惑星ジャフィール。夕暮れ時。
ここは、この星の半分以上を占める大砂漠の縁にある、唯一の町。『竜使い族』の子孫達の町である。
崩れかけたような、低い泥レンガの建物。絶えず砂埃の舞い上がる街路。
人々は、黒い大きな布に頭からすっぽりとくるまり、背を曲げてのろのろと歩いている。外から見えるのは、白目の部分の青みがかった特徴ある目だけだが、悲し気で全く生気がない。
と、彼らの足取りがわずかに乱れ、少し早くなる。「おらおら、ウジ虫ども! スレイヤー様のお通りだ! さっさと道を開けろ! のろまどもめ!」
手近の人を片っ端から銃の台尻で殴りながら現れたのは、派手な色合いの戦闘服と頑丈なブーツに身を包み、腰に数種の武器を携帯した、頑健そうな兵士達。
彼らの白目には色が付いておらず、態度も粗野で尊大かつ横柄。この銀河の支配者、スレイヤー族である。
砂埃に顔をしかめ、大声で悪態をつきつつ、通りを行く彼ら。「……畜生、腹立つなあ! 俺達、こんなクソみたいな星に、いつまでクギづけなんだろ」
「機密を守る為の惑星封鎖って言ったって、ここまでやるこたぁねえだろうに」
「休暇は駄目、手紙も駄目、補給船まで追い帰す始末!」
「たかが、砂漠の真ん中で『古代竜使い族』の遺跡が発見されたって言うだけで!」
「あんなボロイ所に『伝説のお宝』なんかあるかよ!」
「みんな、トカゲどもの夢物語さ」
「……あーあ! グチってたってどうしょうもないよ! それより、パアーッと派手に飲みに行こうぜ」
「『竜使い族』どもの店にか?」
「そうだな。奴らの店なら、勘定を踏み倒し立って、監察官もあんまりうるさく説教しないものな」
「よし、のった!」
「そうと決まったんなら!」
奴らは周囲から、力なくあらがう若い娘を数人捕まえ、連れて行こうとする。
が、そのうち一人が、あくまでも抵抗する。「おねがいです! 放してくださいっ!」
それを見ている間に耐えきれなくなった数人の若者が、人ごみの中から進み出てくる。
だがその様子に、男達のリーダー格は、にやりと笑う。「ほう、貴様ら、スレイヤー帝国軍の兵士に意見しようってのか? いい根性だな。あれをもう忘れたのか?」
男は、もったいぶった身振りで背後の広場を差し示す。そこの石畳は、目茶苦茶に焼け焦げている。
「俺達に逆らった者の末路だ。見ろ、骨も残っとらん。お前らもこうなりたいか? 嫌なら大人しくしていろ! ……俺達がその気になりさえすれば、こんなちんけな町諸共、お前らを消してしまう事もできるんだからな!」
若者達の腕が、外衣の中でググッと強張る。
「ん? その目は何なんだよ! え?」
兵士どもは、若者達を痛めつける終わると、へたな歌をがなりながら、娘達を引きずる様に去って行った。
人々は暫く、怒りと諦めの混ざった目で、無言でそれを見送っているが、やがて傷付いた若者達を助け起こし、肩を貸して立たせる。
若者の一人が、吐き出すように叫ぶ。「畜生! 『奴』が遺跡なんか見つけなければ、スレイヤーが来ることも、なかったろうに!」
同意のつぶやきが、ザワザワと広がる。が。
「いや、それは少し違う」
「長老?」
皆が振り向くと、一人の老人が毅然と立っていた。
「遺跡はいつか誰かに見つけられたはず。……それをスレイヤーに密告するような者が、我が『竜使い族』の中にいた事が、不幸の始まりなのじゃ」
人々は、頭をたれて沈黙してしまった。
同じ頃の町外れ。
泥レンガの町並みからポツンと離れて立っている、旧式の居住バブルを改造した建物。
軒下には、スレイヤー軍のホバ・カーが一台止まり、扉の上には、「ようこそ惑星ジャフィールへ! 旅行者の皆様の為の店、『ラノスの何でも屋』……お食事、お泊りから、観光・お土産の相談まで、何でも承ります」
という色あせた看板が、風にわびしく揺れている。
