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竜使い達の遺産
〜LEGACY OF THE DRAGON TAMERS〜
(2)

 
                 大沢 純

 
 

 フィア達が遺跡に着いたのは、既に深夜だった。
 中天には三つの月が出、気紛れな軌道を描きながら、冴えた光を辺りに投げかける。
 荒涼たる砂漠も今は、優しく滴る銀の海のようだ。その銀の海の真ん中に浮かんでいる、『竜使い族』の遺跡。
 大部分に風化が進み、原形を保ったままの所はないとは言え、それはかつて、全てが曲線で構成された壮麗な大都市であったらしい。
 そのとてつもない大きさは、ここを調査中のスレイヤー軍が、仮の基地として使っており、宇宙船数隻までもを城壁の中に入れているのに、まだ余りあるところから想像できるだろう。
 シェエラは、その城壁の外側に、そっと車を止める。
 彼女は興奮してはいるが小さな声で、質問する。

「……信じられないわ! 相当数の警戒網があったはずなのに、そのどれにもかからなかったなんて! どんな手品を使ったの?」

 意外にも、フィアは、その質問に素直に答えた。

「このホバー全体をエルバムで包んだから、スレイヤーのどんな探知機にも感知できなかったのよ。あなたのネックリングの発信機も、車内にいる限り無効なの」

「エルバム?」

 シェエラはけげんそうに、車の外を見る。

「何も見えないけど……。バリヤの一種の事?」

「運転できなくなるから、透明にしていただけよ。……ところであなた、古代『竜使い族』の遺跡研究家だってね」

 突如話題を変えるフィア。

「え? ええ。研究家としては、そんなにたいしたことはないんだけど。たまたま『感応力』があったばかりに、この遺跡の在処がわかっちゃったのよね」

 物思いにふけるシェエラ。

「これに限らず、『竜使い族』の遺跡は全て、メカでは発見できないのよ。だけど、私には遺跡の発する何かを感じる事ができる。そういう力なのよ。『感応力』って」

 ハッと顔を上げ、フィアを凝視するシェエラ。

「……まさか? あなた、遺跡の場所がわかるって言ってたけど……『感応者』なの?」

「あたし達は、エルーファラと呼んでるけどね」

 フィアは言いながら、キャノピーを開けて立ち上がる。

「待って! 駄目よ、出ちゃ! どこに行くの?」

「放して。あたし、遺跡の中の神殿に用があるの」

「駄目、逃げて! 奴ら、遺跡の謎を解明するための唯一の道具として、『感応者』を血眼で探しているのよ! 奴らに捕まったが最後、死ぬ事もできないで裏切り者として、ひどい一生を送る羽目になるわ!」

「大丈夫よ。奴らが、いくら凄まじい力を持ってたって、この中では、絶対あたしの方が強いんだもん」

「そんな事、あるわけ……」

「あなたも来る? ホバーの運転のお礼に、面白い物見せてあげるよ」

「行きたいけど、リングの発信機で居所が知れちゃうわ」

「あたしとズッと手を繋いでれば、平気よ」

「?」

 シェエラは、半信半疑でフィアの左手を握る。と、何かがヒヤッと、彼女の右手から腕、肩、首と広がっていった。声にならない悲鳴を上げるシェエラ。

「害はないから。見えない服でも着た気でいるといいわ」

 彼女の反応に、クスッと笑うフィア。

「さあ、行こう。どうせ中には、星船の周囲以外、警備兵は殆どいないんでしょ?」

「……ええ。奴ら周囲の警戒網を過信してるから」

 

 

 二人は、太古の都市の中を、急ぎ足で抜けて行く。

「ったく、でかいんだから! なかなか神殿に着かない。こんな物が今まで、よくも見つからなかったもんだわ!」

「お宝伝説を信じた人々が、何百年にもわたって必死に探し続けたってのにね」

「伝説って?」

「あなたでも知らない事があったの? ……『竜使い族』の言い伝えでね。この星のどこかに遺跡があり、そこに古代『竜使い族』の遺跡が眠っている。ただしその宝は、真の竜使いの為のみ残されており、そうでない者には見付けられない、って言うのよ」

