自 序 (筆者しるす) |
自 序 皇国の興亡を双肩に勇躍出陣するに当たり、多忙中寸暇を盗んで、私は此れ本を書いた。 陽の傾くのを身を切られる思いで、又空襲警報の鳴る中で、又アタリは皆寝静まった中で一人凍る夜空の星を仰ぎながら、ペンをとって拙(つたな)いながらも此の本を書き上げたのだ。 では何故そんな思いをしてまで、この本を書いたか?それは私の止むに止まれぬ感情からである。そして此所に収めた拙文中から読者にとって、何物か得る所があれば、それで私は満足である。 此所に出て来る人物は皆私の近辺に居合わせた者であり、又現在居合わせる者である。私の幼い日の思い出を土台として、其所へ枝葉をつけたに過ぎない。まあ早く言えば私の二十年の縮図とも言うべき自叙伝である。 だが私は昔に対する愛着や未練から、この本を書いたのではない。昔の思い出を、心の故郷として強く強く、そして優しく生き抜くためなのだ。恐らくや読者も幼い日、揺籠の歌や子守唄を聞きながら優しい母の背に夢を結んだ、なつかしい思い出があることであろう。そのなつかしい夢を私は心の奥に暖かく、何時までも何時までもしまって置きたいのだ。 この中から読者諸氏が、私の真心の万分の一でも汲んでくれるならば幸甚と思う。 処女作ゆえ、至らぬところはご了承を乞う次第である。 昭和二十年二月二十日 夜 筆者しるす
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