フィア達が遺跡に着いたのは、既に深夜だった。
中天には三つの月が出、気紛れな軌道を描きながら、冴えた光を辺りに投げかける。
荒涼たる砂漠も今は、優しく滴る銀の海のようだ。その銀の海の真ん中に浮かんでいる、『竜使い族』の遺跡。
大部分に風化が進み、原形を保ったままの所はないとは言え、それはかつて、全てが曲線で構成された壮麗な大都市であったらしい。
そのとてつもない大きさは、ここを調査中のスレイヤー軍が、仮の基地として使っており、宇宙船数隻までもを城壁の中に入れているのに、まだ余りあるところから想像できるだろう。
シェエラは、その城壁の外側に、そっと車を止める。
彼女は興奮してはいるが小さな声で、質問する。「……信じられないわ! 相当数の警戒網があったはずなのに、そのどれにもかからなかったなんて! どんな手品を使ったの?」
意外にも、フィアは、その質問に素直に答えた。
「このホバー全体をエルバムで包んだから、スレイヤーのどんな探知機にも感知できなかったのよ。あなたのネックリングの発信機も、車内にいる限り無効なの」
「エルバム?」
シェエラはけげんそうに、車の外を見る。
「何も見えないけど……。バリヤの一種の事?」
「運転できなくなるから、透明にしていただけよ。……ところであなた、古代『竜使い族』の遺跡研究家だってね」
突如話題を変えるフィア。
「え? ええ。研究家としては、そんなにたいしたことはないんだけど。たまたま『感応力』があったばかりに、この遺跡の在処がわかっちゃったのよね」
物思いにふけるシェエラ。
「これに限らず、『竜使い族』の遺跡は全て、メカでは発見できないのよ。だけど、私には遺跡の発する何かを感じる事ができる。そういう力なのよ。『感応力』って」
ハッと顔を上げ、フィアを凝視するシェエラ。
「……まさか? あなた、遺跡の場所がわかるって言ってたけど……『感応者』なの?」
「あたし達は、エルーファラと呼んでるけどね」
フィアは言いながら、キャノピーを開けて立ち上がる。
「待って! 駄目よ、出ちゃ! どこに行くの?」
「放して。あたし、遺跡の中の神殿に用があるの」
「駄目、逃げて! 奴ら、遺跡の謎を解明するための唯一の道具として、『感応者』を血眼で探しているのよ! 奴らに捕まったが最後、死ぬ事もできないで裏切り者として、ひどい一生を送る羽目になるわ!」
「大丈夫よ。奴らが、いくら凄まじい力を持ってたって、この中では、絶対あたしの方が強いんだもん」
「そんな事、あるわけ……」
「あなたも来る? ホバーの運転のお礼に、面白い物見せてあげるよ」
「行きたいけど、リングの発信機で居所が知れちゃうわ」
「あたしとズッと手を繋いでれば、平気よ」
「?」
シェエラは、半信半疑でフィアの左手を握る。と、何かがヒヤッと、彼女の右手から腕、肩、首と広がっていった。声にならない悲鳴を上げるシェエラ。
「害はないから。見えない服でも着た気でいるといいわ」
彼女の反応に、クスッと笑うフィア。
「さあ、行こう。どうせ中には、星船の周囲以外、警備兵は殆どいないんでしょ?」
「……ええ。奴ら周囲の警戒網を過信してるから」
二人は、太古の都市の中を、急ぎ足で抜けて行く。
「ったく、でかいんだから! なかなか神殿に着かない。こんな物が今まで、よくも見つからなかったもんだわ!」
「お宝伝説を信じた人々が、何百年にもわたって必死に探し続けたってのにね」
「伝説って?」
「あなたでも知らない事があったの? ……『竜使い族』の言い伝えでね。この星のどこかに遺跡があり、そこに古代『竜使い族』の遺跡が眠っている。ただしその宝は、真の竜使いの為のみ残されており、そうでない者には見付けられない、って言うのよ」
「へえ。……で、見付かったの?」
「まさか。見当もついてないわよ。……スレイヤー達は、私は遺跡を見つけられたんだから、財宝の在処もわかるはずだって信じているけどね」