店内には、ささやかな土産物売り場と、食堂があるが、全くガラガラ。奥の方のテーブルにたった一人、客がいるだけ。
頬杖をつき、片方の手で、からっぽのワイングラスをもてあそびながらボンヤリしている『竜使い族』の若い女。
なかなかの美人なのだが、真っ赤な髪はクシャクシャ、ラフな服装は砂埃に汚れ、化粧っ気のない顔には、疲労と焦燥感が色濃く現れている。
ふと、彼女が顔を上げたところ、調理場から出て来たオヤジと目があう。
彼女は、グラスを軽く掲げてみせる。「ねぇ、おかわりっ!」
「え! また?」
オヤジは目をむく。
「もう、そこらへんで止めといた方がいいんじゃないか? 体に障るぜ、シェエラ先生」
「大丈夫。それより、今度はブランデーの方がいいな」
「ワインで辛抱しなせえ。明日の仕事に差し障りが出たら困るんだろ?」
「あなたも、スレイヤーの『協力者』だったの!」
芝居がかった、大袈裟な嘆き。
「……いいさ、ヤケ酒が駄目ならヤケ食いするまでの事。いつもの頼むわ」
「だって……今しがた定食を平らげたばかりじゃ……」
「だから、ヤケ食いと言ってるでしょうが」
「人間じゃねぇな」
「当然。私は、あなたと違って『竜使い族』だもん」
「ったく困ったもんだ」
ブツブツ言いながら奥に引っ込んだオヤジだったが、意外に早く戻ってくる。
「へい、おまち!」
彼女の前にデンと置いたのは、スパゲッティの大皿とワインの瓶。
「しかしね。あんた一人で、店のスパゲッティの買い置きを食い尽くすつもりかい? こう毎日ヤケ食いされちゃ、たまんねぇや」
「それじゃ明日からチキンにするわ」
「そう言う問題じゃねぇでしょうが!」
卓上に山積みされた皿と酒瓶に嘆息するオヤジ。
彼女は、いそいそと新しいワインをグラスについでいる。「ラノス、堅いこと言わないで。どうせ今じゃ、私一人しか『客』はいないじゃない」
「そうなんだよな」
オヤジは、前掛けを外すと、その辺りの椅子を引き寄せ、ドッカと座る。
「奴らの封鎖のおかげで、こちとら商売上がったりよ! こんな所でも、以前はシャトルの定期便だって来てたし、それなりに観光客も来てたんだ」
頷きながら、食べているシェエラ。
「奴らなんか、『客』としてここに来た事がない! 払うつもりもないツケで食い散らかしていくし、物は壊すし。だが帝国軍が相手じゃ、泣き寝入りしかない……」
ほっておくと、オヤジのグチは際限なく続く。
「その辺でやめといた方が、いいんじゃない?」
フォークで、自分の首のリングを差すシェエラ。
「奴ら、車で盗聴してるのよ」
「そうだったな。……さて、と。皿でも洗ってくるか」
前掛けを掴むと、そそくさと立ち上がるオヤジ。
と、その時、入り口のドアがきしみながら開く。「……そうそう、ラノス。それが賢明だな」
ギクッと振り返るオヤジ。だがシェエラは動じない。
「まだ、お迎えには早過ぎるわ。食べ終わってない」
「グズめ」
舌打ちしながら、ズカズカと近づいてくる憲兵二人。
「何皿食ってるんだ? ブタ並みだな」
「るさいわね。『感応』は著しく体力を消耗するのよ」
兵士の一人が、いきなり彼女の頬をひっぱたく。
「それ以上一般人に機密を漏らしてみろ! また、砂漠の基地の方に監禁して、まずいレーションしか食わさんぞ」
「俺達も、砂埃の中を一日中お前の後についてまわって監視、なんて仕事をやめられるってもんだ」
「そんなに仕事が嫌なら、私を殺せばいいのよ。自分で殺れないなら私の自殺を見逃すとか。……たった一人の『感応者』がいなくなれば、調査を打ち切りせざるをえなくなり、直にこの惑星からも出る事ができるわよ。私も、あんたたちのいいなりって言う、面白くない毎日から解放されて、八方ばん万歳だわ」
「……俺達もお前を殺したいのは、やまやまなんだがな。そんな事すりゃ銃殺は間違いなしだ。……さあ、遺跡に帰るぞ。休憩時間は終了だ」
「まだ食べ終わってないって言っているでしょう」
