『がんは治せる』:がん体験者の患者会「いずみの会」

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[治すのは医者ではない、がんは自ら治せ!] NPO法人 いずみの会 会長 中山 武

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NPO法人 いずみの会
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最初に
ガンは治る時代に入ったとか言われ続けながら、平成13年ついに大台を突破、300,586人の方がガンでお亡くなりになりました。しかも相変わらず前年より 5千12人も増加しているのです。 10年前に比べても 7万6000人、1.34倍も増えています。優秀な研究者や最先端医療を駆使しても大多数の方が亡くなって行くガン患者の悲劇。

奇跡的と云われる生還者や、術後、自からの地道な努力で心身ともに真の健康を闘ち取られた完全克服者から見ると、じりじりするほど多くの問題点を痛感します。勝利者と犠牲者のたどった道、歩んだ道の共通点を洗いだし分析して活用する発想が重要な鍵ではないでしょうか。

「いずみの会」がボランティアで草の根活動を始めて12年半。現代医療以外で術後に何が必要かを、各分野での専門的な諸先生方を招いて学んだり語り合ったり、自らの体で実験をすすめたりした結果、担当の主治医が不思議がるような健康体質を獲得された方々の急増とか、死亡者激減の形で明確に実証されるようになっています。

そこで私達は、悩み苦しんでおられる患者や家族の方々に、この素晴らしい実績を上げている活動を1人でも多く知って頂き、仲間入りの上、自助努力の成果としての自己免疫力の強い健康体を勝ち取って頂けるよう願っています。

NPO法人 いずみの会 会長 中山  武


治すのは医者ではない、がんは自ら治せ!
2001 HOLISTIC Magazine、特集氈@ホリスティック患者学を考える
「いずみの会」代表 中山 武

●プロフィール1949年旧制刈谷中学を中退し豊田自動織機製作所に入社。51年、19歳で中山ラジオ修理相談所を開業。53年P中京電波を設立、代表取締役に。61年株式会社に改組。69年山陰マルデンを設立、代表取締役就任。76年中京電波をマルデンと改称、現在に至る。90年いずみの会開設。92年3月に会長就任。99年9月、愛知県よりNPO法人認証、理事長に就任、現在に至る。日本ホリスティック医学協会中部支部運営委員。

名古屋市に本拠を置くがん体験者の患者会「いずみの会」。末期がんと宣告されたにもかかわらず、長期生存をしている会員が多いことで、医療関係者からも注目されています。自らも胃がんを克服し、「『がんは治せる』の旗振り役」を自称する中山武代表に、がん治療を患者の視点から語っていただきました。

がんを宣告されたときの思いや、治療法の選択についてお話しいただけますか。

私ががんと診断されたのは昭和五十六年。それまではまったく病気入院の経験がない自称「健康」者でした。精密検査の結果、医者は「胃潰瘍だから手術しましょう」と言う。私は即座に拒否しましたので、家族を呼んで話し、家族から胃がんの早期であるという宣告をされたわけです。私はそれほどショックを受けませんでした。それよりも、がんなんかに負けてたまるか、こんなもので死んでたまるかという気持ちでしたね。それで東洋医学系の治療を考えようとしましたら、上の方の偉い先生が私の病室に怒鳴り込んできて、ものすごい勢いで怒られました。「玄米食か何かで治そうなんて、何を馬鹿なことを言っているのか!」と。でも、私は切るのがイヤだから、荷物をまとめてタクシーで脱走しました(笑)。

東洋医学を取り入れた治療をしているK先生を訪ねて、ビタミンB17を静脈注射する治療を受けました。ビタミンCの大量投与やビタミンAの内服、ドイツ製のたんぱく消化酵素を注腸したりという治療を自宅で一ヵ月半ほど続け、食事は玄米菜食に切り替えましたが、煙草だけはやめられなかった(笑)。けれども、翌年も翌々年の検査でも異常なし。ところが三年後の検査で引っかかったときには、進行がんという結果でした。

今度は注射の関係から、K先生の紹介で食養内科のある病院に入院して前述のビタミンB17療法とともに抗がん剤も使うことになった。「あまり効きもしない代わりに副作用もないから」という説明で、クレスチンとピシバニールという薬を使いました。一ヵ月半ほどたって入院先の主治医のH先生が回診のときに鋭い怒った口調で切り出した。「いつまでそんなことをやっているのか。状態が悪くなっているのに」と。私はびっくりして、K先生に電話を入れました。すると、「いや、こちらの尿検査では良くなっている。H君がそんなことを言うならすぐ退院しなさい!」と。両方でまったく正反対の診立てなのです。こんな場合どうしますか?