「へえ。……で、見付かったの?」

「まさか。見当もついてないわよ。……スレイヤー達は、私は遺跡を見つけられたんだから、財宝の在処もわかるはずだって信じているけどね」

「……あなたも宝物が欲しい?」

「そりゃ、金銀財宝も嫌いじゃないけど、私にとっての宝は、この遺跡そのもの。他の研究家達が知ったら、悪魔に魂を売ってでも、ここに来たいと思うでしょうね」

 シェエラは周囲を見回す。

「今まで、こんなに大きい遺跡が発見された事なんかなかったもの。素晴らしい資料の山よ」

 フッと言葉を切る、シェエラ。

「……そう。私を縛っているのは、このリングだけじゃなかったようね。……これがある限り、私の全てが奴らに筒抜け。帝国の版図内なら、どこに逃げてもわかるし、自殺しても何度でも再生・蘇生させられて……。でも、奴らが来る前、これがなかった時でも、私は自殺しなかったし、遺跡を爆破して奴らの手にわたるのを、防ごうともしなかった! 竜使いの遺産がただの宝でなく、スレイヤーにとって未知の素晴らしい技術だったかもしれないのに!」

「奴らがそんな物を手に入れたが最後、兵器に応用するのは目に見えているわ」

「でも、私にはできなかった。……知りたかったのよ!」

 血を吐くような、つぶやき。

「今なら……奴らの残忍さを、目の当たりにした今なら、この星ごとであっても遺跡をふっ飛ばすべきだと、確信を込めて言えるのに……手後れよ」

 彼女らは、やっとの事で、中心付近の神殿か何かだったらしい建物に辿り着く。

「……しかし、それでも『知りたい』気持ちをすっかり捨てきる事は、できないけどね」

 フィアの後について建物内部に入りながら、溜め息をつくシェエラ。

「……古代『竜使い族』。私達の祖先で、数千年もの昔スレイヤー族に敗れた種族。メカを持たず、全てを『竜』に頼っていた人々。……彼らについて知られている事は、あまりにも少なすぎるわ。……彼らの指導者たる少数の『真の竜使い族』や『竜』の事となると、子孫の私達にももう謎だらけ。……彼ら『真の竜使い族』は、本当に一人残らず滅んでしまったのかしら? それとも、よく言われるように、臣民である私達の先祖を見捨てて、自分達だけで彼方へ旅立ってしまったのかしら?」

「……違うわ」

 突然、フィアがポツリと言う。

「見捨てたのは臣民達の方。……なんでも、竜使いと竜に任せて、危機が迫っても、自分の力では何もしようとしない。旗色が悪くなってくると、指導者達を責める。そして終に、スレイヤーの甘言と機械文明に騙されて、『最早我々に竜は必要ない!』と、竜達を殺し始めた。だから……彼らは自分から去って行ったのよ」

 淡く光る石で作られたらしい、入り組んだ構造の回廊に、暫くかすかな足音だけが響く。

「あなた、もしや? それに、見せてくれる物って矢張り、宝の事?」

 うつむくフィア。悲し気な瞳。
 シェエラは問う。

「……何故こんな物を残したの? 臣民達は彼らに逆らったのでしょう? なら、何故わざわざ宝の伝説など! ……それに、スレイヤーの支配下で遺産が発見されたら、こうなる事くらい予想できたでしょうに!」

 回廊は、殆ど終わりに近づいていた。突き当たりには、天井までも達する、大きな両開きの扉がある。

「こんな遺跡さえなければ、多分揉め事は起きなかった。遺産などありがた迷惑なだけだ。そう思っているのね?」

「そこまでは……。私に、向学心という欲望がなければ、ここまで、ひどい事にはならなかっただろうし」

 口ごもるシェエラ。二人は、扉の前で立ち止まる。

「……お願い! あなた、遺産が何でどこにあるか知っているのなら、早くそれを奴らの手の届かない所に持って行くか、跡形もなく壊してしまって!」

「本当にいいの? そりゃあたしは、元々そのつもりでジャフィールに来たんだけど。後で後悔しても知らないよ」

 シェエラをじっと見つめるフィア。

「奴らを宇宙から一掃できるような、最終兵器かもしれないのよ」

「かまわないわ。そんな兵器だったら、なおさらだわ。今の『竜使い族』には、過ぎた物よ! 管理できずに、自滅するに違いないもの! ましてや、それがスレイヤーの手に入るような事にでもなったら!」