「……あなたも宝物が欲しい?」
「そりゃ、金銀財宝も嫌いじゃないけど、私にとっての宝は、この遺跡そのもの。他の研究家達が知ったら、悪魔に魂を売ってでも、ここに来たいと思うでしょうね」
シェエラは周囲を見回す。
「今まで、こんなに大きい遺跡が発見された事なんかなかったもの。素晴らしい資料の山よ」
フッと言葉を切る、シェエラ。
「……そう。私を縛っているのは、このリングだけじゃなかったようね。……これがある限り、私の全てが奴らに筒抜け。帝国の版図内なら、どこに逃げてもわかるし、自殺しても何度でも再生・蘇生させられて……。でも、奴らが来る前、これがなかった時でも、私は自殺しなかったし、遺跡を爆破して奴らの手にわたるのを、防ごうともしなかった! 竜使いの遺産がただの宝でなく、スレイヤーにとって未知の素晴らしい技術だったかもしれないのに!」
「奴らがそんな物を手に入れたが最後、兵器に応用するのは目に見えているわ」
「でも、私にはできなかった。……知りたかったのよ!」
血を吐くような、つぶやき。
「今なら……奴らの残忍さを、目の当たりにした今なら、この星ごとであっても遺跡をふっ飛ばすべきだと、確信を込めて言えるのに……手後れよ」
彼女らは、やっとの事で、中心付近の神殿か何かだったらしい建物に辿り着く。
「……しかし、それでも『知りたい』気持ちをすっかり捨てきる事は、できないけどね」
フィアの後について建物内部に入りながら、溜め息をつくシェエラ。
「……古代『竜使い族』。私達の祖先で、数千年もの昔スレイヤー族に敗れた種族。メカを持たず、全てを『竜』に頼っていた人々。……彼らについて知られている事は、あまりにも少なすぎるわ。……彼らの指導者たる少数の『真の竜使い族』や『竜』の事となると、子孫の私達にももう謎だらけ。……彼ら『真の竜使い族』は、本当に一人残らず滅んでしまったのかしら? それとも、よく言われるように、臣民である私達の先祖を見捨てて、自分達だけで彼方へ旅立ってしまったのかしら?」
「……違うわ」
突然、フィアがポツリと言う。
「見捨てたのは臣民達の方。……なんでも、竜使いと竜に任せて、危機が迫っても、自分の力では何もしようとしない。旗色が悪くなってくると、指導者達を責める。そして終に、スレイヤーの甘言と機械文明に騙されて、『最早我々に竜は必要ない!』と、竜達を殺し始めた。だから……彼らは自分から去って行ったのよ」
淡く光る石で作られたらしい、入り組んだ構造の回廊に、暫くかすかな足音だけが響く。
「あなた、もしや? それに、見せてくれる物って矢張り、宝の事?」
うつむくフィア。悲し気な瞳。
シェエラは問う。「……何故こんな物を残したの? 臣民達は彼らに逆らったのでしょう? なら、何故わざわざ宝の伝説など! ……それに、スレイヤーの支配下で遺産が発見されたら、こうなる事くらい予想できたでしょうに!」
回廊は、殆ど終わりに近づいていた。突き当たりには、天井までも達する、大きな両開きの扉がある。
「こんな遺跡さえなければ、多分揉め事は起きなかった。遺産などありがた迷惑なだけだ。そう思っているのね?」
「そこまでは……。私に、向学心という欲望がなければ、ここまで、ひどい事にはならなかっただろうし」
口ごもるシェエラ。二人は、扉の前で立ち止まる。
「……お願い! あなた、遺産が何でどこにあるか知っているのなら、早くそれを奴らの手の届かない所に持って行くか、跡形もなく壊してしまって!」
「本当にいいの? そりゃあたしは、元々そのつもりでジャフィールに来たんだけど。後で後悔しても知らないよ」
シェエラをじっと見つめるフィア。
「奴らを宇宙から一掃できるような、最終兵器かもしれないのよ」