昔は典型的な無神論者でしたが、以前から商売の関係で知り合った宗教家がいましたので、このときばかりは病院の公衆電話で相談し、手術を受ける決心をしました。大きな手術なので、できるだけ腕の良いところで受けた方が良いとの勧めで、即刻、煙草も止め、紹介してもらった元赤坂の有名病院で手術を受けたわけです。ところが、術後に家内が摘出片を前に受けた説明によると、「なぜ、これまで放っておいたのか。これを見て判るとおり、がん細胞がリンパ節を超えて全身に回っているから、間違いなく六ヵ月以内に再発します。生存率は一万人に一人か二人だから、今のうちに好きなことをさせておきなさい」と言われだそうです。

進行がんは怖いと思いましたね。というのは、切ったときの病巣が直径三センチを超えていた。何ヵ月もたたないうちに三倍以上になっていたんです。それで私は、進行がんというのは非常に危ないと思うわけです。ですから、いずみの会の会員さんからの相談にも、病状によっては私の体験を話しています。私の体験では、ビタミンB17療法は丸山ワクチンよりかなり効果が強いと思った。それでも、進行がんではまったく役に立たない。百万、二百万のお金をドブヘ捨てるようなものですよ、と。個人差があるとしても、病勢が強いときは無理です。術後三週間たち自由に動けるようになってから、また、食養内科の病院に戻りました。そこは小さいけれど温かい病院なんです、人間的でね。それからは食事療法と、先生が「あまり効かない」と言われた抗がん剤、あとは.治験中だというワクチンを、通院になってから一年半は続けました。他には何もお金をかけておりません。

いずみの会の活動を紹介してください。

発足は十一年前です。患者と家族の初寄合いの新聞記事を見て参加してみました。今でこそいずみの会は明るくオープンだといわれますが、そのときの会場の雰囲気は何とも言えないほど物凄く暗かったのですよ(笑)。だから、逆にのめり込んでしまったわけです。こんな状態で、がんが治るわけがないだろう、と放っておけなくなった。一体験者でしかないど素人が、義憤を感じて一丁やったろか!が出発点でした。

現在、会費を払っている会員は二百六十人ほど。患者さん以外にも、いろいろご支援をいただいている七十名くらいの方々に会報を送っています。事務局は私のところで、体験者の会員さんたちが手弁当で週のうち三日間ほど手伝いに来てくれています。通常の活動は、隔月開催の定例勉強会と会報の発行のほか、懇親会や交流会と電話や面接での相談に応じています。いずみの会が推奨する基本療法としては、病状に合わせた徹底的な食事療法と、その後取り入れた枇杷の葉の温灸、それから気功くらいのもので、古い会員さんはそれだけでほとんどの方々が元気になっているわけです。

ただ、間違った食生活で体を悪くするのには、何十年もかかっています。ですから玄米菜食に切り替えても三ヵ月や半年でがんに克つ十分な自己免疫力の回復が見込めるわけではありません。がんの増殖活動が強過ぎるときは病状も進みやすいので、事情によってはやむを得ず抗がん剤を使わざるを得ないケースもあります。

けれども、病状がある程度落ち着いているならば、抗がん剤は使わない方がよいと思います。病気が落ち着いているということは、自己免疫力が働いているわけです。抗がん剤を使うと、一時的にがんが頭を引っ込めても、自分自身の持つ免疫力も大幅に叩かれますから、その状態が進むと抗がん剤も効かなくなってしまう。そうなってから他のことをやりたいと言っても、もう手遅れなんです。免疫力のレベルが下がり切ってからでは、いくら死ぬ気で頑張っても難しい。代替療法も効果があがりません。