 頷くフィア。

「わかったわ。この惑星の遺産は、スレイヤーの脅威がなくなるか、『竜使い族』達が継ぐ者として相応しくなるまで、あたし達が預かる。……でも、忘れないでね。いつか、あなた達がスレイヤーの支配下から抜け出し、自分の力で自由を勝ち取ろうとする時には、きっと役に立つから。その時まで、忘れないで。方々の惑星に散在する『遺跡』は、そういう『真の竜使い族』のために、古代人達が残した遺産なんだから」

 彼女は、にっこりと笑う。

「自分達に背いたものの子孫に……。アフター・サービスのいいご先祖様ね!」

 こぼれかける涙を隠し、冗談を言ってみせるシェエラ。

「でしょ? あたしは、サービス要員ってとこかな?」

 フィアは、扉をゆっくりと押し開ける。扉の向こうに広がるのは、狭いが天井がやけに高いホール。
 内部は薄暗かったが、フィアは自信ありげな足取りでどんどん奥へと進んで行く。

「さっきから聞こうと思ってたんだけど、あなた以前に、この遺跡に来た事でもあるの?」

「いいえ。でもパターンは共通しているもの」

「ふうん。……で、どうするの? ここで行き止まりよ」

「違うわ。パターン通りならね」

 何の変哲もない壁の装飾に、片手でそっと触れる。と、そこから、ボウッと明かりが広がり始める。
 その時、突然、あたりが真昼のような明るさに変わる。闇を切り裂く、人工照明の無機質な閃光。
 目を覆い、立ちすくむシェエラ。フィアは、サッと駆け出そうとする。が、その途端、二人の足元にパワーを弱めたビームが炸裂する。
 床の焦げ跡は、きれいな円を描いている。

「ようこそ、進入者諸君! 命が惜しければ、そのまま動くなよ?」

 勝ち誇った声。だが、人の姿はどこにも見当たらない。あるのは、天井近くに浮かんだ、小さな丸いメカくらい。

「しまった! あれ、監視ボールだわ」

 うめくシェエラ。

「姿を見せろ!」

 叫ぶフィア。

「その前に、武器を全て捨てろ」

「持っていない物は、捨てようがない」

「マントをはずして、グルッと回ってみろ」

 そのとおりにするフィア。だが何も持っていない。

「ばかな? ……まあいい。途中に置いてきたのだろう」

 扉が大きく開かれ、ビームライフルを構えた兵士達がドカドカと、雪崩れ込んでくる。彼らが壁に沿って並び終わると、ゆっくりと尊大な足取りで、男が一人、入って来た。
 以外と若いが、酷薄そうな顔。昔の王族を気取ってか、きらびやかなチュニックとマントを、身につけている。

「レンデル……司令官!」

 今にも飛びかかりそうな、シェエラ。

「……どうしてわかったの? 探知機には、かからないはずなのに!」

「頭隠して何とやら。優秀なジャマーらしいが、声だけは隠しきれなかったようだな」

「やっぱり」

 肩をすくめるフィア。

「おかげで面白い話が聞けた。お前の素性はまた後で、ゆっくり調べるとして。……そこが宝の隠し場所か?」

「違うわ」

 そっけなく答えるフィア。

「宝を運び去るため来たらしいが、裏目に出たな?」

 ほくそえむ司令官。

「さあ、私に無傷の宝を渡すのだ」

「嫌だといったら?」

 挑戦的に言うフィア。

「町の者どもを、皆殺しにする」

 平然と言いきる司令官。

「部下には、もう既に用意させている。見るか?」

 レンデルの合図に、監視メカがスウッと降下してき、そのスクリーンに、兄弟分の送ってくる映像を映し出す。
 町の広場に集められた『竜使い族』達。そのまわりに、ライフルを構えた兵士達が立っている。人々は、不安におどおどと震え、互いに身を寄せ合っている。
 珍しい事に、名物の砂埃が、全く立っていない。

