中村 哲さん
アフガニスタンで医療と灌漑工事のボランティア活動を続ける医師

『戦争支援をやめる時』「殺しながら助ける」支援というものがあり得るのか 中村哲 毎日新聞2007年8月31日

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■アフガン問題での対テロ活動支援。インド洋上での海上自衛隊の外国艦船給油は是か非か■ 毎日新聞 2007年8月31日

戦争支援をやめる時

誤爆による反米感情が治安悪化に拍車
疲弊するアフガン農民の視点で議論を
「殺しながら助ける」支援というものがあり得るのか。

NGO「ペシャワ‐ル会」現地代表 中村哲
なかむら・てつ 1946年生まれ。医師。
84年以来、アフガニスタンを中心に井戸作りと医療支援を継続。03年アジアのノーベル賞とされるマグサイサイ賞受賞。

テロ特措法の延長問題が社会的関心を集めている。この法案成立(01年10月)に際しては、特別な思いがある。当時私は国会の証人喚問でアフガニスタンの実情を報告し、「自衛隊の派遭は有害無益である」と述べた。法案は9・11事件による対米同情論が支配的な中で成立、その後3回にわたり延長された。しかし特措法の契機となった「アフガン報復爆撃」そのものについても、それを日本政府やメディアが支持したことの是非についても、現地民衆の視点で論じられることはなかった。現地は今、過去最悪の状態にある。治安だけではない。2000万人の国民の半分以上が食を満たせずにいる。そもそもアフガン人の8割以上が農民だが、00年夏から始まった旱魃により、農地の砂漠化が止まらずにいるからだ。

私たちペシャワール会は本来医療団体で、20年以上にわたって病院を運営してきたが、「農村の復興こそ、アフガン再建の基礎」と認識し、今年8月までに井戸1500本を掘り、農業用水路は第1期13キロメートルを竣工、既に干数百町歩を潤しさらに数千町歩の灌概が目前に迫っている。そうすると、2万トンの小麦、同量のコメやトウモロコシの生産が保障される。それを耳にした多くの旱魃避難民が村に戻ってきている。だが、これは例外的だ。00年以前に94%あった食料自給率は60%を割っている。世界の93%を占めるケシ生産の復活、300万の難民、治安悪化、タリバン勢力の復活拡大―。その背景には戦乱と旱魃で疲弊した農村の現実がある。農地なき農民は、難民になるか軍閥や米軍の傭兵になるしか道がないのである。

この現実を無視するように、米英軍の軍事行動は拡大の一途をたどり、誤爆によって連日無辜(むこ)の民が、生命を落としている。被害民衆の反米感情の高まりに呼応するように、タリバン勢力の面の実効支配が進む。東京の復興支援会議で決められた復興資金45億ドルに対し消費された戦費は300億ドル。これが「対テロ戦箏」の実相である。テロ特措法延長問題を議論する前に、今なお続く米国主導のアフガン空爆そしてアフガン復興の意味を、今一度熟考する必要があるのではないか。日本政府は、アフガンに1OOO億円以上の復興支援を行っている。と同時にテロ特措法によって「反テロ戦争」という名の戦争支援をも強力に行っているのである。

「殺しながら助ける」支援というものがあり得るのか。干渉せず、生命を尊ぶ協力こそが、対立を和らげ、武力以上の現実的な「安全保障」になることがある。これまで現地が親日的であった歴史的根拠の一つは、戦後の日本が他国の紛争に軍事介入しなかったことにあった。特措法延長で米国同盟軍と見なされれば反日感情に火がつき、アフガンで活動をする私たちの安全が脅かされるのは必至である。「国際社会」や「日米同盟」という虚構ではなく、最大の被害者であるアフガン農民の視点にたって、テロ特措法の是非を考えていただきたい。

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天木直人さん*と水島朝穂**さんの関連記事


天木直人のブログ―日本の動きを伝えたいー

感銘を受けた言葉

8月31日の毎日新聞に出ていた中村哲の言葉だ。アフガニスタンを中心に井戸作りと医療支援を続けているNGO「ペシャワール会」代表の医師である。その彼がテロ特措法に反対する意見を述べていた中で語った言葉である。