心構えも重視されていますね。

心構えも大切ですが、その前に大事なのは「気づき」です。いろいろなドクターと対等な立場で話をさせていただけるようになって初めて、医師としての本音が聞けるようになりました。ドクターは、進行がん以上の悪化がんは治らない、治せないと、頭から既成概念に凝り固まっておられます。私はそれを「常識」という言葉で言い換えています。一般の人が持っている常識は、病気を治すところは病院であり、治してくれるのはお医者さんということになっています。だから、医者にすがって歩きますね。名医とか著名な治療家を探し高い金を払って治して貰おうとしています。だけど、初めから治せないと思って仕事をしている人にすがっても、結果的に治るはずがないでしょう。まずこのことに、患者と家族は気づいてほしい。医療にすがって、医者の言いなりになると、そのお医者さんが言われる余命宣告に近い線になりますよ、ということです。

いずみの会でやっているのは、がんが治るわけがないと思いながら治療されている病院の先生方がご存知ない世界なのです。先日、ある外科の先生から質問されました。「外科の現場を二十年以上やっているが、末期がん患者が元気で長期生存している事例は一例も見聞きしたことがない。そんなことがあるのか?」と。もちろん、いずみの会にはザラにおります。つまり、それがお医者さんの常識なんです。

がんに関しては、「治療する」ことと「治る」ことは次元が違います。患者を前にしたら医者は治そうとする。患者はすがりつく。これでは成績が上がるわけがない。がんは「常識病」であり、「常識」を変えれば治る方向に動くし、変えなければ絶対に治りっこないのです。この病気は、難しいといえば難しいけれど、難しくないといえば難しくない。患者本人が気ついて自分から治す努力をすれば、方向が大きく変るのは事実ですから。

発足からの十年間に変化はありましたか。活動を通して気づいたことは?

大きな変化としては、五周年大会をきっかけに、お医者さん方から仲間意識で接していただけるようになったことです。もちろん全部のお医者さんではありませんけれども。平成二年にスタートしまして、平成五年頃までは、会員の中では「死」とか「亡くなった」とかいう言葉は禁句でした。ところが五周年大会を境にして、主に「他界」という表現でサラッと言えるようになった。というのは、大会のタイトルに「がんの犠牲者…」を使用した関係から。亡くなった人には申し訳ないけれども私からみると、がんという病気は早期発見は無論のこと、再発や転移した状態のがんでも対処法しだいで、明るく元気でかなりの長期共生が出来る。そういう数多くの会員の実証からして、がんになって亡くなった方は常識と対処の仕方を間違えたために「犠牲者」となってしまったのではないかと考えています。とても理解し難い大胆な発想だと思いますし、普通の医者から見たら「そんなアホな」と言われるでしょうが。

スタートから三、四年目までは、私自身も代替療法が大事だと思い込んでいました。けれども、それだけでは無理だということが、実際にいろいろと研究したりやってみたりして判りましたね。事実、そういうことにすがっている人ほど成績が悪い。数を増やせば増やすほど悪い。成績の良くなる人は、自分で治す方向へ頭も心も切り替えています。

患者自身と家族の方が、ご自分の考え方を変えなければダメなのです。つまり、今までの常識をですね。どう変えるかは、電話や個人相談の中でお話しますが、医療の現状の裏表を含めて、私から見て正しい情報を提供しています。知らない人が聞いたらハラハラするようなことも言っています。嘘を言っても仕方がないですからね。だけども、大変厳しい状態の人でも、本人が気がついて素直になって、一生懸命地道にその気で努力されれば、がんは抱えたままでも良くなるケースは非常に多い。私は、そのためにお手伝いをしているだけです。