「かまわないわ。そんな兵器だったら、なおさらだわ。今の『竜使い族』には、過ぎた物よ! 管理できずに、自滅するに違いないもの! ましてや、それがスレイヤーの手に入るような事にでもなったら!」
頷くフィア。
「わかったわ。この惑星の遺産は、スレイヤーの脅威がなくなるか、『竜使い族』達が継ぐ者として相応しくなるまで、あたし達が預かる。……でも、忘れないでね。いつか、あなた達がスレイヤーの支配下から抜け出し、自分の力で自由を勝ち取ろうとする時には、きっと役に立つから。その時まで、忘れないで。方々の惑星に散在する『遺跡』は、そういう『真の竜使い族』のために、古代人達が残した遺産なんだから」
彼女は、にっこりと笑う。
「自分達に背いたものの子孫に……。アフター・サービスのいいご先祖様ね!」
こぼれかける涙を隠し、冗談を言ってみせるシェエラ。
「でしょ? あたしは、サービス要員ってとこかな?」
フィアは、扉をゆっくりと押し開ける。扉の向こうに広がるのは、狭いが天井がやけに高いホール。
内部は薄暗かったが、フィアは自信ありげな足取りでどんどん奥へと進んで行く。「さっきから聞こうと思ってたんだけど、あなた以前に、この遺跡に来た事でもあるの?」
「いいえ。でもパターンは共通しているもの」
「ふうん。……で、どうするの? ここで行き止まりよ」
「違うわ。パターン通りならね」
何の変哲もない壁の装飾に、片手でそっと触れる。と、そこから、ボウッと明かりが広がり始める。
その時、突然、あたりが真昼のような明るさに変わる。闇を切り裂く、人工照明の無機質な閃光。
目を覆い、立ちすくむシェエラ。フィアは、サッと駆け出そうとする。が、その途端、二人の足元にパワーを弱めたビームが炸裂する。
床の焦げ跡は、きれいな円を描いている。「ようこそ、進入者諸君! 命が惜しければ、そのまま動くなよ?」
勝ち誇った声。だが、人の姿はどこにも見当たらない。あるのは、天井近くに浮かんだ、小さな丸いメカくらい。
「しまった! あれ、監視ボールだわ」
うめくシェエラ。
「姿を見せろ!」
叫ぶフィア。
「その前に、武器を全て捨てろ」
「持っていない物は、捨てようがない」
「マントをはずして、グルッと回ってみろ」
そのとおりにするフィア。だが何も持っていない。
「ばかな? ……まあいい。途中に置いてきたのだろう」
扉が大きく開かれ、ビームライフルを構えた兵士達がドカドカと、雪崩れ込んでくる。彼らが壁に沿って並び終わると、ゆっくりと尊大な足取りで、男が一人、入って来た。
以外と若いが、酷薄そうな顔。昔の王族を気取ってか、きらびやかなチュニックとマントを、身につけている。「レンデル……司令官!」
今にも飛びかかりそうな、シェエラ。
「……どうしてわかったの? 探知機には、かからないはずなのに!」
「頭隠して何とやら。優秀なジャマーらしいが、声だけは隠しきれなかったようだな」
「やっぱり」
肩をすくめるフィア。
「おかげで面白い話が聞けた。お前の素性はまた後で、ゆっくり調べるとして。……そこが宝の隠し場所か?」
「違うわ」
そっけなく答えるフィア。
「宝を運び去るため来たらしいが、裏目に出たな?」
ほくそえむ司令官。
「さあ、私に無傷の宝を渡すのだ」
「嫌だといったら?」
挑戦的に言うフィア。
「町の者どもを、皆殺しにする」
平然と言いきる司令官。
「部下には、もう既に用意させている。見るか?」
レンデルの合図に、監視メカがスウッと降下してき、そのスクリーンに、兄弟分の送ってくる映像を映し出す。
町の広場に集められた『竜使い族』達。そのまわりに、ライフルを構えた兵士達が立っている。人々は、不安におどおどと震え、互いに身を寄せ合っている。
珍しい事に、名物の砂埃が、全く立っていない。「ニセモノじゃないだろうね」
疑うシェエラ。
「いやいや」
指を振る司令官。
「おい、あいつを出してやれ」
スクリーンの前に引っ立てられて来た男。ラノスだ。