「言う事を聞かないつもりか? ……そうか、この前の処刑が何故行われたのか、もう忘れたようだな」
「お前が、軍への協力を頑固に拒み続けたばっかりに、『罪もない竜使い族の人々』が大勢殺されたんだぜ」
「そうよ! 見つかりもしない遺跡のお宝なんかの為に、よくも! このスレイヤー(殺害者)! 卑怯者!」
彼女は、フォークを握り締めてバッと立ち上がる。
にらみ合う、シェエラとスレイヤー達。
彼女の暗い目に込められた、物凄い憎悪と怒りには、さしもの兵達もたじろぐ。「お、お前は、『竜使い族』どもに危害を加えぬ条件で、我らの命令を聞く事を承知したはずだ!」
「今度逆らったら、奴らを皆殺しにしてくれるぞ!」
狼狽を隠す為、一人が、卓を殴り付けてひっくり返し、皿や酒瓶が、けたたましい音とともに床にぶちまけられる。
唇を噛みしめるシェエラ。血がにじむ。
と、その時、再びドアがきしみながら開き、皆、何気なしに振り向く。
そこに立っていたのは、フード付きのマントを身体にしっかりと巻きつけた人物。「何の用だ! ここは『竜使い族』どもの来る店じゃあないぞ?」
不機嫌そうに言う、スレイヤー兵士。
「あたし、ラノスさんに用があるの」
若い娘の声。全く恐れていない、ハキハキした答え方。
「わしがラノスだが、用は何だね?」
オヤジは、のそのそと戸口に向かう。
「遺跡に行く道を教えて欲しいの」
「え!」
絶句するオヤジ。おたおたと兵士達の方を見る。
「お前……何者だ!」
兵士が駆け寄る。
「ゆっくりとフードを取って、顔と手を見せろ!」
「いいわよ」
こぼれる長い金髪、大きい紫の瞳。妙な型のリングを頭にはめ、簡素なチュニックを着た可愛い娘ちゃん。
町の『竜使い族』達とは違い、輝く目を持っている。
兵士も、それに気づいた様子。「……手は四本指。明らかに奴らの一族ではある。だがどこか……普通の『竜使い族』どもとは違うようだ……。気のせいか?」
眉をしかめて考え込むスレイヤー達。
「とにかく。何のつもりだ! 道など聞きおって!」
「行きたいから。……教えてくれないの?」
少し首を傾げ、無邪気に尋ねる。
「あのなぁ……。お前バカか? 全く現状がわかってないらしいな」
呆れ果てるスレイヤー。可愛い笑みに警戒心も緩む。
「聞けば答えてもらえる物でもないだろうが」
「だって……ここまで来たら、看板に書いてあったんだもん。何でも承りますって」
「ここは旅行者の為の店だぜ。お前は違うからなあ」
顔を見合わせて大笑いする、兵士達。
「それなら心配ないわ。あたし旅行者だもの」
「はは……言うに事欠いて! シャトルは一ヶ月以上前から、ここには来てないぞ」
「自分の星船で来たの」
ますます笑い転げる、兵士達。
「こりゃ凄い冗談だな。スレイヤーの惑星統治官クラスでも、自家用宇宙船なんぞ持ってないと言うのに!」
「信じないのならいいわよ。……教えてくれないのね?」
「俺達が答えるわけないだろ?」
「おじさんは?」
「残念ながら、知らんものは答えようがないのだよ」
「じゃやっぱり、お姉さんしかいないってわけね」
彼女は頷くと、スッとシェエラの横に来る。
やっと笑い止め、ギクッとする兵士達。厳しさが戻り、彼女の腕を掴もうとする。「こら! 離れろ!」
「離れないと痛い目に合わせるぞ!」
「るさい! それは、こっちの台詞だよ!」
彼女の表情は、ガラッと変わって鋭くなっている。
いつの間にか取り出した短剣を左手に、腕をシェエラの背後から回し、その喉に突き付けて、凄んでみせる。
唖然としているシェエラとオヤジ。
信じられぬ顔で、たじたじと後ずさりする兵士達。「もう少し離れて……はい、そこで止まる。言う事聞かないと、グッサリやっちまうからねっ! さあ、通信機と銃とホバーのキーを、そこのテーブルの上に置くのよ。……小細工するんじゃないよ」
矢継ぎ早の命令。
