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KISMET@(ロシアの新聞『イズベスチヤ』に掲載されたインタヴューから)@@

「これは私がヴィデオで作った2本目の映画です」と周成は語る。「私がこのフォーマットで作った最初の作品『調和の花』もやはりドキュメンタリーです。私にとってヴィデオは、自分に強い感銘を与えるものを瞬時に撮影するための便利な手段、或いは極めて個人的な世界感覚に基づく複雑な視聴覚的イメージを経済的に具体化するための手段です。現実と空想の定着のための手段であり、それらをより高いレヴェルで総合するための手段でもあります。作家映画の一ジャンルとしてのドキュメンタリー映画は、これら両方の特性を十全に利用することができ、それ故、映画作家にとってこの分野での創作は理想的なのです」

―映画祭や配給の予定は?

―まだ分かりません。映画が自分にふさわしいものを得ることを望みます。

―映画の主要な構成要素となっているのは、ロシアのゴシック・グループ『MOON FAR AWAY』と『CAPRICE』それにこの傾向の日本における古典『JACK OR JIVE』です。あなたの人生において所謂ゴシック・サブカルチャーはどんな役割を果たしましたか?@何故それに興味があるのですか?
―ある時、私は偶然、インターネットでロシアのゴシック・サイトを見つけました。その時、そこには以前私を強く惹きつけたものの多くがあることに気付きました。北方ロマン主義の画家カスパー・ダヴィッド・フリードリヒ、ロシアの象徴派詩人達などです。私には、現代の所謂ゴシック・サブカルチャーの最良の代表者達が、広い意味での象徴主義を継承しているように思われます。象徴主義芸術全般が私に影響を与えましたが、現代のゴシック―音楽であれ、絵画であれ、映画であれ―において私が興味を持った諸要素は、全て象徴主義の中にあります―際立って鋭いフォルムと美の感覚、日常生活に対する距離感、創造行為を通じての求神(ボゴイスカーチェリストヴォ)、精神的な大変動に直面しての悲劇的な世界感覚。

―他でもない、これらの音楽家達を映画のために選んだ動機は何ですか?@どうして他ならぬ彼らが映画に参加することになったのでしょう?

―彼らが私の映画に参加したと言うことはできません。私の方が、彼らの生活に少し干渉したのです。私は映画作家としてだけでなく、創造の神秘と意味を理解しようと望む一人の人間としても、最も崇高な芸術、音楽における、最も無私な創作者達を探し求め、そして直観的に彼らを映画のために選んだのです。しかし、私が選んだのは、運命によって出会いを定められていると思った人々だけでした。勿論、このことは、私達の間でその運命に対する共通の理解があることを意味するわけではありません。私達は必要な時に接触しました。私にとってはまさにそうでしたが、それは映画の撮影のためだけではありません。私の人生において、真の芸術作品の作者達との出会いは大きな役割を演じてきましたし、今でもそうです。その作者達はバッハやタルコフスキーや黒澤、フリードリヒのように故人の場合もあり、モスクワのアンサンブル『CAPRICE』』やアルハンゲリスクの『MOON FAR AWAY』のように生きている人々の場合もあるのです。


(『イズベスチヤ』アルハンゲリスク、2002年8月27日)
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