「ニセモノじゃないだろうね」

 疑うシェエラ。

「いやいや」

 指を振る司令官。

「おい、あいつを出してやれ」

 スクリーンの前に引っ立てられて来た男。ラノスだ。

「た、助けてくだせえ! わしゃ何も悪い事なんぞ……」

「あの人はスレイヤー族だ!」

 叫ぶシェエラ。

「だが、何かと軍に逆らいおったそうじゃないか」

「そんな……!」

 絶句するシェエラ。

「どうだ? うんと言えば奴らの命は、助けてやるぞ」

「……誰が! もう私には、脅しは効かないわよ」

「お前に聞いているのではない。もう一人にだ」

「……本当に約束を守るか?」

 静かに言うフィア。

「駄目よ! フィア! そんな事したら大変な事に!」

「勿論。お前達の安全も保障する」

「フィア! こいつらの約束なんて、信じちゃ駄目!」

「うるさいぞ。少し黙らせろ」

 兵士の一人が駆け寄ると、シェエラを殴りつける。

「さあ。宝を出してもらおうか。小細工はするなよ」

 フィアは、頷くと、先ほどの装飾に両手をあてる。光が広がり、大人の身長くらいの高さの扉を形作る。
 息をつめて見守る人々。
 光の扉を開くフィア。中は、黄金色の眩しい光で満たされた、小部屋らしい。

「おお……! 黄金でできた部屋か?」

 目を細める司令官。ざわつく兵士達。
 が、シェエラは軽い失望感を抱いていた。

≪金とか銀とか、そんな物が、古代人の残した宝なの?≫

 フィアは、光の中に両腕を差し入れる。すると、扉の向こう側に入った部分は、スッパリと消えてなくなる。

「な、何? 部屋ではないのか! 次元保管庫?」

 どよめきを無視し、フィアは腕を戻す。腕は勿論、ちゃんとついている。ホッとする人々。
 彼女の腕には、一抱え程の大きさの、黄金色に輝く物があった。

「これが……宝?」

 おそるおそる近づく司令官。

「何だ? トカゲの彫刻か?……同じような物が、あの『部屋』の中にいっぱいあるのか?」

 そっと受け取る。

「ええ。あの中は、これでいっぱい」

 妙な笑みを浮かべているフィア。

「これだけか? この遺跡では」

 ジロジロと眺めまわす。

「ええ。ここには、これしかないわ」

「……まあ、期待外れではあるが、他の遺跡にもあるかもしれないと考えれば、まあまあか。『感応者』も、一人増えた事だし。次はセーリオに行こうかな?」

 にたにたと相好を崩す、レンデル。

「……これを私物化する気?」

 尋ねるフィア。

「お前の知った事じゃない」

「だから惑星封鎖したのね」

「うるさいな! ……さて、そうと決まれば。やれ!」

 無表情に腕を振る、レンデル。
 と、スクリーンの中で、一斉に銃撃音が響き渡る。

「だましたわね? 約束を破るつもり?」

 叫ぶフィア。

「やっぱり! だから言ったのに!」

 呆然のシェエラ。

「トカゲ相手に約束だと? 約束とは、人間様どうしがするものを言うのだ」

 こう笑するレンデル。
 だが、フィアも、クスクスと笑いだす。

「……それを聞いて、良心が痛まなくなったわ」

「何?」

「フィア! どういう事?」

「スクリーンを、もう一度よく見てごらんなさい」

 そこでは、異変が起こっていた。

「司令官? 奴ら、撃っても撃っても、倒れません!」

「何! どういう事だ?」

「言葉どうりなんですよっ! 最高出力でも、ビクともしません」

 人々は始め、きょとんとしているばかりだったが、やがて、憎いスレイヤー達の武器が、全く役立たずなのに気づき、猛然と反撃にかかる。
 その辺の棒切れや石ころ、それすらない者は、自分の爪や歯を使い、女子供にいたるまで奮戦する。
 こうなると、数の上で著しく少ない兵士達は、一人がいくらがんばろうと、どんどん押されていく。