「ま、まて、話せばわかる。お、落ち着きなさいっ」
「一体何を話すつもりなの? あたしは気が短いんだ! 早くしな! この姉さんを殺しちまったら、あんた達は間違いなく銃殺なんだろ?」
「貴様何者だ! どこの組織の者だ? 何のつもりだ?」
「そんな事、お前達に答える筋合いはないわ」
ピシャリと答える娘。
「くそ! ラノス! 奴を取り押さえろ!」
「こ、腰が抜けちまって……」
兵士にはわからぬよう、にやりと笑うオヤジ。
「じゃシェエラ、抵抗しろ! 相手は小娘だ!」
「喉元に短剣突き付けられた状態で、抵抗しろですって? 死ぬに決まっているわよ! あんた達が何とかすべきよ!」
わざとヒステリックに叫ぶ、シェエラ。
「……そうだっ! 小娘、俺達に逆らえば、町の仲間がどうなるか、わかにないのか?」
「今、あたしに逆らえばどうなるか、わからないの? 現状認識ができないようね」
兵士達は、不承不承ながら終に装備を卓上に置く。
「そう、それでいいのよ。次はグルッと壁づたいに奥へ」
じわじわと移動を始める、スレイヤー達。
「お姉さん、それを取ったら自分の身につけて」
彼らの動きを監視しながら、出口へと後退する二人。
「畜生! いい気になってられるのは今だけだぞ!」
「遺跡には、沢山の兵士達が四六時中警戒体制でいるんだからな! 貴様なんぞ近くに寄っただけで蜂の巣だ!」
「ご忠告ありがとう」
シェエラ達は、既に戸口の所まで来ていた。
と突然、ドアの横の影から二人の兵士がおどり出、左右から娘に飛び掛かる。同時に、店内の二人も走り出す。
娘は、シェエラを片方の男めがけて突き飛ばし、二人がもつれ合って倒れ込む間に、もう一人に強烈な肘打ちを食らわす。腹を抱えたところ、今度は首根っこを殴り付け、気絶させる。
シェエラは、相手の銃を素早く奪うと、台尻で頬桁を思いっきり殴り付ける。のけぞる男。「ち、畜生!」
様子を見て取った店内の兵士達は、舌打ちすると、唯一武装解除されなかった電磁剣を抜き、改めて身構える。
スイッチが入ると、かすかな唸りとともに光の剣が形作られる。「やる気? 死にたいのね?」
「は! 素人がなにを言う!」
「自分の命で確かめるがいいわ!」
娘は目を細めると、短剣を右手に持ち替えて軽く振る。
一瞬剣の長さがスッと伸びたように見える。手品にしろ何にしろ、彼女が身体の前で構えたのは、普通の長剣。
シェエラと取っ組み合って銃を取り返そうとしていた男も、彼女が全部の銃を遠くに投げ捨ててしまったので、諦めて立ち上がると、自分の光剣を抜く。
彼らは、息詰まる沈黙の中で、互いの隙をうかがう。
やがて、兵士の一人が斬りつけてくる。それにつられて、他の男もワーッとかかる。
娘は、軽やかなフットワークで剣を振るい、相手の剣が避けきれぬ時は、わりと無造作に左手の腕輪で受ける。すると、どんな金属でも真っ二つのはずの光剣が、火花を散らしつつも、食い止められる。
勝負は案外あっけなくつき、数分後には、兵士達は皆、通信機を使う暇もなく倒された。
服の泥をはらって立ち上がりながら、尋ねるシェエラ。「殺したの?」
黙って剣の刃を見せる娘。血はついていない。
こわごわ、店内から出てくるオヤジ。
娘は、彼の腹にいきなり、こぶしを叩き込む。
オヤジはウッとうめいてうずくまり、そのまま気を失う。「何をするの!」
「用心のため。それに、一人無傷じゃ疑われるからね」
娘が再び手を一振りすると、剣がどこかに消える。
「手伝ってくれて、ありがとう。怪我ない?」
首を振るシェエラ。
「じゃ奴らが気づかぬうちに、遺跡に向け出立しよう。ホバーの運転、頼めるね? 実はあたし、メカがてんで駄目なの。遺跡の位置は大体分かるんだけど」
あっけにとられるシェエラ。
「……あなた一体……何者なの?」
「『竜使い族』のフィアよ」
彼女はホバ・カーに乗り込むと、ニッコリと微笑んだ。