昨日も色々あって、今日は朝まで爆睡かぁ・・・?と思いきやそうではなかった。このホテル、和洋室で「洋」部分で2名(シングルベッド×2)、「和」部分で2名(布団敷き)、合計4名定員である。まず、消灯直後に、「和」部分の人間が鼻血をだして、てんやわんやの大騒動。トイレットペーパーを拝借し、血の付いた畳を拭いて、廊下に立っている番人教員に頭を下げて(戸が開けっ放しのため、音が筒抜けなのである)、とりあえずこの件は終了。目が冴えてしまったので、しぶしぶ持参の小説を読みながら、ウトウトしかけたその時、「洋」の隣で寝ていた人間の足が、私のベッドに飛んできた!それでも彼は鼻息高く眠っているので、あえて起こさず、自分は被害に遭いそうにない端の方へ避難して、丸くなって浅い眠りについたのである・・・。
かくして慢性的な寝不足のまま迎えた朝、今日は少し朝寝坊で、外室可能時刻ギリギリに1階ロビーへ行くと、新聞を読みふける先客が。この旅行中、常に朝、新聞を読んでいる同志であるからして、適当な世間話をする。かくしてゾロゾロと教員も現れ、新聞を横取りされたりして、半ば大きな家族のような感覚で、最終日の早朝は過ぎていくのである。
宿を引き払う今日も忙しい。朝食を食べたらすぐに部屋の片付け、荷物の整理。別に部屋の掃除なんか、掃除係のオバチャンがやってくれるからいいようなものを、わざわざ我々が片づける必要など無かろうに。
アッという間に時間になり出発。まだ8時前だというのに、支配人さん以下総出で見送りに出て来て下さる。対する修学旅行生も、各クラスの室長・副室長総出でお礼のご挨拶。そして、めぼしき観光スポットの無いところを延々と走って、本州への航路がある、大部港へ。景色も昨日とほとんど変わらないので、クラスメイトの大半は夢の中に。かくして大部港まで20分。今度の船はチャーター船。というわけで、修学旅行生やりたい放題企画!その1・『フェリーの離船名物、テープ渡し』。船側で持つのはもちろん我々、じゃあ、陸側では・・・、なんと、ホテルの従業員さんなのだ。これにはさすがにびっくり。ホテルをほっぽらかしでいいのか?!と思っていましたが。本当はこのテープ渡し要員に、私も含まれていたのだが、昨日の「銚子渓団体行動逸脱事件」の積みを償うため、このテープを貰えない。おかしいなぁ、テープは人数分ちゃんと学校側が用意したはずなのに。オレの分は一体誰がやったんだ?!
「蛍の光・・・」がかかったわけでもなく離船し、テープも瀬戸内海のゴミと化し、デッキでクラス毎に記念撮影。これが修学旅行生やりたい放題企画!その2『デッキで記念撮影』。この日は快晴ながらも強風で、髪がくちゃくちゃになって、記念撮影どころではない。それでもカメラマンの意地?でなんとか撮影を済ませ、わずか1時間あまりの乗船では極めて希な修学旅行生やりたい放題企画その3『操舵室見学』。しかし所詮生活路線のフェリー。操舵室もコンパクトで見てもあまり面白くない。しかも船長か誰かの説明があるわけでもなく、また立ち止まることも許されず、結局、『操舵室通り抜け』だけであった。
船内で睡眠をむさぼり始めた頃、日生港到着のアナウンスがあり、バスへ。ここで再び二手に分かれ、初日に行かなかった「姫路城」へ。到着までほとんど睡眠で過ごしたため、詳細は分からないが、およそ1時間は掛かった気がする。バスは遠くの駐車場に停め、徒歩で姫路城内へ。場内とはいえ、お城までは遙かに遠く、入場門(有料ゲート)の脇で入場券を貰ってからも散々歩かされる。序盤に、他のクラスの友人と合流し、彼らといっしょにおさんぽ。しかし大きく、遠い。お城に登って、降りて、順路通りに広場の公園に出て・・・と歩くだけで、分散時間の1/2を消費。お土産屋を冷やかしながらバス車内へ戻る。
出発後、お待ちかねの昼食。これがまたとんだ食わせ物で、わざわざ姫路の中心部にいるのに、国道のバイパス沿いまで移動させられ、ドライブイン、らしき所に入ったのだが、よく見るとボウリング場のパーティールームなのである。そんなわけで、テーブルに並んでいる食事も、幕の内弁当並み、お茶の追加も、本業のボウリング場業務の傍らで、後回しのような、非常に阻害された、クソ不味い昼食であった。
バスの旅は、姫路駅で終了。駅前で、4日間お世話になった運転手さんと、2日間お世話になったガイドさんに挨拶し、私は床下トランクルームの荷出し。とにかく大きくなって、朝もぎゅんぎゅんに詰め込んで、最後の数個など、エイヤと気合い代わりに蹴飛ばしてまでしまう有様。初日より、お土産分だけかさばっているのだから仕方ないが、とにかく、重い荷物を、トランクルームに潜って、次から次へと放り投げてやる。お陰で、当クラスは1番に荷下ろしを終えたのであった。
かくして、最終日に閑谷学校・備前焼体験チームと、新幹線の入線時間の時間つぶしのために、コンコースを占拠する。どうにも汚いところで長いことまたされるのは、正直辛い。プライベート旅行なら、間違えなく「みどりの窓口」にいるだろうに。仕方がないので、読書に興じる。
20分ほどして、件の別グループが到着し、ほどなく新幹線ホームへ。中学校の時の新幹線は「こだま」だったので、今回の「ひかり」は個人的に嬉しい。何せ生涯で、新幹線に乗車するのが2回目なのもあったが。そして新幹線が入線。例によって、停車時間が1分しか組まれていないので、乗車口に並び方を指定されて(学校で練習済み)、それで並んで、乗車を始めたものの、結局はくちゃくちゃになり、要は適当に乗せた方が早かった、というオチもついた。そうして、名古屋へむけて新幹線が走り出したのだが、乗車した列車は、名古屋まで、新神戸以外の各駅に停車する鈍足タイプであった。お陰で帰りの車中を楽しんだ、というべきか、疲れたのである。
名古屋での降車も忙しなく降り(それでも2分の遅発を引き起こさせた。どこからでもいいから降りろ!にしておけばいいのに)、団体専用口から、太閤通口の外、一番邪魔くさい場所へ。ここで、解散式をやるらしい。本当は「メディア1」前という、ある意味有名な場所だったのに、取れなかったらしい。お陰でエラく目立つ羽目になった。この場所も、学校に残っていた教員が、確保したものと言うから笑える。校長以下、3年生の補習を受け持っていない暇な教員一同が、「お迎え」と称してやってきて、ハンドマイクで話す校長の講話に聞き入る。このバア様の話が、どうも皮肉っぽくて、長くて何ともならない。
ということで、10分もの長きに渡ってしゃべった後、学年主任氏が「お疲れさまでした!」の一言をもって、修学旅行は解散となった・・・。
オマケ;初日に自転車で学校まで来た生徒諸氏は、この後、旅行中ずっと担任に預けていたm自転車のカギを受け取って、わざわざ電車+徒歩で学校に戻って、その後ようやく自転車で帰宅の路に着いたのだそうな。わたしは、コレがイヤで、学校まで初日に送ってもらったようなモノですわ。