「糞! 畜生!……も、もう駄目だ! 司令官、どうか救援を! お願いです!」

「ばかな! 貴様達、それでもスレイヤー軍兵士か!」

「だって……奴ら、不死身なんですよっ!」

 ゆっくりと振り向く、蒼褪めた司令官。

「お前……何をした?」

「ちょっと手助けを」

 スクリーン内では、追いつめられた兵士達が、終に、武装ホバ・カーや装甲車などを持ち出して、人々を追いまわし始めた。さすがに逃げまどう、人々。

「……そうだ! 奴らなんぞ、踏み潰してしまえ!」

「あ、そんな事言って、今に後悔するよ。ほら!」

「何だ? あれは?」

 人々の体から、町の建物から、そして道路から、何かが、立ち上り、広場に集まりつつある。
 それは、見る間に濃くなり、実体を持ち始める。

「り、竜?」

 町並みよりも高く突き出た長い首。そして羽根と尻尾。
 その姿は、伝説の中の竜、そのままであった。

「まさか……幻だ! 竜なんて、想像の……」

 力なくつぶやく司令官。
 それが幻でない証拠に、スレイヤーのホバ・カー等は、次々と踏み潰されるか、遠くに放り飛ばされている。
 竜は、その巨体にもかかわらず、不思議と『竜使い族』を踏んだり、町を壊したりはしない。
 人々は、熱狂的に叫び、歓声を上げている。

「『竜』だ! 『竜使い』が、我らを助けてくれたぞ!」

「何? ……おっ、あれは! 人だ!」

 監視メカが、竜の頭の上に立っている人物を見つける。

「行けっ! 奴を殺せば、竜も動かなくなるはずだ!」

 その若い男も、監視メカに気づく。

 亜麻色の髪、濃い青に染まった切れ長の目。貴族的な顔立ち、すらりとした体。複雑な曲線で構成された装甲服を着、大きい真紅のマントを羽織っている。
 典雅な唇に笑みを浮かべると、男は長剣を構える。

「フィア、聞いているか? もうすぐ、こちらは片付く。ナジャーと準備をして待っていなさい」

「了解。メラー」

 嬉しそうに言うフィア。

「お前の仲間か? ハ! 刀でビームに勝てるとでも?」

 だが、メカ・ボールのビームは、彼の装甲服に難なく吸収されてしまい、反対に剣で真っ二つにされてしまう。
 消える画像。シーンとなる遺跡内。

「……お前達、一体何者だ?」

「ただの竜使いよ。……あなたが約束を守りそうなら、命だけは助けてあげるつもりだったんだけど。おしいなあ。最後に、面白い物見せてあげるわ。約束だったものね」

 フィアは、司令官に向けてすっと手を差し伸べる。

「撃て! 撃て!」

 恐怖に顔を歪め、叫ぶレンデル。
 兵士達は、待ってましたとばかりに、フィアを四方八方から撃つ。だが、彼女は平然と立っている。
 ビームに、マントが一瞬で燃え尽きる。が、その下の赤いチュニックは、いつの間にか、体にピッタリとフィットした藍のスペース・ジャケット風に変わっており、ビームの猛攻にも全く変化が見られない。

「何故だ? 着替えてもいないのに!」

「種明かし、いこうか?」

 フィアの右手の甲の上に、同じく、いつの間にか小さいトカゲが、ちょこなんと、とまっている。
 それの体の線が、グニャッとずれたかと思うと、たちまち水のように崩れ出し、手、腕、肩、首、胸、と彼女の体を覆っていく。そのながれの通った後は、白い装甲服が出来上がっている。
 ポカンと全員が、見とれる。隅の方には、変化の過程を余程熱心に見ていたのか、もどしかけている兵士も。

「あ、酔っちゃったかな? 悪いな。でも、普段の速度じゃ見えないんだもの」

「竜とは、不定形生物の事だったのね!」

「当たらずとも、遠からず」

「ま、まさか、これも?」

 ひきつる司令官。

「今、起こしてあげるわよ。数千年の眠りから」

 フィアが、目を閉じて、何かに精神を凝らす。彼女の頭のリングが、すうっと伸び、額の所で合わさると、紫色の大きな、水晶のような宝石が現れる。
 と、レンデルの腕の中のトカゲが、ウンと伸びをする。

「おいで」

 フィアの差し伸べた手に飛びつく。

「よしよし、いいこ」

 どこかで、遠い地鳴りのような音が響き始める。

「何か音がしないか?」

 不安気に見回す、兵士達。

「この遺跡が崩れていく音よ」

 こともなげに答えるフィア。

「私が、解除命令と休息命令を出したから」

「何!」

 皆、慌てふためき、出口に殺到する。
 だが、司令官だけは、あの黄金色の部屋の前で、中に入ろうとしては入れず、ゴソゴソしている。
 既に、壁や床の表面は、火であぶられた蝋のように、形を失いつつある。