私は「勝利者」という言葉を使いますが、その定義は「がんに罹ってから、体質と気質ともに転換でき、過去に自分が知らなかった真の健康を手に入れることが出来た方」。それを「勝利者」と呼ぶわけです。特にそれが進行がん以上に悪化した状態からであれば、ますます「勝利者」。私から見ると、早期がんの場合なら、きちんとした食事療法をして体質を変えれば、治るのは当たり前ですから、「勝利者」というのはおこがましい。けれども、医者から見れば半数以上は再発するのが当たり前の世界ですから、がんのお陰で自分が知らなかった健康が手に入り人生まで変わったら、「勝利者」の仲間に入れてもおかしくはないと思います。検査結果からも自己評価からも健康そのもの。久しぶりに会う人からは、「えらい元気やねえ。昔と随分違うじゃないか」と言われたり。風邪も引かなくなった。便秘もしなくなった。寝つきもいい。寝起きもさわやか。体が軽い……最高でしょう?人生楽しいですよ。がんになってそういうものをつかんだ人を「勝利者」と呼ぶわけです。そうなったら、その人にとってがんはありがたい病気だったのです。死ぬ気で努力すれば、自分が知らない新しい感謝の人生が、そこから開ける。しかも治る見込みが高いなら、こんなありがたい病気はない。もちろん「治る」の意味は人によって違うでしょう。完全に無病息災に戻ることだけが「治る」ではないと思います。私が「治る」というのは、例えば末期がんで何の手もつけようがない状態の人が、その後十年、二十年も元気で生きたらどうか。それなら病気を抱えていてもいいじゃないですか。がんと共生しながら、治ったのに近い状態で、楽しく人生を送れるならば、「治った」と言ってもいいのではないでしょうか。医者の常識にないとしても。

医療あるいは代替療法に何を期待しますか。

患者が自分で治すのを、お手伝いしてくれるのがお医者さんです。ただ、私も途中から気づいて困っているのは、私のような考え方だと医療そのものが成り立たない(笑)。治療的に使う物はない。自分で治してしまう。これでは医療にならないし、社会問題になってしまうわけです。そのうち世界的に、医療に対して頭を切り替えなければいけないときがきます。ただ、病状の診断とか、自分では治せない病気や怪我もありますから。でも、慢性的難病に関しては、体験者からの意見を重視するようになればかなり違うでしょう。代替療法はここ数年でものすごい産業になってきていますが、本の見出しなどに書いてあるような効果が本当にあるのなら、がんの死亡者数は年々減っているはずです。それがいまだに大きく増え続けている事実は、利用しないよりはマシだけど、ガンを治せるだけの強い効果を期待する方が間違っており、それらに対して何百万、何千万もの大金を払っている人がたくさんいるのは、大きな問題だと思っています。

最初は私も、代替療法の重要性をある程度考えていましたが、最近は、効果の関係から重要視すること自体も問題だと思っています。役に立つものを探求する努力は必要だが、まず、自分の免疫力を上げていく基本は、あくまでも自助努力なのです。それを基礎として、自分の考え方を変え、体質の転換をはかり、その上必要によっては効果の高いものを追加することで相乗効果が大きく出てくると思います。「がんは治る」という啓発は大事だと思いますが、それは代替療法を拡大するという意味ではなく、今までの「常識」を覆す考え方が必要不可欠だということです。私はまことにおこがましいことですが、時々「がんの専門家」という表現を使います。「がんの専門家」は医者とは限らないと思います。ところが、世の中の「常識」では、病気の専門家は医者です。でもその目的は病気を治すことにあります。それに対して良い成績をあげることが出来るのが専門家ではないでしょうか。そういう発想をしていかないと、がんに対する成果はいつまでたっても良くならないと思います。

最近、私独自のがん克服度に対する評価基準をつくりました。その一は、人口十万人当りでの実数比較順位で、死因別、都市別、県別、国別のほか、企業別も出るようになると優劣と傾向が一目瞭然になります。その二は、がんに関する出版物とか記事で、よく、末期がんも治った○○療法とか、健康食品類の見出しとかの宣伝文が氾濫しておりますが^同時利用者百人当りの何名が治ったのかの表示がありません。私の調べたところでは、せいぜい効力の高いもので二、三名程度です。私の評価は、利用後、長期好転生存数(例えば、末期がんで三年以上)が、百人当り何名出ているかが大切だと思います。お医者さまは患者の病気を治そうと努力されていますが、患者の本音はただ一つ、死にたくないのです。患者自身が家族とともに死ぬ気で努力すれば、がんは治っていくことが多数実証されていることをお知らせしたいですし、今後ともご支援いただければと思っています。

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