初めてなら日曜学校にでも連れていった方が良かったのかもしれない。もっとも、イブ礼拝の子供の部は既に午後早いうちに終わってしまっていたし、賢いほたるは、幼いながらもよく牧師の話を聴いていて、そして理解してもいたようだった。
「──ねぇ、せつなママ」
不意にほたるは立ち止まり、せつなの顔を見上げた。
「ん?なぁに?」
「・・・イエスさま、こわくなかったのかな?」
唐突な質問に一瞬驚いたが、せつなは黙ってそっと微笑み、道行く人の邪魔にならないよう少し端に寄り、しゃがんでほたるの目線に降りてきた。
「だってイエスさま、みんなを助けるために死んじゃったんでしょ?
イエスさま、神様だったのに。ひとりぼっちで死んじゃって、イエスさま、かわいそう。
きっと痛かったし、こわかったはずなのに・・・」
澄んだ瞳に涙さえ浮かべながらそう言って、ほたるは俯いた。あとはただ吐く息だけが、寒さの中で白く染まっていくだけだった。
「ほたる」
せつなは静かに呼びかけた。
そうしてそっと、ほんとうに壊れやすいガラスの置物にふれるときの様にそっと、ほたるを抱きしめた。

ほたるは知らないはずのに。かつて自分がイエスと同じく、人々を救うために自分の命を犠牲に供した存在であったことを、彼女は忘れているはずなのに。
心のどこか深い奥底で、ほたるはイエスへの共感を覚えたのだろうか。
せつなはしばらくそうした後、ほたるの両肩に手をおいたまま一度身体を離して、少し紅潮したほたるの顔を見つめた。

「・・・そうね、イエスさま、こわかったかもしれないね」
せつなはゆっくりと、話しかける。
「でもきっとイエスさまは、みんなを助けたい、苦しんでる人たちを救いたい、その気持ちの方が強かったんだとおもう。
痛いのも、死ぬのも嫌だったかもしれない。
それでも・・・それでも、イエスさまは、自分の命をみんなにあげたの。みんなを助けるために、神さまの子なのに、人間になって。
こわかったけれど、もしかしたら逃げ出したかったかもしれないけれど、イエスさまはみんなを助けることの方を選んだの。
・・・だからきっと、イエスさまはうれしく思っているはずよ。今みんなが、こうして仕合わせに暮らしていることを」

この街で、クリスマスの真の意味を心に留めている人が何人いるか分からない。
しかしそれでも構わないのではないかと、せつなは思う。
今宵、愛する人たちと一緒にいられること。そのこと自体が、神からの一つの祝福なのだから。

「ホワイトクリスマスには、今年もなりそうもないわねぇ」
再び連れ添って歩き出しながら、せつなは軽く溜息をついて一人ごちた。
「でもお星さまは見えるよ。ほら、お月さまも」
ほたるは空を仰いで指をさす。
建物の隙間から、三日月と半月の中間くらいの月が覗けた。昼間は白っぽく頼りなげだったその光りも、今は煌々と夜空に冴え渡っている。
「本当だ。──きれいねぇ」
月の光。
ほたるを、せつなを、セーラー戦士達を、遠い昔から遙かな未来に至るまで守り、また支配してきた月。
その月を見上げるせつなの胸中には、一言では言い表せない、数々の想いが渦巻く。
しかし今は、この小さい生命と共にいられるということを、せつなは月明かりにただ感謝した。
「ねぇほたる、Topsでケーキ買って行こっか」
「うわぁほんと!?」
手放しに喜ぶほたるを、せつなはまぶしく見つめていた。
 

クリスマス礼拝の最後には、キャンドルサービスが行われた。
明かりを全て落とし、出席者が一つずつろうそくを持つ。それに牧師が順にめぐって火を点けていった。
最初は牧師の持つろうそく一つだけだった明かりが、何十にも増えていく。
それに併せて歌われる、『Silent Night』──『きよしこの夜』。
   
      ──Silent night holy night
             All is calm all is bright

サターンのもたらす沈黙 、それは再生の先駆けたる、清めの儀式。

     ──Round yon Virgin Mother and Child
            Holy Infant, so tender and mild

沈黙をもたらしたほたるは、嬰児の姿に戻った。
そして、せつな達は、そのほたるを育てていこうと誓った。

     ──Sleep in heavenly peace
            Sleep in heavenly peace

今宵この聖夜、ほたるはせつなの隣で微笑んでいる。
静かな夜、この幸せがいつまでも続くように、せつなは願わずにいられなかった。
 
 
せつなはもう一度、ほたるの肩を抱きしめた。

(終)
 
 
'99.01.06 by かとりーぬ


←前のページへ        あとがきへ→
 

↑小説のお部屋に戻る     ↑↑トップページに戻る