「私の財宝! せめて一つ! こんな凄い物、一つでもあれば!」

「しぶとい、おっさんだね。……そこに残ってるのは、こいつの一部に過ぎない。『持って』行く事は不可能だよ」

「畜生! そいつをよこせ!」

「そうはいかない」

 ひょいとかわす、フィア。
 と、ぐにゃぐにゃの床に足を取られ、司令官がバタッと倒れる。そこでやっと、周囲の様子に気づく。
 今では、天井もベロベロ剥がれては、落ちてくる。アメーバかヒルの親玉みたいな物で、落ちて来た塊も、直ぐさま床と同化してしまう。

「早く、出なきゃ……!」

 一歩ごと、苦労して足を引き抜きながら言うシェエラ。

「大丈夫よ」

 そう言うフィアは、アメーバの表面に立っている。

「元々『竜使い族』は、このエルバムとは、竜を間においてなかよしさんだからね。危害を加えなければ、包まれても、食べられるところまではいかない」

「食べる! ちゃんとわかってくれるかな?」

 半べその声で言う、シェエラ。

「糞! 身動きとれん!……こうなったら多少過激だが、宇宙船の惑星間砲で、少しずつふっ飛ばしてくれるわ!」

 エルバムを、銃で撃ったりしていた司令官だが、余計に絡み付かれ、もがきながら、コムで連絡をつける。

「みてろ! いくら竜でも、宇宙船には勝てるものか!」

 だが、ようやく船長を説き伏せ、少ない人員で発射準備が整った時に、コムから悲鳴がもれる。

「し、司令官! 宇宙船です! 見たこともない型の……恒星間航行も可能な程の大きさです!」

「ナジャーの星船だわ」

「わあっ! 奴は、我々の上にのしかかって来て……!」

「どうしたっ?」

「溶けた! 奴の船が突然溶けたんです! こ、こっちの船の外壁まで、一緒に溶けて……! 駄目ですっ!」

「他の船は!」

「こっちも駄目です! 町の方から竜がやって来て……」

 放心状態に近い、司令官。

「ばかな……。無敵のスレイヤー軍が、たった数匹のトカゲに敗れるとは!」

 天井が、またドサッと落ちてくる。埋まる司令官。シェエラの方はまだ、上半身が自由だ。
 シェエラとフィアの目が合う。

「……もう、死にたがらない?」

「勿論」

 フッと笑みをかわす二人。フィアが、そっと手を握る。

「後はあなた達、『竜使い族』に任せるわ。あたし達は、これ以上干渉しないから」

「十分よ。ありがとう。……また、どこかで会えるといいな」

「会えるはずよ。あなたが、自分の力で生きようとして、ベストを尽くしている限り。……遠い未来じゃないわ」

「その時は、スパゲッティの大盛りでパーティーしよう!」

「わあ! 期待しているね。……じゃ」

「またね」

 フィアの手が、すっと離れた途端、シェエラの体はエルバムの中に、ズブッと頭まで沈み込む。
 その時、天井に穴がポッカリと空き、星空が見える。そこに音もなく浮かんでいる、異様な形の星船と竜。
 シェエラの『感応者』としての耳に、声が聞こえる。

「俺の方は、食べ終わった。メラー、どうだ?」

「私の方もいい。ナジャー、同化始めるぞ。リードとれ」

 船と竜は、それぞれの形を崩すと、一つに溶け合って、一回り大きな船になる。
 その様子は、不気味だが、独特の美を感じさせる。

「フィア、まだか?」

「今、遺跡を形作っていたエルバムを、全部かき集めてるところよ。ばかでっかいし、ずっと眠っていたから、時間がかかるの。……餌の消化はそろそろいいわ」

 シェエラは、夢うつつの状態で、会話を聞いていた。

「フィア、同化始めるぞ」

「いいわ。ナジャー、メラー」

 シェエラの最後の記憶は、黄金色に光るフィアだった。
 
 

 そして。彼女が、町から駆けつけたラノスや竜使い族達に助け起こされた時、砂漠には、何も残ってなかった。
 遺跡も、宇宙船も、スレイヤーの服の切れ端一つも。
 朝の光の下、荒涼とした、しかしどこかすがすがしく見える砂漠が、目の届く限り広がっているだけだった。
 
 

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