  「・・・『殺しながら助ける』支援というものがありうるのか・・・」

  この言葉こそ、まさしく私が小泉前首相に投げつけたかった言葉である。イラク戦争が開始された直後、私は小泉前首相が世界に向かって「日本はイラク復興の為に最大の援助を行う」と大見得を切った映像をレバノンのCNNで見た。この時の怒りが私の人生を変えた。米国の砲弾が降り注ぎ、目の前でイラクの数千年の歴史が破壊され、大量の無辜の市民が殺されている時に、「人道復興支援をする」と胸を張る無神経さは何だ。「お前が今なすべき事は自己宣伝ではない。真っ先に米国に飛んでいってブッシュに戦争を止めさせる事だ」、私は心の中でそう叫んでいた。まさしく「殺しながら助ける支援というものがありうるのか」ということなのだ。

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**早稲田大学・水島朝穂のホームページ

テロ特措法延長をめぐって

 この法律は2001年の「9.11」に対して、日本が行う対応措置を、臨時的・応急的に決めたもので、とにかく大急ぎで制定され法律です。当初、附則第3項で施行後2年で効力を失うと定め、附則第4項で2年の期限をきって延長できるとなっていましたが、その後附則も修正して延長を繰り返し、今回で4回目。本当に必要ならば、恒久的な法律を提起すべきで、特別措置法をさみだれ式に延長するのは立法の作法としては大いに疑問があります。これまでかかった総経費220億円は私たちの税金です。政府はインド洋上の11カ国の艦船に769回の給油をしたとしていますが、その中身は「軍事機密」を理由に明らかにされていません。パキスタン大統領が特措法延長を希望したとされていますが、パキスタン海軍は小型フリゲート艦1隻しか派遣していません。日本の給油が、アフガンだけでなく各地で活動する米海軍への支援になっている可能性は濃厚です。これは法律の範囲を超えます。

  『読売新聞』30日付は、来日中のドイツのメルケル首相が「テロ特措法の延長を求める」という見出しで報じましたが、ドイツ海軍が派遣する艦艇は少なく、給油も6年間に29回。 ドイツの新聞各紙のサイトをみると、首相の日本訪問についての記事は地球温暖化問題が中心でした。日本のテロ特措法延長を後押しするような発言は、ドイツではあまり注目されていないようです。帰宅後読んだ『東京新聞』30日付は、「延長へ『ガイアツ』利用」と見出しで、メルケル首相の発言を斜めに扱っていたのが印象的でした。

 テロ特措法の延長が、「米軍支援」がもっぱらであるということは、『朝日新聞』27日付「私の視点」に掲載された、キャンベル元米国務次官補代理らの、法律延長を求める文章からも明らかです。いわく、「中国が石油資源の豊富な地域に対するアクセスと影響力を強めようとしているなか」で「日本の陸海空自衛隊の派遣は高く評価される。…各国は、地域安定化のため日本が軍事・外交プレゼンスを強化するよう求めている」と。「テロとの戦い」やアフガン復興とは別の論理がそこに浮き彫りになってきます。

 『毎日新聞』31日付「論点」特集は「テロ特措法をどうするか」。3人の論客のうち、アフガンで活動するNGO「ペシャワール会」現地代表の中村哲さんの文章「戦争支援をやめる時」は注目されます。誤爆で連日無辜の民が命を落としていること、民衆の反米感情の高まりに呼応するように、タリバン勢力が力をもっていきていること、日本はアフガンに1000億円以上の復興支援をして、他方、テロ特措法で「反テロ戦争」という名の戦争支援を行っていること。「殺しながら助ける」支援があり得るのか。「特措法延長で米国の同盟軍と見なされれば反日感情に火がつき、アフガンで活動する私たちの安全が脅かされる」「最大の被害者であるアフガン農民の視点にたって、テロ特措法の是非を考えていただきたい」と書いています。米国一辺倒の論調のなかで、重要な指摘だと思います。

 なお、『産経新聞』30日付によると、産経新聞社とFNNの合同世論調査の結果、テロ特措法の延長に反対が54.6%を占めたそうです(朝日新聞社の緊急世論調査では反対53%『朝日新聞』29日付)。民主党の小沢一郎代表はテロ特措法延長に反対しており、『朝日新聞』30日付は一面トップで、民主党が、海自の撤退と、食料・医療支援のほか、警察組織改革などの新たなアフガン民生支援を柱とする独自の対案を準備していることを報じています。米国をおもんばかりすぎた議論や、撤退すると世界から孤立するというような感情的議論は控えて、中村さんの指摘する視点を含めて、根本的な議論が必要でしょう。