「た、助けてくだせえ! わしゃ何も悪い事なんぞ……」
「あの人はスレイヤー族だ!」
叫ぶシェエラ。
「だが、何かと軍に逆らいおったそうじゃないか」
「そんな……!」
絶句するシェエラ。
「どうだ? うんと言えば奴らの命は、助けてやるぞ」
「……誰が! もう私には、脅しは効かないわよ」
「お前に聞いているのではない。もう一人にだ」
「……本当に約束を守るか?」
静かに言うフィア。
「駄目よ! フィア! そんな事したら大変な事に!」
「勿論。お前達の安全も保障する」
「フィア! こいつらの約束なんて、信じちゃ駄目!」
「うるさいぞ。少し黙らせろ」
兵士の一人が駆け寄ると、シェエラを殴りつける。
「さあ。宝を出してもらおうか。小細工はするなよ」
フィアは、頷くと、先ほどの装飾に両手をあてる。光が広がり、大人の身長くらいの高さの扉を形作る。
息をつめて見守る人々。
光の扉を開くフィア。中は、黄金色の眩しい光で満たされた、小部屋らしい。「おお……! 黄金でできた部屋か?」
目を細める司令官。ざわつく兵士達。
が、シェエラは軽い失望感を抱いていた。≪金とか銀とか、そんな物が、古代人の残した宝なの?≫
フィアは、光の中に両腕を差し入れる。すると、扉の向こう側に入った部分は、スッパリと消えてなくなる。
「な、何? 部屋ではないのか! 次元保管庫?」
どよめきを無視し、フィアは腕を戻す。腕は勿論、ちゃんとついている。ホッとする人々。
彼女の腕には、一抱え程の大きさの、黄金色に輝く物があった。「これが……宝?」
おそるおそる近づく司令官。
「何だ? トカゲの彫刻か?……同じような物が、あの『部屋』の中にいっぱいあるのか?」
そっと受け取る。
「ええ。あの中は、これでいっぱい」
妙な笑みを浮かべているフィア。
「これだけか? この遺跡では」
ジロジロと眺めまわす。
「ええ。ここには、これしかないわ」
「……まあ、期待外れではあるが、他の遺跡にもあるかもしれないと考えれば、まあまあか。『感応者』も、一人増えた事だし。次はセーリオに行こうかな?」
にたにたと相好を崩す、レンデル。
「……これを私物化する気?」
尋ねるフィア。
「お前の知った事じゃない」
「だから惑星封鎖したのね」
「うるさいな! ……さて、そうと決まれば。やれ!」
無表情に腕を振る、レンデル。
と、スクリーンの中で、一斉に銃撃音が響き渡る。「だましたわね? 約束を破るつもり?」
叫ぶフィア。
「やっぱり! だから言ったのに!」
呆然のシェエラ。
「トカゲ相手に約束だと? 約束とは、人間様どうしがするものを言うのだ」
こう笑するレンデル。
だが、フィアも、クスクスと笑いだす。「……それを聞いて、良心が痛まなくなったわ」
「何?」
「フィア! どういう事?」
「スクリーンを、もう一度よく見てごらんなさい」
そこでは、異変が起こっていた。
「司令官? 奴ら、撃っても撃っても、倒れません!」
「何! どういう事だ?」
「言葉どうりなんですよっ! 最高出力でも、ビクともしません」
人々は始め、きょとんとしているばかりだったが、やがて、憎いスレイヤー達の武器が、全く役立たずなのに気づき、猛然と反撃にかかる。
その辺の棒切れや石ころ、それすらない者は、自分の爪や歯を使い、女子供にいたるまで奮戦する。
こうなると、数の上で著しく少ない兵士達は、一人がいくらがんばろうと、どんどん押されていく。「糞! 畜生!……も、もう駄目だ! 司令官、どうか救援を! お願いです!」
「ばかな! 貴様達、それでもスレイヤー軍兵士か!」
「だって……奴ら、不死身なんですよっ!」
ゆっくりと振り向く、蒼褪めた司令官。
「お前……何をした?」
「ちょっと手助けを」
スクリーン内では、追いつめられた兵士達が、終に、武装ホバ・カーや装甲車などを持ち出して、人々を追いまわし始めた。さすがに逃げまどう、人々。
