再演を支える力
マーガレット伊万里
  2000年に入って、演劇界で何と言っても目につくのはミュージカル公演の多さだろう。そんなミュージカル花盛りの東京で、さほど話題にのぼらなかったが、島田歌穂と夏木マリの競演で初演以来気になっていた『ザ・リンク(The Rink)』(訳詞:忠の仁 演出:砂田信平 振付:須山邦明 6月8〜11日東京芸術劇場中ホール)に初めて足を運んだ。
  1984年にブロードウェイのミュージカルスター、チタ・リベラ&ライザ・ミネリの出演が話題になった作品だそうで、これを日本で翻訳初演したのが1993年、今回は2年ぶり3度目の上演だ。
  昔のにぎやかな光景はどこへ、今やすっかりさびれてしまったシカゴのローラースケートリンクが舞台。ここを1人で経営するアンナ(夏木マリ)のもとへ、10年前に家出をしてすっかり音信不通になっていた娘のエンジェル(島田歌穂)がひょっこり戻ってくる。
  案の定、しばらくぶりで再会した母娘は、素直に再会を喜べるはずもなく互いに口を開けば反発し合うばかり。
  エンジェルは夢に破れ希望をなくし、生まれ育った故郷で人生をやり直そうと帰ってきた。ところが、肝心のスケート場は経営に疲れたアンナの手で売りに出され、解体工事に入ろうとしている。それを見たエンジェルは何とか母を説得しようとするが……。
  正直言って、ミュージカル作品としてはさほど新鮮味もない、よくある母と娘の葛藤を描いたドラマだった。ブロードウェイミュージカルという冠をつけているだけの安易な翻訳上演ともとれる。
  おまけに、ブロードウェイのオリジナルはどうかわからないが、装置や照明などがいずれもセンスに欠けていて、悲しいかな、ちょっと学芸会っぽい。
  出演者は他にもいるが、ほぼ2人芝居の形をとり、2人だけのナンバーで進行。夏木マリと島田歌穂、この2人の実力派が母娘の対立を丁々発止で繰り広げる。歌もダンスも安定しているこの人達ゆえにそれは見応えがあり、また安心して身を任せられた。
  特に島田歌穂のゴムマリのように弾む溌剌さがとても気持ちがいい。島田歌穂といえば、『レ・ミゼラブル』で哀れに死んでいくエポニーヌ役がついて回るが、彼女のパンチの効いた歌声、押し出しの強さは、どこか控えめな印象が漂う日本のミュージカル女優の中で、希有な存在だろう。
  クセのあるセリフ回しや熱い感じも彼女ならではのもの。ただ、そこに留まらない、奥行きのある演技ができる人だと思った。ミュージカルだけではなくさまざまな作品での活躍を期待したい。
  対する夏木マリは、テレビや雑誌などで見かける限り、美しくスレンダーな容姿とセンスの良さを感じさせる女優さんといったイメージが強い。アンナ役はちょっと心配だった。
  彼女のどうしても美しい女優の雰囲気と、生活に疲れた母親役とは随分と隔たりがあるから。ところが、そのしゃれたセンスをうまくスライドさせていて、驚くような変身ぶり。素の夏木マリとしてはオシャレで小粋な眼鏡も、アンナがかけると、うまい具合にうるさい母親のイメージに転化する。姿勢や歩き方、身ぶり手ぶりにも工夫の跡が見られた。
  体裁は地味ながら、2人の技術と経験に裏打ちされた演技、そして何といっても張りつめた緊張感の高さがとけ合った舞台は、そうそうお目にかかれるものではないと感じた。
  確かにミュージカルにありがちな少々オーバーな演技が気にならないではないが、この夏木と島田の放つエネルギーに満ちた舞台に接していると、そもそもナマの感動とは、こうしたところから生まれるということを忘れてはいなかったかとハッとなった。
  舞台の上の人間がそんなテンションでどうするんだと言いたくなるような作品にもたまに出会う。歌えれば、踊れればいいというわけではないはずだ。
  観客はすべてを知っている。役者2人の貢献以外の何ものでもないということを。
  台本や音楽といった作品のもつ完成度よりも、再演を重ねる『ザ・リンク』がきちんと受け入れられていることがとても嬉しい。幕が下りた瞬間、私はこの場にいられたことを本当に幸せだと思ったのである。
(6月18日観劇)

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