「……そうだ! 奴らなんぞ、踏み潰してしまえ!」
「あ、そんな事言って、今に後悔するよ。ほら!」
「何だ? あれは?」
人々の体から、町の建物から、そして道路から、何かが、立ち上り、広場に集まりつつある。
それは、見る間に濃くなり、実体を持ち始める。「り、竜?」
町並みよりも高く突き出た長い首。そして羽根と尻尾。
その姿は、伝説の中の竜、そのままであった。「まさか……幻だ! 竜なんて、想像の……」
力なくつぶやく司令官。
それが幻でない証拠に、スレイヤーのホバ・カー等は、次々と踏み潰されるか、遠くに放り飛ばされている。
竜は、その巨体にもかかわらず、不思議と『竜使い族』を踏んだり、町を壊したりはしない。
人々は、熱狂的に叫び、歓声を上げている。「『竜』だ! 『竜使い』が、我らを助けてくれたぞ!」
「何? ……おっ、あれは! 人だ!」
監視メカが、竜の頭の上に立っている人物を見つける。
「行けっ! 奴を殺せば、竜も動かなくなるはずだ!」
その若い男も、監視メカに気づく。
亜麻色の髪、濃い青に染まった切れ長の目。貴族的な顔立ち、すらりとした体。複雑な曲線で構成された装甲服を着、大きい真紅のマントを羽織っている。
典雅な唇に笑みを浮かべると、男は長剣を構える。「フィア、聞いているか? もうすぐ、こちらは片付く。ナジャーと準備をして待っていなさい」
「了解。メラー」
嬉しそうに言うフィア。
「お前の仲間か? ハ! 刀でビームに勝てるとでも?」
だが、メカ・ボールのビームは、彼の装甲服に難なく吸収されてしまい、反対に剣で真っ二つにされてしまう。
消える画像。シーンとなる遺跡内。「……お前達、一体何者だ?」
「ただの竜使いよ。……あなたが約束を守りそうなら、命だけは助けてあげるつもりだったんだけど。おしいなあ。最後に、面白い物見せてあげるわ。約束だったものね」
フィアは、司令官に向けてすっと手を差し伸べる。
「撃て! 撃て!」
恐怖に顔を歪め、叫ぶレンデル。
兵士達は、待ってましたとばかりに、フィアを四方八方から撃つ。だが、彼女は平然と立っている。
ビームに、マントが一瞬で燃え尽きる。が、その下の赤いチュニックは、いつの間にか、体にピッタリとフィットした藍のスペース・ジャケット風に変わっており、ビームの猛攻にも全く変化が見られない。「何故だ? 着替えてもいないのに!」
「種明かし、いこうか?」
フィアの右手の甲の上に、同じく、いつの間にか小さいトカゲが、ちょこなんと、とまっている。
それの体の線が、グニャッとずれたかと思うと、たちまち水のように崩れ出し、手、腕、肩、首、胸、と彼女の体を覆っていく。そのながれの通った後は、白い装甲服が出来上がっている。
ポカンと全員が、見とれる。隅の方には、変化の過程を余程熱心に見ていたのか、もどしかけている兵士も。「あ、酔っちゃったかな? 悪いな。でも、普段の速度じゃ見えないんだもの」
「竜とは、不定形生物の事だったのね!」
「当たらずとも、遠からず」
「ま、まさか、これも?」
ひきつる司令官。
「今、起こしてあげるわよ。数千年の眠りから」
フィアが、目を閉じて、何かに精神を凝らす。彼女の頭のリングが、すうっと伸び、額の所で合わさると、紫色の大きな、水晶のような宝石が現れる。
と、レンデルの腕の中のトカゲが、ウンと伸びをする。「おいで」
フィアの差し伸べた手に飛びつく。
「よしよし、いいこ」
どこかで、遠い地鳴りのような音が響き始める。
「何か音がしないか?」
不安気に見回す、兵士達。
「この遺跡が崩れていく音よ」
こともなげに答えるフィア。
「私が、解除命令と休息命令を出したから」
「何!」
皆、慌てふためき、出口に殺到する。
だが、司令官だけは、あの黄金色の部屋の前で、中に入ろうとしては入れず、ゴソゴソしている。
既に、壁や床の表面は、火であぶられた蝋のように、形を失いつつある。「私の財宝! せめて一つ! こんな凄い物、一つでもあれば!」
「しぶとい、おっさんだね。……そこに残ってるのは、こいつの一部に過ぎない。『持って』行く事は不可能だよ」
「畜生! そいつをよこせ!」
「そうはいかない」
ひょいとかわす、フィア。
と、ぐにゃぐにゃの床に足を取られ、司令官がバタッと倒れる。そこでやっと、周囲の様子に気づく。
今では、天井もベロベロ剥がれては、落ちてくる。アメーバかヒルの親玉みたいな物で、落ちて来た塊も、直ぐさま床と同化してしまう。「早く、出なきゃ……!」
一歩ごと、苦労して足を引き抜きながら言うシェエラ。
「大丈夫よ」
そう言うフィアは、アメーバの表面に立っている。
「元々『竜使い族』は、このエルバムとは、竜を間においてなかよしさんだからね。危害を加えなければ、包まれても、食べられるところまではいかない」
「食べる! ちゃんとわかってくれるかな?」
半べその声で言う、シェエラ。
「糞! 身動きとれん!……こうなったら多少過激だが、宇宙船の惑星間砲で、少しずつふっ飛ばしてくれるわ!」
エルバムを、銃で撃ったりしていた司令官だが、余計に絡み付かれ、もがきながら、コムで連絡をつける。
「みてろ! いくら竜でも、宇宙船には勝てるものか!」
だが、ようやく船長を説き伏せ、少ない人員で発射準備が整った時に、コムから悲鳴がもれる。
「し、司令官! 宇宙船です! 見たこともない型の……恒星間航行も可能な程の大きさです!」
「ナジャーの星船だわ」
「わあっ! 奴は、我々の上にのしかかって来て……!」
「どうしたっ?」
「溶けた! 奴の船が突然溶けたんです! こ、こっちの船の外壁まで、一緒に溶けて……! 駄目ですっ!」
「他の船は!」
「こっちも駄目です! 町の方から竜がやって来て……」
放心状態に近い、司令官。
「ばかな……。無敵のスレイヤー軍が、たった数匹のトカゲに敗れるとは!」
天井が、またドサッと落ちてくる。埋まる司令官。シェエラの方はまだ、上半身が自由だ。
シェエラとフィアの目が合う。「……もう、死にたがらない?」
「勿論」
フッと笑みをかわす二人。フィアが、そっと手を握る。
「後はあなた達、『竜使い族』に任せるわ。あたし達は、これ以上干渉しないから」
「十分よ。ありがとう。……また、どこかで会えるといいな」
「会えるはずよ。あなたが、自分の力で生きようとして、ベストを尽くしている限り。……遠い未来じゃないわ」
「その時は、スパゲッティの大盛りでパーティーしよう!」
「わあ! 期待しているね。……じゃ」
「またね」
フィアの手が、すっと離れた途端、シェエラの体はエルバムの中に、ズブッと頭まで沈み込む。
その時、天井に穴がポッカリと空き、星空が見える。そこに音もなく浮かんでいる、異様な形の星船と竜。
シェエラの『感応者』としての耳に、声が聞こえる。「俺の方は、食べ終わった。メラー、どうだ?」
「私の方もいい。ナジャー、同化始めるぞ。リードとれ」
船と竜は、それぞれの形を崩すと、一つに溶け合って、一回り大きな船になる。
その様子は、不気味だが、独特の美を感じさせる。「フィア、まだか?」
「今、遺跡を形作っていたエルバムを、全部かき集めてるところよ。ばかでっかいし、ずっと眠っていたから、時間がかかるの。……餌の消化はそろそろいいわ」
シェエラは、夢うつつの状態で、会話を聞いていた。
「フィア、同化始めるぞ」
「いいわ。ナジャー、メラー」
シェエラの最後の記憶は、黄金色に光るフィアだった。
そして。彼女が、町から駆けつけたラノスや竜使い族達に助け起こされた時、砂漠には、何も残ってなかった。
遺跡も、宇宙船も、スレイヤーの服の切れ端一つも。
朝の光の下、荒涼とした、しかしどこかすがすがしく見える砂漠が、目の届く限り広がっているだけだった。